61.孤児院へ
セレスティーヌ様と冬の祝祭についてお話して二日後、エントランスホールで馬車の準備を待っているとシルヴェスター様とレナルドに会った。
「外出か?」
「はい。孤児院に少し用があって訪問する予定で。今は馬車の準備を待っているところです」
「そうか」
納得したようにシルヴェスター様が呟くと、後ろで控えていたレナルドが一歩前に出る。
「甘い匂いがしますね。お菓子でも持っていくのですか?」
「ええ。子どもたちにお土産としてクッキーを作ったの」
「アリシア様が?」
「そうよ」
クッキーが入っている紙袋を少し持ち上げて説明すると、レナルドが黒い瞳を丸まる。
「アリシア様はお菓子作りもできるのですね」
「作れると言ってもクッキーとか一部のものくらいよ。ベルンにお願いされてたまに作っていたの」
「そうだったのですね」
レナルドが人好きする笑みで私の話に相槌を打つ。
思えば結婚してからお菓子を作ったのはベルンの誕生日の時くらいだ。それも、伯爵邸で作ったので公爵家側で知っているのはエストだけである。
ベルンに作る以外は伯爵領にあった孤児院に赴く時に作っていたくらいなので、頻繁に作っていたわけではないと言える。
「それでクッキーを作った、と」
「はい。……同じ味に飽きないようにココアやメープルなど、色んなクッキーを作ったので喜んでくれたらいいのですが」
「子どもは甘いお菓子が好むから問題ないだろう。不安に思うことない」
零した不安を打ち消すようにシルヴェスター様が告げる。
その言葉にふっと心が軽くなる。……シルヴェスター様はいつも、私の不安を気付いて当たり前のように取り除いてくれる。
きっと、本人からしたら特別なことを言ったつもりはないだろう。──でも、シルヴェスター様の言葉は私を安心させるのに十分で、勇気付けられる。
「……ありがとうございます」
微笑みながら、心が温かい気持ちに包み込まれるのを感じながら感謝の言葉を紡ぐ。──そうだ、自信を持ったらいい。
「奥様、馬車の準備ができたようです。……旦那様?」
エストが表門からエントランスホールへやって来て、シルヴェスター様の姿に少し驚いた顔をする。
「アリシアを見つけて声をかけたんだ。エストも孤児院へ?」
「はい」
「そうか。護衛はいるか?」
「そんな。孤児院へ行くだけなので大丈夫です」
護衛の有無を聞くシルヴェスター様に平気だと伝える。孤児院は領都にあるから騎士は大丈夫だ。
「それでは行ってきます」
「ああ」
そしてシルヴェスター様たちに挨拶して出発した。
***
領都にある孤児院は馬車で向かったこともあり、そう時間はかからなかった。
到着して馬車を降りると、外で遊んでいた男の子が私たちに気付いて大きく声を上げる。
「アリシア様だ! どうしたの?」
駆け寄って来る男の子に微笑んで尋ねる。
「こんにちは。院長先生は?」
「院長先生は孤児院の中だよ!」
「そう。なら私が着いたって院長先生に伝えてくれる?」
「うん、わかった!」
お願いすると男の子が笑って頷き、建物の中へと走って行く。
そして男の子の声で気付いたのか、孤児院の中から子どもたちが顔を出してやって来る。
「アリシア様だ!」
「エストお姉ちゃんも来てくれたんだ!」
「ねぇねぇ、またお勉強おしえて!」
「アリシアさま、あそんで! あそんでよー!」
次々と孤児院の子どもたちが来て私たちを囲んで順番関係なく声を発する。
そんな様子に苦笑しながら、前回の視察で懐いてくれた年少の女の子・ローズの頭を撫でる。
「そうね、あとで遊びましょう。それと、今日はクッキーを作ってきたの。だからみんなで仲良く食べてね」
「「「クッキー!?」」」
「ええ。色んな味のクッキーがあるから味比べするのもいいかも」
「わぁー!!」
「たべたいっ!」
クッキーの存在を伝えるとローズたちが喜びの声を上げてはしゃぐ。その姿にほっとする。
「こらこら、みんな。アリシア様に失礼ですよ。まずはなんて言うのですか?」
和やかに子どもたちのはしゃぐ姿を見ていると奥の建物から院長が出てきて子どもたちに嗜めると、子どもたちがはっ、として私の方を向ける。
「アリシア様、ありがとうございました!」
「「「ありがとうございましたー!!」」」
院長に注意されると年長の子を筆頭にみんなが大きな声でお礼を言ってくれる。その笑顔に嬉しくなって笑みを浮かべる。
「どういたしまして。私は院長先生とお話があるからみんな、手をしっかり洗って食べてね」
「はーい!」
「味は全部で四種類あるのでどうか分けてください」
「分かりました」
そして修道女にクッキーが入った袋を渡すと、子どもたちが修道女の女性にくっついて建物の中に入っていく。
「まったく、もうあの子たちは……。申し訳ございません、アリシア様」
「いいえ、元気で良いと思いますよ。作った甲斐がありました」
「アリシア様には本当になんと言えばいいのか……」
頬に手を当てて院長が溜め息を吐くも、視線は子どもたちの方へ向かっていて優しい目をしている。
「申し訳ございません。どうぞ、中に」
「はい」
誘導され、院長と並びながらゆっくりと歩いていく。
「子どもたちのプレゼント、ありがとうございます」
「そんな、私が好きでしたことですから。……私は滞在が決まっているので少しでもあの子たちと仲良くなりたくて」
「それなら大丈夫かと。きっと今頃喜んで食べているでしょうね」
私の言葉に院長が朗らかな声で告げる。
滞在期間が決まっている私は会うのが限られている。だからただ会うだけではなくて工夫する必要がある。
「本日の訪問は冬の祝祭に贈るプレゼントのリストを受け取るためでしたね」
「はい。祝祭の日まで滞在するのでお義母様と一緒に訪問する予定で」
「そうなのですね。リストの作成はもう少しで終わると思うのでできあがったらお渡ししますね」
「ありがとうございます」
院長の申し出に感謝していると食堂から子ども特有の甲高い声が聞こえて視線を向ける。
食堂へ入ると私が作ったクッキーを修道女たちが分けていて、おいしそうに頬張る姿に口許を緩める。
「アリシア様! これおいしいっ!」
「よかった。どれが一番おいしかった?」
「えっーと、ココアのクッキー!」
「砂糖が乗ったクッキー!」
「ちがうよ、ジャムのクッキーだよ!」
それぞれどれが特によかったのか言い合う。おいしそうにクッキーを食べる子どもたちを見ると持ってきてよかったと思う。
「ほら。口についているわ」
「! ありがとう、アリシアさま!」
「どういたしまして」
注意すると急いで取るのを見て目を細める。
そして、クッキーを食べ終えるとそれぞれ好きな遊びや勉強を始める。
室内で遊ぶ子もいれば、活発な子は外で友だちと走り回って楽しそうに過ごし、外から賑やかな声が建物の中にまで響く。
「アリシアさま、アリシアさまっ!」
「ローズ? どうしたの?」
幼く、甲高い声で名前を呼ばれて振り返るとそこにはローズがいて、小さな体で絵本を大事そうに抱えて駆け寄ってくる。
「アリシアさま、おひめさまとおうじさまのえほんよんでー!」
「あら」
満面の笑みで甘えて絵本を差し出してくるローズに頬が緩み、目を細めながら絵本を受け取る。
「ふふ、いいわよ。読みたい子は一緒に来てね」
「わぁ! わたしも行くっ!」
「よんでー!」
呼びかけるとローズと年が近い年少の子どもたちが集まってくる。
「えー、別の本がいいー!」
「それじゃあ読んでほしい本を持って来てくれる? 次に読むからね」
「! うんっ!」
ローズより少し大きい子どもには提案して対応する。ベルンの面倒を見て来たおかげで子どもの接し方は心得ているし、得意分野だ。
「ねぇ、はやくはやく!」
「はい、じゃあみんな静かにしてね。……むかしむかし、ある国に一人のお姫様がいました──」
そして集まる子どもたちに優しい声音でゆっくりと語りかけながら、絵本を読み聞かせた。




