58.視察1
それから数日、約束通りシルヴェスター様と一緒に視察するために領都の中心地へ訪れた。
到着するとひんやりとした冷たい風が頬に触れて目を細める。
「寒いか?」
「いいえ。大丈夫です」
問いかけるシルヴェスター様に首を振る。
故郷の冬と比べると気温は低いけど、寒いと思わないのはエストが温かい服装を用意してくれたおかげだろう。
「奥様、寒ければおっしゃってください。防寒具はお持ちしているので」
「ありがとう、エスト」
「はい。旦那様の分もお持ちしているので」
「頼りになるな」
「本当ですねぇ。ちなみにエストさん、僕の分はありますか?」
「なぜ貴方の分まで用意しないといけないのですか?」
「あはは、そうですよねー」
ニコニコと微笑みながら尋ねるレナルドにエストが冷たく言い放つ。一応、護衛役として同行しに来たけど、この二人は領地に来ても変わらない。
「ここが領都の市場なのですね」
「ああ。報告書には目を通したが自分の目でも領民の様子を確認したくてな」
「実際に見て気付くこともありますからね」
シルヴェスター様の考えに同意しながら、目の前に広がる光景を見る。
さすが北の商業都市。馬車から本邸の屋敷へ向かう途中の際も思ったけど、人がたくさんいる。
わいわいと賑やかで元気な声。新鮮な野菜に旬の果物が並び、その近くにはその果物を加工した店まである。
そして別の方向からは、串を焼く音が聞こえ、また別の方向から香ばしいパンの香りと共に出来立てができたと告げる声も聞こえてくる。
「冬の朝なのに人がすごく多いですね」
「市場は領民の生活と密着しているからな。ゆっくりと歩くがはぐれないように気を付けてくれ」
「分かりました」
忠告に頷き、シルヴェスター様の隣で屋台の食べ物や露店に並ぶ雑貨を見ながら歩く。
北部を代表する商業都市だからか、王都にある品はもちろん、近隣の他領の特産物も並んでいて王都と引けを取らないと思う。
「はーいおまたせ! 若鶏の串焼きができたよ!」
「新鮮な海産物が届いたよー! 今日の夕食としてどう!?」
「王都でも評判いい装飾品を売ってるよー! 見ないと損だよー!」
店主たちが他の店に負けないように明るく大きな声で呼びかけ、活気が満ち溢れているのが読み取れる。
王都と引けを取らないほど品物が並び、活気があるのはそれだけ流通が盛んということだ。流通が発展すればするほど経済が回るからこれからも継続してくれたらと思う。
「賑やかですね」
「ランドベル領は北部と王都を繋ぐ場所で、どちらの品も集まるから流通が盛んなんだ。領民からは領地から出なくても王都や他領の品が入手できるから好評だな」
「確かに領民にとっていいですね」
シルヴェスター様の説明に同意する。
商人なら王都や他領へ赴くことあるけど、それ以外の人は生まれた領地で生涯を過ごすことが多い。
そんな領民にとってランドベル領の領都は素敵だろう。王都へ行かずとも王都の品物を買うことができ、他領の特産物も手に入るのだから。
「あちらの露店には小物が売っていますね」
「見てみるか?」
「よろしいのですか?」
「アリシアが見たいのなら」
「……それなら」
人混みに気を付けながら露店に近付く。
露店は平民でも買いやすい値段で売っている商品が多く、近付くと帝国やメデェイン王国、ソヴュール王国由来の小物が数種類並んでいて、若い男女や子どもが興味津々の様子で小物を見ている。
「あの飾り物、王都の露店で見た物と似ているな」
「どれですか?」
「左から見て二番目の飾り物だ」
「よく覚えていますね」
言われた方向へ目を向けて見ると確かに既視感がある。もしかしたら王都から仕入れた物かもしれない。
そんな風に思っていると、青い鳥のオブジェが目に入る。
「あの鳥のオブジェ、王都でも見ましたがここでも売っているのですね」
「おや。お嬢さん、王都から来たのかい?」
呟くと私の声を拾った六十代くらいの老爺の店主が尋ねてくる。なのでこくりと首を振って肯定する。
「はい。ソヴュール王国では青い鳥を幸運を呼ぶ鳥と呼ばれていますよね。聞いた話ではそれぞれの家の玄関に飾られているとか」
「お嬢さん詳しいね。ほら、王妃様が隣国から嫁いできただろう? だからソヴュール王国の商品が仕入れやすくなってね。おかげで繁盛しているよ」
店主が朗らかに笑いながら呟く。
確かに王妃様が嫁いできてからソヴュール王国産の商品を見る機会が増えた。異国の物は身分に関係なく人目を引くので繁盛しているというのも嘘ではないだろう。
「店主、領都の治安はどうなっているか聞いても?」
「治安? ここはいいよ。領主様は代替わりしたけど先代様が領地に来て領地運営に力を入れてくれているからね。お兄さんと後ろの二人も王都から?」
「そうなんですよ。観光で来たんですけど人が多いですね」
店主が後ろに控えるエストたちを見て尋ね、レナルドが穏やかな笑みを浮かべて答える。観光ではないけど視察とは言えないので口を閉じる。
レナルドの返答に店主がつられるように穏やかな笑みを見せる。
「領都だからね。公爵家の私設騎士団が領都はもちろん他の町も巡回しているから犯罪も殆どないから安心して商売ができるよ」
「……それならよかった」
店主の好意的な返答にシルヴェスター様が小さく零す。いい返答が聞けて安堵しているのが窺える。
「そういえば代替わりした若様が若奥様を連れて領地に来ているみたいだよ。外交官をして忙しいはずなのに領地の様子を見に戻って来てくれてね。嬉しいね」
「そうなのですね」
「儂は見ての通り領主様に仕えてないから若様の顔は知らないけど美丈夫らしいよ。だからか若い娘たちは若様が視察で顔を出さないか騒いでいたねぇ」
店主の呟きに相槌を打つ。今、目の前にいるのが若様だと知ればどんな反応するだろう。
「おじさーん、これ買いたいんだけど!」
「おお、すまない。お嬢さんたち、観光楽しんでね」
「ありがとうございます」
他の客に呼ばれて会計作業へ向かう店主にお礼を告げて歩く。
「やっぱり珍しいのか売れ行きがよかったですね」
「そうだな。“幸運を呼ぶ”と言う響きがいいんだろうな」
「そうでしょうね」
隣国の新しい品という点もあるけど、幸運を運ぶという言い伝えも大きく関係していると思う。
「それにしてもソヴュールの文化に詳しいな。学院の語学講義はソヴュール語を専攻していたのか?」
「隣国で長年同盟を結ぶ国ですからね。平民はオブジェですが王族や貴族は実際に飼育していると聞きました。だから鳥を育てるのが盛んだとか」
「妃殿下も嫁ぐ時に青い鳥を連れてきていたしな。仕事でソヴュールに訪れた時も青い鳥をたくさん飼育していたな」
「隣国とはいえ、ウェステリア王国にはない文化なので興味深いです」
隣国で同盟国だとしても国によって文化や風習が異なる。それを学び、実際に目にするのは面白くて好きだ。
そんな風に話しながら市場の様子を視察し、仕立屋や書店、カフェなどが集まる地区へ移動する。
「こちらは市場と比べると静かですね」
「そうだな。ここら辺は建物を構えた店が多いからな」
呟きにシルヴェスター様が説明する。確かにさっきは露店が多かったけどこちらは店舗が多いと思う。
そう思いながら遠くから巡回する騎士を見つける。先ほどの店主が言った通り、町の治安を守っているようだ。
そして散策を続けていると、時計塔が正午を告げる鐘が鳴る。
「正午になったようですね。一度休んで昼食にしましょう」
「そうだな。どこか知っている店はあるか?」
「ではあちらの店へ行きましょう。使用人仲間から聞いたのですが最近できた店らしいです」
「そうなの? ならそこへ行きましょう」
レナルドが最近できたと話す食堂へ行こうと提案する。
そして食事と休憩を兼ねて新しくできたと言われている食堂で昼食を摂った。




