54.制圧
外から鉄のような固いもの同士がぶつかる音が響く。
いや、鉄のようなじゃない。これは、剣と剣がぶつかる音だ。
盗賊が公爵家を襲撃して今、外で騎士が戦っている。
三日の旅で大丈夫だと思っていた。でも、現に私たちは盗賊に襲われている。
「……っ」
そう自覚するとぞくっとなる。故郷である伯爵領へ戻る時は今回より長い日数になるけど、盗賊に襲われることなんてなかったから。
不安を募らせていると隣に座るエストがそっと手に触れる。
「エスト……」
「大丈夫です、奥様。彼ら──公爵家の騎士たちは強いですから。どうか安心してください」
「……ご、ごめんなさい」
安心させようと紡ぐエストに謝る。……そうだ、私が不安になったらダメだ。
深呼吸して無理矢理落ち着かせ、シルヴェスター様たちの方を見る。
「賊の数は?」
「八人ですね。総数は騎士が多いですが奇襲で数人怪我しているので不利な状況です」
「ここらは森林があるから隠れるのに適した場所だな。武器は……斧と剣が中心か」
「そのようですね」
シルヴェスター様とレナルドがカーテンを上げて冷静に敵の数と武器を分析する。
シルヴェスター様は剣の腕も長けていると聞く。
レナルドも主人であるシルヴェスター様を守るために剣が扱えるのだろう、二人ともこんな状況でも動揺する素振りが全くない。
「援護に行って来ます。シルヴェスター様はここでお待ちを」
レナルドが内側の鍵を開けながらそう告げる横で、シルヴェスター様が私を見る。
深い、深海のような青い瞳とぶつかる。
「シルヴェスター様……?」
「──いや、俺も行く」
「え」
「エスト、鍵をかけて万一の時はアリシアを守るように」
「かしこまりました」
「あ、シルヴェスター様!」
驚いた様子を見せるレナルドを置いて剣を持つとシルヴェスター様が馬車を降り、慌ててレナルドが追いかける。
「ここは僕だけで十分ですよ」
「一人より二人の方がすぐに終わるだろう」
エストによって内鍵をかけられた外からそんなやり取りが聞こえる。急いでカーテンを開けると二人の姿を声が聞こえる。
「そうですが、シルヴェスター様が出たら狙われますよ。ご自身が護衛対象って分かっていますか?」
「知っている」
「ならどうして──」
「へへ、お貴族様。お喋りしている暇があるとは随分余裕だな!」
シルヴェスター様とレナルドが話していると、盗賊の二人が襲いかかって青ざめる。
「シルヴェスター様っ!」
シルヴェスター様の名前を叫ぶと同時に盗賊が剣を振り下ろし、恐怖で目を強く閉じる。
そして瞼を閉じると同時に──知らない男の人の悲鳴が大きく響き渡る。
「あああっ!」
「い、いたいいたい!」
悲痛な声に怯えながらそっと目を開いて──その光景に息を呑む。
窓から映るのはシルヴェスター様と倒れている盗賊の男。
そして、シルヴェスター様が持つ剣には血が付き、男は腕から流れる血を抑えて泣きながら暴れている。
「ひぃ、ひぃ。痛いっ……!!」
「だろうな。──レナルド」
「はい。こちらも制圧完了しました」
レナルドの足元にはもう一人の盗賊が倒れている。まさか、今の一瞬で倒したの?
窓に映る光景に言葉を失っているとエストが声をかけてくる。
「ご安心ください、奥様。旦那様はお強いので制圧が完了するまでここでお待ちください」
「エスト、あの盗賊はシルヴェスター様が?」
「はい」
「そうなのね……」
窓に映る光景を見つめる。
怖くて見ていないけど、シルヴェスター様が倒したのが読み取れる。……一瞬で倒してすごいと思う。
そして足を止めることなく、シルヴェスター様とレナルドが盗賊と戦う騎士たちに加勢して次々と敵を制圧していく。
その剣技は素人の私でも分かるくらい、鮮やかで無駄のない動きだった。
***
最後の一人が拘束されたのを騎士から報告を受け、エストと一緒に馬車から降りる。
少し離れたところでは怪我した騎士を仲間の騎士が手当てしているけど、死者はいないようでほっとする。
シルヴェスター様の方を見ると隊長格の騎士とやり取りしているのが目に入る。
「こいつが最後だな」
「はい。どうやら討伐から逃げてこの森に潜んでいたようです」
「討伐からか。……被害状況を確認して報告してくれ」
「分かりました」
シルヴェスター様が指示を出して騎士が手当てをしている仲間の方へ行く。
話が終わったのを確認して近付いていくと、シルヴェスター様が気付いたのかこっちを見る。
「降りて大丈夫か? 馬車にいてもいいが」
「大丈夫です。……お怪我はありませんか?」
「怪我? いいや」
「ご安心ください、アリシア様。シルヴェスター様は無傷ですよ」
「レナルドは?」
「僕ですか? 僕も無傷ですよ」
二人の無事が確認できてほっとする。……よかった。
盗賊はみんな怪我をしているけど、大量に出血をしているわけではなく、誰も死んでいないのが分かる。
「騎士も死んでいないのですね。よかったです」
「ああ。死者がいなくてよかった」
少し離れた騎士たちの方を見ながら話すとシルヴェスター様も騎士の方を見て安堵の声を零す。
数で劣勢だったとはいえ、自ら出ていくのは驚いたけど、強いのなら納得だ。
「お強いのですね」
「公爵家の当主となれば危険もある。自分の身は自分で守れるよう教育されてきたからな」
シルヴェスター様が当然とばかりに返す。
シャーリーも護身術を習っているのは彼女が侯爵家の次期当主だからだ。後継者として育てられた高位貴族はみんなそうなのだろうか。
「奴らは最近ここで縄張りを張って行商を襲ったみたいだ。詳しいことは領地の騎士団に任せて他に余罪がないか取り調べをするつもりだ」
「はい」
「ここを通過したらあとは大きな道で整備されているから大丈夫だろう。幸い、怪我人も少ないから予定通りに到着するはずだ」
「それならよかったです」
予定に大きな変更が生まれないのは嬉しい。怪我した騎士たちも早く安全な公爵領で休んでほしいと思う。
そう思っていると視線を感じ、顔を上げる。
私を見ていたのはシルヴェスター様で、深海のような青い瞳とぶつかる。
「シルヴェスター様?」
「……盗賊と遭遇するのは初めてか?」
突然の問いかけに目を丸めるも、無言はよくないのでこくりと頷く。
「はい。……エインズワーズ伯爵領はここより遠いですが、今まで会ったことなかったので驚きました」
「南部は帝国に近いこともあって道も整備もされて軍の治安部隊も各地に配置されているからな。……怖がらせて悪かった」
「え?」
思わぬ謝罪に目が見開く。どうして、シルヴェスター様が謝るの?
「い、いいえ。むしろ、盗賊を捕らえることできてよかったと思います。これで被害が大きくなることはありませんから」
「それはそうだが他にも違う道はあったんだ。ここを通るのが一番領地に早くつけるから選んだだけで。……今まで盗賊に遭遇したことないから今回もこの道を使ったが、遭遇して怖がらせてしまっただろう」
謝罪する原因を知って納得する。
でもそれはシルヴェスター様のせいではない。知っていたら、きっと何も言わずに遠回りの道を選んでくれただろう。
それこそ、私が怖がらせないように。
「……お気になさらないでください。驚きましたが結果としてはこうしてお互い無事だったのですから」
だから思ったことを正直に告げる。優しいこの人が、これ以上責任感を持たないように。
「怪我がなくて本当によかったです」
「……ありがとう」
微笑んでもう一度、無事を喜ぶとシルヴェスター様が静かに返す。この話はこれで終わりでいいだろう。
「シルヴェスター様、少しよろしいですか」
「どうした」
すると先ほどの隊長格の騎士がシルヴェスター様に近付く。シルヴェスター様たちの無事も確認できたし、迷惑にならないように離れよう。
そう思って小さく頭を下げて戦ってくれた騎士たちの様子を見に歩いていくとエストとレナルドがついてくる。
「アリシア様、騎士たちの様子を見に?」
「ええ」
「では同行します」
「彼らも疲れているだろうから長居はしないわよ?」
「それでもです。ここはさっきまで戦闘があったのですから」
確かについ一時間前までここで戦闘があった。今はもう安全が確保されているとはいえ、レナルドがついてくるのは分かる。
「分かったわ。護衛お願いできる?」
「ありがとうございます。でも僕だけでよかったのにシルヴェスター様も下りてきて少し困りました」
騎士たちの元へ向かいながら、レナルドが苦笑いで後半部分だけ小声で告げる。
確かにそれは分かる。守るべき護衛対象が自ら危険な場所へ飛び込むのだから守る方はびっくりしただろう。
「シルヴェスター様の剣の腕は知っていますよ。それでも馬車から出てきたのはびっくりしましたよ。──どうやらアリシア様を早く安心させたかったみたいです」
「……私を?」
レナルドの言葉に首を傾げる。私を、安心させたかった?
意味が分からないで困っている私に、レナルドが笑う。
「アリシア様、かなり動揺されていたでしょう? 制圧しながらなぜ降りたのか聞いたらなんて言ったと思います?」
「……人数的に不利な騎士たちを助けるためじゃないの?」
思ったことを口にする。だって、怪我もして人数的にも不利な騎士たちを援護するために出たのだから。
そう口にするとレナルドが笑いながら頷く。
「それもあります。ですが一番の理由は、怖がっているアリシア様を安心させたかったようで」
「……え?」
「シルヴェスター様は口にしませんからね。これはシルヴェスター様に秘密でお願いします。あ、エストさんもお願いしますよ」
「……今回は黙っておきます」
「ありがとうございます」
レナルドが笑いながら私とエストに口止めをお願いして、エストが溜め息を吐く。
二人のやり取りは聞こえる。でも、それよりも、頭を巡るのは違うもので。
「私を、安心させるために……?」
それで外に出たの? 私を、安心させるために?
足を止めて、ポツリと小さく呟いた私の声はエストとレナルドには届かずに風で掻き消された。




