48.シーズン最後の夜会2
王妃様たちと楽しい談笑を続けていると、ふと、視界の端に母の姿が見えた。
到着した時は見つからなかったけど、見つけたのなら久しぶりなので母と少し話をしたい。
「テレーゼ様、母を見つけたので挨拶したいのですがよろしいでしょうか?」
「まぁ、お母様と?」
「はい。あちらにいて、私と同じ髪色の女性が母です」
淡い珊瑚色の瞳を丸めて私の視線を追う。母は私と同じプラチナブロンドなのですぐに分かるはずだ。
そして母を視認するとこちらへ顔を戻して優しい笑みを見せる。
「そうなのですね。どうぞ、久しぶりでしょうからお母様とゆっくりとお話ししてください」
「お心遣い、感謝いたします」
快く送り出してくれる王妃様に深く一礼して離れる。嫁いで母と会う機会が減った私を思ってくれるその優しさに口許が緩んだのは内緒だ。
他の貴族に話しかけられたくないので無作法にならない程度の速度で母たちがいるところへ挨拶に伺う。
「お母様、サンドレア様。ご無沙汰しております」
「アリシア」
「久しぶりね、アリシア」
謝罪を含んで挨拶すると母と父の上司であるフォーネス侯爵の奥方であるサンドレア様が返してくれる。
「サンドレア様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「あらいいのよ。貴女が忙しいのは分かっているはずよ。挨拶ばかり大変ね」
「お優しいお言葉、痛み入ります」
サンドレア様の言葉に感謝しながら返す。確かにここ最近、派閥形成に外交パーティーに持て成しに王族との面会の嵐と本当に色々とあって目が回りそうな日々だったと思う。
「この前の外交パーティーも初めてだというのにとても上手にできていて感心したわ」
「仕えてくれる使用人の力があってこそです」
「謙虚ね。本当のことなのに貴女は昔からそうね」
「いいえ、本当のことですから」
サンドレア様の発言に小さく首を振って答える。実際、私一人のおかげじゃない。
メデェイン語を流暢に話せたのはロバートがメデェイン語の勉強に付き合ってくれたからだ。それに、侍女たちがメデェイン王国の歴史やマナーの本を膨大な数の本が保管されている図書室から探してくれたからだ。
「そうかもしれないけど、アリシアに尽くしてくれるのは貴女が彼らを正当に評価して優しく接するからよ。中にはそうじゃない家もあるのは知っているでしょう?」
「それは、そうですが……」
サンドレア様の発言に少し詰まる。
サンドレア様の言う通り、家によって使用人に厳しい家もあり、主人一家と折り合いが悪い家もあるのは知っている。
そして、そういう家は使用人の移り変わりが激しい。
「使用人は自分の主人をよく見ているわ。彼らが貴女に誠心誠意仕えてくれるのは貴女を女主人として認めているからよ。自信を持ちなさい」
「……ありがとうございます」
サンドレア様の言葉に少し戸惑いながら返す。
王命による突然の結婚に私なりに頑張って来たけど……認めてくれているのなら嬉しい。
屋敷にいるエストたちの姿を思い浮かべて口許を緩める私に、サンドレア様が柔らかい声で口を開く。
「妃殿下とも仲良くしているのね」
「はい。恐れ多くもテレーゼ様と呼ばせていただいています」
王妃様の方向を見ながら問いかけるので簡潔に答えるとサンドレア様が微笑む。
「そう。それはいいことだわ。妃殿下は人見知りするお人で少し心配だったけど……どうやら杞憂だったわね」
サンドレア様が優しい目で王妃様を見つめる。
宰相夫人であるサンドレア様なら王妃様と話す機会もあるだろう。もしかして王妃様の性格も理解していて気になっていたのかもしれない。
その王妃様が楽しそうに笑っているから穏やかな表情を浮かべている。
「ローレンス侯爵令嬢は後継ぎでしっかりしていると聞いているわ。安心ね」
「はい。彼女は面倒見がいいのでテレーゼ様を支えてくれることでしょう」
サンドレア様に頷いて返事する。
高位貴族で後継ぎであるシャーリーは跡取り娘として様々なお茶会や夜会に顔を出している。仮に私が参加していないパーティーがあってもシャーリーなら王妃様の側にいて支えてくれることだろう。
「アリシアが選んだキシュワード伯爵夫人にフェルノート伯爵令嬢もいい人物なのね」
「はい。良き友人です」
「ふふ、それはよかったわ。それじゃあ私はここで失礼するわ。夜会で会っても中々ゆっくりとお話しできていないでしょう? 久しぶりに母と娘でお話ししなさいな」
「そんな……! お気遣いありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いいのよ。それじゃあね」
母に続いて私も感謝を述べるとサンドレア様は貴婦人らしく美しい笑みを扇で半分隠して微笑んで立ち去る。
二人になり母と向かい合うと娘を思う母親の目で私を見る。
「アリシア……元気そうでよかったわ」
純粋に私を思う母に私も柔らかい表情になり小さく笑いながら答える。
「はい。お母様も元気そうでよかったです」
「ええ。ベルンも最近ようやくアリシアのいない生活に慣れてきたけど叩かれた時は大変だったわ」
「……その節は申し訳ございません」
母の言葉に謝罪する。あの騒動はベルンはもちろん、両親にも心配させてしまった。
謝罪すると母が首を振る。
「気にしないで。……案じるくらいさせてちょうだい。嫁いでも貴女は大切な娘なんだから」
「お母様……」
母を見ると私と違う赤い瞳が優しい目で見つめる。
昔から母は父と同じく子ども思いで私もベルンもどちらも大切にしてくれた。そんな両親に心配かけさせたくないのでしっかりしなければと思う。
「ありがとうございます」
「いいえ。何かあれば頼りなさい。エインズワーズは貴女の実家なのだから」
「はい」
母の優しさに自然と穏やかな声になる。それだけで十分嬉しい。
「アリシアはランドベル公爵と一緒に公爵領へ向かうの?」
「はい。ですが外交官の仕事もあるのですぐには行かないかと」
「やっぱりそうなのね」
「お母様とベルンは一足先に領地へ?」
「ええ。旦那様……ガルド様もお仕事ですぐに行けないから先に戻るつもりよ。ガルド様がすぐに領主の仕事ができるように資料整理するつもりよ」
母の話を聞きながら実家の今後の様子を知る。
父もシルヴェスター様と同じく王宮に登城しているため長期間王都を離れるわけにはいかない。例年通り一ヵ月だけ領地へ帰るだろう。
「公爵領は王都より北になるわね。伯爵領と違って寒いから気を付けてね」
「大丈夫ですよ。使用人たちに聞いたのですが王都より少しだけ寒いだけのようですから」
「そう。でも環境の変化もあるから寒さ対策はしっかりしなさいね」
「分かりました」
母から厳命され応じる。確かに初めて訪れる土地だから対策はした方がいいだろう。
そうして母としばらく話をしていると予定を聞かれる。
「そうだわ。アリシア、来週は時間ある?」
「来週ですか? ありますが……?」
疑問に思いながらも母の質問に答える。来週は特にお茶会などはないので時間はあるが、どうしたのだろう。
「何かありましたか?」
「ええ。実は──……」
そして母から告げられた内容に私は目を丸めることになった。
***
その後、ダンスの時間になりシルヴェスター様と共に踊った。
その次にラウレンツ様が女性が頬を染めそうな甘い笑みで誘ってくれたけどシルヴェスター様が冷たい目で助けてくれたのでよかった。
シルヴェスター様とのダンスの後はゆっくりとしたいという思いもあり、王妃様の元に戻って閉会宣言されるまで談笑して穏やかなひとときを過ごした。
「継戦派には絡まれなかったか?」
夜会も終了し、屋敷へと向かう馬車に乗っているとシルヴェスター様が尋ねてくる。なので大丈夫という意を乗せて答える。
「はい。シルヴェスター様こそ色んな人とお話しできましたか?」
「ああ。フォーネス侯爵に外務大臣に中立派の貴族たちとも話すことができてよかった。多くの人たちは領地へ帰るからな」
「そうですね。お話しができたのなら何よりです」
国王派の重鎮であるシルヴェスター様は色んな貴族と関わらなければならない。普段は外交官の仕事もあって忙しいから今日の夜会でお話しができてよかったと思う。
「しばらくは中立派の動きを注視した方がいいだろうな。国王派もこちら側へ引き入れようとしているが継戦派も引き入れようとしているからな」
「中立派貴族ですか」
下手にどちらかの派閥に所属しても負ければ悲惨な目に遭う。だから中立として傍観している貴族も一定いるのは知っているけど……継戦派が中立派と接触とは。
「オルデア公爵令嬢と踊っている中立派の中に有力者が数人いた。継戦派に引き入れるために婚約をする可能性があるから警戒した方がいいだろうな」
「婚約を……」
シルヴェスター様の話に耳を傾けながら思案する。
継戦派筆頭の公爵令嬢であるクラーラ様の年齢は十九歳。結婚適齢期に入っていて継戦派の繋がりや勢力拡大のために婚約する可能性は大いにある。
婚姻は繋がりを強固にする最も手っ取り早い手段だ。私たちも「政争」という政治的な内容で婚約して結婚したからクラーラ様もあり得る話だ。
「……ですがクラーラ様はオルデア公爵家唯一の娘なので慎重に決めるでしょうね」
「ああ。だから簡単には手放さないだろうが接触を図ろうとしている貴族を探る必要はあるな」
「そうですね」
シルヴェスター様の考えに頷く。
クラーラ様はオルデア公爵家の勢力図を拡大する切り札だ。
幸い、オルデア公爵の娘はクラーラ様一人だから簡単には決めないと思う。
筆頭派閥の娘を簡単には手放すとは思えない。まずは親族や分家の適齢期の娘を使って勢力拡大を図るはずだ。
「そういえば伯爵夫人と会っていたが色々と話せたか?」
「はい。実家の様子も聞いてみんな元気そうでよかったです」
「そうか」
母とのことを聞かれて答えると口許を柔らかくする。その様子から本当によかったと思ってくれているのが感じ取れる。
そしてタイミングよくその話になったので許可を得ようと口を開く。
「あの、シルヴェスター様」
「なんだ?」
意を決して伝えようとするも少しばかり緊張する。……許してくれるだろうか。
「……その、近々実家へ行ってもよろしいでしょうか?」
「伯爵邸へ?」
「はい。……実は来週は弟の誕生日で私に会いたいと言っているようで」
母から聞いた内容を伝える。
どうやらベルンが私と誕生日を過ごしたいと言っているようで、母から参加は可能かと尋ねられた。
嫁いだこともあり気軽に実家に行くのはどうかと思いプレゼントだけ用意したけど、かわいいベルンのお願いに心が揺らいでしまい、今に至る。
「難しいのならプレゼントを贈るだけにしますが……」
「誕生日か。──構わない、行って来たらいい」
「! よろしいのですか?」
驚いて見開いて尋ね返す。嫁いだばかりで実家へ帰るのはどうかと思ったけど……。
「弟の誕生日なんだ。行きたいのなら祝ったらいい。伯爵邸に行くくらい一々許可を得ようとしなくていいんだから」
「シルヴェスター様……」
なんてことないようにシルヴェスター様が告げる。なんだか、心配したのが杞憂だったみたい。
「弟とは年が大きく離れているんだったか?」
「はい。十歳離れていて……私をすごく慕ってくれていて、かわいくて」
「そうか。社交シーズンが終われば弟も伯爵領へ帰って会うのも難しいだろう。会いに行けばいい」
「……ありがとうございます」
促してくれるシルヴェスター様に感謝の言葉を紡ぐ。……この人は、いつも私の気持ちを大切にしてくれる。
そんな優しさを胸で感じながら、屋敷へと帰宅した。




