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政略結婚から始まる公爵夫人  作者: 水瀬
第2章 外交と王族

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46.一時の平和

 シルヴェスター様と一緒に王都を散策して数日。

 陛下の呼び出し以降、特別な出来事は起きることなく、穏やかな日々を送っている。


「よし、これで執務は終わり」


 トントンと音を立てて紙を整える。これで午後はゆっくりと過ごすことができる。


「お疲れ様です、奥様。何かお飲み物は召し上がりますか?」

「そうね。なら、レモンティーをお願いできる?」

「かしこまりました」

「あ、あとロバートも呼んでくれる? 一つ書類のことで確認したいことがあるの」

「はい。では呼んで参ります」


 エストが退室するのを確認すると見てほしい書類以外片付け、空気を入れ替えるために窓を開ける。

 窓を開けると新鮮な夏の香りが部屋に入り、明日のスケジュールについて思い出す。


「明日は夜会のドレスと装飾品の打ち合わせか」


 メデェイン王国との外交パーティーも無事終わり、社交シーズンも終盤となった現在、残る大きなイベントはシーズン最後の王家主催の夜会のみだ。

 王家主催の中でもシーズン最後の夜会は王都に滞在する全ての貴族が出席する大規模な夜会で、国王派はもちろん、中立派に継戦派の貴族も数多く出席する。


「あまり時間がかからないといいのだけど……」


 不安な声が零れる。

 夜会に出るドレスとなるとなぜか私より侍女たちの方が気合入る。なので程々にと声をかけておいた方がいいだろう。

 

「あとはシャーリーたちとテレーゼ様の顔合わせね」


 先日王妃様に言った「友人を紹介する」の発言を思い出しながらポツリと呟く。

 シーズン最後となる今回は爵位関係なく招待される大規模な夜会のため、カティアもマリアンヌも出席する予定となっている。

 夏も終われば領主一族は領地に帰ってしまうのでその前に挨拶だけはしておきたい。


 王妃様との対面の後、シャーリーたちには王妃様と友人となり今度紹介したいと綴ると、三者三様違う反応が返ってきた。

 シャーリーは「了解。会う時は教えてね」と簡潔に、カティアは「ご友人になるなんて恐れ多い」と恐縮した様子が文字から読み取れ、マリアンヌは「分かりました。失礼のないように気を付けます」と変わらない美しい文字で、それぞれの性格がよく表れた手紙が返って来た。

 手紙の様子からカティアはやや緊張しているのが感じたけど、王妃様は人見知りだけど穏やかな人だ。きっとすぐに仲良くなれるだろう。

 そう思っているとドアをノックされて返事する。


「はい」

「奥様、ロバートです。入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ、入って」

「失礼いたします」


 礼儀正しく入室してくるのはロバートとエストで、エストの方はティーカートを押しててきぱきとお茶の準備をする。


「奥様、確認したい書類はどれでしょう」

「ここよ。この部分を見てほしいのだけど」

「ああ、これですね。これは──」


 書類を手に取りながらロバートに確認したい部分を尋ねると丁寧に教えてくれる。さすがロバート。説明が分かりやすくて疑問がすぐに解決する。


「なるほどね。ありがとう、助かったわ」

「いいえ。お役に立てて何よりです」


 お礼を言うとロバートが微笑んでくれる。頼れる家令がいてよかったと思う。

 話を終えるとエストがそっとカップを置いてくれるので一口含む。うん、レモンの味がしっかりしておいしい。


「執務はまだやられるのですか?」

「いいえ。急ぎの分は全部終わらせたから今日はもうしないわ」

「左様ですか。ここ最近は外交や呼び出しなどでお忙しかったのでゆっくりとしてくださいませ」

「ええ、そうするわ。最近は色々と忙しかったから」


 苦笑いを浮かべながらロバートの進言に頷く。この一ヵ月は派閥形成のお茶会に外交を兼ねた持て成し、王家からの呼び出しと色々と目まぐるしくて疲れた。

 

「王家主催の夜会が終われば公爵領へ行けるのでそこでゆっくりとお休みください。王都と比べて静かなので心休めることができるでしょう」

「公爵領……」


 ロバートの話に、ふと、ランドベル公爵領について考える。

 社交シーズンが終われば官僚や軍人として働いている貴族以外は家族である妻や子どもと一緒に領地へ帰る。

 シャーリーたちも社交シーズンが終われば領地へ戻り、しばらく会うことはないだろう。


「シルヴェスター様も公爵領に帰るのよね」

「はい。外交官として王宮に登城している身ですが公爵家当主としての仕事で短期間ですが領地へ戻る予定です」

「そう」


 ロバートの話に耳を傾けながら返事する。

 シルヴェスター様は外交官として働いているけど同時にランドベル公爵家の当主だ。当主の仕事を(ないがし)ろするわけにはいかないので領地へ戻る必要がある。

 お茶を飲みながら父も宰相補佐官として働きながら伯爵家当主の仕事をするために短期間だけど領地へ帰っていたな、と思い出す。


「そうね、もうすぐ秋になるものね」


 ランドベル公爵領は実家のエインズワーズ伯爵領より北で、王都よりもやや北に位置する。

 公爵家ということもあって広大な領地を誇り、さらに代々の領主の手腕もあって発展していてウェステリア王国の中でも豊かな分類に入る。


「公爵領って王都より北にあるのよね? やっぱり寒いのかしら」

「確かに王都より北側ですが特別寒い地域ではございませんよ」

「そうなの?」

「はい。王都より雪は降りますが、体感としては王都より少し寒いくらいで夏は王都より涼しく、春と秋は丁度よい気温で過ごしやすいという印象です」


 エストが補足するように答える。王都より北だけどそれほど気候に違いはないらしい。

 しかし、雪。実家の伯爵領は南部に位置していたこともあり、雪はあまり降らなかったけど、毎年降ればベルンが大はしゃぎだったのを思い出す。


「伯爵領と気候が違い戸惑うかもしれませんが王都と似た気候なのですぐに慣れるかと」

「それならよかったわ」


 王都と似ているのなら大丈夫だろう。北部にあるから少し不安になったけど無理しなければ体調を崩すことはないだろう。


「それではこちらの書類は持っていきます」

「ええ。サインは全部したから大丈夫よ」

「分かりました。では、失礼します」


 静かにロバートが退室して執務室には私とエストのみとなる。

 直前まで公爵領について話していたから自然と話題はそのままランドベル公爵領になる。


「エストは公爵領で育った?」

「はい。幼い頃はランドベル公爵領に住み、年も近かったこともあってリカルド様の遊び相手として過ごしていました」

「そうなのね」


 リカルド様とエストの年齢差は一歳。遊び相手として一緒に過ごしていても不思議ではないなと思う。

 シルヴェスター様もリカルド様も使用人の中でも特にエストを信頼しているのは領地からの付き合いだからと考える。


「仲がよかったのね」

「仲がいいなんて恐れ多いです。……ですが使用人の娘の私に旦那様もリカルド様も今も昔も身分を気にせずに接してくれて。だからこそ、ランドベル公爵家に尽くす所存です」


 前半の部分を懐かしそうに語り、後半の部分をゆっくりと噛み締めるようにエストが語る。

 その表情から、本当にシルヴェスター様とリカルド様はもちろん、ランドベル公爵家に深い思いと忠誠があるのが感じ取れる。

 そこで、ふと、思う。シルヴェスター様とリカルド様と昔から関わりがあるのなら、レナルドもそうなのではないだろうか。


「シルヴェスター様と幼少期から関わりがあるのなら、レナルドとも関わりがあったの?」

「……そうですね。レナルドは旦那様の従者として育てられていたのでなんだかんだ関わりはありましたね。……思えば昔から私が暴言を吐いてもニコニコとしていて気に入らない奴でした」


 目が据わって忌々しそうに吐き捨てる。……どうやら幼少期からレナルドと相性が悪いようだ。

 エストにレナルドの話題を振るべきではなかったと内心後悔しながら、どうにか話題を変えようと口を開く。


「ええと、シルヴェスター様もリカルド様も昔からあんな感じだったの?」

「そうですね。リカルド様は明るくて元気でイタズラをしては私の母である侍女長に叱られていましたね。旦那様は昔から優秀で家庭教師からよく褒められていましたよ」

「まぁ。ふふ、リカルド様ったら変わらないのね」

「はい、ずっとあの感じです」


 エストからの肯定にくすくすと笑う。昔からリカルド様があんな感じなら公爵家はさぞ賑やかだっただろうと簡単に想像つく。

 

「美しい湖もあり、春にはボートで漕ぐこともできます。領民も穏やかな気質の者が多く、きっと奥様も気に入ると思います」

「湖のボートね。素敵ね」


 今回は秋だから機会はないけど、もし機会があればぜひ乗ってみたいなと思う。


「…………」


 窓からランドベル公爵領がある方向へ目を向ける。

 ランドベル公爵領に行ったことないのでどんなところかは分からない。

 だけど、エストやロバートが穏やかに話し、シルヴェスター様とリカルド様が生まれ育った場所ならきっと素敵な場所なのだろうと思う。


 シルヴェスター様の仕事上、すぐに公爵領に行くことはできないだろうけどその時が楽しみだ。 

 そう思いながらエストが淹れてくれたお茶を飲んで、程よい酸味のあるレモンの味に微笑んだ。

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