40.一難去って、また一難
ヴィオレッタ妃と面会した翌朝、メデェイン王国の使節団一行は無事出立した。
出立後のウェステリア王国内はというと、継続することになった軍事同盟や会談関連でシルヴェスター様を始めとした外交や官僚たちが忙しく動き回っていた。
また、議会の方では陛下主催の外交を伴う夜会で騒ぎを起こしたビエルド伯爵の件で国王派が継戦派を糾弾し、継戦派は言い返して一戦を交えたと風の噂で聞いた。
そんな中、私はというと屋敷でゆっくりと過ごしていた。
ビエルド伯爵の件で私がヴィオレッタ妃を助けたことで目立ったこともあり、こうして屋敷で大人しく過ごしている。
立場上、目立つのは仕方ないけど今回は継戦派のビエルド伯爵も関わっている。お茶会や夜会で余計なことを滑らせたくないため招待にも断りの手紙を出している。
そうして日々を送っていたある日の夕食後、シルヴェスター様からビエルド伯爵の処遇について切り出された。
「一応、アリシアも関わったから知りたいのなら教えるが知りたいか?」
「……そうですね。どうなったのか少し気になるので教えてもらえるのなら知りたいです」
「分かった」
陛下に命じられて拘束されたビエルド伯爵だけど、それからどうなったかまったく耳にしないので気になるのは気になる。なので知ることできるなら知りたい。
「なら単刀直入に言おう。──ビエルド伯爵家は爵位剥奪となって領地没収になった」
「……爵位剥奪ですか?」
そしてシルヴェスター様からビエルド伯爵の処遇を聞いて目を丸める。降格ではなくて、爵位剥奪?
「降格ではなくて?」
「ああ。財政難とは聞いていたが、伯爵が身に付けるものは決して質素ではなかったからな。ルビーの取引が停止したのは一年前だと聞く。──王太子妃殿下に口添えを頼むほどなのにどこにそんな資産があるか不思議じゃないか?」
「……確かにそれはそうですね」
先日の夜会でのビエルド伯爵の服装を思い出す。
ビエルド伯爵の服や装飾品は決して質素ではなく、伯爵家の品位に相応しく、最新の装飾物も身に付けていた。
今考えれば財政難の伯爵家がどうして購入できたのか。考えれば考えるほど不思議になる。
「それで調べてみれば彼が伯爵になってからは領地の税収を例年の二倍になって自身の生活水準を補っていたのが分かった。王家には未報告で、な」
「未報告……それは違反していますね」
例年の二倍に上げるのも領民の負担が大きいけど、それ以上に王家に未報告だったのはいただけない。
税の徴収額は爵位と土地の面積、土地の状態など細かく調べられた上で決められていて、災害が発生したら王家に申し出をしたら徴収額を減らすことも可能となっている。
逆に徴収額を増やすのならその分、王家に献上する税も増えるのだけど……無断していたとは。
「長期的に税収を上げて徴収すれば領民が逃げ出す可能性もあると同時に暴動が起きる可能性も否定できない。そうしたら高確率で王家から調査が入るだろう。だからどうにかしてルビーの取引先を見つける必要があったんだろう」
「だからヴィオレッタ様にあれほど口添えを頼んだのですね」
「だろうな。メデェインはルビーに価値を重く置いているから取引が成功したら高く売れるだろうな。だからなんとしても取引をしたかったがそのせいで懐に納めていたのが露呈することになったな」
「来賓客である王族への無礼と税収の着服……それで爵位剥奪ということですか」
「ああ。伯爵はこれから裁判にかけられる予定だ」
軍事同盟を結ぶ必要がある隣国の王家に対する無礼、そして税収増加の未報告と税の着服……その結果、ビエルド伯爵は爵位剥奪となったようだ。
「それで現在、国王派が継戦派を糾弾しているのですね」
「まぁな。……だが、継戦派はビエルド伯爵のことなんてどうでもいいみたいだ」
「そうなのですか?」
仮にも同じ継戦派なのにどうでもいいとは。没落貴族とは言え、歴史は長いから色んな家と交友関係があったはずなのに。
疑問を持ちながら尋ねるとシルヴェスター様が蔑んだような薄い笑みを浮かべる。
「ビエルド伯爵家は継戦派に所属するが斜陽貴族で派閥内での影響力も低い。爵位と領地の剥奪が確定している貴族を庇うメリットがないからと手の平返しさ。自分のところに飛び火が来ないように動いているだけだな」
「…………」
吐き捨てるようにシルヴェスター様が冷たい声で継戦派について語る。
シルヴェスター様は私と違って国王派の重鎮で公爵家の当主だから議会にも参加している。
……きっと議会が殺伐していたのだろう。珍しく不快という感情をはっきりと表していると思うから。
「それでは伯爵領は親族が継承するのですか?」
「いや。審議の結果、王家が管理することになった」
「王家が?」
意外だ。爵位剥奪される際はその領地は剥奪された親族が継承するケースが多いのに。
「伯爵領で採れるルビーは良質だからな。継戦派に無駄に資金源を与える必要がないだろう? 当然、継戦派からは反対意見もあったが陛下がどこ吹く風のように一蹴したがな」
なんてことないように告げるもきっと紛糾しただろう。王家が管理するとなると王家の財源が潤うから。
それは、王家と敵対する継戦派からしたら面白くない展開だ。
「それでは王家所有となったのならメデェイン王家との貿易も再開するかもしれませんね」
「そうなるだろう。取引相手が王家ならメデェインが断る理由がないからな。王家の財源は潤うから継戦派は面白くないだろうな」
私の言葉にシルヴェスター様も同意する。やっぱり継戦派からしたら嫌だろうなと思う。
しかし、糾弾する場で平然と王家所有にするとは。陛下も中々やり手だと思う。
……いいや、実際やり手の為政者だ。
明るい表情を浮かべているけどその実、親子ほど年の離れたオルデア公爵を始めとした継戦派と渡り合っているのだからすごいと思う。
「それと、アリシアの立ち位置が少し変化するかもしれない」
「……? どういうことですか?」
「面会の後、王太子妃殿下と歩く姿を官僚や近衛兵たちが目撃して噂になっているんだ。曰く、ランドベル公爵夫人は王太子妃殿下と友人の間柄、と」
「友人ですか」
確かにお昼ということもあり、馬車へ向かうまでに数人の近衛兵や官僚とすれ違った。それで一緒に歩いている姿から友人になったと思っているのか。
「実際に帰国する際、妃殿下の持て成しとアリシアが助けてくれたことに感謝していたからな」
「ヴィオレッタ様が……」
その少しの違和感にシルヴェスター様の話を聞きながら頭を巡らせる。
どうやら見送りの際に改めて私に対して感謝の言葉を零したらしいけど……なぜ私がいない場でもう一度告げたのだろう。
「…………」
口許に手を当てて少しの間、考えて一つの答えへと導かれる。……もしかして。
「……その見送り、継戦派の人もおられましたか?」
尋ねると深い青い瞳を細めて私を見る。機嫌よく見えるのは気のせいだろうか。
「察しが早いな。ああ、いたよ。──内務大臣と財務大臣がな」
そして薄い唇から紡がれる言葉に硬直してしまう。……ヴィオレッタ妃、なんという置き土産を。
内務大臣と財務大臣は継戦派の中心メンバーだ。そして、その継戦派筆頭のオルデア公爵は内務大臣を務めている。
そんな二人の前で告げるということはヴィオレッタ王太子妃は、ランドベル公爵夫人と懇意な関係だと示すことになる。
きっかけはビエルド伯爵の一件で助けたことを理由としているだろうが、それでも身分ある王太子妃の言葉は重い。それを分かっていないはずがない。
つまり、ヴィオレッタ妃はすべて分かった上で発言したことになる。
「大臣の前だけではなく、多くの官僚や近衛兵の前でも親しい様子が目撃されている。それによりランドベル公爵夫人は王太子妃殿下と親しい間柄と認識されるだろうな」
「……そうですか」
否定はできないので何も言えない。実際、友人になってほしいと言われて友人になっているから。
ただ、継戦派からしたら不愉快極まりないだろうなと思う。継戦派貴族の無礼を国王派の私がフォローしたことによりヴィオレッタ妃のお気に入りになったのだから。
『大変な立場だと思うから』
そして、案ずるように私に向けて発したヴィオレッタ妃を思い出す。
メデェイン王国がウェステリア王国の国内情勢をどこまでが把握しているかは分からない。
だけどおそらく私とシルヴェスター様が王命で結婚したことは知っているはずだ。婚約発表はそれはそれは大騒ぎになったし、隠してもいないから知っていると思われる。
そしてその結婚は派閥の結束力を強めることだとすぐに理解したはずだ。一国の姫君として生まれ、私より政略結婚する確率が高い家柄に生まれたのだから。
「……私の立場を思った上での発言でしょうね」
「そうだろうな。己の立場や発言の大きさ、すべて分かった上での発言だろうな」
ポツリと呟いた私の言葉を拾ってシルヴェスター様が同意する。
ヴィオレッタ妃は私のことを同郷で友人と言ってくれた。きっと、私の立場を正確に把握して存在感を強めようとしてくれたのだろう。
歴史を紐解くと政争で敗北した人間の末路は悲惨だ。だからこそ、王太子妃である自身が友人と公の場で公言して少しでも私を守ろうとしてくれたのが窺える。
「……ヴィオレッタ様のお心遣いに感謝ですね」
「ああ。そう頻繁に会えないが王太子妃殿下の心遣いには感謝しないといけないな」
「はい」
アリシア、と美しい声音で呼ぶヴィオレッタ妃を思い出す。
仮にこの政争で国王派が敗北したら、彼女の発言もメデェイン王家で咎められる可能性がある。
それを承知の上で行動してくれて脳裏にヴィオレッタ妃を思い浮かべて目を閉じる。
初めて会った時は表情の変化もあまり見られず、淡々としている方と思っていたけど、面会を通じて気高くて情に深い人だと知った。
その性格も助けないと分からなかったのだから、ヴィオレッタ妃の本質を知ることができてよかったと思う。
「それでアリシア。陛下が王太子妃殿下の件も含めて一度会いたいとおっしゃっている。……悪いが明後日、時間をくれないか」
「……はい?」
初めての外交パーティー一連が終わって束の間。
どうやら私はまた王宮へ赴かないといけないらしい。




