33.歓談のお茶会
王妃様と共に室内庭園へ向かう。
室内庭園には既に王宮の陛下付きの使用人が準備を済ませ、私たちの入室に対して礼をする。
そして同じくヴィオレッタ妃たちを持て成す外交官の夫人たちも続々と入室してくる。
「王妃殿下、本日は美しい山吹色のドレスなのですね」
「ありがとうございます。こちらは陛下が私に贈ってくださったドレスなんです」
「まぁ、さすが国王陛下ですわ。王妃殿下が美しさをよく分かっていますわ」
夫人の賛美に微笑みながら感謝の言葉を伝える王妃様。話していくうちに落ち着いてきたようで噛むことなく話せるようになっている。
「王妃殿下、それでは代表で挨拶をお願いいたします」
「はい、ランドベル夫人」
緊張して周囲を見渡す王妃様に小さく声をかけるとふわりと微笑みながら返事してくれる。よし、大丈夫そうだ。
同じように周囲を見渡す。テーブルや椅子の数、軽食にお菓子、どれも準備できている。あとはヴィオレッタ妃たちが来るのを待つだけだ。
ヴィオレッタ妃たちが訪れるまで王妃様たちと軽い談笑をしていると、やがて使用人からヴィオレッタ妃たちが来たことを告げられ、背筋を伸ばす。
現れたヴィオレッタ妃は美しい白銀の髪を靡かせながらやって来る。
「ようこそ、ヴィオレッタ王太子妃殿下。本日はヴィオレッタ王太子妃とお茶会できるなんて嬉しいです」
「こちらこそ、王妃殿下主催のお茶会に参加できるなんて嬉しい限りです。本日はよろしくお願いいたします」
「そう言ってくれて何よりです。本日はウェステリア語でもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
継戦派がいないこの場ではウェステリア語でも構わない。そのため、ウェステリア語で言葉を交わしていく。
王妃様は緊張しながら友好的な笑みを、ヴィオレッタ妃は涼やかな目元を僅かに細めてカーテシーをして挨拶する。……昨日と同じく淡々としているなと思う。
僅かに緊張に包まれた中で、互いに着席するとテリス夫人とバルト夫人が場を盛り上げるためか、早速声を上げる。
「それにしてもなんて美しい室内庭園なんでしょう。色とりどりの花が咲いていますね」
「本当。我が国にはない花まで咲いていますわ」
「ありがとうございます。こちらの室内庭園では約五十種類の花が四季折々咲いているのですよ」
「まぁ、五十種類も?」
テリス夫人の言葉に王妃様が微笑みながら答える。先ほどまでの緊張に震える姿がまるで嘘のように感じる。
主催するのは初めてだけど公務は母国でも経験しているからか、きちんと対応できていると思う。
「どうぞ、我が国とメデェイン王国のお茶菓子を用意しました」
「まぁ、メデェイン王国のお茶菓子も?」
「はい。せっかく両国の交流ですからどちらの茶菓子も味わうのもいいと思いまして」
「素敵ですわ」
ヒューズ夫人の問いににこやかに答える。
祖国のお茶菓子にこちらのお茶菓子どちらも食べられるように準備万端だ。
「ヴィオレッタ様はどれにしますか?」
「そうね……。なら、私はレモンパイで」
テリス夫人の問いにヴィオレッタ妃が淡々と答える。これがヴィオレッタ妃の普段の様子なのだろうか。
「ヴィオレッタ妃。こ、こちらはウェステリア王国自慢の砂糖を使用しています。ヴィオレッタ妃もお一つ如何ですか?」
「そうなのですね。それでは一ついただきます」
王妃様が懸命にヴィオレッタ妃に話しかけるけどヴィオレッタ妃の反応は簡潔だ。うん、多分これが元々なのだろう。わざわざ友好関係を結ぶために来たのに愛想悪くする理由がないから。
ヴィオレッタ妃の雰囲気に王妃様とテリス夫人が少し気まずそうだ。この様子を見ると王妃様とヴィオレッタ妃の会話は注意深く観察して助けに入るべきだろう。
「王妃殿下はソヴュール王国からの嫁入りでしたわね。結婚式、とても美しかったですわ」
空気を変えるためか、テリス夫人が話題を変えて王妃様の結婚について触れる。
「あ、ありがとうございます、テリス夫人。こうしてまたテリス夫人に会えるなんて嬉しい限りです」
「まぁ、こちらこそ光栄ですわ」
王妃様の言葉にテリス夫人が微笑む。メデェイン王国からも外交官数人が王家の名代として参加していたと聞いているので驚かない。
「ランドベル公爵夫人はお若いわね。おいくつなの?」
微笑みながらお茶を飲んでいるとバルト夫人から問われる。なので微笑みながら答える。
「私は今年で十八になります」
「まぁ、本当に若い。この中では最年少ではなくて?」
「はい。なのでこのような交流会は初めてで。本日は皆様とお茶をするの楽しみにしていたんです」
「あら、嬉しいわ」
お茶会を楽しみにしていたと話すとテリス夫人が目を細めて喜んでくれる。
テリス夫人は結婚して侯爵夫人だけど元は王家に連なる公爵家出身で王家の血を引いている。なのでヴィオレッタ妃の次に影響力を有していると言っても過言ではない。
そのテリス夫人は話しぶりからこちらと友好的な関係を結びたいという様子も読み取れる。ヴィオレッタ妃が難しいのならテリス夫人と友好関係を結ばないと。
「皆様は最近何か夢中な文学作品か演劇はございますか?」
ニコリとテリス夫人が微笑みながら尋ねてくる。
「私は最近、メデェイン王国の『アルドー・ルリウス探偵の事件簿』がよく好きで呼んでいます」
「まぁ、ランドベル夫人もアルドーのファン? 私の夫に兄もアルドーのファンでよく読んでいるのよ。ふふ、もちろん、私もファンよ」
「テリス夫人もですか? 一番好きなのは何巻ですか?」
同意するテリス夫人に微笑みながら今度は私の方が尋ねると、にこやかに微笑みながら答える。
「私は三巻の伯爵邸の怪奇現象が好きね。物語が進むにつれ怪奇現象増えていくのが少しの怖いのだけどそれが面白くて続きを捲ってしまうの」
「三巻ですね、私も読みました。まさか犯人が伯爵令嬢だったとは驚きました」
「ランドベル公爵夫人も読んだのね。ランドベル公爵夫人はどの巻が一番好き?」
「私は五巻の天才画家の秘密が一番面白いです。贋作を見つけるためにアルドーが犬猿の仲のフィリル伯爵と協力する際の二人のやり取りが面白くて」
「ああ、あれね! 互いにいがみ合っていてその軽快なやり取りが本当ね」
テリス夫人もアルドーシリーズの愛読者のようで話題が盛り上がる。やはり本国でも大人気なようだ。
「メデェイン王国は様々な文学が生まれる国で素晴らしいですわ。私は『フラストの笛』という純文学が好きですわ」
「わたくしは『アルマディーノ王の嘆き』の演劇がお好きですわ」
私の後にウェステリア側の夫人たちが次々と好きな本や演劇を語っていき、メデェイン王国側の夫人たちも好きな作品を語って場が華やぐ。
「あら、この洋菓子は初めて見るわ」
「あ……、それはクグロフというお菓子です」
「クグロフ?」
ヒューズ夫人の言葉に王妃様がにこやかに答える。ヒューズ夫人が不思議そうにお菓子と王妃様を見る。
「はい。元は帝国と面する南部で食べられていたお菓子なのですが最近王都にやって来て。中にはレーズンが入っていてふっくらとした食感でおいしいですよ」
「まぁ。では一口いただきますわ」
ナイフで切ってヒューズ夫人が食べる。横に座る王妃様が少し緊張した様子で見守っている。
「まぁ、とてもおいしいですわ。生地はブリオッシュですか?」
「は、はい。ブリオッシュ生地を使用していて、我が国では朝食やお茶会にも使用しています」
「見た目はカヌレに似ているけど食感が違うのですね。王都でも販売しているのですよね? 帰国の際に購入しますわ」
「ありがとうございます」
ほっとしたように王妃様が肩の力を緩めるのが窺える。……それにしても、よく勉強していると思う。
私の実家であるエインズワーズ伯爵領はウェステリア王国の南部に位置し、私も幼い頃はクグロフをよく食べていた。
バターと卵をたっぷり使用したブリオッシュ生地にレーズンやナッツが入ったクグロフはおいしくて王妃様の言う通り、朝食に使うこともある。
……こうして聞いていると緊張しているけどしっかりと私たちの国の文化を勉強しているんだなと思う。
まだ嫁いで慣れないことが多いのに少しでも色んな地域を学ぼうとしているのが窺えて嬉しくなる。
そしてヒューズ夫人の言葉をきっかけに他の夫人も召し上がる。
「本当、やさしい味しているわ」
「こちらはナッツが入っているのね」
「他にもカカオ味や卵の味が強めのクグロフなどもあって種類が豊富なのですよ」
「まぁ、そうなのですか? なら色んな種類を買わないと」
「帰って来てから友人に分けませんとね」
他の味もあると説明すると興味深そうに耳を傾ける。どうやら気に入ってくれたようで嬉しくなる。
「ヴィオレッタ様はレーズンとナッツとブルーベリー、どれにしますか?」
「……ステファニアはどれがお勧め?」
テリス夫人からの問いかけにヴィオレッタ妃がゆっくりと尋ねる。
「わたくしはレーズンの方をお勧めいたしますわ」
「ならステファニアの言葉を信じるわ。一つお願い」
「ふふ、分かりました」
テリス夫人から受け取ったクグロフをゆっくりとナイフで一口サイズに切って口に含む。……どうだろう、ヴィオレッタ妃の口に合うだろうか。
「……おいしい」
咀嚼したヴィオレッタ妃がポツリ、と独り言を呟く。
「……懐かしい味でおいしいわ。レーズンが引き立たせてくれているわね」
ふっ、と微笑む姿に息を呑む。だって、まるで絵画から出てきたかのような美しい微笑みだったから。
外交上の微笑みではなくて心から思っているのが感じ取れる微笑みに、味わうように食べるヴィオレッタ妃を見て気に入ってくれてよかったと思う。
それは私だけじゃなかったようで、ヴィオレッタ妃の微笑みを見てテリス夫人たちが声を上げる。
「ヴィオレッタ妃殿下、こちらのナッツも絶品ですわ! 一口どうですか!?」
「こちらのブルーベリーもおいしいです! ぜひお召し上がり下さい!!」
「わ、分かったわ……。分かったから貴女たち、落ち着いて……」
見惚れていたテリス夫人たちがヴィオレッタ妃に残りの二種類も勧める。それに対してヴィオレッタ妃が少し戸惑った様子で応じる。
「……こっちの味の方が好きだわ」
バター風味が強いクグロフを口に含むとおいしそうに目を細めて感想を述べる。テリス夫人が感動したように見つめる。なんだろう、珍しいのだろうか。
「王妃殿下! 食後のデザートはこちらにしてもらえませんか!?」
「わたくしからもお願いいたしますわ、王妃殿下!」
「えっ……!? わ、分かりました。で、では他の味も用意いたします……!」
ヴィオレッタ妃以外の三人の外交官夫人たちから見つめられて頼まれて困惑した表情を浮かべながら王妃様が応じる。
その様子に驚いて目を丸めてしまう。それは他の人も同じようで目を丸めたりしていた。
淡々とした口調のヴィオレッタ妃だけど、甘いお菓子が好きでテリス夫人たちとは仲が良好で大切にされているのがよく感じられる一幕だった。
お昼頃に短編を投稿したのでよければそちらもお願いします。
※本作とは関係のないお話です。




