29.歓迎パーティー1
メデェイン王国使節団の歓迎パーティー当日。
今回は王太子夫妻に外務大臣、外交官五名とその外交官の妻である三名が訪問する。
当たり前だけど、重要で失敗が許されない外交だ。相手は王太子夫妻。もし関係が悪化したら貿易面や軍備費用が大変なことになる。
グロチェスター王国とは未だ終戦を迎えていない。あくまで停戦状態で西と北東に頭を悩ませるわけにはいかない。
冷静に、そして友好的に相手を持て成す必要がある。
「奥様、よく似合っています」
「とっても似合っています!」
「ありがとう、マダム・フェリスのおかげね」
称賛の声を上げるサマンサとラウラにそう返す。隣にいるエストも満足そうに頷いている。
マダム・フェリスに作ってもらったのは深緑の落ち着いた色合いの美しいドレスで悪くないなと思う。
「イヤリングも間に合ってよかったですね」
「ええ、本当」
エストの言葉に頷きながらイヤリングにそっと触れる。
イヤリングはカティアの実家であるフェルノン商会を通じて入手したもので、アザレアの模様をしている。
このアザレアはメディン王国の国花で、国花であるアザレアのイヤリングを通してメデェイン王国の歓迎を祝うことを伝えるつもりだ。
カティアに急ぎメデェイン王国から取り寄せてほしいと頼んだけど無事間に合ってよかったなと思う。繊細な加工技術につい目が行く。
「早いけどそろそろ行くわ」
時計を見ながら伝える。歓迎パーティーが始まるのは午後七時で今は五時半過ぎ。少し早いけど他家の馬車との渋滞を防ぐためにも王宮へ行きたいと思う。
「そうですね。余裕を持って行った方がよろしいでしょう。ラウラ、御者に伝えてちょうだい」
「かしこまりました!」
そしてサマンサが手伝いをしていたラウラに御者に伝えるように指示する。
鏡に映る自分を見る。これなら王家主催の歓迎パーティーでも派手過ぎず、地味過ぎないだろう。
初めての外交パーティーで緊張するけどできることはすべてやって来た。あとは自分を信じるしかない。
「奥様、御者の準備ができました!」
ラウラが戻ってきて明るい声で報告してくる。なので微笑んで返事する。
「分かったわ。それじゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ。エスト、奥様をお守りするように」
「はい、侍女長」
「もう、サマンサ。大丈夫よ」
しっかり護衛するように娘のエストに伝えるサマンサに苦笑する。王宮に行くだけなのに。
サマンサやロバートに見送られながら王宮へ向かう。
「旦那様とは王宮で落ち合うのですか?」
「ええ。シルヴェスター様はメデェイン王国の貴賓の出迎えで忙しいだろうから」
メデェイン王国の来賓が到着したのは昼頃。出迎えたのは陛下と王妃様、そして宰相であるフォーネス侯爵と外務大臣にシルヴェスター様を始めとした数人の外交官で遅めの昼食を摂り、七時から歓迎パーティーが開催することになっている。
そして、このパーティーには継戦派であるクラーラ様も参加すると聞いている。……さすがに他国の王族を招いている場所で何か仕掛けてくるとは思えないけど一応、注意しておいた方がいい。
始まる前から溜め息を吐いてしまいそうになるのを抑えて窓から夕方の景色を眺める。
到着したら近衛兵に家名を告げるように言われている。どうやら近衛兵がシルヴェスター様に伝えてくれるように手配しているようだ。
「…………」
歓迎パーティーでは王妃様の隣で王太子妃殿下と交流することが私の任務だ。二日後も王太子妃殿下を持て成すことになっているのでできるのなら仲良くしたい。
「奥様、緊張しますか?」
「少しね。だって外交関係のパーティーなんて初めてだもの」
エストの問いに苦笑しながら答える。本当に、すごい立場の人と結婚してしまったなと思う。
数ヵ月前は想像すらしていなかった。まさか私が国王派筆頭のランドベル公爵家の当主であるシルヴェスター様と婚姻を結んでランドベル公爵夫人になるとは。
一令嬢である自分は政争とは無関係だと思っていた。なのにあれよこれよといううちに国王派と継戦派の政争に巻き込まれて、今は同盟国の王太子妃殿下の持て成しという重要任務を担っているなんて。
そして嫁いで早々に騒動に巻き込まれて大変だった。外交官に憧れていたけど、こんないきなり次々と降りかかってくるとは思うまい。正直、驚きの連続である。
「シルヴェスター様と結婚したのがもう随分前に感じるわ」
「……私がお傍で支えられたら良いのですが」
「何言ってるの。もう十分エストたちには助けられているわ」
心配するエストに微笑みながら告げる。
エストたちも急な話で驚いたはずなのに日々私を女主人として扱い、支えようとしてくれてどれほど助けられているか。
「それに不安もあるけど楽しみでもあるの。文化は知っているけど実際に訪れたことがないからメデェイン王国のお話は興味があるわ」
「ご興味ある話たくさん聞けたらいいですね」
「ええ」
不安はあるけど楽しみなのは本当だ。実際に住む人間の話は本で読むのとまた一味違うので楽しみだ。
そんな風にエストと談笑していると王宮へたどり着く。
王宮警備を任務とする近衛兵に家名を告げると、近衛兵がシルヴェスター様を呼ぶと言われたので馬車の中で待つとシルヴェスター様とレナルドがやって来る。
「アリシア」
「シルヴェスター様、レナルド」
レナルドが馬車を開けるとシルヴェスター様が手を差し出してきたので手を重ねて降りる。パーティー用に今日は正装姿だけど相変わらずよく似合っている。
「早かったでしょうか?」
「いいや、丁度いい。既に集まっている人もいるくらいだ」
「そうなのですか? お仕事は大丈夫ですか?」
恐る恐るシルヴェスター様に尋ねる。もし急いで来たのなら申し訳ない。
様子を見ながら尋ねると首を振られる。
「もう終わっているから気にしなくていい。待ちながら来賓の情報をチェックしていたくらいだ」
「それならよかったです」
仕事は終わっていると聞いてほっとする。よかった、仕事の邪魔をしなかったようだ。
「会場へ行こう」
「はい。じゃあね、エスト、レナルド」
「はい、奥様」
「頑張ってください、アリシア様」
シルヴェスター様の腕に手を添えてエストとレナルドに行ってくると告げ、顎を引いて歩いていく。
「実は今日のパーティーにはリカルドも参加している」
「まぁ、リカルド様が?」
リカルド様の出席を聞いて驚く。公爵家の子息だから参加していても不思議ではないけれど、リカルド様が参加するとは聞いていなかったから。
「外交官じゃなくてもリカルドは外交を司る一族の人間だからな。最初の数曲はメデェイン王国の曲だからその後のウェステリア王国の曲の時にでも一度踊ってくれないか」
「分かりました」
シルヴェスター様の頼みに快く頷く。それくらい構わない。リカルド様と一曲踊ると記憶する。
シルヴェスター様にエスコートされた状態で歩いていくと王宮の大広間にたどり着く。
大広間の入り口に王宮の使用人が大広間の重厚な両扉を開けると視線が私たちに集中する。特に私はレルツ伯爵家の夜会以降の社交だからか視線を多く感じる。
「兄上! 義姉上!」
そんな中、真っ先にやって来たのは義弟のリカルド様だ。ぱぁっと明るい笑みでやって来て話しかけてくる。
「義姉上、今日は深緑のドレスなんだね。すごく似合ってるよ」
「ありがとうございます、リカルド様」
ニコニコと人好きのする笑みで私のドレスを褒めてくれる。公の場で義姉を気遣ってくれてリカルド様も優しいと思う。
お礼を言いながら微笑むとリカルド様が苦笑いを浮かべる。
「お世辞じゃなくて本当だよ? ねぇ、兄上もそう思うでしょう?」
「え」
しかし、そう思っていたのも束の間。すかさずリカルド様がシルヴェスター様に同意を求める。そこまでしなくていいのに。
問いかけられたシルヴェスター様が視線を動かして私のドレスを見るので黙ってしまう。……自分で見たら大丈夫と思ったけどなんだか不安になってきた。
私としては派手過ぎず、だけど地味過ぎないように落ち着いた色合いのドレスを選んだつもりだったけど……大丈夫だろうか。
少し不安になりながら待っていると、シルヴェスター様が口を開く。
「ああ。リカルドの言う通り、よく似合っている」
「……あ、りがとうございます」
返事をするも思わず力が抜けてしまう。……よかった、問題ないみたい。
内心ほっとしていると、男性や女性たちが次々と私たちの元へやって来る。
「ランドベル公爵、公爵夫人、そしてリカルド様。ご機嫌麗しゅうございます」
「ランドベル公爵、本日はお会いできて光栄です」
「公爵夫人は本日もお美しくいらっしゃいますね」
「リカルド様、軍人としての活躍はお聞きしております。いや、さすがリカルド様ですな」
四方八方、私とシルヴェスター様、そしてリカルド様に次々と挨拶してくる。
シルヴェスター様はいつも通り無表情で応対し、対照的にリカルド様は明るい笑みを見せながら応対する。なので私も淑女の笑みを浮かべる。
シルヴェスター様とリカルド様だけではなく、私にも機嫌取りするのは恐らくこの前のベナード侯爵令嬢の騒動でシルヴェスター様が私を守ったからだろう。取り入った方が何かしら利益があるかもしれないという魂胆だろうと推測する。
そう思われるのは嫌だけど微笑んだ方がいいので微笑む。いらぬ波風は立てたくないし、立てる必要はない。
ランドベル公爵家と繋がりのある貴族、まだ繋がりがなくて近付きたい貴族、そしてリカルド様と関係ある軍人たちが集まって人口密度がすごい状態となる。
「すみません、あっちで話しませんか? こちらでは人多いですし」
「おお、そうですな。ところでリカルド殿。うちの娘は今、十七歳で──」
自分に用がある人たちを引き離そうとリカルド様が場所を移動する。だけど娘の紹介される。
リカルド様はランドベル公爵家の後継ぎではないものの公爵家の次男で軍に属している。身分的に申し分ないので令嬢の紹介をされて大変だなと思う。頑張ってほしい。
「ランドベル公爵、公爵夫人。こんばんは」
「ローレンス侯爵、夫人に令嬢も」
「こんばんは。閣下、夫人」
ニコリと淑女の笑みを浮かべるのは親友のシャーリー。その隣には両親であるローレンス侯爵夫妻がいる。
ローレンス侯爵の挨拶に耳を傾けながら挨拶を返す。ローレンス侯爵はシャーリーと似ていて長い挨拶をせず、簡潔に終わらせてくれるので助かる。
「丁度いい。アリシア、ローレンス侯爵令嬢と談笑してくるといい」
「よろしいのですか?」
シルヴェスター様の提案に目を丸める。そりゃあ、よく知らない人たちと話すよりも友人であるシャーリーと話している方が楽だけどいいのだろうか。
「この後は忙しいだろう。今のうちに楽しんだらいい」
「シルヴェスター様……」
シルヴェスター様の優しさに胸がほんのり温かくなる。また、見知らぬ人が多くて緊張している私を気遣ってくれている。
その優しさに嬉しく思いながらふわりと微笑む。
「ありがとうございます。では、そのようにいたします」
「ああ」
そうして私はシルヴェスター様に一礼して別れた。




