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政略結婚から始まる公爵夫人  作者: 水瀬
第1章 始まりを告げる鐘
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20.騒動の代償

 翌日、目の前の光景に顔を引きつらせずにはいられなかった。

 社交界の情報能力を見くびっていた。騒ぎになって明日には知れ渡っているだろうなと思ってはいたけど、まさかこんなに早いとは。

 執務机には昨夜の騒ぎに対する心配と事件の詳細を聞きたいと興味津々の手紙で膨れあがっていた。


「……これは全部、昨夜の騒ぎの手紙?」

「はい」

「左様でございます、奥様」


 エストとロバートの返答に眩暈が起こる。まさか、こんなに早いとは。

 数ヵ月前まで、私は一伯爵令嬢だった。

 だけど今は違う。政略結婚で結ばれたものだけど今は公爵夫人。当然、目立ってしまう存在だ。

 それが、事件やゴシップならなおのこと。

 

 ゆっくりと椅子に座ってペーパーナイフで封を破って手紙を見る。

 知り合いの貴族から交流のない貴族までベナード侯爵令嬢と私の騒動について手紙で大丈夫か、何があったのか、詳細を教えてくれと、尋ねていて辟易する。


「みんな、興味津々なようね」


 手紙を読んで乾いた笑みが零れる。大丈夫か、と心配の言葉を綴っているけどそれ以上に根掘り葉掘り聞きたいのが文字からひしひしと感じられる。


「そして奥様。こちらを」

「これは……ダリヤン侯爵家から?」


 ロバートから差し出され、受け取るのはダリヤン侯爵家からの手紙。

 封を開けて中身を読んでいくと娘の不始末への謝罪文が平身低頭、長々と綴られている。

 今回の騒動の渦中にあるベナード侯爵令嬢と娘が友人関係だから冷や汗かいているのが窺える。窺えるけど──。


「どうするべきかしら……」


 今までこんな事件に巻き込まれたことないのでどう対処したらいいのか分からず考えてしまう。

 どうするべきかと考えていると、コンコンとドアがノックされる。


「はい、何?」

「失礼します、奥様。ロバート様、よろしいでしょうか?」

「どうしましたか?」

「実は……」


 やって来たのは執事で、こそこそとロバートの耳元で何かを囁く。私に聞かれたら困る話なのだろうか。


「そうですか。奥様、申し訳ございませんが少し外します」

「ええ、分かったわ」


 退室するロバートを眺め、椅子に座る。

 ロバートが必要な用事とはなんだろう。確かにロバートはこの屋敷の家令で色んな仕事の責任者であるけれど。

 と、そんなことを思いながら手紙を読んでいくけど、ふと、思い至って立ち上がり窓の方へ向かう。


 公爵夫人である私の部屋と執務室からは公爵家の表門が見えるようになっている。

 表門の方を凝視するとどこかの家の馬車と使用人が見える。

 そして案の定、入り口にはロバートがやって来て、相手方の使用人が急いで頭を下げる。

 使用人は遠くからでも分かるくらい顔面蒼白な状態で何度もロバートに頭を下げ、話している度にさらに青白くなっている。

 その光景から一つの答えが導かれる。


「……そういうこと」


 あれは恐らく、ベナード侯爵家かダリヤン侯爵家かスペンス子爵家の使用人だ。

 今回の騒動に関係ない家なら公爵家の執事か侍女が対応して手紙を受け取ればいい。

 しかし、騒動の関係者のため家令のロバートに報告したのだろうと考えれば辻褄が合う。


 その予想は的中し、しばらくして執務室に戻ってきたロバートの手にあった手紙はベナード侯爵家だった。


「謝罪、ね」


 受け取って読んでみるとベナード侯爵家の手紙もダリヤン侯爵家と同じく平身低頭で謝り続けていて、直接謝罪に伺いたいと綴られていた。

 当の令嬢は来るのか分からないけど、謝罪は受け入れた方がいいだろう。下手にこれをきっかけに継戦派に加わったら私のせいになる。それだけは避けたい。

 いつにしようかと悩んでいると奥様、と呼ばれて、さりげなくロバートに手紙を取り上げられて目を丸める。


「ロバート?」

「こちらは旦那様に任せましょう。被害者は奥様ですが、家同士の当主に任せた方がよろしいかと」

「でも、そんなことしたらシルヴェスター様に迷惑かけるわ」


 ロバートの口からシルヴェスター様の名前が出てきて戸惑ってしまう。

 シルヴェスター様は今、王妃様の国であるソヴュール王国と貿易案で忙しいのにそんなことしたら手を煩わせることになる。可能であるのなら自分で対処した方がいいに決まっている。

 何より、迷惑かけたくないと思ってしまう。


「いいえ。今回は当主同士の対応が適切かと。令嬢だけならまだしも父親である侯爵が参加している夜会で起きた問題です。当主同士話すのが適切かと」

「でも」

「それに、このくらいで旦那様は怒りません」

「…………」


 安心させるようにロバートが教えてくれる。

 確かに、今回の件は侯爵参加の夜会で娘が暴挙に出た。娘が問題を起こしたけど、保護者の侯爵に責任が問われる。

 それなら当主同士話し合った方が適切だというロバートの言い分は分かる。

 私が勝手にやって報告を済ますより、シルヴェスター様に一任した方が効率的なのも分かる。

 迷惑かけたくないのは本当だ。

 だけど、何が最善か考えないといけない。


「……分かったわ。ベナード侯爵家はシルヴェスター様に頼んでみるわ」

「はい。それがよろしいかと」


 ロバートが頷くのを横目に見て、他の手紙に目を向ける。


「あとの手紙は……こっちはなんとかするわ」

「いいえ、こちらは私が対処しましょう」

「え?」


 ロバートの提案に聞き返してしまう。ぱちくりと瞬きをして瞠目する私と対照的にロバートは目を細める。


「ご実家とご友人のローレンス侯爵家からも手紙が来ております。面白半分に聞いてくる手紙の対処は疲れるでしょうから私が対処します」

「そんな……」

「奥様もしんどいでしょう。どうか私にお任せください」

「……分かったわ」

「はい」


 ロバートの提案に頷く。

 面白おかしく根掘り葉掘り聞いてくる貴族の対処をする必要ないのは楽だ。

 だけど……甘やかされている気分になる。


「……なんだか甘やかされている気がするわ」

「よろしいかと。嫁いで以来、公爵家の勉強に派閥の勉強と色々と頑張っていたので。余計なことは考えずにゆっくりと安静してください」


 私の頬を見ながら語るロバートの目は優しく、怪我をした私を思ってくれているのが窺える。


「……じゃあ、お願いしてもいいかしら?」

「はい。お気になさらず」


 ニコリと微笑みながらロバートがそう言ってくれ、返信する手紙を選別する。

 選別するのは全ての手紙が騒動のことに興味津々というわけではないから。中には先日の夜会で知り合い、純粋に心配の言葉だけを送ってくれた令嬢や夫人もいるのでそれらは私が引き受けて選別した手紙をロバートに渡す。

 そしてロバートが退室した後、ゆっくりと実家からの手紙を見た。


 昨夜の騒ぎは実家にも当然届いていて、母から大丈夫かと書かれていた。母の手紙によると父も案じているようだ。

 特にベルンは朝に偶然にも私の騒動を聞いて何度も母に私の様子を聞いて大変だったらしい。

 その当のベルンからも手紙が届いた。母の手紙と一緒に封に入っていた。


「ベルンったら……」


 手紙には子どもらしい少し丸みがある字で私を案じていた。

 一生懸命書いたであろうベルンの字は事件のことを教えろ教えろという貴族たちと違って心が和んで柔らかい笑みを浮かべてしまう。


「弟君ですか?」

「ええ。十も離れているとかわいくて」


 エストの問いに答える。小さい頃から姉様、姉様と慕ってくる弟はかわいくて仕方ない。

 案じてくれた母と父、そしてベルンにそれぞれ返信を書く。まだ昼前なので今日中に送れば今日には届くだろう。


 続いてシャーリーの手紙はこちらも私を案じる心配の言葉があった。

 それと一緒にベナード侯爵令嬢に代わりに物理的に仕返ししてやろうかと提案の内容が書かれていたので丁重に断っておく。

 私もそうだけど、貴族のお嬢様として育ったベナード侯爵令嬢は当然力なんて強くない。

 しかし、シャーリーは違う。侯爵家の後継ぎとして育てられたシャーリーは美しい令嬢だが中身は護身術として武術も嗜んでいる。

 元軍人に教わったシャーリーが仕返しすると相手が泣くのではないかと思う。なので念を押して断っておく。


 実家とシャーリーに返信を書き終えると他の貴族へ返信する。陛下主催の夜会で知り合って少し親しくなった人たちだ。

 黙々と返信を書き続けて最後の一通を書き終えて小さく息を吐く。


「奥様、何かお飲みになりますか?」


 タイミングよくエストが声をかける。書き終わったことだし休憩しようと思う。


「そうね。紅茶をお願いできる? ミルクを多めで」

「かしこまりました。こちらの手紙も持っていきますね」

「ええ。お願い」


 エストも退室して執務室には私一人になり、背筋を伸ばしながらこの後のことを考える。

 手紙はロバートに任せ、家族や友人の手紙は書き終えた。あとは──。


「帰ってきたらシルヴェスター様に謝らないとな……」


 この広がり具合なら王宮にいるシルヴェスター様の耳にも届いているだろう。迷惑かけたなと思う。


 時間が経つにつれ後悔ばかりがよぎる。

 もう少し冷静に対応したらよかった。怒りに飲まれているベナード侯爵令嬢に火に油を注ぐような言い方をしたなと反省する。

 仮に父が同じような状況に陥っていも、父ならもっと上手く立ち回っていただろう。反省してもしきれない。


「はぁ……」


 自分の不甲斐なさを呪って溜め息を吐いていると、奥様、と帰ってきたエストに声をかけられて意識を戻す。


「どうしたの?」


 戻ってきたエストはティーカートを持っておらず、どうしたのかと尋ねると少し困ったような声音が返って来た。


「旦那様が帰ってこられました。……奥様に会いたい、と申しております」

「…………」


 どうやら考える時間もなく、シルヴェスター様が帰ってきたようで硬直するしかできなかった。

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