16.義弟の襲来2
それからもリカルド様とは色んな話をした。
明るいリカルド様は様々な話題や思い出話をしてくれて聞いていて飽きない。
「──それでその時、兄上が颯爽と助けに来てくれて。本当にカッコよかったんだ!」
「そうだったのですね。よかったですね」
「本当だよ。兄上には感謝してもしきれないよ」
シルヴェスター様と同じ深海のように深い青い瞳を細めて人懐っこい笑みを浮かべる。
リカルド様はやっぱりシルヴェスター様が大好きなようで、話の内容はシルヴェスター様関連が多い。
二人兄弟だからか小さい頃はシルヴェスター様がよく相手してくれたようで、時にはそこに陛下たちも加わって遊んでいたようだ。
「国王陛下とも遊んでいたのですね」
「陛下は末子だからか僕を弟のようにかわいがってくれてたんだ。屋敷へ来る度、よく王宮のお菓子も分けてくれたんだ」
「まぁ、陛下が?」
「うん。でも揶揄われることもあったけどね。だけどその度に兄上が守ってくれたんだ!」
懐かしい昔話に花を咲かせるリカルド様。その話から昔から面倒見がよかったのが窺える。
「義姉上は? 確か弟がいたよね?」
「はい。今は八歳ですね」
「十歳も離れてるんだ? じゃあすごくかわいいね」
「そうですね。従兄妹はみんな私より年上でしたからかわいくて」
父方にも母方にも従兄妹がいるけどみんな私より年上だった。なのでベルンをかわいがったものだ。
そのせいか私にすごく甘えてくるけど、かわいくてついつい叶えたくなる。
「結婚式で見たから覚えてるよ。どちらかと言うと伯爵に似ていたよね」
「そうですね。私は母似で弟は父似ですね」
「だよねぇ。僕たちもそうだよ。兄上は父上に似てて僕は母上に見た目がそっくりだし」
父親似母親似の話になって盛り上がる。確かに結婚式で見たけど、リカルド様はお義母様とそっくりだと思った。
シルヴェスター様とリカルド様があまり似ていないように見えるのは性格もあるけど容姿も関係していると思う。
「義姉上がしっかりしているのはお姉さんだからかぁ」
「リカルド様は弟っぽいですね」
「やっぱり? それ友達や上官にも言われるんだ」
「まぁ、ふふ」
愛嬌のある笑みを向けて語るリカルド様に私も笑みを零す。
初めは急な来訪で驚いたけど、リカルド様は話題が豊富で聞いていて楽しい。
シルヴェスター様はあまり口数が多くないから容姿や雰囲気もそうだけど、こんなところも真逆だなと思う。
そんな風に思いながらリカルド様との談笑を楽しんでいると、ドアがノックされロバートが一声かけて入室してくる。
「奥様、リカルド様。旦那様が帰られました」
「シルヴェスター様が?」
ロバートからシルヴェスター様の帰宅を告げられ時間を見る。
気付けば時計の針は夜の七時を指しており、随分リカルド様と話していたんだと気付く。
「わっ! 結構話してたんだ。ごめんね、義姉上」
「いいえ。今日は特に予定はなかったですし。それにリカルド様のお話し聞くのは楽しかったですから」
「義姉上っ……! ううっ、ありがとう。義姉上は優しいね」
素直に伝えると感激したように感謝される。私はありのままを伝えただけなんだけど……。
とりあえず、シルヴェスター様が帰宅したのなら出迎えの挨拶をするべきだ。
「シルヴェスター様が帰って来たのね。なら出迎えるわ」
「かしこまりました。私は先に旦那様に今日の報告をいたします」
「ええ」
ロバートに頷くと一足先にエントランスホールに向かい、私も立ち上がる。
「リカルド様はどうしますか? 一緒に来ますか?」
「僕も行くよ。久しぶりに兄上を出迎えたいし!」
「いいえ、リカルド様はこちらで待機を」
「エスト? え、なんで?」
「すぐに分かります」
リカルド様も行こうとしたけどなぜかエストに止められる。不思議だけど、早く出迎えるべきなので一人で向かう。
エントランスホールへ行くと丁度ロバートからリカルド様の突然の訪問を聞いたのか、シルヴェスター様が額を抑えて溜め息を吐き、後ろにいるレナルドが苦笑している。
「おかえりなさいませ」
「……ああ、ただいま」
声をかけるとゆっくりとこちらへと向いて返事を返してくれる。
「……すまない、弟が」
「いいえ、予定がなかったので大丈夫です」
「それならいいんだが……。リカルドは?」
「リビングです。つい先ほどまで一緒にいたので」
「そうか。悪いが弟と二人で話しても?」
「構いませんよ。では私は部屋に戻りますね」
「ああ、すまない」
リカルド様に話があると言うので部屋へ戻る。もしかしてこれを見越してエストはリカルド様を止めていたのだろうか。それなら先見の明があると思う。
部屋へ戻ってリカルド様が来るまで読んでいた本に手を伸ばす。栞を挟んでいたのですぐ見つけることできた。
そして三十分ほど読書していると再びドアがノックされた。
「はい」
「奥様、入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
声の主であるエストに返事するとエストが静かに入室してくる。シルヴェスター様とリカルド様のお話が終わったのだろうか。
「奥様。突然で申し訳ございませんが、夕食は旦那様とリカルド様と三人でもよろしいでしょうか」
「三人で?」
どんな流れでそうなったのかは分からないけど、三人で夕食を摂るのに特に不満はない。なので大丈夫だと伝える。
「平気よ。三人で食事を摂るわ」
「ありがとうございます。それでは食堂へお願いします」
「分かったわ」
了承して本を閉じて食堂へ行く。
食堂には既にシルヴェスター様とリカルド様がいて、シルヴェスター様に謝罪されたけど大丈夫だと伝えて夕食を摂った。
夕食でもリカルド様が中心に話をして私とシルヴェスター様が聞き役になって夕食を摂った。
そして、このまま公爵邸に泊まるのかと思っていると帰ると言ったのでシルヴェスター様と一緒に見送る。
「寒いですが大丈夫ですか?」
リカルド様に尋ねる。夏の夜とは言え、夜だからか今日は少し寒いなと思う。
そう思って尋ねるとシルヴェスター様と対照的な笑みが向けられる。
「平気だよ。これくらいなんてことないよ、義姉上。ほら、バカは風邪引かないっていうでしょう?」
「そ、そうですか……」
どう返していいのか分からず戸惑ってしまう。というかリカルド様、ご自分をバカ呼ばわりしている。
戸惑っていると隣に佇むシルヴェスター様が口を開く。
「それよりリカルド、そろそろ遠征だろう?」
「え」
シルヴェスター様の発言に驚いた声を上げてしまう。リカルド様が遠征に?
リカルド様を凝視するとあはは、と笑いながら話す。
「そうなんだよねー。半月くらいかな、王都離れて南部の国境で帝国と一緒に軍事演習する予定なんだ」
「帝国と……。お気を付けください」
「お前のことだから大丈夫だろうが怪我しないようにな」
「うんっ! ありがとう、兄上、義姉上!」
案じる声をかけると嬉しそうに返事をしてくれる。
シルヴェスター様の横顔もいつもと比べて柔らかい表情を浮かべていて、案じているのが読み取れる。
「じゃあね、義姉上。今日は色々話せて楽しかった! 今度はちゃんと連絡するね!」
「はい。私こそ、今日は楽しかったです」
「えへへ。兄上、身体には気を付けてね。領主の仕事も外交官の仕事もあるのは分かるけど無理はしないでよ」
「ああ、分かっている。お前も無理はするなよ」
「はーい。じゃあねー!」
大きく手を振るので私も手を振る。
そして公爵家の馬車に乗って嵐のようにやって来たリカルド様は嵐のように去っていった。
「……はぁ」
見送ると隣から溜め息が聞こえ、そっと見ると視線を感じたシルヴェスター様がこちらを見て、視線がぶつかる。
「……一応、会いに来るのなら連絡するようにと伝えたが期待しないでほしい。弟はやや自由奔放なところがある」
「そうですか。分かりました」
シルヴェスター様の言葉に返事をする。そんな雰囲気は感じていたので特に驚かない。
それよりも珍しくシルヴェスター様が困っている方に驚いてつい見てしまう。珍しい。
「では心に留めておきますね」
「……頼む。今日は悪かった」
「大丈夫です。リカルド様とのお話は楽しかったので気にしないでください」
もし、リカルド様が悪意を持って接してきたら不快だっただろう。
だけどリカルド様には一切悪意が感じられず、私に歩み寄ろうとしてくれて優しい人だと思った。
明るくて感情豊かで自由奔放だけど、兄であるシルヴェスター様のことを尊敬し、慕っていて親しみやすい人だと知った。
なので平気だと伝える。また夜会か帰省で会う時は話したいと思う。
「お仕事お疲れ様でした。外への長居は冷えますから中へ入りましょう」
「……そうだな、風邪を引くのはよくないな」
「はい、夏風邪はしんどいので今日は温かくして寝ようと思います」
夏の風邪はしんどいのは経験済みなので回避したい。今日はしっかり温めて寝よう。
そしてシルヴェスター様と一緒に屋敷へと戻った。