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政略結婚から始まる公爵夫人  作者: 水瀬
第1章 始まりを告げる鐘
14/82

14.親友とのお茶会

「──では、本日はここまでとしましょう」

「分かったわ。ありがとう、ロバート」

「いいえ。では、復習をお願いいたします」

「ええ」


 本日のロバートの公爵家の歴史を終えて部屋へ戻る。

 今の習っている部分はやや複雑で難しい部分なのであとでしっかりと復習しようと決意する。

 

「奥様、お茶とお菓子を持ってきましょうか?」

「そうね、お願い」

「かしこまりました、少々お待ちください」


 エストの提案に応えると音を立てずに退室するのを見てふわふわの柔らかいソファーに腰がける。

 まだ夕食まで十分ある。少し休憩してから復習しても大丈夫だろう。

 柔らかいソファーに凭れて目を瞑っているとコンコン、とドアがノックされる。


「はい」

「お茶ができました。入ってもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「失礼します」


 仕事の早いエストがカラトリーを持ってポットからティーカップにお茶を注いで、お茶とお菓子のマドレーヌをテーブルにそっと置く。


「奥様、お手紙が届いたのでお渡しします」

「手紙?」


 お茶を飲んで一息ついていた時に言われて少し驚く。また誰かからのお茶会か夜会の招待状だろうか。

 エストから受け取った手紙を確認して声を上げる。


「シャーリー?」


 上質な封筒の裏には親友であるシャーリーの名前が綴られていた。

 エストからペーパーナイフを受け取って封を切って上質な紙に綴られた手紙に目を走らせる。


「ねぇ、エスト。友人とお茶会をしたいのだけどいいかしら?」


 手紙には陛下主催の夜会で言っていたお茶会のお誘いだった。人数は私とシャーリーの二人だけのようで、シャーリーとだけなら気を遣う必要ないので参加したいのが本音だ。


「もちろんです。旦那様も了承すると思います」

「じゃあ了承を得てから返事するわ」


 社交は自由だと言われているけど確認のためシルヴェスター様との夕食まで一時保留にしておこうと思い、棚に仕舞った。

 



 ***




 その日の夕食、早速お茶会の参加の許可を貰うためにシルヴェスター様に尋ねた。


「シルヴェスター様、友人のローレンス侯爵家のお茶会に行ってもいいでしょうか?」

「ローレンス……陛下を支持する国王派だな」


 どうやら国王派の貴族は覚えているようだ。無機質な声色と無表情な顔で淡々と話す。

 以前の私なら不機嫌なのかもしれないと誤解していたかもしれない。

 だけどこれがこの人の通常で、無機質な声と表情だけど不機嫌ではないのは一緒に生活して分かってきたので気にしない。


「分かった。楽しんでくるといい」

「! ありがとうございます!」


 許可を得て嬉しくなりつい勢いよく返事してしまった。ロバートの目が温かいのは気のせいだと思いたい。

 しかし、シルヴェスター様は相変わらずの無表情なのでほっとする。


「その、できれば馬車は地味な物がいいのですがありますか?」

「地味なものか。あるがそれを使いたいのか?」

「はい、よろしいですか?」

「ああ。御者には言っておこう」

「ありがとうございます」


 煌びやかな目立つ馬車は好まない。地味な馬車なら目立ちにくいだろうからそれで行こうかなと考える。


「前も言ったが茶会も夜会も好きにして構わない。ただ一つ、継戦派主催の集まりは行かないようにしてくれ」

「はい、分かっています」


 シルヴェスター様の頼みに返事する。言いたいことは分かるため頷く。

 ランドベル公爵家は王家に忠誠を誓う国王派筆頭だ。対立関係である継戦派の集まりには行ってはならない。

 中立派や王家主催なら自由だけど、私も継戦派とは距離を置いた方がいい。


 そして夕食を味わった後、シャーリーに返信を(したた)めた。




 ***




「それじゃあ、行ってくるわね」

「はい。いってらっしゃいませ、奥様」


 エントランスホールでロバートとサマンサに挨拶すると二人が返してくれる。

 お茶会当日。地味な馬車をお願いしてこれからエストと共に侯爵邸へ向かう。

 馬車が動き出すと窓から景色を眺める。

 見た目は地味でも公爵家の馬車なので乗り心地はよくて快適だ。

 快適な馬車に乗りながらエストとお話をして時間を過ごす。一人だったら暇だったからエストがいてくれてよかったなと思う。


 そしてローレンス侯爵家にたどり着き、侯爵家の家令の案内のもと庭園を歩いていく。

 互いの家を行き来していたから侯爵家の家令とは顔馴染みで少し話をしていると、椅子に座っていたシャーリーが立ち上がってこっちへ来た。


「アリシア!」

「シャーリー」


 笑って駆け寄ってくる友人に私も微笑む。


「いらっしゃい。今お茶用意させるわ」

「ありがとう。これ料理長がフルーツタルト作ってくれたの。一緒に食べよ?」

「公爵家の料理長が!? 楽しみ!」


 明るく返事してシャーリーが侍女たちにてきぱきと指示を出していく。

 一人がイチゴとオレンジとベリー、キウイがたっぷり使用されたタルトを切っていき、もう一人は紅茶を淹れてくれてそれぞれ口にする。うん、どちらもおいしい。


「うーん、さすが公爵家! おいしい!!」

「本当ね。紅茶とも合うわ」


 タルトを口にして頬に手を添えて喜ぶシャーリーに私も頷いて香りのいい紅茶を飲んで一息つく。最後のお茶会もシャーリーの家だったのに懐かしいなと思ってしまう。


「今日は招待してくれてありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


 お礼を言うとシャーリーが笑いながら返してくれる。つられて私も笑いだしてしまう。

 そして他愛のない話をしていると、シャーリーが私のことについて話し出す。


「それにしてもアリシアが結婚とはねぇ。私の方が先だと思っていたのに」

「それは同意見ね。私もシャーリーが先だと思っていたわ」


 シャーリーに返事してタルトにフォークを刺す。


「結婚願望が薄いアリシアに素敵な恋愛ができるようにブーケを投げようってずっと思っていたのに」

「なぁに、それ?」


 不貞腐れた顔で言うシャーリーに笑ってしまう。どうやら密かにそんな計画を立てていたらしい。初めて知った。

 タルトを口に含み、飲み込んでから言い返す。


「一応話すけど結婚する気はあったわよ。ただ、政略結婚を覚悟していただけよ」

「ご両親は恋愛結婚望んでいるのに?」

「そう言われても好きな人はいないもの。シャーリーは? そっちはどうなの?」


 長くなりそうなので話をすり替える。

 ベルンがいる私と違ってシャーリーはローレンス侯爵家の跡取り娘だ。


 ウェステリア王国では女性の継承権が認められている。

 条件は当主に息子がいないことで、娘しかいなければ例外として爵位を継承することが認められる。

 シャーリーは三人姉妹の長女で下には妹しかいない。そのため、特別に女侯爵になることが認められている。


 女性の当主は決して多くはないけれど存在していて、私もベルンが生まれるまでは伯爵家の一人娘として育てられ、小さい頃から当主教育を少しずつ受けていた。

 私が十歳の頃に母が難産の末、ベルンを産んだことで私が伯爵家を継ぐ可能性がほぼなくなったけど、もしものことを考えて十三、四歳までは当主教育を受けていたため、シャーリーと共通点がある。

 そんなシャーリーとの出会いは学院の図書室で、親友になって今も交流は続いている。


「話をすり替えようとしてもダメよ。今はアリシアの話よ。驚いたし、社交界も『あのランドベル公がついに結婚!?』ってすごかったんだから」

「……そうでしょうね。私も驚いたもの」

 

 紅茶を一口飲んでそう答える。

 なんたって亡き婚約者を今も想っている、というのは有名だったから。

 それでも妻の座を狙っていた令嬢はたくさんいた。だけど結果は玉砕、見向きもされなかった。

 令嬢たちの父親が娘を紹介しても挨拶のみで終わり、ダンスの誘いの視線を受けても一切無視していたせいで「冷血公爵」と密かに言われていたのを思い出す。

 そんな人と王命による政略結婚とは言え、結婚したのだと改めて思い知らされる。


「これが全然関係ない令嬢なら『まぁ、びっくり』で終わるのだけど、まさか自分がランドベル公爵家に嫁ぐなんて思っていなかったわ」

「閣下を狙っていた女なんてすごかったわよ。王命だと強調されていても納得していない子もいるくらいで百面相や悪鬼の顔になっている女もいたくらいよ?」

「うわっ……」


 シャーリーから聞いてシルヴェスター様狙いだった令嬢たちの剣幕を想像する。……考えると顔が引きつる。

 それほどシルヴェスター様の結婚は衝撃的だったということだ。夜会やお茶会では気を付けないといけないな、と頭の隅に置く。


「それで? 突然の結婚だったけど、生活は慣れた?」


 眉を下げてシャーリーが公爵家の生活について尋ねてくる。


「うん。使用人とも打ち解けてきたし、シルヴェスター様も何かと気を遣ってくれているし」

「閣下のこと名前で呼んでいるのね」


 シャーリーが驚いた顔をする。意外だったらしい。


「一応夫婦なのに閣下はおかしいでしょう? だけど“旦那様”って呼ぶ性分じゃないから名前呼びにしてもらったの」

「あー、確かに。アリシアが“旦那様”呼び……ふ、あはははっ! 想像できない!」

「そこまで笑うことじゃないでしょう?」

「わ、笑うこと……よ……!」


 笑われて少しムスっとなる。笑いすぎだと思う。

 他人に言われなくても自覚している。私には“旦那様”呼びは無理だ。

 しばらく放置していたらようやく笑いが収まったのか、シャーリーが口を開く。


「それじゃあ上手くいってる感じなのね。よかった。……閣下が亡き婚約者を愛しているのは有名だったから心配だったのよ」

「シャーリー……」


 ほっとした表情をシャーリーが浮かべる。学院時代からの付き合いだから、その顔は本当に私のこと心配していたのが読み取れる。

 

「心配してくれてありがとう」

「当然よ。私はアリシアの親友だもの。いつでも頼っていいんだからね」


 ニコリと笑うシャーリーに胸が温かくなる。私はいい親友に持ったと思う。


「ありがとう」

「ちゃんと頼りなさいよ? アリシアは自分で抱えるところあるんだから。真面目なのは知っているけど無理はダメよ」

「はい、分かりました」


 シャーリーに指摘されて苦笑する。

 あまり私の話ばかりするのも悪いなと思い、今度こそシャーリーの話へと話題を変える。


「シャーリーは? そろそろ結婚適齢期でしょう? 誰かいい人とか侯爵様は紹介してくれないの?」


 ウェステリア王国の貴族令嬢の結婚適齢期は十八歳から二十三歳だ。

 成人年齢である十六歳を迎えて間もなく結婚する令嬢もいるけど、多くは初めの一、二年は社交界を学ぶ期間として婚約はしても嫁ぐことはあまりない。

 今は戦争の影響もあって多少婚期が遅れても仕方ないと言われているけど、それでも貴族令嬢の結婚適齢期は二十四、五歳くらいだ。女性の結婚適齢期は男性より長くない。

 一方の男性は幅広く、十八歳から三十歳くらいだとされていて、私より年上の人でもまだ独身という人は多い。


「私? そうねぇ……。今は特にいないわね」

「侯爵様も紹介しないの?」

「ええ。まだ戦争も完全に終結していないからね。安易に婚約を結ぶのもリスクがあるから」

「……確かにね」


 シャーリーの指摘に今の情勢を思い出す。

 二年間も膠着状態が続いているウェステリア王国とグロチェスター王国。

 早く解決しないといけないけど、継戦派が異議を唱えているという状況だ。


 グロチェスター王国は確かに鉱山資源が豊富だ。それは、ウェステリア王国より何倍もだと言われている。

 だけど、それでいらぬ戦火を灯す必要があるのかと考えてしまう。

 ウェステリア王国もグロチェスター王国より鉱山資源が少ないといってもそれでも一定数ある。仮に侵攻して土地と鉱山を手に入れてもそこにいる住民の生活や労働の保証について考えないといけない。

 正直、戦争より侵略された土地の復興が先だと思うのに継戦派は進軍を口にする。

 もし進軍するなら一番被害を受けるのは民に軍人に徴兵された兵士たちだ。

 自国を守るために戦うのならまだしも、なぜ他国を攻めるために怪我をして命を落とす必要があるのだろう。

 無闇矢鱈に戦争する必要はないのに、と思ってしまう。


「……アリシア?」

「! あ……」


 声をかけられ意識を戻すとシャーリーが心配そうな眼差しをする。


「……ごめんなさい」

「いいわよ、別に。早く終戦迎えてくれないかしら。そうしたら結婚をちゃんと考えられるのだけど」


 何も聞かずにそのまま話してくれる。

 多分思うことはあると思うのに何も聞かずにいてくれて、その配慮に救われる。

 今は久しぶりのシャーリーとのお茶会だ。気持ちを切り替えよう。


「次男や三男の方からアプローチされているんじゃないの?」

「んー、そうね。侯爵家ってやっぱり魅力的みたいだけど、侯爵家を切り盛りできる人じゃないとね」

「ああ、確かにね」


 好きで結婚しても領地経営ができないと領地は豊かにならない。侯爵家となると領地も広いため、責任も重くなるため領主の補佐ができる人じゃないと困るのだろう。


「どんな人がいいの?」

「そりゃあやっぱり侯爵領を大切にしてくれる人よ。婿だけど、その人にとって侯爵領は第二の故郷になるんだから。私が当主だけど隣で支えてくれる人がいいのだけど。……できれば、好きな人とね」


 最後のところで恥ずかしいのか、頬を僅かに赤らめて話す。ふふ、と頬を掻いて笑う。


「第二の故郷……」


 シャーリーに言われて反芻してしまう。

 私にとってそれは、ランドベル公爵領で。

 公爵領に行ったことはないけれど、社交シーズンが終わればきっと訪問することになるだろう。

 どんなところか分からないけど……嫁いだからには第二の故郷として公爵領を大切にしたい。


「まぁ、いい人見つかるかもしれないから夜会とかお茶会は参加するつもりよ。会ったらまた色々話しましょう!」

「そうね。私も招待状がたくさん来ているから参加するつもりだから会ったら話しましょう」


 そして、シャーリーの明るい声に微笑みながら返事すると少しぬるくなった紅茶を飲んだのだった。

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