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政略結婚から始まる公爵夫人  作者: 水瀬
第1章 始まりを告げる鐘
11/82

11.王家からの招待状4

 しばらくテラスで休憩した後、シルヴェスター様と一緒に会場内に戻った。


「この後はどうするんだ?」

「ダンスの時間まで両親か友人と一緒にいようかと。どちらも今日の夜会に来ているので」

「それなら送ろう。どっちへ?」

「では両親のところまで」

「分かった。ならそこまで送ろう」

「ありがとうございます」


 広々とした大広間の中から両親を探す。

 そして両親を見つけてシルヴェスター様と共へ行く。

 二人の元へ向かうとこちらに気付いて会釈してくる。


「エインズワーズ伯爵、こんばんは」

「ランドベル公爵、こんばんは」


 父とシルヴェスター様が挨拶する。父の隣にいる母が私を見て優しく微笑む。


「挨拶が遅れて申し訳ありません」

「いいえ、今日は大変だったでしょう。どうぞ、お気になさらず」

「ありがとうございます。妻がお二人と一緒に過ごしたいと言っているのですがよろしいですか?」

「まぁ、構いませんわ」


 母が嬉しそうにシルヴェスター様に返事する。父も頷いて返事する。


「わざわざ送ってくださりありがとうございます」

「いいえ。殆どの貴族とは挨拶しましたが、アリシアを一人にしないでください」

「それは勿論。分かりました」

「よろしくお願いします。アリシア、ダンスの時間になったら迎えに行く」

「はい、お待ちしています」


 シルヴェスター様を見送ると母が心配そうに顔を覗く。


「大丈夫だった? たくさん挨拶されて大変だったでしょう?」

「慣れてきたら大丈夫でしたよ。ご心配、ありがとうございます」

「それならいいのだけど……、ベルンったら拗ねていてもう大変よ」

「……急な結婚でしたからね」


 母の言葉に苦笑する。ベルンが拗ねているのが簡単に想像つく。

 なら手紙を送ろう。そうしたら少しは機嫌を直してくれるだろうから。


「あちらの生活は慣れた?」

「はい。みんなよくしてくれて。部屋も素敵で過ごしやすいです」

「そう、それならよかったわ」


 母がやっと安心した顔をする。嫁いでから簡単に手紙を送るのは難しいからずっと不安だったのだろう。


「はい、特に困ったこともありません」


 だから念を押すように再び言う。少なくとも今は大きなトラブルに見舞われていない。祝いの手紙の返信は少し大変だけど問題ではない。


「その雰囲気なら本当そうだな。……先ほどは少しひやひやしたな」


 今度は父が話し出し、後半は小さく呟く。おそらく、オルデア公爵との件だろう。

 きっとこれからもあるだろう。私はそんな世界に足を踏み入れてしまったから。

 父を安心させるために笑って誤魔化す。


「シルヴェスター様には助けてもらったので大丈夫ですよ。お父様こそどうですか? 何か変化は?」

「いいや、大丈夫さ。お前は自分のことだけ考えなさい」


 父が諭すように私に言う。なら従おう。父なら面倒事も上手く回避できるだろうし。


「しばらくここにいてもいいですか? お父様とお母様といると安心するので」

「いくらでもいなさい。ダンスの時間までゆっくり過ごしたらいいわ」


 母がそう言いきってくれて嬉しくなる。ならお言葉に甘えてゆっくりとしよう。

 父の方はフォーネス侯爵や他の貴族のところへ行くことになって別れたけど、久しぶりに母と過ごすことができてよかった。

 母からベルンや使用人の近況を聞いて時間を過ごす。


「ベルンったら毎日嘆いているのよ。いつかは結婚するって分かっていたはずなのに」

「急な結婚でしたからね。驚いても無理はありません」


 ベルンは物心がついたから姉である私に甘えていたから突然消えるのはさぞショックだっただろうなと考える。やっぱり、手紙を送るべきだなと判断する。

 そんなこと考えていると、聞き慣れた声が耳を通った。


「──見つけたっ、アリシア!」

「シャーリー」


 名前を呼ばれてそちらへ向くと友人が黒髪を揺らしてこちらへやって来る。


「アリシア、ごきげんよう。元気だった?」

「私は元気よ。シャーリーは?」

「こっちも元気よ。ついこの前会ったのになんだか久しぶりに会った気分ね」

「ふふ、そうね」


 笑いながら話す友人に私も笑みが零れる。確かに結婚式からまだ一ヵ月も経っていないのに。

 長い黒髪に明るい緑の瞳を持ってころころと笑うのは友人のシャーリー・フォン・ローレンス。国王派に所属するローレンス侯爵家の令嬢で私と同じ年の十八歳。

 シャーリーとは王立学院──学院時代からの友人で親友と言える間柄で明るくて元気な少女だ。学院卒業後も夜会やお茶会などで会っては親しくし、結婚式にも招待した。

 

「こんばんは、伯爵夫人。すみません、突然来てしまって」

「まぁまぁ、いいのよ。アリシアも話したがっていたから。私は友人の元に行くからアリシア、お話ししたら?」

「ありがとうございます。ではそうさせていただきます」


 母が気を遣って私たちから離れ、果実水だけ持って小さく話し始める。


「でもこんなところで時間過ごしていいの?」

「ん? 何が?」

「婚約者探し。まだいないでしょう?」


 シャーリーは侯爵令嬢だけど未だ婚約者がいない。だから婚約者探しに躍起になっている。


「あー、いいのいいの。挨拶はしてダンスの予約はしたから。今日はそれで十分よ」

「まぁ、シャーリーが言うのならいいけど」


 シャーリーは美人で侯爵令嬢だ。だから急ぐ必要はないのは確かだ。


「それに、久しぶりに会えたんだからどうせなら親友とお話して時間を過ごした方が楽しいじゃない!」

「もう、シャーリーったら」


 ニコニコと笑うシャーリーに私も笑ってしまう。

 シャーリーとは長い付き合いだからこれが建前じゃなくて本音なのは分かる。

 学院でシャーリーと出会って親友になれて本当によかったと思う。


「ドレスの色、閣下の瞳の色ね」

「新婚夫婦は髪の色か瞳の色を使うのが一般的でしょう?」

「そうね。で、ネックレスはアリシアの瞳の色なのね」

「ええ。互いの瞳の色を使っているの」

「そういえば、閣下の装飾具もアメジストだったわね」

「そうよ」

 

 そっと視線を動かしてシルヴェスター様を探すと色んな人に囲まれていた。やっぱり公爵家の当主は大変そうだなと思う。

 

「アリシアも大変ね。ゆっくりとできないのだもの」

「そうね。一応、新米公爵夫人だから。挨拶の嵐でね」

「あー、見たわよ。大変そうだったね。ごめんね、私も挨拶しちゃって」

「仕方ないわよ。今日の夜会に招待されているんだから」


 シャーリーも侯爵夫妻と共にやって来て挨拶しに来た。

 しかし、侯爵夫妻は長々と話さずに終わったので内心助かったのは秘密だ。


「少ししんどそうだったからね。簡単に挨拶しましょうってお父様に進言したのよ?」

「私、しんどそうだった?」


 シャーリーの言葉に僅かに見開く。自分では気を付けていたつもりだったのにシャーリーに気付かれていたなんて。


「いいえ? なんとなくよ、長年一緒にいた勘よ」

「すごいわね」

「ふふ、そうでしょう? だって親友だもの」

「さすが。……まぁ、少し緊張したけど、今日限りと思えば乗り切ったわ」

「さすがアリシア。いい子いい子」

「どういたしまして」


 軽口を並べて雑談を楽しむ。やっぱり気心の知れる親友といると楽だなと思う。


「そうだ、今度お茶会呼んでもいい?」

「お茶会?」

「ええ。結婚前は互いの家で二人でお茶会していたじゃない」

「そうねぇ……」


 結婚前は互いの屋敷でお茶会をしていたのを思い出す。公爵家の生活が目まぐるしくて、昔のことように感じてしまう。


「いいわね。一度手紙を送って」

「じゃあ、時期を見て送るわね。招待状の嵐だと思うから」

「そんな予言やめて」


 そっと明るく笑いながら話すシャーリーを見る。

 婚約発表後は結婚の準備で忙しく、お茶会ができなくて聞きたいことはあるはずなのに、公爵家のことには触れずに話してくれる。……それが今の私にはとても気が楽だ。

「ん? 何?」

「ううん」


 そしてシャーリーと話しながらも、途中で近付いてきた同じ国王派や中立派の年の近い令嬢や夫人たちと趣味や好きなお菓子、最近の話題や流行を話して時間を過ごした。




 ***




 会場を奏でる音楽が変わる。この音はダンスの時間だ。

 ダンスにもルールがあって一曲目は国王夫妻や来訪した他国の王族が、二曲目は王子や王女が踊り、三曲目からようやく貴族が踊ることができる。

 そして一曲目は配偶者か婚約者、または兄弟に従兄妹と身近な人と踊るのが常識となっている。

 身近な人と一曲踊り終えた後は自由になり、誰と踊ってもいいし、逆に踊らなくてもいい。

 私は結婚しているのでシルヴェスター様と一曲目を踊ることになる。


 本日最初の一曲目は陛下と王妃様が踊り、王子王女がいないため二曲目からは私たちも踊ることができる。

 多くの衆人環視の中、陛下は王妃様をリードして美男美女のダンスは見ていてほぅっと息が零れそうになる。


 そんな陛下たちのダンスが終わると拍手が鳴り、私も拍手をしながらダンスの準備を始める。

 二曲目からはシルヴェスター様なので探しているとあちらからやって来た。


「アリシア」

「シルヴェスター様」


 迎えに来たシルヴェスター様に微笑むとシルヴェスター様も僅かに口角を上げる。仲良しに見せるために必要だからだ。


「こちらへ」

「はい」


 離れる際にシャーリーに他の令嬢、夫人たちに挨拶をする。その後、迎えに来たシルヴェスター様の手に自分の手を重ねる。

 周りの視線を集めながらシルヴェスター様と共にホールの中央へと歩いていく。これが本日最後の仕事なので微笑みも忘れない。

 

 二曲目の音楽が流れ始めてシルヴェスター様と踊り始める。

 曲は特別難しい曲ではないので失敗することはないけれど、それ以上にシルヴェスター様が上手にリードしてくれるため軽やかに踊ることができる。


「上手いな」

「ありがとうございます。シルヴェスター様のリードのおかげです」


 小声でシルヴェスター様が褒めてくれるので私も小声で返事する。曲が流れているため周囲には聞こえないだろう。

 ダンスは得意でもなければ不得意でもない。逆にシルヴェスター様が上手で驚いている。


「いいや、アリシアも上手い。練習したのか?」

「シルヴェスター様に迷惑なんてかけられませんから。少しばかりですが練習した甲斐がありました」

「なるほどな」


 納得したようにシルヴェスター様が呟く。実に淡々とした会話をしているな、と他人事のように感じてしまう。自分たちのことなのに。


「次は誰と?」

「次は父と踊ろうかと。あとは親戚が参加しているので踊ろうかと」


 シルヴェスター様の問いに正直に答える。今回の夜会には親戚もいるため踊るつもりだ。


「誰か踊った方がいい人がおられますか?」

「いや特にいないから自由にしたらいい」

「分かりました。シルヴェスター様はこの後、誰かと踊られるのですか?」

「いいや。断れないのは妃殿下くらいだが、あのお方はこの一曲を終えたら席へ戻るだろう」

「そうですか」


 どうやら今回も令嬢たちの視線を無視するらしい。もう妻の座を狙われる心配もないのに。

 もしかしてダンスはあまり好まないのかもしれない。

 

「では私は親戚とのダンスが終われば母か友人といます」

「大丈夫か?」

「大丈夫です、お気になさらず。ご自身の仕事に集中してください」


 陛下主催の夜会で問題を起こすような非常識な人はいないだろう。大丈夫なはずだ。


「分かった。だが、くれぐれも一人にはならないように」

「承知しました」


 そうして私の返事の直後に音楽が終わり、互いに手を放す。


「それでは私はこれで」

「ああ。終わるまで楽しんでくれ」

「はい」


 シルヴェスター様の言葉に微笑んで返事して、その後は父や親戚と踊った。

 親戚と踊った後はシルヴェスター様に告げた通り、母と一緒に過ごして公爵夫人としての初めての夜会は終わった。

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