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水面のうさぎ使い  作者: 柿丸
第一章 夜の街編
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第5話 兎との散歩

 オッダヌ・デジさん、ではなく、オルダ・デンさんがお店を出た後もお客さんが数人ほど来ていた。

 その間も相変わらず僕は文字の練習をしたり、ルアの仕事を手伝ったりしていた。


 仕事をしているのに外はずっと夜の状態ということは、少し不思議な感じがする。

 月が二つ昇っている時は一つの時に比べて若干明るいが、それでも道沿いの街頭が必要なくらいだ。


 ペンを置き、目を前に向けると、そのような街並みが店の窓から見ることができる。

 その窓は、いわゆるショーウィンドウ的な大きな窓で、店内と外の間にガラスの空間があり、薬草やら薬の瓶やらが通行人に向けて飾られてある。


 人通りはそこそこあり、シルクハットを被っているいかにも紳士って感じの人や、馬車に乗っている貴族の人、使用人のような恰好をした女性などが通っている。


 いつも夜のような状態だから、僕の時のような馬車との事故なんかもよくあることなのだろう。


 そんな風に外を眺めていると、見慣れた白い塊が左から右へと動いているのを見つける。

 ニータだ。


 実はルアには、ニータは自分のペットではないと伝えている。


 ニータもそれで良いと言っていたし、ルアもニータをシチューにするようなことはしない。


 ニータは、『自由にさせてもらうよ』なんて言っていたが、家から出ていくということではなく、ルアの家の中で自由にさせてもらう、という意味だったようで結局は一緒に暮らしている。

 

 ソファに座っていると、たまに膝に乗ってきて丸まる。

 すると小動物の重さと温かさが伝わってくる。


 ルアの膝にも時々乗ることはあるが、僕がいなくなりルアとニータの二人きりになると、ルアには近づかないらしい。


 ルアがシチューにすると言っていたことが忘れられないのだろう。

 ほかにも、ニータから聞いた話では、ルアから『ラビィにくっつきすぎ』と言われたらしい。

 嫉妬?

 あの人は動物にも嫉妬するのか?

 

 今はお客さんもいないみたいだし、ニータについて行ってみようかな、そう思いルアに少し出る旨を伝え、店の外に出る。


 ニータはトコトコと道を歩いている。

 僕はニータに追いつき、その横を並んで歩く。


『どこに向かってるの?』


『……ちょっと散歩』


 ニータはそれだけ言って歩き続ける。

 家と家の間の狭い隙間を縫って歩く。


 しばらく歩き続けると住宅街を抜けた。


 その先に道は続いているが、平原がずっと広がっていた。

 ニータは一本の大きな木が生えている小高い丘に向かって歩いて行った。


 今日のニータはやけに動く。

 ルアの家ではあんなに活発ではないのに。


 ニータを追いかけて、木のもとまでやってくると、ニータがここに来た理由を察した。

 僕にこの光景を見せるために来たのだろう。


『ラビィは、ずっと遠いところから来たんでしょ?』


『……うん』


 僕のイトは動物と話せるという力がメインなのだろうが、たまに相手の感情のようなものを流れてくるのを感じることがある。

 きっとそれはニータも感じている。


 事あるごとに僕は困惑と不安を感じていたから。


『あれが、この街を夜にしているの?』


『そうだよ。実はボクもこの街の外から来たから、内側からこれを見るのは初めてだけど』


 小高い丘から周りを見渡すと、とてもとても大きく広く黒い霧が地面に接触しているところが見える。


 ルアからの話によれば、この街は雲にドーム状に覆われており、東の端から西の端までは馬で走っても二、三日はかかるという。

 高さは、その街を覆うドーム状の霧の中に雲が浮かぶほど。

 つまり、とても広い。


 そんなドーム状の霧の縁を見ている。

 かつての魔術師によって作られたその霧は、いったいこの街にどのような影響を与えたのだろうか。


『この霧の向こうには、兎の里があるんだよ』


『そこは、ニータの故郷なの?』


『そう、もう離れてからだいぶ帰ってないんだ』


『故郷に帰りたい?』


 この世界に来たばかりなのに、他人の人生に深入りしていいのか、という不安はあった。


『まだ、まだ帰りたいとは思ってないよ。恋しいけどね』

 

 僕には、その感情の違いがわからなかった。

 帰ると何か不都合があるのか、やるべきことがあるのか。


『どっちにしろ、この街にいるってことは帰れないんだけど。ラビィは故郷に帰りたい?』


『よくよく考えてみると、それほど帰りたいとは思わないかな。うん……』


 あれ、今、何か大切なことをさらっと言っていたような。


『帰れないって、どういうこと?』


『帰れないっていうか、出られない』


『出られない?』


『出られない』


 緑色のくりっとした瞳で僕の顔をのぞき込むニータ。


 出られない。

 ということは、元の世界に戻るしか、もう一度、日の光を浴びられないってことなのか。

 そこはちょっと残念だな。


『なんで出られないの?』


『ラビィも知っている通り、この雲は昔の偉大な魔術師が残していったものなんだ』


『そうだね』


『その魔術師はこれほどの広さの霧を数百年も維持できるほど強大な力の持ち主だったんだ。すると、この霧を維持している魔力もそれほど強大なものでもある』


『でも、ニータはこの街の外から来たんでしょ?』


『うん』


 言った後に気が付いたが、この質問では僕はこの街出身ではないし、この街の外からも来ていないということになってしまう。

 しかしニータは突っ込まなかった。

 そこまで意識していなかったのかもしれない。


『強大な魔術といっても、ほかの誰でも解けないような魔術ってわけじゃないんだ。霧ができた当初は元々、ここに人は少ししか住んでいなかったんだ。ある時、剣術に秀でたもの、魔術に秀でたものなどの有力者同士が争いあう時代があって、その際に一人の魔術師が人民を連れてここまで来たんだ。そして彼の魔術は霧を通り抜けできるほどの技能があった。その人が、初代フォルタート』


 なるほど、そこからずっとフォルタート家がこの領地を支配しているってわけか。


『そして、フォルタート家が霧の出入りを管理しているんだ』


『でもそれだと、出られるんじゃないの? フォルタート家の人に頼めば』


『それが、入れるときはすんなりと入れてくれるんだけど、出してくれることはめったにないんだ』


 なにそれ怖い。

 もしかして独裁者的な感じなのかな。

 それにしては街の人たちは別に出たいとか苦しいとかそんな感じはなかったけど。


『ちなみに、魔術を解かずに無理やり出ていこうとするとどうなるの?』


『蒸発する』


『……蒸発する?』


『蒸発する』


 緑色のくりっとした瞳で僕の顔をのぞき込むニータ。


 かわいい見た目しといて恐ろしいことをさらっと言う。


『さっきも言った通り、霧は強力な魔力を宿しているんだ。魔力に強い耐性がある人じゃないと、そのエネルギーに耐えられずに体を構成する粒子同士が分離するんだ。』


 めっちゃ怖いじゃん。


『怖いって感じているみたいだね、でも実際はこの街の外の世界では大したことないくらいだよ。いっそこの街にいれば霧の事以外はほとんど危険がないみたいだし』


『そうなんだ……外の世界では魔物とかが存在するの?』


 異世界系ってだいたい冒険者ギルドとかあるイメージだけど。


 しかしこの街に転移してからモンスターなんて目にしたことがない。

 きっと、外の世界では魔物がいることで危険とされているんじゃないかな。


『いるよ。それに君が考えてる冒険者ギルドってのも人間にはあると思う。武器とか装備してグループで動いている人間は外の世界ではよく見るよ』


『この街では魔物とか冒険者とかは見たことがないけど』


『この街にも冒険者ギルドはあるよ。ただこの街ではそもそも魔物の数は少ないんだ。気になるなら、今度連れて行ってあげようか』


 冒険者ギルド……別にモンスターを狩りたいとか思わない、別に収入に困っているわけでもないし、行かなくてもいいかな。

 それより、この証言でここは異世界とほぼ確定してしまった。


『まあ、気が向いたら』


『で……ラビィは、きっと、こことはずっと離れている、違った世界から来たんだよね?』


『……うん』


 ニータは、気づいていた。

 僕がこの世界の住人ではないということを。


 ニータはこれ以上質問をすることもなく、僕も質問をしなかった。

 二人で丘を下った。



 ルアの薬屋への帰り道の途中、ふと気になった。

 なぜニータはわざわざ僕にこのことを教えてくれたのか。


 僕が困惑していることは伝わっていたとしても、ニータがそれを教える必要は特にないのではないか?


『ニータ、なんで今日はいろいろ教えてくれたの?』


『ラビィは勝手についてきたんでしょ?』


 確かに、そうだった。

 勝手について行って、僕が色々質問したんだっけ。


 でも、ニータは最初に街を走っていた。最初からこの丘で雲を見るためにいたのか?

 それとも、僕が考えているほど意味はなかったのかもしれない。


 薬屋へ戻ると、ルアは大きな木箱を抱えていた。


「ラビィ、ちょっと手伝ってくれる?」


「う、うん。何するの?」


「イェタン除けを作るの。ほら、さっきの注文の」


「なるほど」


 ニータは薬屋には寄らずにルアの家に先に帰っていると言っていた。

 今はお客もいなくて、ルアと二人だけ。

 ていうか、イェタンって何なんだ?



 ルアは木箱を作業台の上に置いた。

 中をのぞいてみると、異様に大きな杉の葉のような尖った葉の付いた枝がたくさんあった。


「ルア、イェタンって何?」

「イェタンも知らないの? まあこの街の外だとあまりいないのかもね。ちょっと来てみて」


 そう言ってルアは僕の手を引いて薬屋の外に連れて行った。

 そして暗い空を指さす。


 もう一週間近くずっと見ている夜空だ。


 月の数は二つ。前の世界の日の光よりは弱いが、明るく感じる。


「あれ、見える?」


 目を凝らすと、ルアの指の先には鳥のようなものが見える。


「あれはね、ドータっていう空を飛ぶ魔物なんだ」


「あれ、魔物だったんだ」


 前の世界にもいたような鳥だと思っていたけど、魔物だったのか。


 そもそも魔物と動物の違いって何だろう。

 ニータも、魔物なのかな?


 文字の読み書きができるようになったら、その辺の事に関する本でも調べてみよう。

 で、イェタンは?


「イェタンじゃないじゃんって顔してるね。イェタンはね、ドータにくっついている微精霊なんだよ」


「微精霊?」


「そう、そして霧……そういえば霧の事も知らないんだっけ?」


「あ、大体わかったよ。昔の魔術師が作ったんでしょ」


「うん。霧は強い魔力でできているの。で、霧をつくっている魔力も、風が吹くみたいにいつも流れて動いているの。日によっては雲の魔力が街の方まで流れてくることもあって、そんな日にはイェタンはドータのそばを離れて、魔力を吸いに近くまで下りてくるのよ」


「へ~、そんなことがあるんだ。イェタンって目に見えるの?」


「うん、光の点が動いているみたいな感じだよ。まあ、ここからじゃいつもは見えないけどね」


 よくよく目を凝らすと、霧の中に星のように光っているものが見えた。

 しかし、前の世界の星とは違っていて様々な色があることがはっきり分かった。


「もしかして、あの光?」


 僕は指さす。


「あれは……イェタンじゃなくて魔力の光だね。魔力の流れが激しいとああいう風に魔力同士で反応して光って見えるの。あの様子を見ると、イェタンが来るんだなってわかるんだよ」


「へぇ~」


 魔力ってのは、エネルギー?

 それとも粒子と波動の二重性を併せ持っていたりするのだろうか?


 そもそも魔力って本当にあるの?

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