第39話 陽炎を見てみたい
アルケジア王国フォルタート領に戻るため、クリュスを出た僕たちは、昼は馬に乗り、夜は野宿することを繰り替えしている。
クリュスを出て二日目に、カタルとアニアたちと合流することができた。
「カタル! 待たせたな」
「オルダさん! ラビィさんはご無事だったんですね、良かったです」
オルダとオリトスは、今回の派兵作戦の長であるカタルにこれまでの経緯を説明している。
それにしても、七十人分の馬を見ると、迫力があるな。
馬に乗っている人の中に、アニアさんを見つけた。
馬に乗っている姿もかっこいい。
彼女に見惚れていると、アフティに肩を叩かれた。
「行ってきな!」
ありがとうアフティ。
僕は、アニアさんの所に向かって行った。
彼女は僕を見つけるなり、馬を下りて寄って来てくれた。
「ラビィ、無事だっ……。失礼、ラビィさん、ご無事でしたか」
彼女と二人だけの時はタメ口で話してくれるが、今は周りに人が多い。
彼女は周りに少し目を向けて、言いなおしてくれた。
「はい! なんとか。どうやら、僕のイトが原因だったみたいです。皆様には、ご迷惑をおかけしました」
「いやいや、大切な客人が無事であっただけで何よりです。それにしても、一瞬にして消えたあなたのイトについて、気になります。本日の夜にでも、お話できますか?」
移動中、兵士たちは兜を脱いでいるため、顔がよく見える。
アニアさんの瞳は、まっすぐ僕を見つめていた。
なんだかうれしいような、恥ずかしいような。
そんな目を見ていると、もちろん断ることはできない。
「はい!」
僕の返事を聞くと、アニアさんは少し顔の緊張を緩めた。
「では、今夜、楽しみにしております」
そう言って馬に乗ってしまった。
オルダたちの話も終わったようで、カタルの号令で兵団はアルケジア王国への移動を再開した。
それから日が沈む前まで、ずっと馬での移動だった。
相変わらず、いつもの三人で他愛のない話をしていた。
今回はオリトスの話をしていた。
オリトスがアスト大学園教授になるまでの話だ。
オリトスは、アルケジア王国コルトの街にあるアスト大学園で魔力系の教授をしている。
アスト大学園は、フォルタート邸の八番メイドであるシラのお姉さんが通っている学校でもある。
「俺がアスト大学園教授になる前までの話か」
「私も聞きたい! 先生になった後の話しか聞いたことないもん」
アフティは乗り気だ。
「私は何回も聞いているが、また改めて聞きたいな」
オルダも意外と関心を持っている。
この話をすることはなかったのだろうか。
「しょうがないな」
オリトスは少し恥ずかしそうに話し始めた。
「俺は元々は、ムドルジア王国出身でね。当時は、自分が先生になるなんて思ってもいなかったよ」
ムドルジア王国、確か、アルケジア王国の同盟国の一つだっけ。
今後の、ドラゴン対策会議の参加予定国。
「学生当時の俺は、言ってしまえば素行の悪いガキだった。授業にもろくに出ず、不良仲間と盗みや破壊行動ばかりしていた。親は私のことを野放しにしていた。正確に言えば、家には滅多に帰ってこなかった。帰ってきても、何も話さない。十四を超えてから会った記憶はない。そんなこともあり、不良仲間が家族も同然になった」
「えー! オリトスが?」
アフティもやっぱり初めて聞く内容なのか。
僕も驚いた。
あんなに頭も良くて優秀そうなオリトスが不良だったなんて。
「不良の頭になって、ムドルジア王国の衛兵とも揉めることが多々あってね。目をつけられるようになったな」
「その時、オリトスはどんなことをしていたの?」
「ラビィにそんなまっすぐ見つめられたら、答えづらいが……」
オリトスは苦笑いしながらも、当時のことを教えてくれた。
「露店の商品を盗むのはしょっちゅうのこと、通行人の財布を盗んだり、街に来たばかりの新顔に喧嘩を吹っかけたこともあった。気がついたら、俺たちの集団は何十人規模にもなっていたな。最初に4人で不良をしていた時は楽しかった。だが、人が増えていくにつれて俺は頭となり、友人としてではなく、ただ同じ組織の人員としてしか見れなくなってしまった。遊びだった盗みも、気づけば仕事のような感覚になっていった。それに気づいたときには、もう楽しくはなかったな」
オルダは続ける。
「それである時、俺らの組織の一部がやらかしてしまってね。他国からの来客に手を出しちまったんだ。それが、主要な人物だったらしく、組織は罰を受け、解散になったんだ。それからも姿形を変え、今もなおムドルジア王国に細々とやっているらしいが、俺はそれ以降どうなったかは知らない」
「それで、どうしてそこから先生になれたの?」
「頭である俺は、王の住む城に直接呼び出されてね。当時は少年であることもあり、罪を償うために牢屋に入るか、心を入れ替えて監視の元で国に貢献するかの選択を与えられた。俺はもう、不良には飽きていた。だからわざわざ抵抗する意味もなく、後者を選んだわけだ。不良をやっていた時から、俺の魔力は秀でていたらしい。そこに目をつけられたようだ。私のイトは物を吸い寄せる力だ。不良時代の行為はそのイトを頼りにしていたものだ」
物を吸い寄せるイト……。
何かと便利そう。
どのくらいの物まで引き寄せられるのかな。
「それで、ある学校に入れられてね。先生に会った。私の先生は、とても優秀な人だった。勉強とは無縁の生活を送っていた私でさえ、先生の研究室に入り浸るようになるほど。魔力を上手に使うことで、何でもできるような気がした。それを見つける楽しさを、俺に教えてくれた。……そのとき、陽炎という現象の話を聞いたんだ。お前たち、聞いたことあるか?」
僕とアフティは首を振る。
「陽炎は、世界の果てに近い場所にあると言われている。それはそれは、美しい光だそうだ。炎の鳥が翼をはためかせているような、そのような景色らしい。大昔から、途切れることなく輝くその光は、魔力で光っているらしい。それを求めて、多くの研究者が陽炎を追い求めているが、これまでは誰一人として、その在り所を見つけたと公言したものはいない」
オリトスは続ける。
「そんな話を話す時だけ、先生は少年のように目を輝かせて話してくれた。……不良だった当時にそのような話を聞いても、何とも思わなかっただろう。ただの光がどうした、ってね。だが、私が大尊敬する先生が、目を輝かせて陽炎をするものだから、私もすっかり、興味を持ってしまってね」
この話をしている現在のオリトスもまた、目を輝かせていた。
「……先生は、五年前に亡くなってしまった。結局、陽炎を見つけることはできなかった。そして、先生がなくなるよりも半年前に、最後に先生に会った時に、先生はこんな話をしてくれた。先生の先生に当たる人物も、魔力系の教授で、生涯をかけて教育と陽炎の追及を行っていたそうだ。その前の先生も、同じだと。代々、次世代の人を育てると同時に、魔力と陽炎の憧れも受け継がれていったわけだ。そしてその時から、先生から私が受け継いだ。次世代の教育と、陽炎の追及を。私は今も、陽炎を探しているよ。大学園の教授を務めながらね」
オリトスは、これで私の話は終わりだ、と言い前を向きなおした。
「その陽炎の話、僕は初めて聞いたけれども、僕も見てみたくなったよ。ただ魔力について知りたいだけじゃない、何代もの人々が受け継いできた意志、それをつないでいきたい。そしてできれば、この四人で見に行きたいね」
「わ、私も! オリトスの昔の話は初めて聞いたけど、私も陽炎を見たい!」
「学びも、好奇心も、人がつなぐからこそ、さらに価値が積み重なっていくものだな」
オリトスの話に夢を抱いた僕たちは、馬に揺られながらアルケジア王国のフォルタート領を目指す。
いや、まずはクシリカ王国の玄関口であるグラシィか。
アフティとオリトスと出会ったグラシィ。
もしあの時、ニータが逃げ出さなければ。
もしあの時、変な奴らに絡まれなければ。
もしあの時、偶然ニータとアフティが出会わなければ。
今このようにして、話していなかったかもしれない。
当時のことと、オリトスの話を思いながら、馬に揺られていた。
日が沈み始めた。
「調査団! 今日の行進はここまでとする! キャンプの設営を!」
カタルの掛け声がかかった。
74人分のテントの設営が始まる。
行きときに比べれば、随分とにぎやかなものだ。
「おい、お嬢ちゃん! 手伝おうか?」
筋骨隆々のマッチョな兵士たちに声を掛けられる。
いや、お嬢ちゃんではないのだが。
「はい! お願いします!」
せっかくの機会、お願いしておく。
でも、してもらうだけでは申し訳ない。
僕とアフティは料理を担当することになった。
アフティは元々、料理が得意。
そして僕も、ルア仕込みの料理の腕だ。
74人分だって?
任せなさい。
大きな焚火に大鍋を置く。
大きな焚火は、そこらへんで拾った木の枝に魔術で火をつけたものだ。
僕とアフティは魔術の修行中。
料理もふるまえるし、魔術の練習にもなる。
一石二鳥。
「「フロガ!」」
アフティと二人で木の枝に向かって両手を向け、唱えた。
中心に力を溜め、魔力を衝突させるイメージ。
ぼうっと火がつく。
「やったね、ラビィ!」
「うん!」
「お前たち、魔術の発動が早くなってきたな。良い傾向だ。特にラビィ、体の魔力移動がスムーズになってきている」
「ありがとう、オルダ」
「えー、私は?」
「アフティも良くなってきている。二人とも優秀な生徒だ」
今日はお鍋。
兵士たちに獲って来てもらった魔獣を煮込む。
まずは、魔獣を捌く。
皮と肉の間にある油を取り出し、それと肉を大鍋に突っ込む。
油が解け、肉にそこそこの焼き目がつくまで炒める。
きつね色になるちょっと前に、水、香草、薬草を突っ込む。
香草と薬草はルアの入れ知恵だ。
ニータにも草の採取を手伝ってもらった。
ニータも野草の効力をよく知っている。
調味料もある。
クシリカ王国の特産品のタレ。
これが何とも言えない匂いなのだが、火にかけると料理が絶品になる。
城で出てきた料理にも、多く使われていたらしい。
しばらく煮込むと、良い匂いがしてきた。
その匂いにつられ、兵士たちが集まってきた。
その中には、アニアさんもいた。
良いところを見せられたかな?
「これで完成!」
「はいはい、みなさん! 並んでー」
兵士たちに食料を配る。
もちろん、鍋だけでは足りない。
特に兵士たちにとって。
クシリカ王国のパンも多く持っている。
「ん! んまいぞ!」
「さっさと食べておかわりしよ」
そんな声を聞いてると、うれしくなる。
アフティと嬉しくなっていると、誰かに肩を叩かれた。
おかわりかな。
振り向くと、アニアさんがいた。
小声で、
「ラビィ、うまいぞ、ありがとな」
と、言ってくれた。
それだけを言って、戻ってしまった。
え、めっちゃ好き。
周りの雑音が、その瞬間だけ一切聞こえなった。
顔が熱くなっているのを感じる。
血が通っているのを感じる。
嬉しくて、恥ずかしくて、それ以外にも言葉でうまく表現できない感情が混じっていた。
肩に手をのせられる感覚があった。
アフティがグーポーズをしている。
「そろそろ、私たちも食べよっか」
周りを見ると、オルダとオリトスは周りの兵士と食べていた。
アフティと一緒に座り、自分たちが作った料理を口に運んだ。
「そういえばラビィ、水渡りはどう?」
「うーん、休憩している間とかに練習はしているんだけど、水の世界から地上の世界へ出るための泡は多くても2個しか見つけられないんだよね。それに、その泡を覗いてみても、せいぜい半径数百メートル以内」
「そっかー。前にラビィに水の世界に連れて行ってもらった時も、他の人一人を連れて行くのが限界だったもんね。ラビィと私とオリトスで手をつないで水の世界に入った時も、私までは入ることはできたけど、オリトスは水の世界には入れずに、ただ水たまりを触っている変な人だったもんね」
「あれは面白かったね。水の世界にいる僕たちに、オリトスがずっと泡越しに話しかけてて」
「あはは、そうだね」
そう。
水渡りはいくらか練習している。
水渡りは、水たまりのような水面を入り口として水の世界に入ることのできる、僕のイトだ。
水の世界には、僕と、泡と、赤い何かと、他には何もない。
上も下もない。
全身が水に包まれている感覚。
でも、息苦しくはない。
そして、この地上の世界から見た、水の世界との境界は水面なのだが、水の世界から見た、地上の世界との境界は泡だ。
泡は、水の世界を漂っている。
泡越しには、地上の世界の様子を垣間見ることができる。
泡に入ると、地上の世界に戻ることができる。
つまり、地上の世界から見ればテレポートのようなものだ。
地上での移動を、水の世界での泡から泡の移動で済ませることができる。
そして泡の数や距離は、水の世界に入るたびに変わる。
今までの水渡りの経験から、水渡りできる水面同士の距離はせいぜい半径数百メートルほど。
そして、泡の数は多くて二つ。
水渡り先の選択肢も多くない。
そして、水の世界に連れていける生物はせいぜい人一人。
僕が水渡りについてわかっていることは、このくらいだ。
僕のイトは二つある。
この、水渡りのイトと、動物と話せるイト。
僕のイトは、誰かのために使えるモノなのだろうか。
僕にとって大切な人を、守ることができるだろうか。
いや、それを実現するためにも、僕はもっと魔力について学ばなければならない。
『ラビィ』
頭の中の世界にいた僕を、ニータが呼び戻した。
『ニータ、どうしたの?』
『ラビィ、最近は物事を難しく考えすぎだよ。そんなに君だけが何かを背負う必要はない。大変なことは、みんなと共有するんだ。楽しいことも。ここに居るのは、ラビィだけじゃない』
『そ、そうだよね。僕もわかっているよ。……でも。あの時、僕はルアを残してフォルタート領を出ることしかできなかった。もう、あの時みたいに、大切な人と別れるような経験をしたくないんだ』
『あれは、例え何人も人がいても対処できなかった。ルアも、アイクさんも、それを理解していた。ラビィのせいじゃない』
『……うん』
わかっている。
わかっているんだ。
頭の中では理解できる。
でも、それだけじゃ納得できないんだ。
心がムズムズする。
状況を受け入れることしかできないなんて。
そう決めつけているのは、自分自身じゃないかって。
もしかしたら、よりよい選択があったんじゃないかって。
でも、仮にあったとしても、それが上手くいく確率はとても低いかもしれない。
その結果、より悪いことが起こっていたかもしれない。
そんな、無数の可能性と自分が選ぶ選択肢。
それらが、僕を悩ませているんだ。
みんな、同じように悩んで生きているのだろうか。
それとも、こんなことを気にせず、生きているのだろうか。
『そういうことを考えるのも大切だけど、今は別のことを考えていたら?』
『別の事?』
『このあと、アニアさんの所に行くんでしょ』
『あ、そうだった!』
『準備できてるの?』
『やばい、全然できてない』
「アフティ、どうしよう。この後、アニアさんの所に来るように誘われているんだ」
「そうだねー。わかってる。わかってますよ。私だってラビィとニータの念話には入れるんだから。私がまた、恋愛アドバイスをしてあげるから!」




