第35話 クシリカ王国出発と水たまり
部屋に戻ると、僕のベッドの上でアフティが眠っていた。
なんで自分の部屋があるのに、と思いつつ、僕ももう少し寝たいからベッドに入った。
始めはアフティから掛布団を奪おうとしたけれど、やっぱりやめて一緒に入った。
「んー……ラビィ……。帰って来たの?」
「うん」
アフティからの返答がなくなった。
また寝た?
まあいいや。
僕も寝よう。
「失礼します。朝食のお時間です」
次に目を覚ましたのは、従者が朝食に起こしに来た時だった。
「あれ? ラビィ?! 私、いつの間に寝ちゃったんだろう」
「おはよう……。なんでここに居るの?」
「なんでって、そりゃあ、部屋に行った後どうなったか聞くために決まっているでしょ!」
「まったく、アフティってば」
「で? どうだったの?」
「うーん、なんて言えばいいのかな?」
簡単に説明するのが難しそうだったから、あったことを全部話した。
「なるほどー。……これは、STEP1はクリアできているんじゃないかな」
「うん」
「次はSTEP2かな。でも、昨日もうちょっといけたんじゃないの? 聞いた雰囲気だと、STEP1から3を飛ばして恋人になれそうと思ったんだけど」
「そっかぁ、どうすればよかったかな」
「まあ、アニアさんの方も、気持ちの整理や準備が必要だったのかもね。これからの期間はちょっとしたことで、やっぱり違うかも、ってなりかねないから、行動には気をつけるように、ね?」
「わかった! ありがとう」
寝起きにも関わらず、アフティは意外としっかり相談に乗ってくれた。
彼女の言っていることが合っているのかはわからないけれども、こうして相談に乗ってくれるのは心の支えになる。
さて、着替えも済ませて、朝食に行くことにしよう。
クシリカ王国出発は明日。
今日も昨日と同じように、打ち合わせばかりだった。
昨日のように、打ち合わせにちょっと出て、街や城を散歩していた。
城を散歩している時、通りかかった部屋の扉が開いていた。
ふと見てみると、国王とその息子、カタルが話していた。
「父上、以上の様子を踏まえ、国内の兵士の一部をさらにアルケジア王国に派兵すべきだと考えているのです」
「ああ、お前の言いたいことはわかる。だがな、このクシリカ王国の立地やその広さから、そして我が国にもドラゴンが到来した場合の迎撃としても、これ以上の派兵は認められないのだ」
「それでは、アルケジア王国でドラゴンに遭遇した場合も、その民に暮らしをあきらめさせることしかできないのですよ!」
「……ああ」
「この国の民でないとはいえ、アルケジア王国は同盟国です。ここは貸しを作るという意味でも、派兵を増やすべきでは!」
「ああ、だがな、わが国にも被害があれば元も子もないのだ。それに、正直、お前にもアルケジア王国には行ってほしくないのだ」
「それは以前にもお話したでしょう!」
「だから、これ以上の妥協はできん。お前はこの度の派兵で十分な成果をあげよ。その結果を踏まえ、以後の裁量を考える」
「ドラゴンの問題は、今、起こっているんですよ! 以後など……」
「それに、この派兵でお前に任せた兵団、調査団はこの国の最高の人員の一部だ。これが妥協点だ。これ以上は変えられん」
「……わかりました。失礼します」
カタルさんは、僕たちが覗いている扉とは別の扉から出て行った。
国王はそれを見届けると、深くため息をついていた。
クシリカ王国での最後の夕食を済ませると、またアニアさんの部屋に向かった。
先ほど、アフティと話していた時に、今度はラビィから行動を起こすべきだと言われたからだ。
昨日と同じでめっちゃ緊張している。
しかも今回は、呼ばれて行くわけではない。
でも、アニアさんに会いたいという気持ちもある。
ちゃんと準備もしてきたし。
今日はアフティの付き添いがないけど。
そう思ってきた道を振り返ると、アフティが離れたところからこっちを見ていた。
グーポーズをしている。
少し気が楽になった。
息を整えて、アニアさんの部屋をノックする。
少しすると、アニアさんが扉を開けた。
昨日とは違った身なりで、少し眠そうな目をしていた。
僕を見るなり「あ。……少し待ってくれ」と言い、扉を閉めてしまった。
数分ほど待っていると、昨日と同じような身なりで再び扉を開けてくれた。
「それで、今日はどうした?」
「今日は……その、昨日の話の続きを聞きたくてきたんですけど。大丈夫でしょうか」
「ああ、いいぞ。昨日と同じように座れ」
暖炉の前のソファに座る。
「さて、昨日はどこまで話したかな?」
アニアさんの話が始まった。
夜も更け、だんだんと眠くなってきた。
昨日と同じように、アニアさんの肩の上に頭をのせる。
けど、ここで終わりではない。
昨日と同じではなく、+α。
アニアさんの髪に顔を向ける。
「それでだな、湖に続く滝の裏には、なんと盗賊の基地があるのを見つけたってわけだ——」
「アニアさんの髪、良い匂いする」
「ふぇ?! お、おう。そうか、気に入ったなら好きなだけ嗅げ」
本当にいい匂いがする。
大きくて温かい体に寄り添いながら、アニアさんと近い位置で過ごすことができ、アニアさんもそれを許してくれた。
アニアさんの手が僕の頭に触れるのがわかる。
「なら、私もおまえの匂いを嗅ぐぞ」
僕の髪を持ち上げて、匂いを嗅いでいる。
この世界にいると、なぜか前の世界と姿が若干変わる。
よく間違えられるように、体つきは女性に近くなり、髪も少し伸び、青い毛が混じる。
その髪は、僕の自慢の体のパーツの一つでもある。
それに、このためにきちんと準備もしてきた。
この夜は、それ以上のことはなかった。
けれども、十分幸せな時間だった。
その日も、アニアさんに寄り添いながら寝た。
朝日が昇る前、昨日と同じようにアニアさんに起こされた。
昨日とは違い、見慣れない服を着ていた。
「出発の日が来た。ラビィも戻って準備をしろ」
「うん」
部屋に戻ると、昨日と同じ光景があった。
それからも昨日と同じ展開で、ベッドに入り、従者に起こされ、アフティに夜の事について聞かれ、朝食を食べた。
それからは、昨日とは異なり、出国の準備をする。
とうとう、アルケジア王国に戻ることができる。
ルア、アイク様、サキアたち、無事だろうか。
一刻も早く戻りたい。
フォルタート領を出た時の光景は未だに頭から離れない。
けれども、アイク様を信じている。
その思いを抱え、城の外に出る。
アフティ、オルダ、オリトス、そして50名の兵士と20名の調査団が旅に向けた準備を終えていた。
アフティたちの元へ着くと同時に、国王が城から出てきた。
「これより、調査団20名、兵士50名をアルケジア王国に派遣する! 任務は、ドラゴンの調査及び被害の一次的な救済である!」
そう言うと、国王はカタルに何か書類を渡す。
「王室副長、カタウルス・クシリカ、名を承ります!」
カタルはそれをしまい、兵団を導く。
国王の命令を実行するための、形式的なものだろうか。
それを合図に、集団は行進を始めた。
先頭にいるのは、カタル、それから調査団、アニア、兵士、最後に僕たちとなっている。
僕たちは国王に向けてお辞儀をした後、兵士に続き歩き出す。
大人数がぞろぞろと歩いている。
もう晴れているが、今朝は雨が降っていた。
地面には、幾重にも重なったのであろう足跡が残る。
空には虹がかかっており、足元には水たまりがある。
僕は、その水たまりを踏みしめて、アルケジア王国へ向かう。
……。
……。
踏みしめることはできなかった。
それは水たまりと言うことはできないほど、深かった。
体が沈んでいく。
気がついた時には、視界が地面よりも下になっていた—―。
今、視界にあるのは、透き通った透明さと青さが不完全に交じり合っている。
まるでビー玉の中のような世界。
上も下もない。
歩いているのか、泳いでいるのかもわからない。
冷たいのか、温かいのかもわからない。
そんな世界。
いや、上と下はあるのかもしれない。
足元に白い光が見える。
そして、そこに向かって少しずつ降りている。
上手く身動きは取れないが、これは悪いものではない。
そんな感覚がする。
気がつけば、その光に満たされていた。—―。




