第34話 早い者勝ち
アフティと城内を歩いている。
この城は、クシリカ王国の都、クリュスにある。
オルダ、オリトス、アフティ、そして僕の4人で訪れた。
それは、先日アルケジア王国を襲ったドラゴンの対策のためである。
クシリカ王国の調査団、兵士とともにアルケジア王国へ出発するまであと2日。
「ねぇ、さっきの話、本当?」
一緒に夕食に向かっているアフティに質問されている。
「うん」
「アニアさんが、そんなに積極的だったなんて」
「なんかね、そういう感じじゃなかったんだよ」
「というと?」
「僕が男だって言ったら距離とられたし、そのまますぐ訓練に戻って行っちゃったんだよね。きっと、同行するなら最低限の身を守る術でも教えてくれるんだよ」
「うーん、そうかな? だったらわざわざ夕食後に部屋に呼ぶまでないと思うんだけど」
確かにそうかもしれない。
でも僕は明らかに筋力がなさそうだから、個別の方が合っているとか。
「そもそも、何の用か伝えられていないんだったら、考えすぎは良くないよ。それより、どうやってラビィを意識させるかだよ。そのためにも、ちゃんとアニアさんの部屋に行ってあげてください」
「わかった。ありがとう」
夕食は昨日と同じように、僕たち4人だけだった。
「ラビィ、アフティ、街はどうだった?」
今日、クリュスの街で見たことを話す。
「衛兵の人と住人との距離が近く感じたよ。少なくとも、クリュス内では国と住人は良い関係なのかな? グラシィは、異国、異種族関わらず交流ができる街だったし、クシリカ王国が大国であるって納得できた」
「私がフォーリャにいた頃のストアも住人の人と仲が良い方だったけど、あれはフォーリャ内だからできたんだよね。クシリカ王国って土地も広大だし、その分、対処しなければいけない問題が多かったり、兵士のためのお金や施設だったり、大変なことが多そうだなって思った」
オルダとオリトスが深くうなずきながら話を聞いている。
「まさに2人とも、良いところに気付いたようだね。オルダの言っていた通りだ」
「そうだろ」
オルダが続けて、クシリカ王国について解説してくれた。
「このクシリカ王国は大国だ。クリュスやグラシィは他の国と交流が比較的多いところだから、整備が充実しているんだ。ただ、大国である以上、国の隅々まで見渡して管理することは非常に困難なんだ。場所によっては、住人が自分たちで仕切っている街があったり、盗賊が力を強めていたり。そんな国内事情だけでなく、対外事情についても考えなければならない。どこの国にはどんな兵力があるのか。政権交代した場合、その権力者はこの国をどう思っているのか。そして今回のような、災いがあった場合の対処」
オルダはここまで話すと、お酒を口に含む。
「そしてその問題に向き合っているのが、現クシリカ王国国王のシリウス・クシリカとその息子、カタウルス・クシリカだ。カタルは自信が次の国王になることを自覚し、シリウス……現国王に様々な意見を申し立てている。その姿勢は素晴らしいが、意見は問題の表面だけを見ており、背景にあるものを意識できてないことが多い。一方でシリウスは、カタルに対して次期国王というより息子としての意識が強い。そのため、何でもかんでも口出しをして、意見を取り入れようとしていない」
「どうやら、そのようだな」
オリトスは以前からカタルとの面識があったわけではないが、この短い間で仲良くしているらしい。
「別にお前たちにどうして欲しいというわけではない。ただ、現在この国を仕切っているのはシリウスで、今回の調査団の長、そして王室副長はカタル。これからの活動の中で、この2人と関わることになる。こういう背景があるということを、理解してくれ」
「「はーい」」
「あと、今日はラビィにも良いことがあったんだよねー?」
「ラビィに? 一体何があったんだ?」
「いや! 何でもないよ!」
アフティに、「ちょっと!」と小声で注意する。
彼女は面白そうに笑っていた。
目の前の料理が減っていくにつれ、鼓動が大きくなっているのがわかった。
今更になって、緊張してきた。
理由は何であれ、アニアさんの部屋に行くことができる。
2人だけの空間。
それだけでも、十分ラッキーで幸せだ。
そして、めっちゃ緊張する。
だんだんと料理を飲み込むのがつらくなってきた。
「アフティ、緊張してきた」
「大丈夫、大丈夫」
アフティは僕の太ももを優しく撫でてくれた。
オルダやオリトスとはテーブルの向かい側なので、小声で話している様子は見えていない。
事情を分かっていて、応援してくれている人が1人でもいるだけで安心感がある。
アフティ、居てくれてありがとう。
とうとう夕食が終わってしまった。
アフティと一緒に、ゆっくりとアニアさんの部屋まで向かう。
アニアさんの部屋は、兵舎ではなく、城にある。
兵長は、衛兵の直接指導よりも、兵団の戦略や王室との打ち合わせなどの仕事が多いためである。
入浴は夕食前に既に済ませていた。
お風呂場にある中で、一番いい匂いのする石鹸を選んだ。
髪もちゃんと乾かした。
服は今着ているのしかなかったけど……。
けど、できるだけ頑張った。
気がついた時には、アニアさんの部屋の前に着いていた。
「ラビィ、頑張って!」
アフティは僕の背中を軽く叩いて、少し離れたところに行ってしまった。
あー、怖いな。
いや、大丈夫。
僕はただ、部屋に誘われただけ。
変なことをしなければ、それだけで良い。
できれば、ちょっと意識してもらえるようにする。
うん。
大丈夫。
深く深呼吸をして、ノックを三回する。
あれ、この世界ってノックの回数に意味あるのかな。
ノック三回に変な意味があったらどうしよう。
あ、でも夕食に呼びに来る従者の人もノックは三回だった。
大丈夫、大丈夫。
そんなことを考えていると、目の前のドアが開いた。
そこには、筋肉質で高身長でイケメンな美女が立っていた。
鎧はもちろん来ておらず、大分薄着。
髪は肩上までの長さで、暗めの青い色。
彼女は右手で前髪をかき上げた。
「待っていましたよ。どうぞ入ってください」
彼女に促され、部屋に入る。
やばい、どうしよう。
緊張しまくりで動きがぎこちないし、うまくしゃべれないし、たぶん顔も赤くなってる。
部屋には暖炉があり、その前に3人掛けほどの大きなソファがある。
来客用の部屋とは異なっているが、立派な部屋だった。
暖炉の火を見ていると、懐かしい気持ちになった。
僕はソファの端っこにそっと座る。
アニアさんは反対側の端っこに座った。
「まず、先ほどは失礼いたしました。服装から判断してしまい」
「いえ、ほんとに気にしていませんよ。それに、僕は僕自身が好きなので、ある意味個性として受け取っています。服装は、僕の街の人たちに勝手に準備されたものなので、逆に紛らわしくて申し訳ないです」
「そうでしたか。やはりみんな、同じようなことを考えるのですね」
「同じとは?」
「いえ! なんでもありません……」
「あと、敬語じゃなくていいですよ」
「そうですか? 来客の方に対しては、敬語の方が兵長としてもふさわしい対応ができるので。ですが、もし、ラビィさんが敬語じゃない方が良いと言うなら」
「そうですね、せめて一緒に居るときだけでも、普通に話して欲しいです」
なんだかぎこちない会話だけれども、がんばれている。
ときどき、アニアさんと目を合わせられている。
やっぱり好き。
「わ、わかった。ラビィさん。それじゃあ、ラビィさんも、普通に話して、欲しい」
僕は静かに頷いた。
兵士たちの前だと、強くてかっこいいアニアさん。
普通に話そうとするとぎこちなくなってて可愛い。
「アニアさん、それで話ってなんですか?」
「ああ、話か、そうだな。ラビィさんについて、知りたくて」
アニアさんがちょっとだけ近づいてきた。
「僕について?」
「その、2日後にはアルケジア王国に向けて出発するわけだが、なにせ私はアルケジア王国が初めてで。ラビィさんは、フォルタート領からだと聞いたんだ。それについて聞きたくて」
「フォルタート領ですか。実は僕もフォルタート領はあまりいたわけじゃなくて」
「そうなのか?」
「はい、実は、オキシナというところで暮らしていた(という体な)のですが、人さらいにあって、フォルタート領に」
「人さらい……そうだったか」
アニアさんがさらに近づいた。
「そこで見つけてくれた人に拾ってもらって、暮らしていました」
「その、拾ってくれた人とは?」
「薬屋をやっている女の人です」
「女の人、もしかして……恋人、とか?」
「恋人、ではないです。たぶん」
「曖昧な関係ってことか。でも、それなら、まだ……。――――早い者勝ち」
アニアさんがさらに近づいた。
え?! ちょ、近すぎない?
もう体が触れているんですけど。
アニアさんが僕に向かって手を伸ばしてくる。
その大きくて温かな手のひらに頬を包まれる。
そして、ゆっくりと顔も近づいてくる。
もう、体のどこにも力を入れることはできなかった。
「ラビィ……敬語に戻っているぞ」
「敬語……あ」
「いや、いいんだ。その方が話しやすければ。私はこのままの方が話しやすいから、そのままでいるが」
アニアさんの手は僕の髪を優しく撫でて、それから離れて行った。
彼女は深く深呼吸をして、ソファから立ち上がった。
窓の外を見ている。
「私から聞きたかったことは以上だ」
「終わりですか?」
「ああ。時間をとってしまい、悪かったな。ありがとう」
あっけにとられた。
数十秒ほど考え、ソファから立ち上がった。
アニアさんの方を見る。
「……もう少し、ここに居てもいいですか?」
アニアさんは振り向き、少し驚いたような顔をしていた。
でも、すぐに優しい顔になった。
「ああ、いいぞ」
それから、アニアさんが兵長になるまでの話を聞いていた。
元々は違う国の冒険家だった話。
世界を回ってきた話。
それでも行けなかった場所。
クシリカ王国に住むことにして、兵士になった話。
あっという間に昇格し、兵長になった話。
アニアさんから聞く話はとても面白かった。
この世界がどんなところか、他にどんな国があるのか、どんな人が住んでいるのか。
知らなかったことをたくさん聞けた。
質問をすればするほど、彼女は楽しそうに答えてくれた。
そして、いつの間にか寝ていた。
その時の記憶はほぼほぼないが、アニアさんの大きくて温かい、安心感のある体に寄りかかっていたのは覚えている。
次の日、朝日が昇るときに起こされ、自室に戻るように促された。
寝ぼけた頭で部屋に戻る。




