第25話 崩壊と旅立ち
僕たちが旅立つはずの霧の穴。
その真上。
霧を突き破ってそいつが現れた。
あまりにも大きすぎるその体、爪一つだけで大人一人の身長より大きい。
その顔はフォルタート邸を向いていた。
体は赤く、放たれた魔力はアプリストを超えていた。
体中が焼けるような感覚だった。
その巨体さゆえに、一目の中に全身を収めることはできない。
その生き物はこちらを向くことなく、まっすぐイートアの街の方向へと飛んで行った。
大きな翼によって起こされた風圧で呼吸をすることができなかった。
「待てええぇ!!!」
その瞬間、アイク様は大声で叫び、信じられないほどの魔力を放っていた。
空中に右腕を伸ばす。
すると、アイク様が伸ばした腕の延長線上の空気が光りだした。
その光の部分はすぐに半透明の実体となった。
それは巨大な右腕だった。
アイク様の右腕の先に、さらに巨大な右腕が現れたのだ。
それはぐんぐんと伸びていき、空を飛ぶ生き物を掴んだ。
「ルア!! この場を離れろ!! ドラゴンだ! イェタン・ベネヌを即席で作れるか?!」
「わかりました!!」
ルアはそばの林へと駆けて行った。
アイク様は空中に伸ばした腕で何かをつかみ自分の元へ引き寄せるような仕草をする。
その先の巨大な右腕は生き物を掴みながらこちらへと引き寄せる。
「オルダ!! ラビィ!! 行けぇえ!!! オルダのカバンの中に私の文がある! それをクシリカ国王に!!」
アイク様がそう叫んだとき、その先の光景はさらに信じられないものとなった。
フォルタート邸の真上のところに赤い光が放たれた。
太陽のようなまぶしさだった。
だが次の瞬間には暗闇に戻った。
しかし、先ほどまでフォルタート邸にあると話をしていた黄色の光は消えてしまっていた。
「うあぁぁぁあああああああああああああああ!!!」
アイク様はもう片方の腕も空中に伸ばし、巨大な左腕が現れフォルタート邸の方へと向かって行く。
一方で右腕の先にある触手は間もなくこちらに来る。
その先にいる生き物は周囲に炎をまき散らし、爪と牙で巨大な右腕を傷つけようとしている。
アイク様からはさらに強力な魔力を感じる。
その魔力のせいで周囲から地鳴りが聞こえる。
「早くしろ!! 穴がふさがったら、また開けるほどの余裕はない!!」
「行くぞ、ラテニア君!!」
僕とオルダは、馬にまたがってその霧の穴を駆けて行った。
後ろからの轟音と魔力を背中に感じながら、馬を連れて必死に走った。
体中がピリピリしていた。
霧の穴を抜けると、その先は強い光で満たされていた。
太陽の光だ。
馬は前に進むのをやめて、その場に座り込んだ。
僕とオルダは先ほど通ってきた霧の穴の方をのぞき込む。
霧の穴はほとんど閉じてしまったが、一瞬だけ赤い光が見えた。
「あれが、ドラゴンですか……。アイク様は、ルアは、あの街はどうなってしまうのでしょうか……」
「……無事であることを祈るしかないな。ただ、アイク様はイトを使っていた。あの魔力放出量を見る限り、まだアイク様が生き残る可能性はある。たとえ、相手が一晩で街を四つ滅ぼした生き物だとしても」
「僕たちは霧を抜けて良かったのでしょうか……やはり戻るべきでは。僕たちだけ逃げるなんて」
心臓がバクバクしていた。
この霧の向こうには僕の大切な人達がいる。
それらを破壊しうるものもいる。
それなのに僕たちだけ出てきてしまった。
「仕方ない……。私たちがあの場にいて、できることは何もない。ただドラゴンに殺されるだけだ。アイク様は我々に文を託したのだ。何としてもこれをクシリカ王国へと届ける義務が私たちにはある。これが彼らが私たちを逃した理由であり、私たちがこれから生きなければならない理由だ」
「……はい」
頭では理解できても、やはり納得はできなかった。
ルア達はすぐ霧の向こうにいるのに……。
「……安心しろ、アイク様はフォルタート家の人間だ。それにあのイト。気になるのはアイク様やルア君よりも、フォルタート邸だろう」
「フォルタート邸?」
「先ほど、フォルタート邸の方角に一瞬明るい光があっただろう。……あれは恐らく、二体目のドラゴンが放った炎だ」
「そんな……」
オルダの言葉を聞き、さらに絶望的な状況だと理解した。
ここからでもあの明るさの炎。
きっとフォルタート邸にはサキアやシラ達がいた。
「アイク様はすぐに左腕も使っていたが、果たしてフォルタート邸はドラゴンの火力に耐えられるものか……」
もう言葉も出なくなってしまった。
僕は胸が締め付けられる感覚。
シラとサキア……。
そしてルアも霧の向こう側。
どうか、生きていてくれ。
「だが、ラテニア君よ。私たちの力では、この霧の向こう側へ戻ることはできない。改めて言うが、私たちにできることは、この事態をクシリカ王国へと伝え、これ以上被害が出ないように策を講じることだ」
「……はい」
僕は、オルダがこの街を見捨てろと言っているように感じた。
けれども、彼の言った内容は事実なのだろう。
例え僕たちが霧の向こうに戻れたとしても、何もできない。
ただ、殺されるだけ。
『ラビィ、もう、進むことしかできないよ。あの生き物はとても恐ろしい魔力量だ。あれは世の摂理に反している。だけどあの場所に居た人間も魔力は多かった。ボクたちは信じるんだ』
ニータも言った。
『……うん』
座り込んでいる馬のそばへと行き、頭をなでる。
水筒の水を手に注ぎ、馬に飲ませる。
さらにしばらく待つと、馬は立ち上がった。
「では、行きましょうか。オルダさん」
「ああ、クシリカ王国へ」
外の世界にも草原が広がっていた。
そして、ルアが言っていたように太陽がないのはフォルタート領だけのようだ。
霧を出てから半日、僕たちは一言も話さなかった。
だが何も話をしないとあの惨劇が脳裏に浮かぶ。
無理やりにでも会話をしようとした。
「オルダさんは、このようにフォルタート領の外から来たんですよね」
「ああ、それまでクシリカ王国立大学で教授をしていたからな。……久しぶりの太陽だ」
「そうなんですね」
「それと、ここからは魔物が増える。フォルタート領と違って中型の魔物なんか大量にいるから気をつけなさい。あと、盗賊なんかもいる。外の世界は優しい人ばかりではない」
「わかりました」
オルダとゆっくりと会話をした。
少しだけ心が落ち着いた。
数時間ほど歩くと、馬たちの歩く速度が遅くなった。
小休憩をとった後、馬を引いて歩くことにした。
「オルダさん、ところで、クシリカ王国のどこを目指しているんですか?」
「国王がいるのは、クリュスと言う都だ。黄金の都ともいわれているところだよ。大都市だ」
「黄金の都? それって、エイゾルの書にもありましたよね」
「そうだな。そのモデルになったから言われているだけだが」
「そうなんですね……」
「私の方からも質問していいかね?」
「はい、なんでしょうか」
「……君は、どうして兎をリュックに入れているのだい」
「あ、これは、その……」
どう言い訳しようか考えようとしていたが、そもそも自分のイトの事は隠すほどのことでもないと気がついた。
僕はこの世界では隠し事が多すぎるため、僕自身についての質問が来るとごまかそうとするのが身についてしまった。
「……いや、話しにくいことならば無理に言わなくてもいいよ」
「全然話せることですよ。この兎は僕の家族なんです。僕のイトは兎と話すことができる、というものなので」
「兎と……。他の動物はどうなのだね」
「この前、猫に会ったことがありましたが、その時は無理でしたね」
「そうか……。もし他の動物と話すことができるとしたら、あのドラゴンとの会話もできたかもしれないが……」
「そうですね……」
その言葉が、僕の無力さを表していた。
僕は異世界に来たのにも関わらず、周りの流れに身を任せ、自分では何もしていないのではないか。
もっと自分にできることを探したり、実行すべきではないのか。
ルアが僕と同行したいとアイク様に言った時に、僕は何も言っていなかった。
『もし、ラビィが他の動物と話すことができたとしても、あのドラゴンとの会話はできなかったかもしれないね』
『ニータ……。どうして?』
『この前、僕は野良犬と野良猫の仲裁をしていたと話したことがあったよね。僕たち動物同士は種類が違っても話せることがあるんだ。けれども、あのドラゴンからは何も感じ取れなかった』
『そっか。教えてくれてありがとう……」
ニータはあの状況でも動いていくれていたんだね。
僕はこの世界で生きていくと決めたが、その中で自分が存在する意義を見つけることはできるのだろうか。
元の世界では、徐々に自分は大勢の中の一人だということを思い知らされていった。
だから、この世界に来たときはうれしいと感じることもあった。
自分には可能性があるのだと。
けれども今、自分を満たしているのは虚無感だけだった。
第一章 夜の街編 終わり




