第24話 はなむけ
その会議室にいた僕の知っている人は、ルアの薬屋にイェタン除けを買いに来た人であり、アプリストの消失した場所に居た人だ。
オルダ・デンさん。
そういえば、どこかの大学で教授をしているとか言っていたっけ。
「なに? 二人は知り合いなのか?」
アイク様が驚いた様子で聞いてきた。
「まあ、街ですれ違ったくらいですが」
「そうなのか?」
「はい、アイク様。ラテニア君とはお話したことがありますよ。確かあれは、以前のアプリストが来たときだったかな……。それに関連してふと思ったのですがアプリスト、彼らは光に導かれるという習性がありますよね。そのドラゴンに襲われた四つの街で、何か共通するところはないのでしょうか」
「なるほど四つの街の共通点……。パッとは見当がつきませんね。地理的に近いくらいしか」
「やはり、外部との協力が必要なのだろう。我が国の国王もこの事態には対処しきれていない。そもそも国から援助の要請が来ているようじゃ……。オルダさんのところはどうなのかね。大学の教授なんだろ?」
小太りのおじさんが提案した。
胸にバッジをつけている。
この前ルアに教えてもらったのだが、あのバッジは中央商会のものだ。
「クシリカ王国か? カジア地方とはここを挟んで反対側だからな。ここよりは危機感が薄いかもしれないが、ドラゴンと言う異質な存在を無視するほど馬鹿じゃないだろう。アイク様、ここはどうか、私を霧の向こうに送ってくれないでしょうか。そこで助言を仰ぎに行こうと思います」
「……外に、か」
「はい。ただここから逃げるなんてことはしません。そのために使用人を一人……ああ、ラテニア君を見張りとして私につけてはいかがでしょうか」
「ラテニアか。……確かに、ラテニアは使用人たちの中で一番の新入りだ。だが、それでも私の家族の一人でもある」
「大丈夫ですよ。私はこう見えて面倒見がいいので」
アイク様は数十秒考えたのちに、ゆっくりと口を開いた。
「……他に人員を考えるとその方が良いのか……。ただ、ラビィを粗末に扱うことは決してないように……」
最後の言葉を口にするとき、アイク様の声はとても低く威圧的なものになっていた。
そして、魔力の放出も感じ取った。
僕ですら感じ取れるほどの魔力だ。
生まれた時から魔力のある世界で生きている彼らにとっては相当に感じたはずだ。
その場にいる全員が顔を強張らせた。
「……わ、わかっていますよ、アイク様。私は一度言ったことは必ず遂行します」
オルダは真面目な顔で回答している。
しばらくの間を置き、アイク様は答えた。
「……そうか。そうするか」
「ありがとうございます」
どうやら僕は、これからオルダについていかなければならないようだ。
僕はあくまでアイク様が雇っている人間なので、アイク様の意向に従わなければならない。
ルアにはしばらく会えなくなってしまうが、それはここにいても同じことだ。
もしかしたら、この件を機にフォルタート邸からの外出がしやすくなるかもしれない。
そのようなことでしか、前向きに考えることはできなかった。
シラとサキアは、少しの驚きと心配の表情をしている。
「では、明日の朝にここを発ちます」
オルダは会議室から急ぎ足で出ていった。
自宅へ荷物を取りに行くようだ。
明日か……。
「ラビィも、出発の準備をしなさい」
アイク様にそう告げられ、僕はサキアの部屋に向かった。
部屋に戻りリュックに荷物をまとめていると、サキアとシラが入ってきた。
「ラビィ……」
シラはそれだけ呟いて抱きついてきた。
「大丈夫だよ、シラ……」
たった3日間ここにいただけなのに、何年も一緒に暮らしているような感覚がした。
寂しい感覚がする。
僕がこの世界に戻ってくるとき、ルアとニータと一緒にゆったりとした生活を送れるものだと思っていた。
しかし、実際は違った。
「ラビィ、できるだけ早く戻ってくるんですよ」
「サキアさん、それは僕が決めることのできることではありませんよ」
僕は苦笑いをする。
「ええ、そうね」
サキアも柔らかく笑う。
「私も、ラビィと一緒に行きたかった」
「それは、私だって同じですよ。ラビィは私のものなんですから……」
サキアは僕の頭を撫でる。
クシリカ王国はここからどれほど離れているのだろうか。
僕は無事にフォルタート領に帰ることができるのだろうか。
そういえば、このフォルタート領はアルケジア王国にあると聞いたことがある。
目指すところは国が違う。
つまり、この夜の街ことフォルタート領を出るだけではないということだ。
かなりの旅路になるのだろう。
果たしてその先でドラゴンの対策が見つかるのだろうか。
それまでにここにドラゴンは来たりしないだろうか。
様々な不安が湧いてくる。
「ラビィ、私も心苦しいのだよ」
声の方を見ると、アイク様が立っていた。
「アイク様、ここは私の部屋です。勝手に入ってこないでください」
「そもそもこの家は私たちのものなのだがね……。それより、ラビィ、すまなかった。だがこうすることが現状の最善だと考えたのだ。私を許してくれ」
アイク様は少し悲しいような表情をしながらも、その瞳ははっきりと僕の方を向いている。
「この状況が問題であるということは事実です。これは私たちだけの問題ではありません。しょうがないことです」
「ああ、そうなのだが……」
「アイク様、ラビィが帰ってきたら、ルアさんのところへしばらく預けてみるのはいかがでしょうか。どうやらラビィとルアは昔から知り合っていた家族のような仲なのです」
サキアが提案してくれた。
「……そうだな。無事に帰ってくることができたら、しばらく自由にするといい」
「あ、ありがとうございます!」
これは、無事に帰ってくるしかないな。ルアとニータと生活したい。
荷物をまとめ終わったら、明日の早朝の出発に備えて夕食を済ませる。
お風呂に入るときは、シラとサキアと入ることとなった。
アイク様も一緒に入りたいと提案していたが、二人に強く反対されたため残念そうに自室へと戻って行った。
シラとはお風呂に入るタイミングだけずらした。
シラが入ってくるまでの間に、サキアに髪と体を洗ってもらう。
「ラビィの体を初めて洗っていたころから、まだ2日しかたっていないなんて考えられないですね。もっと昔から一緒にいたような気がしますね」
「僕もそう感じますよ、サキアさん。サキアさんだけじゃなくて、シラさんやアイク様、他にも多くの方とは何か繋がりを感じます……」
「そう、ラビィがそう感じてもらえるなんて、うれしいです」
お互いの体を洗い、湯船に浸かったタイミングでシラが入ってきた。
シラは小走りで湯船のところまで来た。
ここのお風呂は泡風呂のため、入ってしまえば気にならないとシラは言っていた。
そういうものなのだろうか。
「ラビィが帰ってきたときは、その……私が体を洗ってあげる」
その発言には僕も驚いたが、サキアも驚いたようすだった。
僕たちは仲が良いといっても、本当に数日しか一緒にいないのだ。
まだルアやサキアは特殊だとしても、シラからそのように言ったのを聞くと以外な感じがする。
「だから、その時は、私のことをお姉ちゃんって呼んでみてね」
彼女がなぜそこまで「お姉ちゃん」にこだわっているのかわからなかったが、どうやら彼女の姉と関係がありそうだ。
彼女の中で「お姉ちゃん」とは憧れの存在なのではないか。
そして、そのようになりたいとか。
「わかったよ。……あと、シラが僕のお姉ちゃんになるんだったら、その家族の、シラのお姉ちゃんの話も詳しく聞かせてよ」
「も、もちろん!」
シラは嬉しそうに答えていた。
それを見て、僕もサキアも優しく微笑んだ。
お風呂を上がり、サキアの部屋に行った。
これからは長い旅になる。
ルアの部屋やサキアの部屋のように良い匂いの中、温かく包まれながら寝るなんてことはできなくなるだろう。
最後の一日として、今日はサキアにちょっと甘えてみようか。
ベッドの上で、僕とサキアは向かい合うように横になっている。
僕の方からサキアの方に近づいてみる。
「サキア、今日はちょっと、甘えたい……かも」
僕はサキアの胸に顔をうずめる。
実際に口にしてみると恥ずかしくてたまらなくなった。
恐らく僕の耳はすごく赤くなっているのだろう。
サキアは、僕を片方の腕で抱きしめて、もう片方の手で頭を撫でてくれる。
「今日はこのまま眠ってください。私が温めてあげますよ」
「ありがとう……」
その温かさに包まれると、少しだけ涙が出てきてしまった。
みんなの前では気にしていない振る舞いをしたが、異世界であるだけでなく良い人と離れて国を超えるということに対し、不安でいっぱいなのだ。
次の日はヘリオスが昇る前にはフォルタート邸の庭に出ていた。
服装は、旅に適しているものだ。
もうメイド姿ではない。
ただ、この服は女性用なのか、男性用なのかはわからない。
サキアとアイク様は、何やら言い争ったり、ニヤニヤしたりしてこの服装を選んでいたので心配ではあるが……。
そして、庭にはフォルタート家と使用人、その全員が集まっていた。
そこには馬が三頭、それぞれ僕とオルダとアイク様用。
アイク様は一緒にクシリカ王国に行くわけではないが、直々に霧の魔術に穴をあけるために霧の端まで一緒に行くこととなった。
『ラビィさん!』
すぐそばまでアン達も集まってきた。
「あ、兎さんだ!」
アイク様の娘と息子であるプテリ様とリンカ様がアン達のところまで駆け寄っている。
プテリ様は6歳、リンカ様は3歳くらいかな。
彼女らに気に入られて、ここが居場所となったのだろう。
『ラビィさん、遠くに行かれるんですね……』
アンはすごい勢いでプテリ様とリンカ様に撫でられながら話しかけてくれる。
『大丈夫、ボクも行くよ』
『え、ニータ?』
ニータがここにいた。
先日までルアの家にいたはずなのに。
『ニータ、僕たちはこれからこのアルケジア王国を出て、クシリカ王国まで行ってくるんだよ。どれだけかかるかわからない……。それでも大丈夫?』
『大丈夫だよ。これまでボクが旅してきた距離の方がずっと長いから』
『そう、じゃあ一緒に行こうか』
正直、ニータが一緒に来てくれるというのはとてもうれしかった。
ただ、これではルアは独りぼっちになってしまわないか。
そもそも、ルアに旅に出ることを伝えていなかった。
「アイク様、このフォルタート領を出る前にルアのところに寄ることはできませんか?」
実は、あの会議の後に、自分は元々ルアのもとで生活していたことを話した。
サキアの提案だった。
「イートアの街の方へは元々行く予定だった。問題はない」
「ありがとうございます」
こうして僕、オルダさん、アイク様はそれぞれの馬に乗り、フォルタート邸を出発した。
ニータは顔だけを外に出す形で僕のリュックの中にいてもらっている。
シラは僕たちが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
これから僕たちは、ドラゴンへの対抗策を見つけるために国の外へ出る。
一体いつまでかかるのだろうか。
馬に揺られながら考えることはそのくらいしかなかった。
しばらくすると、イートアの街に着いた。
中央道をアイク様が通ると、彼を一目見ようと住人たちが集まってきた。
アイク様は住人達からの人気が高いようだ。
イートアの街の中心にある噴水広場に着くと、アイク様は住人たちの相手をし始めた。
僕は、ルアのところに行く時間をアイク様が与えてくれているのだと理解し、すぐさま向かって行った。
今はまだヘリオスが昇り始めた時間なので、ルアは薬屋にはいないだろう。
ルアの家に行った。
僕が「ただいま」と声を掛けると、ルアはすぐに来てくれた。
「ラビィ、もう帰ってこれたの?!」
「いや、そうじゃないよ……。これから、このアルケジア王国を出て、クシリカ王国まで行かなければならないんだ」
「ラビィ……」
「いつ帰ってこれるかもわからない。でも、行かないと」
「だったら、私も一緒に行くよ」
確かに距離的にも、ドラゴンからの被害があったカジア地方からは、このフォルタート領よりもクシリカ王国の方が遠い。
そこでニータとルアと暮らした方が安全なのだ。
「ただ、アイク様が許してくださるか」
ドラゴンの事情を知っているのは中央商会の重鎮と、フォルタート家とその使用人だけだ。
果たして、アイク様にどう伝える。
それに、ルアはイートアの街で一番の薬屋で、フォルタート邸のご用達でもある。
アイク様はルアの外出を許してくださるだろうか。
でも、ルアと一緒に行きたいのは僕も同じだ。
「私が交渉して見せるよ」
「……うん。わかった。アイク様に聞いてみよう」
結局ルアにはドラゴンのことを話せなかった。
僕はルアを連れてアイク様がいる噴水広場まで向かった。
「おや、ルアではないか。ラビィ、心の準備はできたか?」
「アイク様、どうか私をラビィと一緒に向かわせていただけませんか?」
ルアは僕がアイク様に何か言う前に言い放った。
アイク様の顔が強張った。
「なぜ?」
「ラビィが行くからです」
「お前はこれがどんな旅なのか理解しているのか?」
この質問は、ルアの覚悟を問うものではなく、僕がドラゴンのことを話していないかカマをかけたのだろう。
「わかりません。ラビィが行くからこそ、私も行かなければならないのです」
「そうか……」
実際、僕はルアにドラゴンのことを話したりはしていない。
「だが、ルアはフォルタート領でも一番の薬屋だ。お前まで行ってしまったら、誰がここの住人を助けるのだ」
「それは……。シエナはどうでしょう。私のようなイトは持ち合わせてはいませんが、腕は十分です」
「ルアのイトは、薬のレシピを覚えられるだけでなく、初めて触る薬や薬草の効果まで知ることができるらしいな。そのイトは、確かに長旅では必要なものだろう。だが、それよりもここの住人の方が数が多い。……救うべき人の数が多いのだ。ルアもわかるだろう」
ルアは、静かにうなずいた。
「では、霧の端までは同行させてください」
「それくらいならば構わない」
そして、僕の馬にルアも乗せ、霧の端まで四人で向かった。
イートアの街を抜け、さらに一時間ほど進んだところで、霧と地面がぶつかっているところまでついた。
アイク様が言うには、住人に見られないように人気のない場所からフォルタート領の外に出るということだった。
ここからでも、丘の上にあるフォルタート邸を見ることができる。
フォルタート邸の上には強烈な黄色の光を放つ巨大な水晶があったからだ。
だからここからは建物ではなくその光だけが見える。
「見えるだろう? あれは、初代フォルタート以前からここにあるとされる超巨魔石だ。あれほどの大きさの魔石は自然に発生することはあり得ないと言われているが。あの魔力が霧を保っているともいわれている」
アイク様が自慢げに話している。
そして、霧の方へと目を向ける。
その霧はとても黒かった。
しかし、アプリストの跡ほどではなかった。
そして霧からは魔力を感じることができる。
ランプを近づけると、それに呼応するようにキラキラと光る。
「触るなよ……」
アイク様に注意された。
以前ニータから言われたことを思い出し、僕はさっと手を引く。
馬から降りたルアが駆け寄ってくる。
「ラビィ、気をつけてね。……フォルタート領の外でも」
「うん。ルアも元気でね」
「これ、魔石から作った水晶玉だよ。私もまったく同じものを持っているの。おそろいの品。持って行って」
ルアはその水晶玉を渡してくれた。
前の世界の水晶玉とは少し違って、オレンジや黄色などの色が中心から広がっていて、少し温かい。
これに似たものを以前に見た気がする。
「ありがとう」
ルアは僕の頬にキスをしてくれた。
僕もルアに返す。
その様子を見ていたアイク様はわざとらしく咳ばらいをした。
「……さて、もういいかな。これから私がこの霧に穴をあける。霧の壁の厚さは馬五頭分と言ったところだ」
そう言ってアイク様は霧に向かって手のひらをかざし、何かを呟いている。
すると、霧がうずめきだし、徐々にくぼみができてきた。
そのくぼみに深さができてき、やがて霧のトンネルができた。
高さは人二人分。
アイク様とルアは、僕とオルダさんの乗る馬の手綱を持ち、霧のトンネルの方角へと、馬のはなむけをする。
「私とルアはここまでだ。オルダ、ラビィ、頼んだぞ。デン、君のカバンに――」
アイク様の声は、大きな衝撃音にかき消された。
大気を引き裂いたような音で、その場にいた全員が異常を察した。
それが生き物によって発せられたものだと知ったのは少し後。




