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水面のうさぎ使い  作者: 柿丸
第一章 夜の街編
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第23話 ドラゴン対策会議

 僕はなんとかルアの家まで帰ってきた。

 フォルタート邸での仕事がなくなったわけではなく、一時的に戻れただけなのだが。

 それをルアにどう説明しよう。


「ラビィはこれから私の家で暮らせるの?」


「いやーそれがちょっと難しそうなんだよね……」


 僕はルアに使用人としてフォルタート邸で働くことになったと伝えてある。


「そう……。あそこでは使用人が入れ替わることはあまりないわ。どうしたらラビィを取り戻せるかしら」


 そして、問題はそれだけではない。

 先ほどアイク様が話していたドラゴンの事も説明した。


「もしそんな生き物がイートアの街に来たら、壊滅してしまうわ。この住人にとって最も恐るべきものは外部の人間だったから、そこまで巨大な生き物への対抗策なんで練られていないはず」


「……このことはくれぐれも外部に漏れないようにね」


「わかっているわ。もしこのことがイートアの住人に漏れてしまえば、彼らはフォルタート領を出たがるでしょう。けれども、人がいなくなればフォルタート領は経済基盤を失う。かと言ってフォルタート領の出入りをさらに規制してしまえば、反乱がおきてしまう」


 考えれば考えるほど、アイク様はとてつもない難題を突き付けられているようだ。

 この状況では解雇してほしいなんてとても言えない。

 誰か、頼れる人はいないだろうか。


「ラビィはアイク様のところにいつ戻るの?」


「明日の朝までかな……」


「だとしたら、今日はここで一緒にゆっくり過ごそうよ。明日は早めに起こすから」


「うん」


 僕とルアはベッドで横になった。


『ラビィ、今度二人でゆっくり話がしたい』


『わかった。これからも僕はフォルタート邸で過ごすことになると思う。もしこれそうだったら来てよ。アン達もそこにいるから』


『アン? なるほど。わかったよ』


 アンたちはこの世界と僕が元々いた世界との区別がついていなかったけれども、ニータは異世界という認識があるのだろう。

 アンたちが元の世界にいたのも、ニータが関係しているようだった。


 これじゃあ、考えることが多すぎるな。

 今はちゃんと休もう。

 明日も朝早く行かなければならないし。


「すんすん……」


 ルアが匂いを嗅いできた。


「私と同じ匂いだ」


 僕もルアの匂いを嗅ぎ返した。

 二人で笑った。



 次の日、まだ二つ目の月が昇っていない頃にルアは僕のことを起こしてくれた。

 朝食は昨日ルアが食べていた鍋の残り。


 暖炉で温めて、二人で食べる。

 食べ終わったら、ルアが準備してくれた服に着替える。


 僕はあっちで仕事用の服があるから大丈夫と言ったが、それでも持っていけと言われた。

 それと、いくつかの薬をもらった。


「ルア、ありがとう。いつかちゃんと戻ってくるから」


「私の方でも、何とかしてみるよ。待ってるからね、ラビィ」


 ハグをして、僕はフォルタート邸を目指して走り出した。

 昨日は魔法の力があったおかげからかへとへとになりながらも走りっぱなしでイートアの街まで来たが、今日は全然ダメだった。

すぐ疲れてしまう。


走るのと休憩を繰り返して、二つ目の月が昇るまでになんとかフォルタート邸に着くことができた。


また塀があった。

いや、今日はもう無理だ。

なんとか正門からいけないかな。


「すみません、ルアさんの薬屋から薬を届けに来たんですけれども」


 正門の衛兵に話しかける。


「おお、朝早くからお疲れ様です。どうぞ」


 行けた。

 フォルタート邸に入ったらなるべく他の人とすれ違わないように気をつけて、サキアの部屋までたどり着いた。


「サキアさん、ただいま」


「あ、ラビィ。おかえりなさい」


 そして、また仕事が始まった。

 アイク様は、例のドラゴンの話を他のフォルタート家の人々にもしていたようだった。


 そのせいか、まだ年のお若いプテリさまとリンカさま以外は暗い顔をしていた。

 フォルタート家の人々が朝食を終えると、サキアは新しい仕事を依頼されたようだった。


 僕はまだここに来たばかりであり、そもそもフォルタート家の人々の中には僕の顔も知らないような人もいるため、特別な仕事が回されることはなかった。

 僕たちはサキアが普段請け負っていた日常的な仕事を分けてする必要がでてきた。


 サキアがいなくても、使用人の多くは自分の仕事を遂行していた。

 このようなことがよくあるのか、シラに聞いてみた。


「いいえ、サキアさんに新しい仕事が割り当てられることはあまりありませんね。サキアさんは司令塔のような役割なので……。普段は三番メイドや四番メイドの方が請け負うはずなのですが」


 三番メイドというと、シエナさんか。


「一番メイドの方にはこれまであったことがないのですが、どのような方なんですか?」


「彼女は、ほぼずっとエクスさまにつきっきりですね。代々一番メイドの人は当領主について仕事をすることになっているようです。直接仕事が割り振られることは執事の方が多いですけれど……」


 執事の方もだいぶ忙しそうにしていた。

 このフォルタート邸にはとても大きな書庫もある。

 どうやら、そこの中からドラゴンに関する記述のある本や、対大型魔物用の対策に関する本を探しているのだという。


 僕はまだ文字が読めないし、シラも少ししか文字は読めないという。

 文字が十分に読めることも、執事としての条件なのかもしれない。

 やはりドラゴンが出てくる話と言えば、いかにも作り話と言えるような内容であったり、信用性がなさそうなものばかりであったらしい。


 そういえば、サキアとアイク様が生き物の大きさと魔力の関係について話している時に、メガラ・エラフィアの話もしていた。

 シエナさんから文字を教わったときに聞いた話だ。


 ドラゴンが出てくる話は、あのような話ばかりらしい。

 解決策は出てくるのだろうか。


 出てこなければ、ただドラゴンがフォルタート領に来ないことを祈ることしかできない。

 まだ、フォルタート家の人たちが事態を軽視したり祈るだけではなく、ちゃんと解決策を模索しているということは、領主として素晴らしいところだろう。


「ところで、ラビィ……」


 シラが泡風呂で会った時の話し始めた。


「うん。なんか、だましていたみたいでごめんなさい」


「いえいえ、サキアさんがあんなに執着していたから、何かあると思っていたんですよ」


 昨日、お風呂場でサキアさんの話を聞いて、自分の気持ちを素直に表現することも悪くないと思ったけれど、サキアはやりすぎなのかもしれない。

 そもそも、その話自体、僕を丸め込むために作った即興の作り話かもしれない。

 でも、たとえ作り話だとしても、僕の心が少し軽くなったことには変わりないけれど。


「……でも、ラビィにはこれからもその服を着ていてほしいな」


 シラは僕の裾を掴みながら言ってきた。

 僕とほぼ同じ身長のため、顔の距離はとても近くなる。


「そ、そう? まあ、僕はサキアさんに逆らえないんですけどね」


「そうなんだ。こういう時は私とサキアさんは気が合うんだなぁ……。あとはやっぱり私のことはお姉ちゃんって、たまにでもいいから呼んでほしいな」


「わかったよ。気が向いたらね」


「えへへ、ありがとう。でも、こう見ると本当にラビィは女の子に見えるよね。ちょうど今はサキアもいないし、私の部屋においでよ。髪結んであげる」


 シラにそう言われ、昼食の片づけが終わったら彼女の部屋に行くことになった。


 彼女の部屋に向かう途中、あまり見慣れないメイドに会った。


 シラと同じくらいの少女?

 挨拶しておいた方が良いかな?


 声を出そうとした時、彼女が何かを落とした。

 しかし、彼女はそれに気がつかない。


 凝った装飾のナイフだった。

 僕はそれを拾い、彼女に渡した。


「あの、これ、落としましたよ」


「あら、すみません、ありがとうございます」


 ついでに自己紹介もしようと思ったが、彼女はそそくさと行ってしまった。

 もうちょっとお話したかったんだけどな。


 それにしても、何番メイドだろうか。

 もしかして一番メイド?

 というわりには、大分若く見えるが。


 シラの前あたりに入った人とかかな。

 後で聞いてみても良いかもしれない。



 部屋に入ってから、シラはとても笑顔になっていた。


「シラ、そんなにうれしいんですか?」


「うん! だって、ここに来てみたら年上の人ばかりだったんですもの。ラビィは私より年上じゃない感じがして……。だからうれしいの」


「そっか。だからお姉ちゃんって呼ばれたいの?」


「そう。あと、ここだと使用人同士も、さん付けで呼び合うんだよね。それでも、ラビィと話すときはこんな感じでしゃべりたいなって……。よし、準備できたよ。ここに座って」


 椅子に座ると、サラはまず髪をとかしてくれる。


「ラビィの髪はサラサラだねぇ。……くんくん、良い匂い。あんまり嗅いだことのない匂い。なんだろう」


 昨日の夜はルアの家でお風呂に入ったから、その時の匂いかな。

 あの時は無断外出だったから、言いふらさない方が良さそう。


「ここに来たときは自分の石鹸を持ってきていたから」


「へー、今度使わせてよ」


「……うん」


 シラは髪を結び始めた。

 これまで髪を結んだ経験なんてなかったから、少し変な感覚だった。


 髪が引っ張られる感覚が少しするけど、痛みとかは全然ない。

 気がついたら、あっという間にできていた。


「じゃじゃーん。どう? ラビィ」


 シラは鏡を持ってきて僕の姿を映した。

 そこに移った姿を見ると、うれしくて、少しドキドキした。


「おおー。なんていうか、すごい、いいね。ありがとう」


「いいでしょ。私のお姉ちゃんから教わったんだ」


「お姉ちゃん……?」


「そう。私、お姉ちゃんがいるんだ。アスト大学園というところに行っているの。アスト大学園はカジア地方のコルトの街にあるんだ」


「カジア地方?」


 サキアとアイク様が話していたときに聞いた気がする。

 カジア地方の四つの街がドラゴンによって破壊されたと。


 でも、コルトの街は被害がなかったはず。

 サキアがコルトの街について聞いていたのは、シラの姉のことを知っていたからなのだろう。


「そう。ちょうどカジア地方はエイゾルの書のモデルになった場所の一つって言われているんだよ」


「エイゾルの書?」


 シラはドラゴンのことを口にしない。

 あえてそうしているのか、そもそもあの二人はシラに伝えていないのか。

 そして、カジア地方はエイゾルの書の舞台の一つになっているそうだ。


 そもそも、ドラゴンはその被害で初めて発見されたのか?

 そんなに巨大で破壊的な生き物なのに、それまでは一切目撃もされなかったのか?

 でも、アイク様とカジア地方とも関わりがある中央商会でもその対策に追われているということは、それまで観測されなかったのかもしれない。


「さぁ、ラビィ。あんまり部屋にいると休んでいるのがバレるかもしれないから、仕事に戻るよ」


「そうですね!」



 その後、仕事をしていたらサキアが数人の大人を連れて帰ってきた。

 中には大量の書類を持っている人もおり、フォルタート邸に入るとまっすぐ会議室へと入って行った。

 彼女らの顔は深刻そうだった。


 会議室の扉が閉められると、シラはすぐに扉のそばまで駆け寄り、聞き耳をたてている。

 僕もシラを真似して扉に耳をつける。


「アイク様が直々の話があると聞いてきたが、やっぱりドラゴンなんて信じられないな」


「あぁ、そうだな。だが事実であるならば事態は緊急性を要するぞ」


「私は生物学を専門としています。ですが、お話しされた身体の大きさを含めた特徴は聞いたことはありません。伝説を含めれば別ですが……。それに、その大きさで膨大な魔力を保持しているということは信じられませんね」


 三人の大人の声が聞こえた。


「だが、私は昨日そのように中央商会から話を聞いてきた。嘘や誤解ならいいんだ。その方が、フォルタート領の住人の安全性が確保される。ただ、もし本当だったとしたら、そしてドラゴンがここに来たとしたら、今のままでは確実にイートアの街を含めて破壊されてしまうだろう」


 アイク様の声だ。

 いつもよりも声が強張っているように感じる。


「それは、我々も同じ気持ちです。フォルタート領の住人が安全に過ごすことができる。それこそが最重要事項なのですよ。私は、積極的に対策に参加させていただきます」


「うん。確かにそうだな……。俺も、参加するよ」


 そんな話し合いが聞こえてきた。


「ラビィさん、彼らは何の話をしているのですか?」


「ええっと、なんだろうね……」


 ここはとりあえず知らないふりをしておこう。

 シラのお姉さんのこともあるし。

 僕らは再び扉越しに話を聞く。


「それで、どう対策することができるのだろうか。我々が呼ばれたということは、あの霧では防ぎ切ることはできないということだろう」


「その通りだ。あの霧は、初代フォルタートよりも昔に作られたとされるものだ。とても強大な魔術。だが、人間スケールにおいてだ。あの化け物の推定魔力量では霧はほぼ無力」


「だからこそあなた方をこの場に招待したのです」


「正直、このフォルタート領内部のみで対策を考えることは難しいでしょう。私たちは専門家といえども、人数も時間も少なすぎます。外部と協力して対策を構築するべきだと思います」


「ああ、そうだな。住人には伝えないのか? アイク様」


「混乱を避けるために今のところは伏せている。対策ができてから公表すべきかと判断した」


「確かに外が安全だとは言い切れない。だが、それは住人も理解しているはずだ。みんな、エクス様やアイク様のことを信頼している」


「外部との協力との話がありましたが、恐らく被害のあったカジア地方の四地域は難しいでしょう。その周囲の地域とかは……」


「あそこの領主は……カドス家か……」


「カドス家……」


「うーむ……」


「あ、コルトの街のアスト大学園はどうです?」


「アスト大学園?!」


 シラがアスト大学園という言葉に反応してしまった。

 その声は間違いなく会議室にいる人々に聞こえてしまったのだろう。

 会議室の扉が開いた。


「何をしているんですか?」


 サキアが出てきた。

 シラと僕は焦る。


「あ、サキアさん。その、アスト大学園って聞こえたので……」


「シラさん、盗み聞きなんてしていたんですか? ラビィも」


「ごめんなさい」


「まったく。ということは、シラはこの事態のことを知ってしまったということですよね?」


 しまった。

 僕はシラをこの会議室から遠ざけるべきだったんだ。

 そう思ったが、果たして隠すことが良いことなのだろうか。


「サキアさんは私のことを思って話さないでいてくれたんですね。でも、お姉ちゃんが通っているアスト大学園には被害がないようですし、別に隠すほどのものではないですよ」


「そう……。わかった段階で話すべきであったかもしれませんね。……けれども、それとこれとは別の話です」


「……はい」


 サキアは怒っていたようであったが、その顔からは緊張の様子も見受けられた。

 しかも会議室の扉は開けっ放しのため、中にいる人にまでこのことが聞こえている。


 中にいるのはアイク様以外知らない顔……だけではなかった。


「君は……ラテニア君ではないか?」


「あ、オルダさん」

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