第19話 フォルタート邸での食事
異世界に再び転移したが、その転移先はフォルタート邸の庭だった。
フォルタート邸のメイドであるサキアに連れられて、メイド服を着用させられている使用人として自分も生活することになった。
使用人としての一日目の朝は、フォルタート家の人々を起こして朝食に誘導することから始まる。
フォルタート家の人たちを起こした後は、僕たちも朝食をとる時間らしい。
使用人用の食堂へ行くと、十五人ほどが既にいた。
うち三人は男性の使用人、八人はメイド、五人は良い服を着ている執事らしき人がいた。
サキアを合わせるとメイドは八人、シラが八番メイドと言っていたから、恐らく僕を除いて一番最近入ったのがシラなのだろう。
メイドの朝食は量は多すぎることはなく、かといってきちんと調理されているものだった。
どうやら、このフォルタート邸では使用人への待遇は良いようだ。
ルアはどうしているのだろうか。
以前、元の世界に戻った時は、異世界で過ごした時間は経過していなかった。
つまり、元の世界と異世界は時間が連動していないということだ。
だからこの世界だけで見れば、僕は先日ルアの家からフォルタート邸に瞬間移動したようなものだろう。
ルアは心配しているかな、それとも怒っているだろうか。
勝手にいなくなるなと言われたそばからこれだもんな。
しかも、あの殺人事件があってルアの精神状態も不安定になっているかも。
そばにいたいけれども、少し難しそうだ。
そういえば、ここにはメイドのシエナさんがいる。
僕があたりを見回すと、メイド服を着ているシエナさんを見つけた。
「シエナさん!」
「え?! ラビィさん? こんなところでメイド服を着て何をしているんですか?」
「実は……」
しまった、なんて言い訳をしようか。
「あぇっと……、なんか、気がついたらここに……?」
シエナさんがすごく見てくる。
言い訳が思いつかなくてこう言ったけれども。
「確かに、ラビィさんなら急にここに連れてこられてもおかしくはないですね」
そういうものなのだろうか。
「それで、僕ここから出てルアに会いに行きたいんですけれども、戻れそうにもなく……。シエナさんは薬屋にもいたり出入りしているようですが、それはどのようにしているんですか?」
「それは……。最初から話をすると私はもともとメイドの仕事だけをしていたんです。ある日、ここのお坊ちゃんが火傷をして、早急な治療が必要になったのです。フォルタート邸内のお医者様がちょうどいないときで、応急処置として街で一番の薬屋に頼むことにしたんです。その際に訪れたのがルアさんの薬屋だったのですが、それ以降アイク様はルアさんの薬屋のことを気に入るようになりました。そのため、フォルタート邸内の薬がなくなればルアさんの薬屋を訪れるようになり、その仕事を私が請け負ったのです。それからアイク様の許可をいただき薬屋でもお手伝いをできるようになりました。ですが、ラビィさんはまだここに来たばかりなので、フォルタート邸から出ることは難しいでしょう」
「……そうですか。ならばせめて、今度ルアに会った時はこのような事情があることを伝えていただけますか?」
「わかりました」
「ありがとうございます……」
フォルタート家は広大な領地を持っている領主なのだから、警備体制もきちんとされているのだろう。
特に、ここが夜の街となっている原因の霧も、内外に関する人々の出入りも管理しているのはフォルタート家だ。
もしフォルタート家が全員に万が一ことがあれば、これ以降だれも霧を管理できずに永遠に閉じ込められるかもしれない。
「ところで、ラビィさんはどこで生活されているのですか? 慣れていないところで一人で生活するのは大変でしょうし、私の部屋で生活しませんか?」
なんでこうも一緒に暮らしたがりな人が多いんだ。
もはやこの世界の住人たちは極度な寂しがり屋なのでは。
「その心配は必要ありませんよ。ラビィさんは私の部屋で生活することになったので」
サキアがそのように話しに割り込んできた。
「え、そんな……。最初にラビィのことを知って話したのは私じゃないですか?!」
「しょうがないでしょ、私はラビィのことを侵入者として捕らえたの。ラビィをどうするかは私の管轄です」
あー、あんまり大きな声で僕を侵入者と呼ばないでください。
もういいや、一人で朝食を食べよう。
口喧嘩をしているサキアとシエナを置いて朝食をたべていると、シラが隣に座ってきた。
「ラビィは人気者ですねぇー」
シラがからかうような目つきで言ってくる。
朝食はパンに葉物野菜と、卵料理、少しのフルーツ。
パンをちぎりながらシラと話をする。
「朝から疲れる……。でも、それだけ僕のことを思ってくれる人がいることは良いことだと思ってるよ」
「そうだねぇ。……たまには私の部屋に泊まりに来てもいいよ。ここでは私のことを一番年の近いお姉ちゃんだと思って」
「ありがとう……」
シラはとても嬉しそうな顔をしてパンにかじりついていた。
メイドたちとの交流は良くしたけれども、他の使用人、特に執事とは地位に違いでもあるのだろうか。
ほとんど接触していないようだ。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、あの良い服を着ている人たちってどんな人?」
少し小声でシラに質問する。
「あの人たちは執事だね。私たちよりも高い身分の人たちで、とても仕事熱心だよ。仕事の事以外あんまり話したことはないんだけど。怖いんだよね、あの人たち」
このフォルタート邸の中はほぼ完全に閉鎖されたコミュニティなのだろう。
人間関係も大きく影響してくるはずだ。
だからこそ、仲良くなれそうにない人たちとは無理に接近せずに、せめて仕事上支障が出ない程度にとどめておくべきということだろうか。
それとも、地位の違いからすでに仲良くなることは難しいのだろうか。
大食堂で朝食をとり終わると、フォルタート邸の掃除をする人と、終わった食事の片づけをする人と、その他の持ち場がある人で分かれて仕事をする。
僕はサキアについて行って倉庫の整理をすることになった。
食料をはじめ、倉庫には様々な物が日常的に出入りしている。
それに伴い、物品の在庫確認や仕入れた物を整理することも仕事の一つらしい。
サキアから倉庫の説明を受けていると、その整理品の中にミーニもあった。
他にもルアの薬屋にあった薬などもあった。
倉庫を見渡してみると、イェタン除けも角に飾られていた。
一方でこの世界ではあまり見なかった農作物もあった。
それはお米のようなものだった。
倉庫は外からの光が入る窓が少ない。
恐らく月の光による物品の劣化という影響を考慮しているのだろう。
太陽の光ならともかく、月の光程度なら問題はないと思うが。
太陽の光の代わりにフォルタート邸内の明かりとなっているのが、そこら中の壁に掛けられているランプだ。
ルアからこれについて話を聞いたことがあったけど、光のもとは電気やガスなどではなく、魔石によるものだと話していた。
ん?
魔石……。
ルアはアプリストは光に誘導されると言っていた。
確かにこの世界ではアプリストは左右にある街灯に沿って移動しており、基本はそこから外れたりしないという。
でも、元の世界ではアプリストは光を全く気にせず、直接僕たちを追ってきていた。
忘れられないあの恐怖。
もしかして、アプリストは光ではなく魔力に誘導されるのではないだろうか。
魔力の流れに。
魔力の詳細はよくわからないが、魔力を追うというのがアプリストの性格ならば、納得がいく。
なぜならあの時、僕のポケットにはミーニが入っていたからだ。
もう着替えてしまっているが、サキアの部屋に戻ればあるはず。
アプリストはあのミーニにひきつけられていたのではないだろうか。
まあ、あの怖さを二回も知ってしまったならば、新月の夜には決して外に出ないようにするつもりだが、このことは心に留めておこう。
「ねぇ、ちょっと、ラビィって何でそんなに人から好かれるの」
「僕にもわからないですよ」
「ふーん」
何か別の意味があってそう聞いているように感じたが、それが何かはわからなかった。
サキアは僕の肩に手をのせている。
最初は僕に対して好意を持ってくれているからそうしているのかなと思っていたが、そのようにする人が多すぎて、もしかして僕の肩の高さが手置きとしてちょうど良い高さにあるからこんなことをしているのではないかと思うようになった。
倉庫の整理が終わったら、大浴槽の清掃を行うらしい。
大浴槽はその名前の通りとても広い浴槽だった。
ブラシを使って床を綺麗にする。
お湯は地下から湧いてくるものを使っているらしい。
温泉だ。
サキアから聞いた話だと、フォルタート家の人たちが入った後なら使用人の人も入ることができるとのことだった。
「貴族の人たちと同じお風呂を使用人が入ってもいいんですか?」
「本来はだめでそうね。でも、フォルタート家の人たちは優しい人たちが多いし、結局は残ったお湯を使用人が使った後は捨ててこんな風に掃除することになるので、ここでは当たり前のことになっていますよ」
「へぇー」
「ラビィ、今日の仕事が終わったら一緒にお風呂に入りますか?」
「いや、結構です」
「まだここの大浴槽の使い方はわからないでしょう? 一緒に入りましょう」
「でも」
断ろうと思ったが、サキアの目を見て思い出した。
僕はサキアに逆らったら地下牢に送られるんだ。
どっちの方がより悪いだろうか。
僕が男だと話した場合と、これを断った場合。
「……わかりました」
大浴槽の清掃が終わると、昼食の準備、行商人との取引、フォルタート領の市場情勢、街の様子の確認など、フォルタート邸内のことだけでなく、邸宅の外のフォルタート領全体にまで目を向けている仕事があった。
イートアの街で生活していたころはフォルタート家と街とは関わりが少ないものだったと思っていたけれども、実際にフォルタート家の使用人として仕事をしていると、街のために動いていることがよく分かった。
特に驚いたのは、住人に疫病などが流行っていないかの確認を毎日していたということだった。
このフォルタート領は外との交流はごくごくわずかに限られており、人々の出入りも自由ではない。
このことは外からの病気を持ち込みにくいことを示しているが、逆に突然変異が原因の病が広がったり限られた交流から病が持ち込まれた場合、一気に拡大する危険性がある。
過去にそのような事例があったのかはわからないが、それについて意識しているということは大切だろう。
そして、今は夕食の準備を行っている。
朝食と際や昼食の際に行った準備と同じように、料理を配膳する。
夕食は朝食や昼食の時と食器の配膳の仕方がだいぶ異なっている。
事あるごとにシラに注意された。
どうやら、これは宗教が関係しているらしい。
夕食は彼らの信仰している神様と一緒に食事をするという意味があるとシラに教わった。
そのため、朝食は昼食は貴族のマナーに基づく食事のとり方である一方で、夕食は宗教の教えにしたがった食事のとり方らしい。
なぜ食事が朝食や昼食と夕食で統一されていないのかについてシラに聞いてみた。
「それはね、この宗教はフォルタート領の外側から持ち込まれたものなんだけど、その持ち込まれた時から長い時間が経つ間にここの中で変わって行ってフォルタート領独自の宗教となったからなんですよ」
「それで、何故独自の宗教だと貴族のマナーと宗教の教えでそのように食事の違いが生まれるのですか?」
「フォルタート家の人々は、このフォルタート領の霧を管理していることは知っていますよね。このことは、彼らならば自分の意志で霧の外に出ることができることを意味します」
「そうですね」
「そして彼らは貴族、アルケジア王国の貴族なのです。王国の一貴族として、他の貴族との食事会や会合が開かれることもよくあります。そのため、貴族のマナーを身に着ける必要があるというわけです」
「なるほど、フォルタート家の人にとって、貴族のマナーも、宗教も大切だからこそ、それらを並行して行うようになったということですね」
「そうですよ」
この時もシラはうれしそうな顔をしていた。
シラには寝る前にこの世界の物語なんかを読み聞かせしてもらいたい。
彼女の微笑んだ顔は優しく、その声もぬくもりが感じられる。
「お二人とも、そろそろ準備ができた頃でしょう。それでは私たちも夕食の時間としましょう」
サキアがそう言い、僕たちは夕食をとることにした。




