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水面のうさぎ使い  作者: 柿丸
第一章 夜の街編
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第13話 残したいもの

 薬屋の前で殺人事件が起こっていた。


 そこには野次馬がたくさん集まっており、騒いでいる。

 やがてイートアの街の保安官が来ると、その野次馬たちと、僕たちに状況を聞きに来た。


 僕とルアは、その日に体験したことをありのまま話した。


 少女が店に逃げ込んできたこと。

 彼女の主張。

 ルアと僕で地下に隠れていたこと。

 扉を叩く人がいたこと。


 保安官からの話を聞くに、やはりリリオの殺人事件と同一犯だと考えられている。

 もはや、これは立派な連続殺人事件として保安官たちも警戒を強めている。


 被害者に突き立てられているナイフの形状も、他の事例と酷似しているものらしい。

 そして、僕たちも当時の外からの状況を知りたかったため、野次馬が保安官に話すのを聞いていた。


 一人の野次馬が言った。


「俺は、一人の少女が走っているのを見たんだ。それを、男が追いかけていたんだ。服装も、こんな感じだったと思う。こいつが、その男だろう」


「私は、ドンドンドンって音が聞こえて、何事かと思って外に出てみたら、その男はすでに倒れていたわ。そして、少女が走っているのをみたの」


 もう一人の野次馬が言う。


「いいや、男が逃げていて、少女がそれを追いかけていた。男の顔はとても怯えていたよ。まるで、少女が亡霊か何かみたいに」


「逃げていく人はこの男と同じ服装で深くフードを被っていたぞ。あれじゃあ少女かはわからんよ」


 他の野次馬がそう言ったのを聞いて、先ほど供述をしていた二人は反論した。


「俺が見た追いかけられている少女は、こんな格好じゃなかったぞ。普通の服にスカートを履いていて、一見して少女だとわかるものだった」


「私が見たのもその少女だと思うわ」


「じゃあ、俺が嘘つきだっていうのか?」


 すると、さらに新たな野次馬が話し始めた。


「私は、この男が少女に追いかけられているのを見たわよ。少女はこの男と同じ服装をしていて、深くフードを被っていたのも間違いないわ。体つきとフードからはみ出していた髪から、間違いなく少女よ」


 現場の状況だけを見ると、少女が男性を殺害したことになる。

 つまり、あの時かくまっていたのは殺人犯?

 少女は怯えたふりをしていたのか?


 しかし、野次馬の供述は一貫性がなさすぎる。

 まず、最初に逃げていたのは男性か、少女か。

 薬屋に逃げ込んできたのは間違いなく少女だ。

 僕とルアが目撃している。


 殺人犯が薬屋に先に入ってきて、そこに被害者の男性が後から来た?

 そして扉を叩いており、ルアと僕が地下室に隠れたら少女は男性を殺害して逃げた?

 そんなこと起こり得るのか?

 

 保安官も頭を抱えている。


 事件の発端について、男が少女を追っていたのか、少女が男を追っていたのか。

 少女が男を刺したのか。

 そもそも犯人は、あの少女の単独犯なのか、複数いるのか。


 この被害者の服装は何か関係しているのか。


 その後も何人かが証言をしていたが、どれもはっきりとせず、確証を持つことができないまま保安官たちは現場の処理を行い去って行った。


 すると、野次馬たちもあっという間にいなくなった。


「ラビィ、私たちも帰ろうか」


「……うん」


 大きな月であるヘリオスは沈んでおり、小さい月であるセレネと街灯だけが街を照らしていた。

 家に着いてから気がついた。


 体が震えていた。

 僕たちは殺人事件の犯行の一部始終が行われた場所にいたのだ。

 これはしばらく引きずってしまうかもしれない。


 ルアもいつもより静かだった。


「ルア? 大丈夫?」


「……大丈夫だよ。今日はゆっくり休もう。明日も……休もう」


「わかった。そうだね」


 夕食を終え、お風呂に入り、寝室に向かう。

 今日、ニータは帰らなかった。


 ルアはすでに毛布で体を包んでいた。

 暖炉に火を焚き、ベッドに上がるとルアの隣に座る。


 そして、彼女の背中をさする。


「……ラビィ」


 ルアは体を動かし、僕の太ももの上にその頭をのせた。


 膝枕の状態。

 僕は彼女の頭を撫でる。


 彼女の声は細かった。


「ラビィ、私、あなたに何もなくて、それが一番だと思ってる……。でも、あの女の子が……、もし殺人鬼でだったとしたら。ラビィと同じ部屋に入れてしまった。あの時私が目を離した時にラビィが襲われてしまったらって、想像してしまったの」


「……大丈夫だよ、ルア。ルアはちゃんと僕を守ろうとしてくれたし、僕はこう見えて丈夫だから。自分のことは自分で守れる」


「違うの。私は……もう、失いたくない」


「もう?」


 ルアが言っている「もう」とは、過去に何かをなくしたということ?


 さすがに、この前に僕が勝手に外に出かけていたことを指しているのではないだろう。

 僕が来る前に何かあったのかもしれない。


「……でも、僕はここにいるよ」


「ラビィ……」


 ルアの過去に何があったのかはわからない。


 もしかしたら、僕に異常なまでに愛着を持っているのはそれが原因かもしれない。

 ルアは僕自身が好きなのでなく、過去の誰かの姿を僕に重ねているのかもしれない。


 それでも僕はルアが好きだから。

 ルアは僕を守ってくれたから。

 僕でいいのなら、ルアに寄り添っていたい。


 彼女の頭を撫で続ける。

 太ももに濡れる感覚があった。


 ルアが涙を流している。

 きっと、昔からずっと何かを抱えて生きてきたのだろう。


 今日の出来事をきっかけに、その重さに潰れてしまいそうになったのだろうか。

 その重さを、僕にも少し分けてくれたなら。


「ルア、ちょっと動くよ」


 彼女の頭を少し持ち上げ、その下に自分の体を滑り込ませる。

 僕が仰向けになり、胸のところに彼女の頭をのせる。

 僕の心音を、彼女に聞かせる。


「どう? 僕の心音」


「……落ち着く」


「よしよし」


 その調子でルアの頭を撫でる。

 しばらくすると、ルアの耳が少しずつ赤くなっていた。


「……んー! ラビィ!」


 ルアが急に体を起こして、仰向けになっている僕に覆いかぶさってきた。


「あ~、もう。ラビィはおとなしく、私に愛されていればいいの!」


 彼女は胸元で僕の顔を力強く抱いている。

 ルアの匂いに包まれる。


「もう大丈夫だよ。ありがとう。でも、今日はラビィの心音を聞きながら眠ってみたいな」


「いいよ。ルア」


 彼女は僕が先ほどそうしたように、僕の頭を優しくなでてくれた。

 ベッドと壁の境に枕を置いて、壁に寄りかかるように足を延ばして座る。


 そこにルアが僕に体を預けるように寄りかかる。

 彼女の顔が僕の心臓の位置に来るように。


 彼女の方が僕よりも体が大きいから、彼女は僕に負担がかからないようにしてくれている。

 ルアの柔らかい髪をなでる。


 そのまま僕たちは眠りについた。


 パチッ。


 暖炉の木が熱ではじける音が聞こえた。


 まだ朝じゃないのに、目を覚ましてしまった。

 ルアもすごく薄目で僕を見ている。


 二人とも目を覚ましてしまったようだ。


「……ラビィ、のど乾いた……」


「……じゃあ、水持ってくるね」


 寝ぼけた体を動かし、寝室を出る。

 寝起きは体中が痛い。


 グラスを二つ取り出し、水を注ぐ。

 そのグラスは、最初は少し重く感じていたけれど、もう慣れてしまった。


 おしゃれな装飾のあるものだ。

 水を注いだそれは、ほんのり冷たい。


 両手にグラスを持ち、歩きだす。


 ルアの待つ寝室に向かおうとすると……。


「うわっ」


 テーブルの脚か何かでつまずいてしまった。


 手に持っていたコップから水がこぼれる。


 その水の量は、床に小さな水たまりができるほどだったであろうか。


 それと同時に、僕の体も床に向かって倒れこむ。


 ……。


 痛みはなかった。


 倒れてもいなかった。


 そこに立っていた。


 立っていたのだ。


 ざわざわと、人が行きかう足音と話声とアナウンスと機械音が混じっている。


 そのうるさい空間は、見覚えのあるものだった。


 ここは……駅?

 なんで、こんなところに。


 サラリーマンの姿。

 高校生の姿。


 戻ってきた……?


 この世界に、異世界から。

 ルアは、ニータは、この世界にはいない。


 後ろを振り返ると、壁があった。


 それに触れても、ただの壁。


 遠い昔の記憶をたどるようにあの日のことを思い出した。


 ここに、見慣れない通路があったはずなのだ。

 だんだん暗くなっている、しめ縄がなぜかある、水たまりがあった、あの不思議な通路が。

 ない。


 周囲を見回している。

 ここに、あの道があったはずなのに。


 本当に、この世界に戻ってしまったのか。


 この世界に戻ったことを認識してから思ったことは、戻って来れて良かったということではなく、ルアのいる世界に戻りたいということだった。


 あの世界には、戻れないのか……。

 ありえない、という感情。


 虚無感。

 戻れたという嬉しさなんてない。


 わからない。

 考えられない。


 時計を見る。

 時間は午後三時二十分。

 あと五分で自宅に向かう電車が発車する。

 僕は機械的に、その五番線ホームへと向かう。


 異世界に転移する以前にしていたことと同様に。

 改札を抜けて、電車に乗り込む。


 席はすべて埋まっていて、つり革をつかむ。

 電車が動き出す。

 


 車両が駅を出ると、数カ月ぶりの太陽を眺めることができた。


 しかし、その太陽はだいぶ傾いており、赤い夕焼け空だった。


 移り変わり始めた窓の景色に、自分の姿がうっすらと移っている。


 この世界の姿。

 あの日と同じ服を着ている。


 目に映るのは、見慣れた建物の群れや雪の降る田園。

 駅に着くと、下校する高校生が押し寄せてくる。


 やがて、始めの駅を出発して3つ目の駅に到着する。

 実家の最寄り駅。


 無人駅のため、車掌さんに定期券を提示し、駅から出る。

 この頃にはすでに日がだいぶ傾いていた。


 これからはルアの家ではなく、この世界の実家が向かう先。

 本来の世界のはずなのに、受け入れられない現実。


 ボタン雪が降り始め、黒色のコート上に白色の結晶が目立っている。

 やがて、実家が見えてくる。


 体感として数カ月ぶり。

 そういえば、この世界の時間軸とあの世界の時間軸は連動しているのだろうか。


 あの日のままだろうか。

 腕時計を見ると、今日は十一月十八日らしい。


 けれども、転移したあの日が何日だったかは覚えていない。

 もしあの世界で過ごした時間と同じ時間が経過しているのだったら、お母さんに怒られることを覚悟しなければならない。


 扉の前に着くまで、自分の足音だけが聞こえ、周りは恐ろしいほど静かに感じた。

 扉に手をかける。


 そっか、家は引き戸だったっけ。


「……ただいま」


 なぜか、僕はここに、もう戻ることはないと思っていたようだ。

 そんなところに戻ってきてしまった感覚がする。


 実家の安心感を大きく上回る喪失感。


 階段を上り、自室に入る。

 その部屋は、服と本とぬいぐるみが散乱していた。


 強盗……?


 いや、もともとこんな感じだった。

 ベッドと机だけは整理してある。


 横になると、何か寂しい感じがする。

 大切なことをしないまま放置しているような感覚。


 時間が限られているというのに、無駄に過ごしているような感覚。

 ……このままこの世界で生きていてよいのか。


 あの世界を無視して。


 確かに、短い間を過ごしただけ。

 過ごしだ時間も、努力の量も、様々な思いもこの世界を上回るものではない。


 それでも、思い出すと涙が溢れそうになる。

 ルアは僕の事を大切に考えてくれた。


 せめて別れの一言でも言っておきたかった。


 突然、僕がいなくなったら、ルアはどう思うのだろうか。


 ニータはこれまで通り過ごすのだろうか。


 どうしようか。

 僕にどうこうできる問題ではないが。


 自室では居ても立っても居られなくなり、部屋を出た。

 すると、お母さんが帰ってきたようだ。


「……おかえり」


「ただいま~」


 特におかしな反応はなかった。

 つまり、僕があの世界に行ってから帰ってくるまで時間は並行していなかったか、僕に対して完全に無関心かのどちらかだ。

 さすがに前者だと思うけど。

 

「そういえば、そこに兎がいたよ。見た?」

「……え?」


 兎。

 予想外の単語。


「兎って、どんなの?」


「白いやつ。珍しいよね。ペットが脱走でもしたのかな」


 ここは野良猫とか野生の狸とかはたまに来るけど、兎は聞いたことがない。

 しかも、日本に野生の白兎なんているんだっけ?


 もしかして、あの時ニータも一緒に転移した可能性とか……。


 僕は急いで外に出てみる。

 もしかしたら、あの世界に戻れるかもしれない。


 だったら戻りたい。

 ニータに会いたい。

 ルアにも、あの生活に、戻りたい。


 外を眺めると、そこに白い生き物が動いているのを見た。


 とても野生の兎とは思えないけど。


 本当にニータなのか。


 そもそも、あの世界については本当の事だったのだろうか。


 戻ることはできるのか。


 夢とか、そんな感じかないのか。


 よくよく考えてみると、だいぶ受け入れがたいことだよね、転移とか。


『……ニータ?』


 僕はその兎に向けて念話をはかる。

 しかし、兎は一瞬こちらを見たが、塀を乗り越えて行った。

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