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水面のうさぎ使い  作者: 柿丸
第一章 夜の街編
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第12話 リリオの殺人鬼

 このイートアにある住宅街は三つの地区に分類される。


 一つはルアの家があり、最も人の多いミナ地区。

 立体水路が街中に交錯しているホルス地区。

 花をはじめとする農業を行うリリオ地区。


 今日も人々は、夜の街の住民として過ごしている。


「おはよう、ルア」


「んーー……」


 今日は珍しく、ルアの寝起きが悪い。


「どうしたの? もう月が昇っているよ」


「……まだ……寝るのですぅ……」


「料理もできているよ」


「……まだ……夜なのですぅ……」


 確かにここは夜の街だけど……。

 ルアの様子がおかしい。


「具合悪いの?」


「まだ……ですぅ……」


 語尾もおかしい。

 もしかして、何かに取り憑かれている?


 魔物や魔力がある世界なのだから、そのようなこともあり得るかもしれない。


「ル、ルア?」


「ふぅぅぅぅ……」


 謎の呼吸音。

 事態は、だいぶ深刻かもしれない。


 こういうときは、どうすればいいんだ。

 医者? 教会?


 アリナさんかオルダさんに助けを求める?

 いや、僕は彼女らがどこに住んでいるのかを知らない。


 まずは落ち着こう。

 ルアはただ、疲れているだけかもしれない。


「……ルア?」


 ベッドの上に乗る。

 彼女にそっと近づく。


「眠いの……? じゃあ、今日は休む……?」


 反応がない。


「寝てる……だけ?」


 動かない。

 さらに彼女に近づく。

 触れられる距離まで。


「……ルア?」


 彼女に手を伸ばす。

 指先が彼女の額に触れそうになった時、その手首をガっとつかまれる。


「うわっ……?!」


 その力は強いものだった。

 ルアの方に腕を引かれ、体が持っていかれた。


 するとルアの両足と両腕で体を拘束される。


「つかまえた」


 ルアは、ふふふっと不気味な笑みを浮かべる。


「ラビィの体って、やっぱり小さいんだね……」


 ルアは僕の体のあらゆるところをさすっている。

 ルアの拘束から抜け出すことはできない。

 僕の鼓動はとても早くなっている。


「……ルア……」


 その声は震えていた。

 なぜか涙が出てきた。


 ドキドキする。

 顔が熱くなる。


 いつもなら恥ずかしいと思うだろうが、そう考える余裕もなかった。


 ルアの温かさと怖さの中で抱かれていると、複雑な感情が頭の中をぐるぐると巡る。


「って、あれ?! 泣いてるの?」


 ルアがいつもの顔に戻る。

 僕を拘束していた腕や脚の力が緩む。


「ごめんねぇ、ラビィ」


 ルアが優しいく頭を撫でる。


「え?」


 涙で濡れている顔で困惑の色を示す。


「怖がらせるつもりはなかったの。ただ、今日はちょっとそんな気分だっただけで……」


「……もう。ルアが変なものに取り憑かれたのかと思ったでしょ……」


 顔をあまり見られたくないので、ルアの胸に顔をうずめる。

 それでも、恥ずかしさで赤くなっている耳までは隠せなかったかもしれない。


「ごめんね。……でも、ラビィの泣き顔の破壊力はやばいね」


 ぎりぎり聞き取れそうな声量でそんなことを言っていた。


 ルアの優しさと包容力はすさまじいものだから、こんなに怖いことをされても嫌いになることができない。


 ルアに何か変なことをされるよりも、ルアが僕を置いて行ってしまうことの方がずっと恐ろしい。

 これが、依存……。



 あの後、二人ともしばらくベッドから動くことができなかったが、今は何とか朝食をとるところだ。


 今日は、少し遅めに薬屋へ行くことになった。

 今日の朝食は僕が作ったものだ。


 かぼちゃくらい大きなトマトを輪切りにし、その一切れの上に牛乳を固めたヨーグルトとチーズの中間のようなものを所々のせ、薬草や香草を散らす。


 それを暖炉の炎で焼き色を通し、ポーチドエッグをのせる。

 ポーチドエッグは前の世界の作り方を再現したものだ。


 朝は二人ともあまり食べないので、さっぱりしたものが良い。

 作った一切れは大皿にのせ、ルアと二人で切り分けながら食べる。


 二日ほど予定があると言っていたニータは今日で帰ってくるはずだが、ニータの事だから明日、明後日に帰ってきても不思議じゃない。


 今回の依頼も、三カ月ほど待たせてやっと向かったらしいし。

 ルアと椅子に座り、二人で朝食を食べる。


「そういえばラビィ、昨日は街に出ていたんでしょ? どこまで行っていたの?」


「昨日は、街の中心? の噴水のところを超えて、水路がたくさんある住宅街の終わりまで行ってきたよ。遠くにフォルタート邸が見えるあたりまで」


「そう! よかった。じゃあ、リリオまでは行かなかったのね」


「リリオ?」


 ルアは料理を口に頬ばりながらリリオという聞き覚えのない単語を言う。


「リリオは、この住宅街の地区の名前。イートアの住宅街には、ちょうどラビィが昨日訪れたって言っていた噴水を境に、ミナ、ホルス、リリオの三つの地区に分かれているの」


「へ~。ここはその内どれに当たるの?」


「ここはミナだね。で、水路がいっぱいあるところはホルス。もう一つのリリオってのは、すごく魅力的な所なんだけどね~……」


「……けど?」


「けど、最近は治安が良くないらしいの。あそこは土が良くて、野菜だけじゃなくて薬草とか綺麗な花とか買えたからよかったんだけど、この頃は行ってないわ」


 ルアは部屋のあちこちに吊るされている薬草やらドライフラワーやらを眺めている。

 もしかしたらここら辺にあるものは、そのリリオからのものかもしれない。


「ふ~ん、治安が悪いって? 暴動でも起きているの?」


「それが、殺人事件らしいの」


「殺人事件?」


「二つ前の新月の時から、リリオで二人亡くなっているんだけど、その両方が心臓の位置にナイフを突き立てられていた状態だったって。そのナイフが特徴的な同じ形ってこともあって、同一犯とされて……」


「……それで犯人はまだ見つかっていないと。確かにリリオにはいかない方がいいね」


 朝なのに、少し刺激の強い話題だった。

 この世界には警察のような治安維持を行う人達はいるのだろうか。


 前の世界では、特に日本の警察は優秀だったから事件のニュースを見てもあまり関心を持っていなかったが、この世界では人づての話が大きな情報源だ。

 これからはできるだけ外に出ないようにした方がよさそう。


 朝食を食べ終わり、身支度をすると薬屋へ向かった。

 薬屋に入ると、ルアは中身入り薬瓶の在庫を確認し、不足分の調合を行っている。


「ラビィにはそろそろ、薬の調合も教えようかな」


「ほんと?!」


 文字の練習を始めてしばらく経ち、ルアが教え上手なこともあって、ある程度自分で読み書きができるようになった。


 これまで薬屋ではほとんど何もできていなかったから、ルアのために役に立てるようになるのはうれしい。


 ルアはカウンターの奥にある作業室から手招きをしている。


 その部屋には、薬草がたくさん入った木箱、空瓶の山、いっぱいに詰まっている本棚があった。

 置いている植物が違うからかルアの家とはまた違った、いかにも薬っぽい匂いがする。


 その本棚のうちの一番薄い冊子を持ってくる。


「じゃあ、まずはこれからやってみようか。何の薬かわかる?」


 答えはその冊子の一番上に書いてある。


「火傷の薬?」


「そう!」


 A4サイズで二枚ほど、茶焦げた色の紙だ。

 めくってみる。


 表裏併せて4枚で、二種類の薬のレシピだ。 

 一つの薬で裏表一枚分となると、だいぶ文量が多い。


 そこまで複雑なのか。

 よほど効く薬なのかもしれない。


「まずは、材料から持ってこようか」


 まずは空き瓶。

 150mlほど入るだろうか。


 塗り薬のようで、広い蓋を持ち、潰れた楕円形の形をしたものを選ぶ。


「カウンターの作業台に天秤があるから、薬草を持っていくときは少し多めに持っていくといいよ」


「わかった」


 今回必要な材料は、エストラ草が一銀、キリが二銅、コルドの骨が二銅、トリの葉5枚、ハチの実4つ。

 これは瓶4つ分になる。


 単位を銅、銀としているのは、天秤で測る際のおもりの事を示している。

 重い順から金、銀、銅。


 例えばエストラ草が一銀とは、エストラ草の重さと一つの銀の重さが等しくなれば良い。

 材料を大体揃えたら、それらを持ってカウンター横の作業台へと移る。


 ちなみに、秘密性が高い薬は奥部屋で生成する。


 まずは、レシピをもとに材料の分量をはかる。

 天秤におもりをのせ、それと釣り合うように素材を足したり減らしたりする。


 粉末状になっているものは、紙の上にのせてはかる。

 ここまではあくまで準備作業で、これから本格的に薬の作成を行う。


 まずは、コルドの骨を粉末状にすりつぶす。

 水に溶かし、トリの葉を浸す。


 ハチの実を砕き、エストラ草で包み蒸し、ハチの実はコルドの骨粉液に入れ、エストラ草は細かく刻む。


 エストラ草とキリを同じ鍋に入れて、ドロドロになるまで煮詰める。


 その鍋に骨粉液を混ぜ、再び煮詰める。


 濁りが均一になってどろどろになったら数時間ほど水気をとばす。


 再びコルド骨粉液を作り、すこしずつ骨粉液を入れながら混ぜ続け、軟膏ほどの柔らかさになったら完成。


 簡単に説明するとこんな感じの手順で行った。


 完成したものをルアに渡す。


「どう?」


 ルアは匂いを嗅いで、薬を指先に取っている。


「ん~。悪くはないんだけど、私の店で出すならもうちょっと練習が必要だね」


「そっかー。ルアみたいなイトがないから、僕は練習を繰り返して感覚で覚えるしかないのかな」


「大丈夫だよ。そんな風に練習を繰り返して時間をかけて覚えるのが普通だから。よしよし」


 ルアはそう言いながら頭を撫でてくる。


 それを遮るように店の扉が勢いよく乱暴に開く。

 扉についていた鈴の音とともに、その人は助けを求めた。


「助けてください! ナイフを持った人に追われているんです!」


 切羽詰まった様子で、息を整える暇もなくカウンターに向かってくる。

 ルアはその人の元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか? ケガとかありませんか?」


「ケガはありません。それより、隠れなくちゃ」


 顔には汗が滴っており、脚は震えている。

 誰かに追われているのだろうか。

 とりあえず、かくまう必要がありそうだ。

 僕はカウンターの足元に散らばっているものを端に寄せ、奥の作業室へと避難するように案内する。


 店の入り口のカギを閉め、僕たちも彼女と一緒に作業部屋へと入って行った。

 気になって、みんなが作業室に入った後に店の外側を覗こうと顔を出したが、作業室へとルアに引っ張られる。


 その人は、作業室の奥で縮こまっている。

 僕と同じくらいの身長の少女で、コートを着ている。


 フードを被っているため顔は良く見えないが、唇は震えている。

 彼女にルアは質問する。


「ここの扉は閉めました。外からはわかりませんよ。……詳しく話を聞くことはできますか?」


「……男が、黒いコートを被った男がナイフを持って追ってきたんです。ヨートの花屋辺りから悲鳴が聞こえて、その方へ近づいてみたら全身から血を流した人が倒れていたんです。その場にはナイフを持った男がいて、私を見るなり追いかけてきて……」


「ルア、ヨートの花屋って、ここから近いの?」


 僕はルアに耳打ちする。


「ヨートの花屋は、リリオにあるね。でも、ここからだと歩いて十分ほど、噴水までの距離よりも近いね」


 そう答えたルアは一瞬何かを考え、彼女にまた質問する。


「ヨートの花屋からずっと追いかけられているんですか?」


 花屋があるリリオ、そして彼女はナイフを持った人に追われたと言っていた。


 僕の脳裏には、今朝にルアから聞いた殺人事件の話。

 すると、ドンドンドン! と、店の扉を強く叩く音が響いた。


 彼女は、さらに怯えた表情をした。


「……来てる。……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 僕は作業室の扉の方へ向かい、少しだけ開き覗いてみる。

 入口の扉は木製のため、その向こうに誰が居るのかはわからない。


 ただ、誰かが扉を叩いていることは疑いようのない事実だった。


「ルア、どうする?」


 扉の向こうにいるのが、朝話した殺人犯かもしれないという恐ろしい状況にもかかわらず、僕は意外と冷静だった。

 それは、自分より怯えている、守るべき人がいたからかもしれない。


 そして、ルアも同じだったようだ。


 ただ、僕が守ろうとしていた人と、ルアが守ろうとしていた人は違っていたようだったが。

 ルアは作業室から僕を突き飛ばして、本人も外に出た後に扉を閉めた。


「ルア?!」


「ラビィ! 地下に隠れるよ!」


 ルアはカウンターの足元にある木製の小さな板を上に引く。

 すると、地下に続く階段が現れた。


 ルアは先に入り、僕の手を引く。

 地下に入るとすぐに木の板をもとに戻し、ルアについていく。


 地下は地上からの光を失い、何も見えなくなった。

 ルアは何やらゴソゴソしている。


「……その灯は、小さな希望のように。ナノス・フロガ……」


 彼女が何かをつぶやくと、ぽっと小さな明かりが灯る。

 その手には、光を放つランタンがあった。


 ルアの足元にはランタンや保存食のようなもの、本などが散らばっていた。

 その向こうには、いったいどこまで続いているのかわからないような通路があった。


「ラビィ、静かに……」


 その小さな光にルアと二人で身を寄せ合っている。


「いやああああぁぁぁっ!」


 女性のもののような悲鳴が聞こえた。

 それから、店の扉を叩く音はやんだ。


 何も音はしなくなった。

 けれども、ルアはまだここに留まるようにと小さく首を振っている。


 僕たちのすぐそばで、何か起こった。

 あの少女が例の殺人犯に殺されたのではないか。


 なぜルアは彼女を置いて二人でここに隠れたのか。

 僕はルアの判断を理解できなかった。


 だけど、今はここにいるしかない……。


 さらにしばらく地下にこもっていると、やがてざわざわと人が集まっているような音が聞こえてきた。

 すると、ルアも動き出した。


「そろそろ、大丈夫かな」


 そういって木の板をどかして顔をのぞかせる。


「うん。ラビィ、大丈夫、おいで」


 僕はルアに続いて外に出る。

 薬屋の外には、人がたくさん集まり、騒いでいるようだ。


 どうしたのだろうか、先ほどの不審者のことだろうか。

 僕は、その扉を開ける。


 その足元には、男が倒れていた。

 赤黒い血の水たまりが広がっていた。


 その人は、胸にナイフが刺されていた。

 その人は、先ほど薬屋に逃げ込んできた少女と全く同じ服を着ていた。

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