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水面のうさぎ使い  作者: 柿丸
第一章 夜の街編
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第11話 エイゾルの書

 現在、ルアの薬屋にて、シエナと呼ばれた女性と僕の二人が残っている。


 彼女は兼業をしており、薬屋じゃない方が主要な仕事場だという。


「では、お客さんが来るまで文字の読み書きの練習をしますか」


「……はい」


 カウンターの方へ移り、本と練習用の紙、鉛筆を用意する。


「いつもは、どのような方法で練習を行っていますか?」


「この本の内容を声に出して読んでみたり、ルアが読んでいる内容を紙に書いたりしています」


「わかりました。では、そのようにしましょう」


 この人と話していると、謎の緊張感がある。

 こんなところで人見知りを発動していしまったようだ。

 始めてルアに会った時は、そんな感じはなかったのに。


「前回は、ここまでやりました」


「これは、エイゾルの書ですね。遠い過去に実在したと言われる魔術師について書かれた冒険譚です。そのうち、メガラ・エラフィアという大きな魔物との交流の場面ですね」


 これまでの読み書きで、この世界で伝説上の生き物とされているメガラ・エラフィアの特徴は大体知ることができた。


 それは、鹿の上半身に鷲の足を持ったキメラの魔物のようだ。

 木の枝や葉のような角を持ち、顔は細長い。

 それに加え体毛は長く絡み合っており、体は膨れている。

 後ろ脚は猛禽類のようだという。


 大鹿ともいわれている。

 メガラ・エラフィアはエラフィアという魔物の上位種だと言われている。


 しかし、このエラフィアも最近は数が減っているらしい。


 エラフィアは角を持たない鹿のようで、足は鷲というよりは犬の足のキメラ的な魔物。


 だいぶエラフィアは不格好な魔物のようだが、メガラ・エラフィアはこの世界の子供の憧れの生き物とされているらしい。


 前の世界でいうドラゴン的な立ち位置だろうか。

 ちなみに、この世界にもドラゴンはおり、そちらに憧れを持つ子供もいるという。


 今読んでいる話では、エイゾルという魔術師がメガラ・エラフィアを使い魔として契約するために大切なものを差し出さなければならないという内容である。


 エイゾルも伝説上の魔術師。

 前の世界でのアーサー王伝説とか、日本で言う古事記や日本書紀みたいな感じと言ったところだろうか。


「では、ここを読み上げるので、紙に文字で書いてみてください。…………黄金の街からきた王は、メガラ・エラフィアという大鹿の立派な角が欲しいと思いました。しかし、その大鹿の立派な角をもらうには、何かを交換しなくてはいけません。その王は、山ほどの黄金を差し出しました。そして王は『この黄金は、黄金の都の民が持つすべての黄金を集めたものだ。この量があれば、3つの国を買うこともできる。この黄金と引き換えに、あなたの立派な角をくれませんか』と言いました。しかし、大鹿はその王を噛み殺し、黄金の街に向けてその王が持ってきた黄金に息を吹きかけて飛ばしました…………。ここまで書いてみましょう」


 だいぶ長い文。


「すみません。『しかし、メガラ・エラフィアの立派な角をもらうには……』からもう一度言っていただけますか?」


「はい。しかし、メガラ・エラフィアの……」


 このようなやり取りを5回ほど繰り返した。

 そして、書いたものを彼女に見てもらう。


「ここの綴りが違いますね。こうです……。これは固有の言葉なので、覚えるしかありませんが……」


 ルアほど距離は近くないが、ちゃんと教えてくれるようだった。


 よく見ると、彼女の来ている服は高そうなものだった。

 生地が厚く、縫い目のほころびや、汚れなどがない。

 良いところの育ちなのだろうか。


 彼女の行動を見ると、細かい所作まで気が届いているようだった。

 ちなみにルアとは違うが良い匂いだった。

 高めの香水のような雰囲気のものだった。


「では、次の部分に進んでみましょう。…………葦の国に住む民は、50人を引き連れ、メガラ・エラフィアという大鹿のもとへ訪れました。葦の国は土壌が悪く、ただでさえ食べ物が手に入りません。それなのに、その飢饉が3年間続き、食糧庫の食べ物がとうとう尽きてしまいました。このままでは、葦の国に住む民は全滅してしまいます。彼らは『私たちのうち男女二人を残し、他の48人を生贄にしてもよいので、どうか葦の国を豊かな作物が実る国にしてください。あなたの力をお貸しください』と、言いました。それを聞いた大鹿は涙を流しました。その涙はやがて大きな川となり、葦の国まで流れゆき、作物が十分実る豊かな土壌を作りました。大鹿は生贄を受け入れずに、葦の国を作物が実る国に作り変えました。そのかわり、一年に一度、葦の国でもっとも貴重な作物を献上するように命じました…………」


 これも先ほどと同じように、何度も聞き返しながら紙に書いた。

 なかなか難しい言葉が多く、間違いが多い。


 これまでもエイゾルの書を用いて読み書きの練習を行ってきたが、今回の内容は特に難しいように感じる。


「……ラビィさんは、ルアさんと、どういう関係なんですか?」


 シエナさんは急に問いかけてきた。

 先ほどルアが変なことを言ったせいで恋人とか思われたのだろうか。


「え、あぁ……。僕が居候している感じですね。人さらいにあってこの街に来たので、家も頼れる人もいなかったんです。そこで、幸運なことにルアさんに助けていただいたという感じです」


「へぇ~。……じゃあ別に、ルアさんと特別な関係ではない、ということですか……」


「まあ、少なくとも変な関係はありません」


「そうですか……」


 今のシエナさんの話し方は、僕に確認するためというより、独り言のようなものだった。

 けれども、一応返事をしておく。


「先ほどルアが言っていたことは冗談ですので、気にしないでください」


「……はい。失礼しました」


 彼女は何かを深く考えている様子だった。


「では、聞いたものを書くことは次で最後にしましょう。長いですが、話の内容としても、ちょうど切りの良いところです。…………エイゾルはメガラ・エラフィアの元を訪れました…………」


 シエナは、このように話していた。


 ――――エイゾルはメガラ・エラフィアという大鹿のもとを訪れました。

 彼は、その大鹿を使い魔にしたいと考えていました。

 彼は、『偉大なるメガラ・エラフィアよ。どうか、私の使い魔になってくれませんか。世界を平穏に導くために』と言いました。

 すると大鹿は『ならば、汝は私のために何を捧げることができるのか』と問いました。

『その右腕はどうだ』と大鹿は提案しました。

 しかし、エイゾルは『この右腕は、我が息子を守るために必要だ』と断りました。

『その左腕はどうだ』と大鹿は提案を変えました。

 すると、また『この左腕は、我が娘を抱きしめるために必要だ』と断りました。

『その右脚はどうだ』と大鹿は提案しました。

 すると、また『この右脚は、近所の老夫婦の元へパンを届けるために必要だ』と断りました。

大鹿は『その左脚はどうだ』と最後に提案しました。

 エイゾルは『この左脚は、世界の端まで真実を見に行くために必要だ』と断りました。

 大鹿は大変怒り、『私を使い魔にしたいと言うのに、貴様は何も差し出さないのか』と唸り、大きな地震が起きました。

 エイゾルは『私に差し出せるのは、この長い髪しかありません』と自分の髪を切り、大鹿の前に差し出しました。

 大鹿はその額にあるもう一つの目をよく見開きました。

 すると、自分の目の前にいる男は、これまで見たこともないほど透き通っている清流のような心を持ち、話したことは全て真実であると悟りました。

 大鹿は『この髪だけでは、貴様の使い魔になることはできない。だが、貴様が苦しむときは私も苦しみ、その声ですべての恐怖を散らせよう。貴様が喜ぶときは、私も微笑み、世界に春風を吹かせよう』と答え、エイゾルが差し出した髪の毛と同じ量の自分の体毛を差し出しました。

 その体毛はあっという間に固まり、立派な杖となりました。

 エイゾルはその杖を受け取り、旅を続けました――――。


 このエイゾルの書の内容は、前の世界にあったイソップ寓話やグリム童話、日本の昔話など、教訓を含んだ話が多数埋め込まれている冒険譚。


 今回の話では、自分の利益のために他者を利用したものは罰があたることと、どうしようもなく困り果てた人がいるなら見返りを期待せず助けること、例えどんな大儀を抱えたとしても自分の周りの大切にすべきものを見失ってはいけないということの3つを教訓としている。


 それを黄金の街の王、葦の国の民、エイゾルという3人を通した物語形式で子供に伝えるものだろう。

 それにしても長すぎでしょ。


 何とか書き終え、シエナの添削も終わるとルアが帰ってきていた。

 疲れたーー。


 ルアを見ると安心する。


「ただいまー」


「おかえり、ルア」


「おかえりなさい」


 ルアは片手にある布袋を嬉しそうに持っている。


「いやー、儲かった、儲かった! アリナに感謝しないとね」


「またアリナさんに会いに行くの?」


 アリナさんは、ミーニをここに持ってきた魔女だ。

 魔女の生産物は希少で高価なので、それのおかげで今日は儲かったというわけなのだろう。


「行くけど、私一人で行くよ」


「なんで?」


「だって、アリナがラビィのこと狙っているみたいなんだもん」


「へ、へ~……」


「その時は、また私がラビィさんの指導と店番をしましょうか」


「えぇ、お願いするわ」


 勝手に話が進んでいく。

 完全に子ども扱いされている……。


 やがて片方の月が沈む。

 今日はそれと同時に店を閉め、家に帰る。


 家に帰っても、今日はニータがいない。

 料理を僕が作り、ルアとの食事で今日のことを話す。


「へ~、動物の世界も大変なのね」


「そうだよね。でも、動物も同じように家族があるって良いよね」


「そうね。魔物はそんなことないから」


 そんな話をする。

 ルアはちゃんと思ったことを話すから、違うと思ったことはそう言い、その分共感してくれるとうれしい。


 そのため、お互い本音でしゃべることができるから気が楽で、この時間が心地よい。


 ご飯を食べると、いつも通りルアが一緒にお風呂に入らないかと誘ってきた。

 いつも通り僕は断った。


 二人ともお風呂に入った後は寝室に移動し、暖炉のそばでベッドに寄っかかりながら談笑する。

 そして、眠くなったら毛布に体をくるませる。


「おやすみ、ルア」


「おやすみ、ラビィ」


 僕はルアの額にちゅっとすると、ルアも僕に返してくれる。


 最初の頃はドキドキしていたが、現在では日常になった。


 海外では恋人同士でなくてもこういうことをよくしているとドラマで見たことがあるから、そんな感じなのだろう。

 ……たぶん。

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