Ep.34 火の鳥とドラゴン
幼き日の記憶を思い出そうと、ローワンがうんうん唸りながら歩いていると、やがて小さな庭園が見えてきた。
こじんまりとしたその場所には、小さな花壇と、ガーデンテーブルが置かれた白いガゼボ。それにいくつかの彫刻が置かれていた。
「アヴァロン=ヴィラの持つ秘宝の能力を聞いたか?」
ガゼボの下に置かれたガーデンテーブルの椅子についた朝露を、パチンと指を鳴らして乾かしたアクルが、ローワンに向かいの椅子に座るように促した。
「聞いてないよ。それどころじゃなかったから」
「ふむ、そうか。キールもエクターも本人に聞くと良い、と口を割らなかったのだ」
図書館から借りてきたらしい青い本を、乾いたテーブルの上に置いたアクルは、いつものように足を組んで頬杖を突きながら話を始めた。
昨日のエクターやキール=ロジャースの話によると、アーサー王の装身具もとい秘宝に宿る思念体たちは、それぞれ特殊な能力を使えるらしい。エクターのネコが錬金術で、キール=ロジャースのドラゴンが天候。
ローワンの右手の人差し指にはまっているこの指輪が、この国で秘宝と呼ばれている物なのであれば、その指輪に宿る思念体であるアクルはネコやドラゴンと同じようなものなのだろう。
「この指輪は、秘宝、なのかな」
ローワンは右手の人差し指を自分の親指でさすりながら言った。
今、この指輪は、アクルの目くらましの魔法によって隠されているが、もし見つかれば大変なことになるのかもしれない。
「わからないが、可能性は高い。昨日エクターのネコが現れた時、私と似た魔力を感じたから」
「やっぱり。キール=ロジャースやアヴァロン=ヴィラからも感じる?」
「いいや。おそらく思念体が姿を現している時にのみ魔力を感じる事ができるのだろう。キールは昨日ドラゴンが傍にいないと言っていたし、アヴァロン=ヴィラは何かと話をしているような素振りを見せていたが、何も感じることができなかったから」
「ってことは、人間に姿を変えているアクルは、他の思念体に気付かれてる可能性があるってこと?」
「確信は持てないがおそらく。エクターが連れていたネコは分身ゆえ会話ができないそうだから、まだ伝わってはいないだろうが。キールの連れているドラゴンと会う際には気を付けた方が良いだろうな」
なんと、アクルが人間っぽい姿だから話ができるのかと思っていたが、他の精霊のようなものも会話ができるのか。キール=ロジャースの連れているドラゴンの大きさはわからないが、どうせならエクターのネコが話してくれた方が可愛いのに。
「伯爵様は、この指輪とアクルのことを探しているのかな」
「今までの話を聞いている限り、その可能性はかなり高い。王国を繁栄させるだけの力を持った秘宝がもう一つあり、しかもその存在が知られていないとなれば重大なことだろう」
ローワンが地下室から見つけた指輪を手に入れて、王国の繁栄に利用しようとしたのであれば、伯爵様と会った日に言っていたことも納得がいく。
適合者になれるのは16歳以上だから、ローワンの16歳の誕生日に、”地下室で何か変わったことはなかったか”と聞いたのだ。きっと、地下室に指輪が隠されていることを知っていて、そしてローワンが適合者になったかどうかを確認したかったのだろう。
それにしても、伯爵様は指輪やアクルの力を手に入れて一体何をしたいのだろう。
アクルと出会って2か月が経つが、アクルは寝食が不要なこと以外には、ローワンの魔力で風の魔法を使えることと変身ができるくらいで、特に王国の繁栄に寄与できるほどの力があるとは思えない。
「アクルの能力って変身でしょ?錬金術や天候を操る力と比べると、ちょっと見劣りするような気がするけど、それって本当に王国の繁栄に役に立つの?」
「どことなく腹が立つ言い方だが、残念なことにその指摘は正しい。」
眉間に皺を寄せローワンの発言を聞いていたアクルは、テーブルの上に着いていた肘を上げ、頭の上で手を組んで空を仰ぎ見た。
「私自身、自分についてわからないことも多いのだ。この姿を変える力が自分の能力なのはその通りだが、本当にこれだけなのかは疑問が残るところだ。魔力が戻れば、もう少し分かることが増えるかもしれないが」
「アクルはなんで魔力がからっぽなの?」
「さぁな。封印が解けた時には既に枯渇していたのだ。記憶と共に、さっぱりとな。」
ローワンもアクルも、覚えていないことやわからないことが多すぎる。
伯爵様の狙いがこの指輪だとしたら、何故両親を事故に見せかけて殺す必要があったのだろう。この指輪は地下室にずっとあり、そして伯爵様はそれを知っていたはずだ。
両親がこの指輪のことを知っていたかどうかの確証はないが、きっとランプの部屋に置かれていた魔石道具の数々や、施されていた魔法陣から見てもおそらく知っていたはずだろう。
そうであれば、わざわざ何も知らないローワンだけを生かすよりも、両親の動向を追った方が早いのではないだろうか。
ローワンが指輪を見つけたのも偶然の出来事で、そして適合者になったのも本当に運がよかっただけのことだ。代々秘宝が受け継がれている公爵家ですら、全ての人間が適合者になるわけではないのだから。
「うーん、全然わかんないや」
空を飛ぶ小さな白い鳥たちの群れを見ているアクルに合わせ、ローワンも空を仰ぎ見た。だいぶ高くなってきた太陽の光が、庭園の植物たちに降り注いでいる。
数羽の白い鳥に囲まれるように、その中心には赤く燃えるような火を放つ大きな鳥がひらひらと飛んでいて。ローワンの頭に渦巻く数々の疑問とは対照的に、すがすがしく、とても、平和な景色だ。
「ん?火を放つ鳥?」
先ほど視界に入った、一つの違和感に再び目を向ける。
昨晩よく眠れなかったせいで寝ぼけているのではないかと疑い、何度かぱちぱちとまばたきをしてみる。
しかし、そこにあるのは先ほどと変わらない景色だった。
白い鳥たちに囲まれていた、鷲のような鳥が、体中に火を纏ってこちらに向かってきている。
「ちょっとアクル!なんか飛んできてる!!」
頭の上に手を組んだまま、特に動揺するでもなく近づいてくる鳥を見ているアクルに声をかける。
この精霊のようなものは、どうしてこんなに落ち着いてるのだろう。鳥が燃えているのだ。どう見ても危険なものに違いない。
「アクル!!」
急いで立ち上がったローワンは、表情を変えずにゆったりとした姿勢で迫りくる火の鳥を見ているアクルの肩を強く揺さぶる。
早く逃げなければ、火を噴いたりするのではないだろうか。
「落ち着け。危険なものではない。あれは不死鳥だ」
「不死鳥?」
「何か落ちてくるぞ」
アクルの言う通り、もう一度火の鳥を見てみると、鳥が脚でつかんでいたらしい何か小さなものがこちらに落ちてきていた。
コロンと、ローワン達の座るテーブルの真ん中に落ちてきたのは丸まった紙のようだった。
「開けてみろ」
明らかに怪しいものにもかかわらず、平然と落ちた紙を開けてみろというアクルに、ローワンは怪訝な表情で応え、とりあえず丸まった紙を広げてみることにした。
先ほどまでこちらに向かって来ていた火の鳥は、用は済んだとでも言うように、火を周囲にほとばしらせながら消えていった。まるで入学手続きの時にニナと呼ばれる女性が飛ばしていた、風の伝言鳥のようだ。
「なにこれ、魔法陣?」
手のひらの半分ほどの大きさの小さな紙に書かれていたのは、魔法陣だった。今までに月の家やチェンバレン男爵邸で見た物と比べると、文字や数列はなく、模様のみで非常に簡易な式が描かれているようだ。
「魔力認証のようだな。魔力を込めてみろ」
「罠じゃないよね」
「心配するな。」
いつもは疑い深いアクルだが、今回ばかりは安全である確信があるらしい。
ジトっとした目でアクルを見ながら、とりあえず言われた通りに紙に魔力を込めてみる。
すると、先ほどまで魔法陣だけが書かれていたはずの紙には、走り書きのような手書きの文字が現れた。美しい字だが、急いで書いたのだろうか。少し斜めに乱れている。
"Phoenix chickへ 10日後に学園に戻る。太陽が一番高く上る時間に研究棟の頂上で会おう。L.L”
「Phoenix chickってどういう意味?」
「先ほどの火の鳥は不死鳥と言ってな、死しても炎の中から蘇る希少な鳥だ。赤い髪や、死んだと言われていたが生きて現れたローワンのことを示しているのではないか」
アクルの話を聞きながら、ローワンは先ほどの赤い火の鳥を思い出していた。
燃えながら飛んでいるというだけでも不思議なのに、蘇ることもできるとは。世の中には、ローワンの知らないものがたくさん溢れているらしい。
「このL.Lって、もしかしてlære=Lindenの事?」
「だろうな。学長が不死鳥を連れているというのは、有名な話らしい」
ということは、これは学長からローワンに宛てられたメッセージということだ。隣国で仕事をしていると聞いていたが、10日後に王都に戻ってくるのだろう。
カマラ夫人が手紙を書いてくれると言っていたから、それを見た学長が連絡してくれたのだろうか。あとでカマラ夫人へお礼の手紙を書いておかなければ。
☆
学長からの手紙を受け取り少ししたころには、起き出した生徒たちで人通りが少しずつ増えてきたため、ローワンとアクルは朝食のため食堂の方へ歩みを進めていた。
とりあえず10日後に学長に会えるまで、まずはしっかり授業についていくこと。というのが、アクルから言われたことだった。
入試はアクルが範囲を的中させてくれたお陰でぎりぎり合格できたようなものだ。半期に一回行われる試験で悪い成績を取り続ければ、退学もあり得るそうだ。アカデミーの外に追い出されてしまっては両親の真相を探るどころではないので、まずは勉強を頑張らなければ。
「げ」
図書館を通り過ぎ、中庭を通り過ぎるように食堂へ向かっていたところ、訓練場の方角から現れたホワイトブロンドとブラウンの二人組の姿が目に入った。
遠くに豆粒のように見えた小さな人影を見て、アクルは誰なのか察したらしい。明らかに嫌そうな声を上げ、先に行くと言って食堂の方へ走り去ってしまった。
かなり遠くにいるようだけど、アクルはこの距離で誰なのか分かったのだろうか。
中庭を横断するように、風の魔法を使って走り去っていくアクルを立ち止まって見送っていると、だんだんと二人組の姿が近づいてきた。
仲よさそうに会話するあの二人は、どうやらキール=ロジャースとケイのようだ。
キール=ロジャースの肩には、手のひらくらい大きさの小さな黒い物体がのっている。あれは、一体なんだろう。鳥、、?
「ローワン=バークレイ。先ほどここに我が大親友のアルが居なかったか」
こちらの姿を見かけ、すたすたと近づいてきたキール=ロジャースは、開口一番にアクルの居場所を尋ねた。やっぱり昨日食堂でアヴァロン=ヴィラに言っていた大親友とは、アクルの事だったらしい。
「先に行くって食堂へ向かったよ」
「何。今朝訓練場で決闘の約束をしていたというのに来なかったのだ。」
「いや、キールの昨日のあれは約束とは言わねーから」
眉を顰めた顔で、アクルが走り去った食堂の方を見つめているキール=ロジャースに、手をぶんぶんと振りながら否定の言葉を述べるケイ。
制服ではなく、動きやすそうなリネン素材の服を着て、木でできた剣を手に持つ二人はどうやら訓練場から来たらしい。昨日のように、一方的にキールがアクルと訓練の約束をしていたという流れのようだ。
「ところで、もしかしてこれって昨日言ってたドラゴン?」
ケイに朝の挨拶をして、キール=ロジャースの肩で丸まっている黒い物体に視線を向ける。
すやすやと寝息を立てている様子の生き物は、黒い鱗に覆われた身体に小さな黄色い角と、赤い尾ひれのようなものがついている。
「これとはなんだ、これはとは。このドラゴンこそ、我がロジャース公爵家の天候のピアスに宿る思念体だ。名をイグニスという」
これが、アクルやキールのネコと同じ思念体。
ローワンは初めて見る生き物をまじまじと見つめた。ドラゴンについては、おとぎ話の中くらいでしか聞いたことがなかったが、大概の話では火を噴いたり、鋭い爪で山を切り崩したりするとても大きな生き物だった。
しかし、キール=ロジャースの肩の上で収まるように眠るこの生き物は。
「か、可愛い!」
手のひらほどの大きさしかない目の前の生き物は、折りたたまれた小さな足に翼。そこから伸びた短い色鮮やかな黄色い角。ドラゴンと呼ばれる生き物とは言え全くの脅威を感じさせず、すやすやと眠る姿はもはや愛らしいではないか。
「な、すげーかわいいよな。俺も最初に見た時ちょっと笑ったもん」
「なんて失礼な奴らだ。ケイが見たいというからわざわざ連れてきてやったのだぞ」
「さ、触ってみてもいい?」
「無礼なやつだ。いいぞ」
「いいのかよ」
ふふんと、鼻を鳴らしどこか得意げな顔をしているキール=ロジャースの肩にのる黒いドラゴンに指を伸ばす。
人差し指でその黒い小さな身体に触れてみると、ざらざらとした鱗の感触が手に伝わってくる。実体として触ることができるようで、少し暖かい。本当に生きているようだ。
「ずっと寝ているの?」
「大抵はな。普段はもう少し起きているのだが、昨晩不思議な気配がすると言って男子寮を飛び回っていたから、昼過ぎまで起きないだろう」
キール=ロジャースの言った”不思議な気配”という言葉に、ローワンは肩をビクリと震わせた。きっとアクルのことだ。姿を現しているときは他の思念体に気付かれているかもしれないと言っていたから。
あわあわと、とりあえず話題を移そうとキョロキョロしていると、なぜか緊張した面持ちのケイが目に入った。どうしてケイがこのような表情をしているのだろう。
「あれ、ケイ。今日はイヤーマフラーしてないんだね」
「ん?あぁ、さすがに暑いし」
「剣術の最中にあんなものをつけていては危険だ。良い判断だろう」
昨日、アクルがケイのイヤーマフラーからは不思議な魔力を感じると言っていた。魔石道具のようなものかもしれないから、一度じっくり観察してみようと思っていたのに。
指輪のことを知っているようだったとも言っていたし、疑いたくはないが、ケイの前ではアクルが秘宝の一つかもしれないという話はしない方が良いのかもしれない。




