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Ep.33 アヴァロン=ヴィラ


 「あなたの手、まるで使用人のようだわ。使い込まれた、労働者の手よ」


 ローワンの両手に視線を落としたまま、アヴァロン=ヴィラはそう言った。

 それは、先ほど食堂で見かけた時のような消え入りそうな小さな声ではなく、どこか確信したような強い意志を持った声で。


 「び、病気の後遺症で、、」


 ローワンは自分の両手をアヴァロンの視界に入らないように隠しながら、必死に頭の中からひねり出した用語を吐き出した。

 そもそも自分が死んだとされる事故のこともわからない上に、ローワンがどのような理由でこの10年眠っていたことにされていたのかも不明なのだ。とりあえず適当なことを言ってこの場をやり過ごすしかない。


 「バークレイ伯爵からはそのような話は聞かなかったわ。幸運にも一命をとりとめたローワン嬢は脳に損傷を負い、そして10年間目覚めなかった、と」


 「それは、、」


 やはり、余計なことを言ってしまったようだ。

 わずかに首を傾げ、腰に手を当てた姿勢で目の前に立つアヴァロン=ヴィラは、ローワンの全身を射貫くように上から下まで視線を這わせた。

 人形のように美しい彼女の顔が、周りの気温を落とすのではないかと錯覚するほどに冷たい表情へと変わっていく。


 「あなた、何者?」

 

 全身を観察し終え戻ってきた視線が、真っすぐにローワンの方を見ている。

 美しい水色の瞳からは、敵意、疑念と言った負の感情を感じる。入口付近に立っていたローワンは、思わず数歩、後ろに下がった。


 「動かないで」


 静かな部屋の中に、凛としたアヴァロン=ヴィラの声が響く。

 そして、彼女が小さな声で呪文のようなものを唱えると、アヴァロン=ヴィラの周りに、小さな氷のかけらが複数現れた。

 彼女の上半身あたりに、半円状に並ぶように浮かんでいるそれは、とても鋭利な短いナイフのような形をしていて。そして、尖ったその氷の先端は、真っすぐにローワンに向けられている。

 

 大変にまずい状況かもしれない。

 ローワンは、きっと今疑われているのだ。10年間も眠ったままだったにも関わらず、元気に歩いていて、そしてバークレイ伯爵の話とは異なる話をしてしまっている。



 「ローワン=バークレイは、10年前確かに死んだはずよ。私は、この目で見たわ」


 「え、、?」


 低い声でそういった彼女の言葉に、ローワンは思わず自分の危機を忘れ、頭の中に疑問符が浮かんだ。この目で見たとは、一体どういう意味で。

 

 「それは、どういう、、」


 「予兆なく亡くなった伯爵以上の貴族は、必ず私の父であるヴィラ公爵が検死をする決まりなの。王歴2016年冬の季節。当時7歳だった私は、父の仕事を一目見たくて職場である病院に潜り込んだわ。その時ちょうど私と同い年の女の子が亡くなったって聞いて、良くないってわかっていたけど。冷暗所に3つ並ぶ棺の内、一番小さなものを開けた」


 氷の槍を出したまま、ローワンに向けて淡々と話すアヴァロンの言葉に、ローワンは目を見開いた。

 エクターが、ローワンの棺を灰になるまで見守ったと言っていた。あれは空だったんだな、と言っていたが、もしかして。


 「中には、ローワン=バークレイの肖像画とまったく同じ顔をした赤い髪の女の子がいたわ。ひどい事故だったって聞いてたのに、その子には傷が一切なくて、本当に、眠っているみたいだった。」


 「ほ、他の棺は!お父様と、お母様の棺は開けたんですか」


 ローワン自身が棺に入れられていたという事実より、アヴァロンが見たという他の2つの棺が気になる。その中には、きっと両親が入っていたはずだ。


 「見ていないわ。傷もないのに、眠るように棺に入っているあなたを見て、怖くなって逃げ出してしまったから」


 「そ、うですか」


 わずかな期待が、打ち砕かれた気がする。実は、両親はどこかで生きているのではないか、と思っていたのだ。

 死んだことにされているローワンが生きているなら、もしかするとお父様やお母様も、どこかで身を隠しているのかもしれないと。そんな淡い期待が。


 がっくりと肩を落としたローワンを、怪訝な顔で見つめたアヴァロン=ヴィラは、眉間に皺を寄せ、先ほどよりも低い声で話を続けた。


 「・・・落石事故の影響で、伯爵夫妻は身元が判別不能だったそうよ。近くで、あなたを見つけて、服装や持ち物から、残る二人がバークレイ夫妻だと結論づけたそうだけど。」


 「じゃあ、!もしかしたら、、!」


 両親が、生きている可能性もあるのだろうか。

 アクルは、その可能性はかなり低いだろうと言っていた。もしそうなら、少なくとも月の家に何か痕跡を残していくはずだろうと。


 わずかな期待を胸に、弾むようにアヴァロン=ヴィラの方へ上げた顔だったが、彼女の冷たい声に思わず身体が固まった。ゆっくりと迫りくる氷の槍と、冷たい表情の彼女。



 「私の話は終わり。次は、あなたの番よ。ローワン=バークレイの偽物さん」


 そうだった。ローワンは今、彼女に疑われていたのだ。

 彼女が棺の中で見たという、ローワンにそっくりな何かがどういうものだったのかはわからないが、アヴァロン=ヴィラからすれば、10年前に遺体を見たはずの人間が目の前にいるのだ。


 「わ、たしは偽物なんかじゃありません!」


 「じゃあ、私が見た棺の中にいたのは誰なの。あれは、間違いなく幼い頃のローワン=バークレイだわ。それに、あなたが10年間眠っていたという伯爵様の話と、今のあなたの違いも。どう説明するつもり!」


 「そ、それは、、」


 棺の中に入っていたのが何だったのかを知りたいのはローワンの方だ。もしかしたら、記憶がないだけで自分が寝かされていたのかもしれないし、全く別のローワンに似た誰かなのかもしれない。

 きっと、アヴァロンはローワンのことを偽物だと思っているのだ。亡くなったはずのローワン=バークレイの名をかたる、使用人だとでも思っているのだろう。



 「わ、たしは、両親と、自分が亡くなったとされる事故のことを覚えてないんです。気が付いたら伯爵家で、メイドとして働いていたんです。6歳から、ずっと!」


 もしアクルが傍に居たら、危機感のないやつだなとまた怒っていたに違いない。

 でも、このまま嘘を言い続けても自分にメリットが何もない。自分の命を助けるためにも、ここで本当の事を言っておいた方が良いだろう。


 「・・・バークレイ伯爵の話と全然違うわ。そんなこと言って誰が信じると思っているの。白状しなさい!錯乱状態で伯爵家を逃げ出したというローワン=バークレイを装って、何をしようとしているの」


 「ち、がいます!私が本物のローワン=バークレイです!!」


 詰め寄るように、すこしずつローワンの元へ氷の槍と共にアヴァロン=ヴィラが迫ってくる。

 エクターも、キールも、ケイもカマラ夫人カイさんも、みんな信じてくれていたから。自分自身がローワン=バークレイではないと追及される可能性なんて、アカデミーの入学が決まってからは考えたこともなかった。


 「証明してみなさいよ。あなたが本物だというのなら」


 じりじりと近づいてくるアヴァロンから距離を取るように、すこしずつ後ろへ下がっていたローワンの背中に、ドンと壁がぶつかる音がした。

 どうしよう。もう逃げ場がない。証明しろだなんて、そんな。


 あ、そういえば、


 「入学手続きの時、魔力認証陣で確認しました!確かに、魔力がローワン=バークレイだって!!」

 

 「魔力認証陣、、?」


 「入学手続きの時に、アカデミーの職員の方にやってもらったんです。本当は16歳以上しか登録されてないけど、お母様が登録していたって。」


 ローワンの必死の叫びに、近づいてきていたアヴァロン=ヴィラの足はようやく止まり。そして、眉を顰めた彼女は自分の肩辺りに視線を向け。しばらく押し黙ってしまった。



 どうしたのだろう。

 おずおずと、目の前で黙ってしまったアヴァロン=ヴィラの様子を伺っていると、小さく首を振ったり、宙に向けてわずかに視線を動かしているようだ。


 そして、


 「わかったわよ、メーラ。」


 と、小さな声でつぶやいたアヴァロンの周囲から、浮かんでいた氷の槍がパキパキと音を立てて崩れ落ちた。崩れてパウダーのようになった氷の粒が、きらきらと部屋を舞っている。


 「とにかく、あなたが要注意人物であることは変わりないわ。こんなところで眠れないから、私は外に行くわ。」

 

 何が起きたのかわからず、目の前で手を重ね合わせるように身を守っていたローワンの方を向き直したアヴァロンは、淡々と言い。

 そして、すたすたと入口から遠ざかっていく。

 

 外に行くとは一体?彼女が向かっているのは、ローワンが今いる入口とは反対側の、窓の方角だ。



 「え、ちょ!」

 

 小さな窓を開け、ひょいっと身体をくぐらせたアヴァロン=ヴィラの姿が、ローワンの視界から消えた。

 目の前で消えた彼女を追って、ローワンが急いで窓から身を乗り出し外を見てみると、宙に浮かぶ小さな氷の足場を、軽やかに踏みながら地面へ降りていく彼女の姿があった。


 8階のこの部屋は、地面からはかなり距離があるはずだ。

 月明りに照らされた緑がかったブロンドの髪が、彼女が降下するのに従ってふわふわと揺れている。


 それは、まるでお時話に出てくる妖精のような、とても幻想的な風景だった。




 「な、なんだったの、、」

 

 地面に降り立ち、中庭の方法へ歩みを進めていくアヴァロンの姿が小さくなっていくのを見送り、力が抜けたローワンはへなへなと床に座り込んだ。

 無事にアカデミーに入れたと思ったら、まさか、部屋の中で命を狙われることになるとは思わなかった。


 これから、彼女との相部屋はしばらく続くはずだ。初日からこんな調子で、今後は大丈夫なのだろうか。





 翌朝。

 昨晩の衝撃的な出来事の所為で、よく眠れなかったローワンは中庭を横切って図書館の方へ向かっていた。


 現在は朝の5時。

 夏の季節に入ったため日の出が早くなり、周囲は少しずつ明るくなり始めていた。

 夜型の多いアカデミーとはいっても、人はほぼ歩いておらず、ほんのりと朝露で湿った中庭の草花が、ローワンの制服の足元を濡らした。


 昨晩、夜遅くまで緊張していたが、同室のアヴァロン=ヴィラは帰ってくる様子はなかった。

 出て行った時は制服を着ていなかったから、一度着替えるために帰ってくるかもしれない。アクルの待ち合わせの時間まではまだ少しあるが、鉢合わせたくないので早めに部屋を出てきた。


 

 しばらく歩くと、図書館らしき建物が見えてきた。

 古い石造りの高い建物で、縦にも横にも広く、外見からもその蔵書数の多さが伺える。アカデミーの職員も利用する場所のため、大陸中のあらゆる書物がここに集まっているらしい。

 過去何十年分の新聞なども保管されているようだから、両親が亡くなったとされる時期の新聞を読んでみようと思う。



 「あれ、アクル?」 


 図書館の外装の壁に置かれた彫刻などを眺めながら歩いていると、図書館正面に置かれたベンチの一つに座る、アクルらしきシルバーブロンドの髪をした人物が見えた。

 アクルとの待ち合わせには、まだ1時間ほどあるはずだ。


 「ローワン。早いじゃないか」


 ベンチで本を読んでいた様子のアクルは、読んでいた本をパタリと閉じてこちらへ近づいてきた。

 早速ブレザーを脱ぐことにしたらしいアクルは、黒い制服のズボンに、肘の辺りまで捲ったシャツと緩めたネクタイという非常に緩い恰好をしていた。


 「ちょっと、部屋で色々あって寝れなくて」

 

 「アヴァロン=ヴィラと何かあったのか?彼女なら先ほど中で見たぞ」


 アクルが図書館の方に視線を向ながら言った。

 食堂と同じく、どうやら図書館も一日中空いているらしい。寮の部屋から出たアヴァロンがどこへいたのか気になっていたが、なるほど図書館にいたようだ。

 確かに、彼女が女子寮から降りて向かって行ったのは図書館がある方向と一致する。


 「アクルは何時からここにいるの?」


 「2時間ほど前だ。彼女は私が来る前から居たようだが、えらく視線を感じるので外で待っていた」


 「視線?」


 「昨日エクターが言っていただろう。アヴァロン=ヴィラも適合者だと」


 「あ、そうだ」


 そういえば、昨日食堂でエクターが言っていた。ヴィラ公爵家は何代も適合者が出ておらず、最近ようやくアヴァロンが適合者になったと。

 ということは、昨晩彼女が肩に向けて首を振ったり話しかけたりしていたのは、精霊のようなものがそこにいたのだろうか。


 歩きながら話そうというアクルの声に従って、ローワンは図書館の裏手へと向かっていた。

 図書館の裏には、小さな庭園とベンチがあり、人の通りが少なく、奥まっている場所のため人に見つかりにくいらしい。


 歩きながら、昨晩のアヴァロン=ヴィラとの出来事についてアクルに話をした。

 ローワンが棺に入っていたということ、両親は身元が判別不能な状態だったということ。それからアヴァロン=ヴィラに伯爵家でメイドをしていたと話をしたことも。

 てっきり怒られるものだと思っていたが、意外なことにアクルは何も言わなかった。


 「棺に入っていたのは、お前ではないのか」


 「うーん。全く記憶にないからわからないや」


 「検死を担当したというヴィラ公爵も、伯爵と通じている可能性があるな。別人の顔をローワンそっくりに作り替えることや、偽物の死体を用意するのは不可能だから、おそらく薬で寝かせたローワンを入れておいたのだろう」


 「なんで?魔術や魔法じゃ無理なの?」


 「以前も言っただろう。魔法は人体に影響を及ぼすようなものとは相性が悪いんだ。魔術もしかり。死体を作り出したり、人間の顔を作り替えるのは不可能だ」


 「うーん」


 自分の記憶さえあれば、その当時に何が起きたかくらいはわかりそうなものなのに。

 伯爵家を出て思い出した記憶の中には、大雨の日の夜に出て行ってしまった両親の背中と、それを寂しい気持ちで見送ったことくらいだ。

 その他には、両親が亡くなったことを知らされたことと、食べ物にありつきたければ働け。言い放った伯爵様の冷たい顔だけ。


 


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