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Ep.32 アーサー王の装身具 後編


 「待って、アーサー王の装身具オーナメントって、物語の中だと他にもあるよね」


 ローワンが幼い頃に読んでいたアーサー王の冒険の中には、先程エクターが言った王冠以外に3つの装身具が登場していた。

 親友の商人に与えられたネックレス、命を救った主治医に与えられたブレスレッド。そして、右腕の騎士に与えられたビアス。


 ピアスと言えば、まさに今目の前に座るキールがつけている稲妻型の。


 「そうだ。俺の付けているこの稲妻型のピアス。これもアーサー王の装身具オーナメントだ。この国の貴族の多くは、これを秘宝と呼んでいるが」


 自身の耳に付けられたピアスの片方に手を触れたキール=ロジャースが、そう言った。

 確かに給仕係が、キールの耳に付けられたピアスについて言及しながら、”キール様は不思議なことに天候を操ることができるのだ”と言っていた気がする。

 

 あの時は、また給仕係が適当なことを言っているなと思っていたが。まさか、そんな。


 「もしかして、そのピアスのおかげで天候の力が使える、とか」


 「ふん、エクターのことは知らぬくせに、この力のことは知っているとは。そうだ、このピアスにはイグニスという名のドラゴンが宿っている。そいつのおかげで天候を操ることができるのだ」


 「そのドラゴンもここにいんの?俺、見てみたいんだけど」


 「イグニスならアカデミーに入ってから姿は見ていないな。大方、どこかで昼寝でもしているのだろう」


 「残念。また機会があれば見せてよ」



 がっかりした様子のケイを横目に、ローワンは難しそうな顔で何かを考えこんでいる様子のアクルを視界に入れていた。

 アクルは今、何を考えているのだろう。

 

 錬金術の力を持つ王冠の適合者がエクター、天候の力を持つピアスの適合者がキール。

 そして、それぞれの装身具オーナメントには、思念体と呼ばれるものが宿っている。王冠にはネコが、そしてピアスにはドラゴンが。


 この流れだと、おそらく残る2つの装身具が伝わっているとされるヴィラ公爵家と、グレイ公爵家にも、同様の力を持っている思念体が宿る秘宝があるのだろう。

 思念体に、アクルが宿る装身具オーナメント、これは2つとも完全に一致する。ということは、アクルが宿るこの指輪は、キールやエクターが持つ秘宝と同じものなのだろうか。


 物語の中では、アーサー王が自身の持つ装身具を分け与えたという話だったから、ピアス、ネックレス、ブレスレッドに加えて指輪があったとしても、そこまで違和感はない。


 でも、アクルは何の能力を使えるんだろう。風の魔法?あとは変身?

 チェンバレン領の中心街に行くとき、自分自身の能力で姿を変えると言っていたから、もしかするとアクルは変身の能力を持っているのかも。


 もし、本当にアクルが秘宝なのだとしたら、なぜこんなものが伯爵家の地下室に。それに、アクルやこの指輪の存在自体は、ローワンが知らないだけで、実は広く知られているものなのだろうか。



 「ちなみにさ、秘宝。アーサー王の装身具オーナメントだっけ?それって4つしかないの?」


 ローワンがまさに聞きたかった質問が、隣に座るケイから出た。

 うまく自分で聞ける自信がなかったので、ケイにとっては純粋な興味本位なのかもしれないが、非常にありがたい。


 「そうだよ。200年以上前に初代国王のランスロット=ブリテンが創ったとされている、この4つだけだね」


 「へぇ、実話では初代国王が作ったんだ。ちなみにそれって、誰かが再現しようと思えばできんの?同じようなものをもう一個作ったりさ」


 「不可能だな。秘宝に関する研究は、この200年王国の総力を挙げて行われている。しかし、原理も再現方法も全くわからん未知の領域だ。」


 「つまり、初代国王がめちゃめちゃすごい人だったってこと?」


 「そうだね。”現代の技術をもってしても再現できず、まるでこの世界の物とは思えない”というのが、研究者たちの総意さ。初代のランスロット王は、二度と現れないほどの素晴らしい魔術師だったと聞く」


 「初代王が作ったこの秘宝の力により、我がモルボーデン王国は大陸一の繁栄を誇っている。ケイ、お前も貴族の端くれであれば、ランスロット様に感謝しておくんだな」


 ローワンは貴族名鑑の一番最初のページで見た、プラチナブロンドに碧い目をした初代国王の顔を思い出していた。エクター王子によく似た顔の、気難しそうな顔をした男性だ。

 

 アクルは、自分を創るための式を構成するのは非常に難しいだろうな、と言っていた。その言葉も、キールが言っていたことと一致する。

 だとすれば、素晴らしい魔術師だというランスロット王によって創られたのか、もしくはその技術を再現した誰かが作ったのか。

 どちらにしても、アクルの存在自体、周囲に知られてないのであれば非常に大きな問題だろう。


 カイさんはチェンバレン男爵邸でお母様の転移魔法陣を見せてくれた時、これを隠していただけでも、反逆者扱いでもされて終わりだ。と言っていた。

 王国に4つしかないような秘宝を、バークレイ伯爵家が隠し持っていたとすれば。


 地下室に置かれていた、開かずの箱。それはローワンの16歳の誕生日の日に開いた。そして、誕生日の朝、伯爵様は”地下室で何か変わったことはなかったか”と。


 もしかして、伯爵様の目的は。


 

 「ローワン大丈夫か?なんかすごい顔してるけど」


 難しい顔で考え込んでしまっていたらしい。

 ランスロット王がいかに素晴らしい王か、という話を自信満々にしていたキール=ロジャースの話はいつの間にか終わっており、皆が黙り込んでいたローワンの顔を覗き込んでいた。


 「あ、いや。大丈夫!ごめん、ちょっとびっくりしちゃって。エクターと幼い頃一緒にいた時は、そんな話全く聞かなかったから」


 「適合者になれるのは、魔力が成熟した16歳以上だけなんだ。だから、ローワンと会った時は、まだ秘宝の持ち主になるかどうかは決まってなくて。私もキールも、秘宝の力を使えるようになったのは、つい最近のことだよ。」


 16歳。

 再び、ローワンの持つ指輪と一致する情報が出てきた。


 「・・・適合者は、どうやって決まるの?」


 「基本は、思念体たちの好みってところかな。血筋で選ばれることもあるし、そうじゃない場合もある。ヴィラ公爵家なんて何代も適合者が出なくて、最近ようやくアヴァロンが適合者になったんだよね」


 「親から子に受け継がれていく、とかじゃないんだね」


 「ロジャース公爵家なんかはそうだよね。先代の子供が16歳になれば、適合者は親から子へ変わるんだ」


 「イグニスは、我がロジャース公爵家の魔力が気に入ってるのだそうだ」


 「えーなんかそれかっこよくていいな」

 


 それから話は、ロジャース公爵家がいかに歴史深く、そして素晴らしい家なのかという話に移ってしまった。

 もう少し秘宝の話を聞いてみたかったが、変なことを聞いてしまって疑われるのも怖い。


 まずは、アクルがさっきの話を聞いて何を感じたのか聞いてみないと。

 


 食堂で食事を済ませ、そのまま皆と一緒に授業の選択を終わらせたローワンは、自分の寮の部屋に戻ってきていた。

 本当は、アクルと話をしたかったのだが、キール=ロジャースが異様にアクルを気に入ってしまい、なかなか二人きりになることができなかった。


 そうこうしているうちに、夜になってしまい、とりあえず明日の早朝に図書館前で会うことだけを決めて、アクルとは別れた。


 男子寮と女子寮は距離があり、しかも朝と夜は異性の生徒の接近禁止令が出ているため、夜に会うことも難しいのだ。こうなることが分かっていれば、アクルに女の子の姿に変わってもらえばよかったのかもしれない。


 

 寮の自分の部屋を、コンコンとノックをして扉を開くと、中から小さな声で返事が聞こえた。

 扉の下からわずかに明かりが漏れていたから、覚悟はしていたが、やはり同室のアヴァロン=ヴィラが帰宅しているようだ。


 まずは、昼間の食堂での出来事を謝らないと。


 

 「あ、あの」

 

 部屋の真ん中に置かれている、共有らしき丸テーブルに座るアヴァロン=ヴィラに声をかける。どうやら本を読んでいたようだ。

 アヴァロン=ヴィラは、ローワンの問いかけに本に落としていた視線をわずかに上げ、こちらを向いた。


 「昼間は、食堂でごめんなさい。何か、失礼をしてしまったのではないか、ってずっと気になっていて」


 「・・・何も、失礼などなかったわ」


 問いかけから、わずかに時間を空けて小さな声で答えたアヴァロン=ヴィラは、再び本に視線を落とした。

 ど、どうすれば。無視されたり、罵倒されるのは慣れっこだが、このような反応をされるのは初めてだ。さすがに、もう伯爵家の時のように、緊張した夜を繰り返すのは嫌だ。


 「あの、もし良ければ、お茶でも入れましょうか?」


  ローワンは今朝から考えていた、とっておきのコミュニケーション方法を実践してみることにした。

 アヴァロン=ヴィラ公爵令嬢の座るテーブルには、本以外には何も置かれていない。このままでいるよりも、少しは空気が柔らかくなるかもしれない。



 「・・・あなたが?」

 

 「あ、はい。一応、そんなに下手じゃないと思います。何度も、練習したので」


 ローワンの問いかけが、気に入らなかったのだろうか。本から目を離し、目を細めてこちらを見てくるアヴァロンの姿があった。


 「・・・何度もね」


 そういったアヴァロンは、読んでいた本をパタリと閉じ、椅子から立ち上がり、そして、すたすたとローワンの方へ歩いてきた。

 顔は、食堂で見た時のような、冷たく少しだけ怒っているような顔だ。


 「え、な、なんですか」


 そして、部屋の入口付近で立ちすくんでいたローワンの手を優しく掴み、自身の顔の前まで持ち上げた。

 長い睫毛に覆われた、水色の美しい瞳が、ローワンの手の全体を確認するように、ゆっくりと上下に動いている。

 

 「あなた、10年間植物人間状態だったそうね」


 「えっと、はい」


 「いつ目覚めたの?」


 これは、ローワンにとっては非常に困る質問だ。

 一応、伯爵様が貴族に流しているという、ローワンが10年間寝ていたという話の前提で動くことにしているが、実際どのような話をされているのか知らないのだ。

 

 エクターと出会ったのは、春の季節2月目のことだ。だから、とりあえずそれより少し前にしておこう。


 「えっと、春の季節1月目です。」


 「そう、3か月前ね」


 そう言ったアヴァロン=ヴィラは、納得してくれたのだろうか。

 掴んでいたローワンの手を下ろし、そして上から下まで視線を這わせた。まるで、ローワンの全身を観察するかのように。


 

 「私の知っている限り、10年も寝たきりだった人間は、3か月程度ではここまで動けるようにはならないわ。」


 目を細め、そして、先ほどまでもしっかりとした声でそう言ったアヴァロンの言葉に、ローワンの心臓が早鐘をうつ。

 しまった。もう少し早く目覚めたことにしておけばよかった。

 

 そして、アヴァロン=ヴィラは、先ほどまで握っていたローワンの手に視線を落とし、こう続けた。


 「あなたの手、まるで使用人のようだわ。使い込まれた、労働者の手よ」


 


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