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Ep.32 アーサー王の装身具 前編


 アカデミー敷地の奥にある訓練場から、中庭を横切って食堂へと向かう途中。


 トーアから、二人きりの時以外はエクターと呼んでほしいとお願いされた。

 どうやらお忍びの時に使っている名前らしく、できるだけ広まってほしくないのだそうだ。身分を隠してお忍びをするとは、王子も色々大変なのだろうか。



 「わぁ、すごい」


 「この敷地内にいる数百人の研究員たちも使う食堂だからね。昼夜を問わず営業しているそうだ」


 ケイやアクルに加え、まだ会話ができていないキール=ロジャース、エクターと一緒にアカデミーの食堂に来ていたローワンは、その大きさに圧倒されていた。

 

 伯爵家の食堂とは比べ物にならないほどの大きさで、複雑な形で組み合わさった木で作られた空間は、大きな窓から陽の光が差し込んでいて、とても暖かい雰囲気だ。

 そしてアーチのようになった高い天井からは、魔石が入っているらしい丸いランプがつるされていた。


 隣を歩くエクターが言うには、昼夜逆転しがちなアカデミー職員に強制的に陽の光を浴びさせるため、このような開放的な造りになっているのだそう。

 確かに、お母様もお父様もいつも夜遅くまで起きていて、朝日が苦手だったような気がする。



 ローワン達が訓練場にいる間に、ほとんどの新入生は昼食を取り終えてしまったらしい。

 数百人が入れそうな広い食堂には、ローブを来た職員らしき人たちが数名、まばらに食事をしているだけだった。

 

 ローワンはきょろきょろと周りを見渡しながら、前を歩くアクル、ケイ、キール=ロジャースに着いていった。

 どうやらカウンターで注文を行い、食事を受け取った後、食堂内の自由な席に座ってご飯を食べる仕組みらしい。入学金と共に支払った寮費に食堂での食事代が含まれているので、在学中はずっと自由に使えるのだそうだ。


 「おや、あそこにいるのはアヴァロンじゃないか」


 「なに、あいつまた一人で食事をしているのか。おい、アヴァロン!」


 注文をするため、ローワン達がカウンターの方へ近づいていた時。食堂の端の方のテーブルにぽつんと座る、一人の女子生徒の姿が見えた。

 制服をキッチリときているので、ローワン達と同じ新入生だろうか。淡い緑が混じったブロンドの髪色で、遠目でもはっきりと分かるほどに気品のある佇まいをしている。


 透き通るような水色の瞳に、雪のように白い肌。大きな目を覆い隠すほどの長い睫毛。

 おとぎ話に出てくる妖精のような美しさのあの女性は、ローワンのと同室のアヴァロン=ヴィラではないだろうか。

 

 彼女は三大公爵家の出身で、生粋のお嬢様だ。そんな人が、どうしてこんな時間に1人で食事をしているのだろう。


 「アヴァロン、一人なのであれば共に食事をしないか。大親友ができたから、お前に紹介しよう」


 アヴァロン=ヴィラが座っているテーブルに近づいたキール=ロジャースは、こちらに聞こえるほどの大きな声で彼女に話しかけている。

 大親友とは、もしかしてアクルの事だろうか。ちらり、と、ローワンがアクルの方を見てみると、何知らぬ顔をしてカウンターで料理を注文していた。

 聞こえていないのか、もしくは聞こえていないフリをしているのか。


 キール=ロジャースがいる方向へ視線を戻してみると、どうやらアヴァロン=ヴィラには断られてしまったらしい。少し怒ったような顔をして、空になった食器がのったトレーを持って、こちらに歩いてきている彼女がいた。


 そうだ、アヴァロン=ヴィラとは、これからしばらく同じ部屋で生活するのだ。できれば、今のうちに挨拶だけでもしておいた方が良いだろう。

 正直気は進まないが、個室の中で話しかけるより、顔見知りらしいエクターがいる前で話しかけた方がきっとマシなはずだ。


 「あ、あの。」


 食器を返却台に返し、食堂から出るためローワンの傍を通ったアヴァロン=ヴィラに、声をかける。

 彼女に向け片手をあげたエクターを、視界に捉えていたらしいアヴァロンは、隣にいるローワンを見ると口を結び、先ほどよりも冷たい表情になった。


 「えっと、アヴァロン=ヴィラ公爵令嬢ですよね。ローワン=バークレイです。あなたと、同室の」


 両手を重ねるように前で握り、自分の中でできる限りの明るい声を出して話しかける。うまく笑えている自信はないが、これがローワンにできる最上級のコミュニケーションだ。


 「・・・どうも」


 氷のように冷たい表情を崩さないまま、ローワンの姿を上から下まで、視線のみで観察したアヴァロン=ヴィラ。

 彼女は非常に小さな声でローワンに返答すると、長い緑が混じったブロンドの髪をひるがえし、食堂から出て行ってしまった。


 伯爵令嬢とはいっても、10年もメイドをしていたローワンなのだ。何か気に障ることをしてしまったに違いない。

 いくら同級生だからといって、目上の人に気軽に話かけてはいけなかったのだろうか。ケイやエクターがあまりにも気楽に話をしてくれるものだから、ローワンは何か勘違いをしていたのかもしれない。

 


 おろおろと、先ほどの自分の言動を大いに後悔しながらヴィラ公爵令嬢が去った方を見つめていると、ポンと、肩の上に誰かの手が置かれた。


 「ローワン。気にしなくていいよ、アヴァロンは極度の人見知りなんだ」


 「で、でも。何か失礼をしてしまったんじゃ」


 「大丈夫。あれは照れてるだけだから。」


 ね?だから早く注文を済ませよう。とにこやかに言うエクターに肩を押され、後ろ髪引かれる思いのローワンは注文の列に並んだ。

 とりあえず、今晩寮の部屋に帰ったら一番に謝ろう。お茶を入れて、話を・・あ、いや、でも。気に入らない人に注がれたお茶なんて飲みたくないかもしれない。それなら、えっと、


 「ローワン=バークレイ。後ろが詰まっている。早くしろ」


 「あ。すみません」


 列に並びながらも、悶々と先ほどのことを考えていたローワンは、いつの間にか後ろに来ていたキール=ロジャースに怒られてしまった。




 「えーっと、じゃあ改めて。こっちが奨学生のアルで、こっちが伯爵令嬢のローワンね。俺の母親とローワンの母親が知り合いで、二人とはアカデミーに来る前から仲が良かったんだ。」


 「アルはチェンバレン領出身なんだってね。それでケイとは仲がいいんだね」


 「平民の身分から俺と張り合うほどの実力を身に着けるなど、素晴らしいことだ。魔法はどのように学んだのだ」


 「適当に」

 

 「キール、その話は長くなりそうだから後でアルと二人きりの時にしてくれ」


 「それもそうだな。アル、夜通し語り合おう」


 「次はこちらだね。私はエクター=ブリテン。一応モルボーデン王国の第一王子だ。そして、こちらがキール。私たちは幼馴染なんだよ」


 「キール=ロジャースだ。父上は騎士団を率いているロジャース公爵だ。ケイ、お前がまさかあのカイ=チェンバレンの弟だとは。全く似ていない」


 10人は横に並んで座れそうな長テーブルに、カウンターで受け取った昼食を持ったローワン達5人は向い合って座っていた。

 ケイを真ん中にして、左右にローワンとアクル。そして反対側にはエクターとキール=ロジャース。


 各々自己紹介をした方がいいんじゃ?と言ったケイの発案で、改めてお互いのことを紹介することにした。

 エクターとキールは、先ほどローワンが失礼をしてしまったらしいアヴァロン=ヴィラと、もう一人の公爵家令息のアッシュ=グレイとは幼馴染なのだそうだ。


 「キールはえらくカイ兄さんのことを嫌ってたように見えたけど、何したの?」


 「何をというほどではない。実力があるくせに、度々警備隊や他の騎士団員と喧嘩や乱闘を繰り返しているのだ。奴には騎士として必要な”慎み”が足りてない」


 「あぁ、それは、なんというか。ごめん」


 「お前が謝ることはない」


 ”慎み”といえば、アーサー王の冒険の中でも描かれていた騎士の理想像として重要視されるものだ。

 ”いかなる場合にも慎みの心を忘れてはならぬ。困っている人に対して、あわれみの心を持ち、施しを惜しまぬ寛大さとやさしい心で、人々を苦しみから守ってやるのだ。謙譲を心に留め、分別を持ち、慈悲の心を忘れるな。”


 果たしてこの目の前のキール=ロジャースが、そのような素晴らしい人間であるかどうかは今のローワンにはわからない。

 だがあの給仕係が絶賛していたことや、アクルに決闘を申し込んでいた様子を見る限り、そのような理想的な人物なのかはやや疑問が残るところだ。



 「ローワンは、何の授業を取るの?」

 

 非常に失礼なことを考えながら、柔らかく美味しいパンを食べていたローワンに、エクターが声をかけた。

 いつの間にか騎士団の話は終わり、別の話題になっていたらしい。半ば空気のようにその場にいたローワンは、突然話しかけられたことに驚いて、焦ってパンを飲み込んだ。


 「おいおい、大丈夫か。水でも飲む?」


 「だ、大丈夫。」


 ふわふわのパンは、口内の水分を全て持って行ってしまったらしい。のどにつっかえそうになっていたパンを、何とか胃の中に入れる。

 なんの授業を取るのか、か。確かに。今日の夜6時までに、今学期の授業を決めて提出しなければならない。まだ授業一覧の全てに目を通せたわけではないが、やっぱり。


 「魔法陣学と歴史学かな。あとは、錬金術とかの授業もあれば、とってみたいな」

 

 両親が研究していたという2つの科目に加え、ローワンは錬金術と呼ばれるものに興味を持っていた。

 実際、”錬金術”と呼ばれるのが何を指すのかはわからないが、伯爵様が所長をしている錬金術研究所からは、非常に素晴らしい魔石道具の数々が開発されている。


 自白剤などというローワンには思い出したくもないような薬も、アクルによると錬金術によるものだろうとのことだったが、まずは敵を知ることから始めるには、錬金術についても学んでおくのが良いだろう。


 「錬金術の授業は、アカデミーでは行われないぞ」


 「え、そうなの?」


 「錬金術は、我がモルボーデン王国が誇る最高技術だ。すべての知識や研究は、錬金術研究所で行われている。それらの知識がアカデミーに流出することは、ない」


 「でも、薬草学や魔石回路の研究についての授業はあるよね。錬金術ってそういうものの総称じゃないの?」


 「お前、伯爵令嬢なのに知らないのか。エクターと幼い頃友人だったのだろう」


 「え、」


 ローワンの発言に眉を顰めたキール=ロジャースは、信じられないようなものを見る目をしてこちらを見ている。

 伯爵様が錬金術研究所の所長にもかかわらず、あまりにも無知すぎたのだろうか。それにしては、なぜここでエクターの名前が出てくるのだろう。


 「キール。ローワンは長い間眠っていたんだ。過去に私が王子であると名乗ることもなかったし、仕方ないよ」


 「どういう事?」


 王子であることと、錬金術に何の関係があるのだろう。

 隣に座るケイやアクルの方を見てみると、ケイは何かを知ったような顔で肩をすくめているし、アクルは眉間に皺を寄せ険しい顔をしている。


 「貴族には周知の事実だしね。アルは知らないだろうけど、これから先一緒に過ごすことも多いと思うから、見せておくよ」


 そう言ったエクターは、テーブルの上に載せていた昼食のトレーを横によけ、自分の目の前にスペースを作った。


 「ラン、姿を見せてもいいよ」


 椅子に座っている自分のお腹あたりに声をかけたエクターは、テーブルを手でポンポンと叩いた。

 そして、今までは何もなかったはずのテーブルの上には、


 「あの時の猫!」

 

 真っ白で小さな猫がどこからともなく姿を現した。

 子猫のような大きさで、なぜか気品のある顔をしている目の前の猫は、確かに、ローワンが伯爵邸の裏の森で見かけた猫にそっくりだった。


 「アーサー王の装身具オーナメントの話は知ってるよね。」


 「うん。おとぎ話のでしょ」


 「そう、あれはおとぎ話だけど、その物語に出てくる装身具オーナメントは実在しているんだ。この猫は装身具オーナメントに宿る、思念体。そうだな、精霊のようなものなんだ」


 「え、」


 思念体。それに精霊のようなもの。

 どこかで聞いた表現だ。それは、確か。アクルが現れた夜に、自分で言っていたことだ。


 「とはいっても、彼女は本体ではないんだけどね。本体は、錬金術研究所にある王冠の近くにいて、この子猫はその分身さ。適合者である私が魔力を供給するために、こうして連れ歩いている」


 学校に王冠を被ってくるなんて、まさに権力が服着て歩いているようなものだろう。と、少し笑って言ったエクターの声は、ローワンには、どこか遠くに聞こえた。

 適合者、思念体、精霊のようなもの。間違いない、それはアクルから教えてもらった事と完全に一致する。


 もしかして、アクルは。


 「装身具オーナメントはそれぞれ不思議な力を使うことができてね。ランは錬金術を使うことができるんだ。金を生み出したり、現代の技術では困難な薬剤を生成したりね」


 「お前の義父である錬金術研究所では、ランの力を使って生み出した様々な技術の研究やその発展を行っている。その顔、知らなかったようだな」


 目の前の猫が、錬金術を使えるという事実より、エクターが言った数々の単語に気を取られていたローワンは、目を見開いて間抜けな顔をしてしまっていたらしい。

 キール=ロジャースの言葉によって、自分の顔に注目が集まっていることに気付いたローワンは、慌てて表情を戻した。


 ちらりと、ケイを挟んで向こう側に座るアクルの方を見てみると、表情を崩さないまま猫の方をじっと見つめているようだった。



 そして、そんな猫も、アクルの方をじっと見つめているような気がする。


 

 もしかして、アクルはアーサー王の装身具オーナメントと呼ばれるものなのだろうか。

 


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