Ep.30 主人公登場 後編
アクルやケイと一緒に講堂から外に出てくると、中庭には合格発表の時のような非常に大きな掲示板が置かれていた。
どうやらそこには入試の結果が張り出されているらしく、掲示板の前にはローワン達と同じ制服を着た生徒たちがたくさん群がっていた。
今年の全校生徒は212名で、全員の順位が張り出されている。
順位と名前の横には、筆記試験と実技試験の成績がそれぞれ10段階評価で示されているらしい。魔法の実技試験については、魔力量と魔力コントロール、瞬発力の3項目に分かれていた。
1位は先ほど演説をしていたキール=ロジャースだった。2位にはエクター王子の名前が並び、そして3位の場所に書かれていたのはアクルの名前だった。
「アル、3位だ!すごいね」
「3位だけど、魔力量以外は全部10じゃん。すげぇな」
「まぁ悪くない結果だ」
ローワンの順位は106位。40点満点中の評価は20点で、ちょうど順位も真ん中だ。
「見て、アル!私半分だよ!てっきり下から何番目かと思ってたのに!」
「ほぼ魔力量のおかげだがな」
「でも筆記は半分とれてるもーん」
「アルは意外と魔力量が少ないんだな。使ってる感じそうは見えなかったけど」
「貴族ではないからな、そこは致し方ない」
アクルの魔力量が少ないのは、指輪に蓄積していた、自身の魔力を使ったことが原因なのだそうだ。
普段のアクルは、ローワンの魔力を使っているのだが、入試の魔力測定には個人を識別するための作業も含まれているだろうからと言うことで、ローワンと同じ魔力にならないように気を使ったのだそうだ。
指輪の魔力は今でも枯渇している状態だと言っていたから、もう一度テストを受ければアクルが1位になるのではないだろうか。
「じゃ、結果も見れたことだし食堂行くか」
ケイの号令に合わせ、ローワンとアクルは続々と集まってくる生徒たちの脇を通り、掲示板前の人込みから抜けた。
今日は午後の授業はなく、数多くある授業の中から受講したい科目を選択し、提出する作業がある。
授業の中には、歴史学や魔法陣学などがあったので、ローワンはそれを取ろうと決めていた。
二人が亡くなる前に何かを調べていたのであれば、まずは両親がどのような研究をしていたのかを知るのが第一だ。それにお母様が天才魔術師と言われていたこともあり、実はローワンにもわずかに才能があったりしないのだろうか、と密かな期待も持っている。
どういう授業を取るか、ケイとアクルと話をしながら食堂へと足を進めていたその時。
後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「お前がアル=クインか」
背後から聞こえてきた声に、アル、ケイ、ローワンの3人が振り向くと、そこには。先程まで講堂で生徒に囲まれていたはずのキール=ロジャースの姿があった。
ドキリとしたローワンだったが、どうやらエクター王子は一緒ではないらしい。
そして、腕組みをして自信満々の様子のキール=ロージャースは、怪訝な顔をしているアクルの顔を真っすぐに指さし、こう言った。
「俺はキール=ロジャースだ。アル=クイン、俺と決闘しろ!」
「は?」
「あの入試結果、素晴らしい!ぜひ手合わせ願いたい。」
「断る」
「そう言うな、先ほど学長も友情を育むようにとおっしゃっていただろう。今日がその第一歩だ!」
「お、い、何をっ」
現れるや否や、矢継ぎ早にそう言ったキール=ロジャースは、”今日がその第一歩だ!”と言うセリフと共にアクルの腕をガシリと掴んだ。
そして、呆然とした様子のアクルを連れて、ビリビリと小さな稲妻をほとばしらせて去って行ってしまった。
「ど、どうしようケイ!アルがさらわれちゃったよ!!」
「あー、うん。キールはこういうところあるから」
「え、キール=ロジャースと知り合いなの?」
「あ、いや。そういう噂を聞いたってだけ!ほら、カイ兄さんからさ」
二人が去っていった方を、なぜかやれやれと言う表情で見つめていたケイが言った。
確かに、カイさんは騎士団だし、騎士団長経由で息子であるキール=ロジャースの話を聞いたことがあったのかもしれない。
ケイの様子を見る限り、どうやらそこまで焦るほどのことではないようだが、一体どうすればいいのだろう。
おろおろと、二人が去っていった方角を見つめていると、講堂の方から、見覚えのあるプラチナブロンドの青年が、きょろきょろと周りを見渡しながら近づいてきているのが見えた。
「あ、エクター王子だ。キールを探してるんじゃないか」
ケイの声が聞こえたのだろうか、周囲を見渡していたはずのエクター王子がこちらに視線を向け、そしてローワンの頭の上あたりを視界に捉えると、小走りで近づいてきた。
なんだか嫌な予感がしたローワンは、どうにか隠れられないかケイの後ろにわずかに身体を隠す。
しかし、どうやらその小細工はもう遅かったらしい。
どこかふにゃりとした笑顔をしたエクター王子は、息を弾ませながらこちらに近づいてきていた。
「ローワン!やっぱり、生きていたんだな!」
「・・こ、こんにちは」
やっぱりエクター王子はローワンのことを知っているらしい。全く覚えがない人間に、親しみを込めて声をかけられるのは意外と良い気分ではないものだ。
たとえ、それが一国の王子で、そして超絶美形だとしても。
「伯爵邸で私が見かけたのは、やはり君だったのか。というか、よく見るとあの時の灰色髪のメイドじゃないか。どうして私が聞いたときに本当の事を言ってくれなかったんだ。」
「・・えっと。その、、、」
本当の事を言わなかったのは、あなたがお探しの赤い髪の女性が自分だと思わなかったからです!とはっきりと声に出したいローワンだった。しかし、やや高揚したように、キラキラした笑顔で話しかけてくるこの国の王子に対してそれを言うのは、ローワンには至難の業だ。
「あの、エクター王子。お話中すみません。僕たちの友人がキール様に攫われてしまいまして、できれば早く探しに行きたいんですが」
ケイの後ろで、迫りくるエクター王子に何を言えばよいのか、もじもじしていたローワンにケイが助け舟を出してくれた。
「・・キールが?あぁ。と言うことは君たちの友人はアル=クインだね。先ほど、自分より優秀な奨学生がいると聞いて飛び出していったから」
「どこにいるかご存じでしょうか?」
「多分訓練場じゃないかな。一緒に行こう、私もキールに用があるんだ」
ケイの機転で、どうにかエクター王子から逃げられれば、と思っていたローワンだったが、それは無理だったらしい。
非常に親しみやすい雰囲気のエクター王子は、ローワンとケイに着いてくるように促し、訓練場があるという方向を指さして歩き始めた。
「ところで、君は?私はエクター=ブリテンだ。一応この国の王子ということにはなっているが、同じ学生だから、気楽に話してくれ。エクターと呼んでもらえると嬉しい」
「チェンバレン男爵三男の、ケイ=チェンバレンです。えっと、じゃあお言葉に甘えて。エクター、俺もケイって呼んで」
「よろしく、ケイ。チェンバレンと言えば、先々月魔石泥棒を捕まえたそうだね。父上が褒めていたよ。」
できる限りエクター王子の視界に入らないように、ケイを盾にしておどおどと歩くローワンとは違い、ケイは非常に人当たりが良いようだ。
確かに、王都までの馬車の中でもすぐに打ち解けることができたし、ケイの親しみやすさは王族相手でも変わらないらしい。
ちらりと、ケイの陰に隠れて気配を消しているローワンに視線を向けたエクター王子は、怖がらせてしまったかな。と眉を下げていた。
王子と言うことで無条件で恐縮していたが、どうやらエクター王子は悪い人ではなさそうだ。彼の困ったような顔に、逃げようとしていたローワンは申し訳なさを感じ始めていた。
きっと、アクルがこの場に居れば、警戒心のないやつめ。と言うお決まりのセリフを言っていたに違いない。
訓練場へと向かって歩く数分の間に、ケイとエクター王子は、他愛もない話をしてすっかり打ち解けたようだ。どんな授業を取るかであったり、王族って普段何食べてるの?であったり。
ケイの距離を詰めるスピードの早さに、エクター王子も少し面食らっていたようだが、先ほど女子生徒たちに向けていた綺麗な笑顔とは違った、やわらかい表情で笑ったりと、どこか嬉しそうだった。
「あぁ、やはりここにいたようだ」
校舎と男子寮を抜けた先に、一際開けた場所が現れた。
アカデミーでは、魔法の実技や剣の授業があるらしい。ここは、それらの自主練習用に用意された訓練場で、空いていれば生徒は自由に使えるらしい。
ほとんどの生徒が食堂に向かっているであろう時間に、このような奥の場所に人がいるわけもなく。だたっぴろい訓練場で向き合っている、アクルとキール=ロジャースの姿が見えた。
どこから取り出したのか、キール=ロジャースは剣を握りつつ、片手で雷の魔法を繰り出しており、アクルは呆れた表情で魔法を使い、キール=ロジャースの攻撃を避けているようだ。
「キール!ちゃんと手合わせの許可はとったのか」
「当然だ!」
「いやいや、お前突然攻撃してきただろう!」
訓練場の入口に着いたエクター王子は、キール=ロジャースに向けて声を張って呼びかけた。
キール=ロジャースは、エクター王子の呼びかけに答えつつもアクルへの攻撃をやめない。
おそらく雷の魔法を使って、猛スピードでアクルをこの訓練場に連れてきた後、突然キール=ロジャースが攻撃を仕掛け、それをアクルが避けている状況なのだろう。
雷と風の相性は良くないそうだから、剣の攻撃も合わさってアクルが逃げそびれているに違いない。
「うーん。こうなると長いからね。巻き添えを食らっても危ないし、上のベンチで座って待っていようか。私がどこかで適当に止めるから」
「あ、俺近くで見たいからここにいるわ」
「わかった。じゃあ、ローワン君は私と一緒に上に行こう」
「え、」
アクルとキール=ロジャースの攻防を興味津々に見つめていたケイは、どうやらこれ以上ローワンの盾にはなってくれないらしい。
エクター王子と二人きり?それをするくらいであれば、怪我を覚悟してでも、アクルとキール=ロジャースの戦いを止めた方がマシではないだろうか。
身勝手ながらケイに裏切られたような気持ちになったローワンだったが、ふるふると首を振り、一つ息を吐いて自分に喝を入れた。
そうだ。アカデミーに入った以上、自立しなければならない。
短くはない学生生活だ。これから先、自分一人でもなんとかしなければならない場面は増えてくるだろう。
理由はわからないが、エクター王子は過去のローワンを知っていそうな人だ。何か情報を聞けるかもしれないし、話を聞いてみよう。




