Ep.29 アカデミー初日 後編
「カイ兄さん、ローワンのこと頼んだよ」
馬車からカイ兄さんに向けて声をかけると、ローワンを前に乗せたカイ兄さんはひらひらと手を振りながらアカデミーの方向へと馬を走らせていった。
大丈夫かなぁ。昨日の出来事を見る限り戦闘力の心配はしてないけど、ローワンと会話が持つんだろうか。
門の前に吊るされた警備隊を見ていたローワンの、ギョッとした顔が忘れられない。
やっぱり驚くよな。こっちの世界では、これが日常茶飯事なのかと思ってドキドキしてたけど、ローワンの表情を見る限りそうでもないらしい。ちょっと安心した。
「心配?」
カイ兄さんたちが走り去った方を、馬車の窓からしばらく無言で見つめていたアルに声をかける。
アルと二人っきりになるの初めてなんだよな。アヴニールが言っていたことも気になるし、実はちょっと緊張してる。
「いや、問題ない。」
窓から視線を外し、俺の向かい側の席で姿勢を正したアルが、わずかに首を振りながらそう言った。
めちゃめちゃ心配なくせに、平気なフリしちゃって。
本当にこの二人はどういう関係なんだろう。
チェンバレン領で初めて会ってから、ずっとこの二人の様子を見ていたが、明らかにただの友人ではなさそうだった。ローワンは異常なまでにアルを信用しているし、アルはローワンをかなり気にかけているようだった。
アルの視線は、いつだってローワンを追いかけているし、彼女が楽しそうにしているのを見れば、表情に変化がないアルの顔もわずかにほころぶ。
まるで、恋人同士か、もしくは兄妹のような。
アヴニールはアルに注意しろと言っていたが、この数週間見ていたところ、アルは賢くて、ローワンの保護者替わりをしているだけの、ただの青年のように見えた。
時折、何かを考えこむように黙り込んでしまうことはあるが、ローワンも信頼を寄せているようだし、特に危険な人物には見えない。
昨晩、10日以上ぶりに姿を見せたアヴニールをとっ捕まえて、アルについて他に気になることはないのか聞いてみたが、お得意のだんまりを続けていた。
逃走を続けるようなら、このモノクルを捨てるからな。と言ってみたところ、おとなしくヘッドホンの姿に戻ったので、致し方なく再び首に装着することにした。
この世界では浮いているが、背に腹は代えられない。これ以上カラスの姿でどこかに行かれてはたまらない。
俺が今、この世界で頼れるのはこいつだけなのだ。まぁ全然役に立たないんだけど。
「そのイヤーマフラー。大事なもののようだが、どういう理由か聞いても?」
ゴトゴトと馬車が道を進む音だけが響いていた馬車内で、突然アルが声を発した。
「えっと、森で拾ったんだ。なんか変に身体に馴染んで、手放せないんだよね」
ちょうどアヴニールのことを考えていたので、思考を読まれたのかと焦った俺の口がぺらぺらと話し出す。
俺の馬鹿。もう少しマシな言い訳あっただろう。貴族の子供が森で拾ったイヤーマフラーをつけてるなんて変すぎる。
鋭いアルは、やはり俺の発言が気に入らなかったのだろうか。腕組みをして、じっと、アヴニールを見つめている。
「そのイヤーマフラーからは魔力を感じる。魔石道具ではないかと思ったのだが」
「いや!そんなことはない!これは、ただの、何の変哲もないボロいイヤーマフラーだよ!」
あぁ、なんか俺今どんどん墓穴を掘ってしまっている気がする。おとなしく、森で拾った不思議道具だ、とでも言った方が良かったんじゃないだろうか。
絶対に、アヴニールに話しかけているところをアルに見られないようにしないと。
「そうか。思い違いだったかもしれない。気にしないでくれ」
微妙に納得していなさそうな顔だが、俺があまりにも狼狽えているので気を使ってくれたのだろうか。幸いなことに、アルはこれ以上追及してくることはなさそうだった。
馬車の窓に視線をやった俺は、アルに気付かれないようにホッと、小さく息を吐いた。
「そういえば、俺もアルに聞きたいことがあったんだけど」
「なんだ」
そうだ、この機会だから思い切って聞いてみよう。
アルとローワンの二人を見ていて、ずっと気になっていたことがある。
アーサー王の秘宝の中には、俺イチオシのキール=ロジャース以外に、4人のメインキャラクターが登場する。
皆、それぞれにアーサー王の秘宝を持っていて、動物の姿を模したその秘宝の力を借りて、不思議な力を使うことができる。
キールの持っている秘宝はピアス。黒いドラゴンの姿をしていて、天候の力を扱うことができる。
そして二人目は第一王子のエクター。白い猫の姿をした、錬金術を扱うことができる王冠の持ち主だ。
それから、オオカミの姿をした地のネックレスを持っているアッシュに、妖精の姿をした癒しのブレスレットを持っているアヴァロン。
そして最後の一人は、物語のキーパーソンと言われている、ノア=ウィリアムズだ。
俺が見た限りでは、まだどんな能力を持っているのかや、どんな姿をしているのかは言及されていなかったが、アーサー王の秘宝と思われる指輪の持ち主。
確かチェンバレン領出身の平民で、ローワンによく似た顔のブラウンの髪に、青い目をした16歳の少女。
俺の記憶の限りでは、アカデミー入試の最終回で奨学生として合格したのはノアのはずだった。
毎回の入試では、その回で成績が最もよかった一人だけが奨学生になることができる。王歴2025年入学の奨学生は、辞退したキールを除くと全部で4人のはずだが、”アル=クイン”というキャラはいなかったと思う。
転移魔法陣のこともそうだが、今俺がいるこの世界は、何故か俺が知っている”アーサー王の秘宝”の世界と少しずつ食い違っている。
ノアによく似た顔のローワンと一緒にいて、そしてノアの代わりに奨学生として入学することになっているアル。それに、アヴニールが言っていた”似た魔力”と言う言葉も気になる。
アヴニールがアーサー王の秘宝と呼ばれているものと同じなのかは、だんまりを続けるこのカラスから聞けていないが、もしかするとアルはノア=ウィリアムズの代わりのキャラで、そして指輪を持っているのではないだろうか。
理由はわからないが、俺がこの世界に来たことで、何かの手違いでちょっとズレちゃったみたいな。
「あのさ、銀色の指輪とか、持ってない?表面にツタの模様が彫ってある」
気楽に聞いた質問だったが、なぜかアルはわずかに目を見開き、やがて顔がだんだんと険しくなっていく。
そして、気分が悪そうに眉を顰め、先ほどよりも低い声で答えた。
「・・・持っていないが。何故そんなことを聞くんだ?」
何故って。それは、アニメで見た情報からの推測だけど。・・・いや、やっぱりこんなこと聞かなきゃよかった。
何故だろうか、どこか馬車の中に緊迫した空気が流れているような気がする。
「い、いや!何となく!アルはかっこいいからさ!そういうおしゃれなものとかもってそうだなーって、ただそれだけ」
「それにしては、やけに具体的な表現だったが」
まずい、完全に怪しさマックスじゃないか。正面で俺を見つめるアルの目が、次第に不機嫌を表すように細められていく。
王都へ来る時の馬車で、ノア=ウィリアムズについて知らないか?と尋ねた時のような、重苦しい空気が流れている。
「いやー。あはは。・・・あ、もうすぐアカデミーだな!外を見てみろよ!」
自分でもずいぶん無理がある話題転換だったが、俺の話よりも興味を引くものが外にあったのだろうか。
アルはこの話について、これ以上話を膨らませるつもりはないようだ。助かった。
「やはり、正門前に警備隊がいるようだな」
窓を開き顔を出して外を見てみると、アカデミー正門の前には、警備隊の制服を着た複数の男の姿が見えた。
門の内側には、入試の日に見たアカデミーの職員らしき人たちがいて、何か揉めているらしい。
「あなたたち、ここがどこだかわかっているの?髪の毛一本でも敷地内に入ってみなさい。即首まで切り落としてやるから」
職員の女性が、警備隊に向けて声を張り上げている。
現代日本でも、大学に警察が入れないとかいろいろあるけど、このミドルアース魔法学校も、立ち位置的には実に近代的な学校だ。
設立当時から王権や教会からの干渉を受けていないそうだけど、ラーレ=リンデンが学長になったこの数十年でさらに力を強めているらしい。
それもあって、”アーサー王の秘宝”の中でも、度々騎士団含む貴族や警備隊と、アカデミーが対立している様子が描かれていた。
「リーダー!チェンバレン男爵家の馬車が来ます!」
どこか野次馬のような気持ちで、正門での言い合いを見つめていた俺だったが、警備隊の男の声でハッと我に返った。今日はカイ=チェンバレンもいないはずだ!と言いながら、ずんずんと近寄ってくる警備隊の男複数人。
昨日の男たちもそうだったけど。カイ兄さんは一体警備隊に何をしたんだろう。何故だか、すごく恐れられているような気がする。
「中を検めさせてもらおう」
窓際に近づいてきた警備隊の男が、俺の前で鼻を鳴らしている。
「はいはい、好きに見なよ」
むさくるしい男がどやどやと馬車に近づいてい来たので、ドアを開けて中を見せてやる。どうせローワンを探しているんだろうが、ここにはいないから気が済むまで見られても構わない。
むしろローワンが敷地内に入るまでの間、ここで引き付けておくのが俺たちの役目だ。
どけ!と言いながら、俺たちに馬車から降りるよう命令した警備隊の男たちは、座席の下をのぞき込んだり、荷物置きを乱暴に開けたり。
ごそごそと、警備隊の男たちが俺の方にケツを向けて車内荒らしをしているのを、早く終わらないかなーと見ていた時。
アルが急に正門の方を振り返った。
「どうした?」
「あいつの声が聞こえたような」
あいつ?それはローワンのことだろうか。
アルが見つめる方向を俺も目を凝らすように見てみると、奥の方から豆鉄砲のように飛んでくる、小さな人影が見えた。
「あの、馬鹿!」
そして、その人影から、赤い髪がちらりと見えた瞬間。
パチンと、指をはじくような小さな音が聞こえ、轟音と共にアルが目の前から消えた。
「あ、おい!アル!」
猛烈な風に、思わず目をつぶってしまった俺が、急いでアルが向かって行ったであろう方向を見ると。アカデミーの敷地の中に、折り重なるようにして倒れているアルとローワンの姿があった。
どうやら、向こうから飛んできていたのはローワンで、どういうわけかわからないが、アルはそんなローワンの下敷きになっているようだった。
さっきの風はアルの魔法だったのか。加速の魔法でも使ったんだろうか。
「ん?あいつさっき、呪文唱えたか?」
魔法を使うには、必ず呪文を唱えなければならない。呪文なしで魔法を使えるのは、秘宝たちだけだ。
でもアルがさっき使ってたのは風の魔法だ。風なら、もうキールが天候の力を持っているし、俺が聞きそびれただけか?
まぁいい。とりあえず、あの二人の元に行かないと。
「おいおい、二人とも大丈夫か?」
門の前にできている人だかりを抜け、アルの上に圧し掛かるように倒れているローワンに手を貸す。
どうやらアルは、落下してくるローワンのクッション代わりになったようだ。落下してくる人間を受け止めるなんて、すごい度胸だなこいつ。
何があったのかはわからないが、これでローワンも無事敷地内に入ることができたらしい。とりあえず一安心だな。
そういや、カイ兄さんはどこに行ったんだ?
くるりと敷地の外を見渡していると、ギャーギャーと騒いでいる警備隊に対し、どこから現れたのか、カイ兄さんが何か魔法をぶつけている。
魔法や剣の腕が認められないと入団できない騎士団に対し、それになり損ねた者達が集まると言われている警備隊。何となく上下関係が見え隠れするが、カイ兄さんと警備隊のあれは、多分だけどそういうのじゃない気がする。
あの人たちも門の前に吊るされちゃうのかなーと、カイ兄さんと警備隊のやり取りを見ていると、カイ兄さんがこちらにパチンとウィンクをしてきた。
これは、多分さっさと行けって意味だな。
自分の所為でもめているのが気になるのか、正門の方を気にしているローワンの肩を押すアルと共に、とりあえず前に歩くように促す。
あの人と兄弟だと思われると俺にも不幸が及ぶ気がする。だからとりあえず早くこの場から逃げよう。
後ろを気にするローワンに早くしろと言いながら、新入生の受付に向けて歩みを進めていると、
「お前たち、ここで何をしているんだ」
背後から、凛とした声が響いた。




