表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/57

Ep.28 チェンバレン男爵邸 後編


 「あれ、ケイは?」


 「先ほど執事長と一緒にどこかへ出て行ったぞ」


 「何かあったのかな」


 「・・・どうだかな」

 

 目を細めて、ケイが消えていったと思われる方向を見ているアクルを横目に、ローワンは内庭のベンチにドサリと腰かけ、汗を拭いていた。

 

 ローワンとアクルが、チェンバレン男爵邸に来て今日で12日。

 入試が終わってからも、魔法の修行だけは毎日続けていた。今特に注力しているのは、防御の魔法だ。


 風の魔法型は弱点が多く、対人戦闘には向いていない。しかしうまく使えば非常に有用な魔法らしい。風の膜で落下時の衝撃を抑えたり、剣や弓を跳ね返したり、攻撃してくる人を風で吹き飛ばしたり。

 強いダメージを与えることはできないが、警備隊のような魔法を使わない人との戦闘で、逃げる時間を稼ぐにはもってこいだそうだ。


 「・・・誰かこちらに来るぞ」


 アクルの声に、ローワンも急いで邸宅の方に視線を向けてみると、見慣れない男性がこちらに歩いてくるのが見えた。どうやらケイも一緒にいるようで、小走りで男性を追いかけているようにも見える。


 首元を寛げた白いシャツに紺のパンツを履いた、薄いブロンドの髪に紫の目をした若い男性のようだ。どこかで見たことがあるような気がするけど、誰だろう。


 ずんずんと足早にこちらに近づいてきた男性が、ローワンの姿をしっかりと捉えた。


 「君が、ローワン=バークレイ?」


 距離を詰め、突然名前を呼んできた見知らぬ男性の登場に、ローワンの身体が強張る。まさか、伯爵様の命で私を捕まえに来た人とかだろうか。

 じりじりと後ずさるローワンを見たアクルが、庇うような体制で二人の間に入ってくれた。


 「ちょ、ちょっとカイ兄さん。いきなり何なんだよ」


 男性の少し後ろを小走りで追いかけてきていたケイが、肩で息をしながら合流した。


 「母さんからの手紙を見て、多分うちにいるだろうと思って来てみたんだが。赤い髪、確かに本物っぽいな」


 カイ兄さんと呼ばれた男性は、よく見ると、貴族名鑑で見たカイ=チェンバレンにそっくりだった。ケイとはあまり似ていなくて、儚げな雰囲気や透明感に、カマラ夫人の面影を感じる。

 カイ=チェンバレンは、アクルの後ろに隠れたローワンの姿を、上から下まで観察するようにじっくりと見つめている。


 「はぁ、せめて連絡してよ。ローワンをどこかに連行するために来たのかと思ったじゃんか。二人とも、次男のカイ兄さんだ。普段は王都の騎士団で働いてる。カイ兄さん、こちらはローワンと友達のアルだよ」


 おでこに手を当て、安心するように大きく息を吐いたケイが、ローワンとアクルにお兄さんを紹介してくれた。

 カイさんは妖美な笑顔と共に、ローワンの前に立つアクルに向けて手を差し出している。


 「カイだ。よろしく」


 「どうも。」

 

 「・・・よろしく、お願いします。」


 アクルと握手をした後にこちらに向けて差し出された手を、ローワンはおずおずと握った。

 ケイやカマラ夫人とはかなり違う雰囲気の人だ。なんというか、怖いというか、底が知れないというか。

 

 「で、気になることって何なの。ローワンがうちにいるか確かめに来ただけ?」


 「10年前に死んだはずのローワン=バークレイがアカデミーに入学するってことで、王都は今大騒ぎだ。それで、一度見てみたかったってのもあるが。ケイ、母さんにこの子がうちにいる事知らせたか?」


 「いや、まだだけど。」


 ローワンは、チェンバレン男爵邸に着いてすぐ、カマラ夫人宛に、お礼と入試結果の報告の手紙を書こうとしていた。

 しかし、アクルから入学後にした方が良いと止められていたのだ。居場所を知られる可能性もあり、カマラ夫人にも迷惑が掛かるかもしれないからとのことだった。 


 「よくやった。どうやら貴族の誰かが、血眼になってこの子の居場所を探しているらしい。秘密裏に手紙の検閲も入っているらしいから、お前の筆不精に救われたな。」


 淡々と言ったカイさんの話に、ローワンはぶるりと震え、目の前に立つアクルの服の袖をぎゅっと握りしめた。

 やっぱり、伯爵様が私のことを探しているんだわ。


 「貴族って誰?」


 「十中八九バークレイ伯爵だろう。伯爵は義娘を心配している体を装っているが、それにしては王都中の警備隊の出動に検閲と、捜索の力の入れようが尋常じゃない」


 「彼女が生きていた理由については、なんと説明されているんですか」

 

 「植物人間状態で10年間意識が戻らず、死んだと思われていたが奇跡的に意識が戻ったと。そして、錯乱状態で家を出て行ってしまったから、見つけ次第保護してほしいとのことだ。」


 カイさんが説明した情報に対して、”ローワンが何を言ったとしても、正気じゃないと片付けるつもりだな”。とアクルが呟いた。

 

 「で、ホントのところどうなの?10年寝てたにしては元気そうだけど」


 アクルの後ろに隠れるローワンに対し、カイさんが覗き込むようにこちらに声をかけてきた。

 カイさんは、ケイやカマラ夫人とは違い、ローワンのことを心配しているというよりも、単純にこの不思議な事象に対して興味がある。と言った風だ。

 

 「・・・私は、ずっとバークレイ伯爵家に居ました。メイドとして、働いていて」


 「なるほどね。」


 じゃあやっぱり伯爵が言っていることが嘘なんだな。とうんうん頷くようにカイさんは言った。


 「伯爵の発言を疑っている人は居ないのでしょうか。10年も寝ていた人間が、アカデミーの試験に合格できるというのはにわかに信じ難い話だと思いますし。」


 「うーん、ゼロではないのは確かだ。ただ、バークレイ伯爵は錬金術研究所の所長だからな。ブリテン王家と錬金術研究所は切っても切り離せない関係だし、早い話が王のお気に入りなのさ」

 

 「だから、異議を唱える人もいない、と」


 なるほどね。と、肩をすくめて言ったケイの言葉に、ローワンは再びアクルの袖を握りしめて俯いた。

 やっぱり、自分がここにいるだけで、チェンバレン男爵家にとても迷惑をかけてしまっているに違いない。もう遅いかもしれないが、それでも。


 「・・・あの、やっぱり私たち」


 追手が来る前に、一刻も早くチェンバレン男爵家から出て行こう。そう思ったローワンが、唇をグッと噛みしめ、思い切って前を向くと。


 「わ、な、なんですか」


 ローワンの顔の目の前に、こちらを観察するように見つめるカイさんの顔があった。

 びっくりした。この人、よく見たらアクルやエクター王子に負けないくらいの美形だわ。あまり見慣れない、紫色の瞳が、どこかエキゾチックな魅力を放っている。


 うろたえるローワンを見て眉をひそめたアクルが、ローワンの両肩を掴んでグッと後ろに押し、カイさんから距離を取ってくれた。


 「君、バークレイ伯爵に全然似てないね」


 「え、」


 「ちょっと、カイ兄さん距離感近すぎ。離れて離れて」

 

 ローワンの顔を至近距離で見つめていたカイさんが、気のせいだろうか、なぜか少し楽しそうな声でつぶやいた。

 この人のペースに流されちゃだめだ。ちゃんと、はっきりと言わなきゃ。


 「あの。私たち、やっぱりこの屋敷を出て行きます。幸いなことにアカデミーは明日からだし、1日くらいなら」


 「ローワン!何言ってんだよ!ダメだって」


 「でも、これ以上チェンバレン男爵家に迷惑かけられないもの。もし、私を匿っていることが分かったら」


 「あぁ、その心配なら無用だよ。今更だから。」

 

 「え?」


 今更だからとは。それは一体、どういう意味だろう。

 ケイやアクルと顔を見合わせていたローワンに対し、バサリと、脇に持っていた騎士団の制服らしい上着を羽織ったカイさんが、自分の後をついてくるように促した。

 

 詳しいことは見ればわかるから、と。

 



 ☆

 「えっと、ここだな」


 長い足を存分に使って、大股で歩くカイさんの後ろを小走りでついてきたアクル、ケイ、ローワンの3人は、内庭を通ってチェンバレン男爵邸の中にいた。


 男爵家のどこを歩いてもらっても構わないとケイから教えてもらっていたが、ローワン達がたどり着いたのは、初めてくる場所だった。

 そこは屋敷の隅にある、使用人が使うような掃除具が置いてある倉庫だった。


 「こんなところに何があるわけ?」


 「ま、見てな」


 4人が過ごすにはにはあまりに狭すぎるスペースに入り、倒れてくる帚を手で押さえながら、不満そうな声でケイが言う。

 ごそごそと、バケツなどが収納されている棚を壁から離したカイさんは、隣にいたケイにランプを手渡し、壁を照らすように言った。


 ケイが持つランプによって照らされた壁には、一部壁が窪んでいるところがあり、そこには、波から飛び跳ねたイルカと、その周辺をきらきらとした飛沫が舞っているような模様が彫られていた。


 「なにこれ?」

 

 「・・・魔力の鍵だ」


 「お、よく知ってるね。あたり」


 アクルの呟きに対して軽い声で返答したカイさんは、手のひらをその模様にあて、風で形を作っていく。

 そして壁の模様に合わせ複雑に形作られた風は、やがて壁の窪みににピタリとはまり、わずかな紫色の光を放った。


 すると、


 イルカの模様が描かれていた倉庫の壁はズズっと、奥に向けて動き始めた。


 「うぉ、なんだこれ」


 動いた壁を、カイさんが軽く押した先にあったのは、大きな空間だった。

 高い天井に、小さく取り付けられた窓からわずかに光が漏れ、部屋全体を照らしている。全体が石の壁で囲まれており、地面に至るまで無機質な印象だ。


 そして、部屋の床には、今までに見たことがないほどの巨大な魔法陣が描かれていた。

  

 「これは、、?」


 「転移魔法陣だよ」


 「え!!カイ兄さん、そんなもんないって言ってたじゃん!」


 「ないさ。”公式”にはな。っても、これは人を移動させられるような強力なもんじゃないけど」


 人が縦に3人並べそうな広さの正方形の部屋に、地面いっぱいに様々な記号や文字が入った魔法陣が描かれている。

 ローワンの理解の及ぶ範囲でも、古代文字や現代文字、何かの数式など、複数の情報が絡み合うように描かれている、非常に複雑な魔法陣であることが分かる。


 「これは、お母様が?」


 「あぁ。うちの母さん曰く、生前アリシャ教授が書いた、こことチェンバレン領のうちの家を繋いだ転移魔法陣らしい。実験段階のもので、まだ小さな紙きれを飛ばすことができる程度らしいけど」


 カマラ夫人は、転移魔法陣に使うための座標を測るために、何度も何度もしつこくお母様に手伝わされたと言っていた。きっと、この魔法陣もそうだったのだろう。

 ちらりと、横を見れば、床に書かれた魔法陣に手で触れながら、真剣な目で見ているアクルの姿があった。きっと魔法陣の中身を解析しようとしているのだろう。


 「で、今更っていうのはこれのこと?」


 「そ。これは、アリシャ教授の死後10年以上たった今でも実現できていない技術の塊だ。これを隠していたことが見つかれば、それだけで俺達一家は反逆者扱いでもされて終わりさ。だから、もうローワン嬢を匿ってようとなんだろうと、今更ってわけ。むしろこっちの方がよっぽどやばいし」


 「・・・どうして、そこまでしてくれるんですか」


 カマラ夫人は、月の家のことも、その地面に隠された人間が転移できる転移魔法陣のことも黙っていてくれた。きっと、お母様の研究はとても有用なものだ。

 ローワンには詳しくはわからないが、これらの魔法陣を解析することで、今の転移魔法陣に関する研究を大きく前進させることができるに違いない。


 「半分以上は母さんのアリシャ教授への友情とかが理由だろうが、残りはやっぱり危険だからだろうな。」


 「危険?実験段階だから、転移の途中で身体が分解するかもしれないとかそういうあれ?」

 

 「違う。転移魔法陣は正しく使えば非常に便利だが、一方ではとても危険なものなんだ。座標さえわかれば、魔法陣を書けばどこにでも行けるらしいからな。例えば、隣国の王宮の中に座標を設定してみろ」


 「・・・暗殺とか、超簡単にできそう」


 「そ。そんなことが頻繁に起きれば、きっと大陸は大混乱になる。正しく使えるように整備されるまで、世に出さない。そういうことも研究者には必要なことなのさ。」


 アクルが、お母様の研究室に残されていた本には、そういう、便利だけどとても危険な魔法陣がたくさん載っていたと言っていた。

 給仕係の姿に変化した魔法陣も、魔力を鍵にするような仕組みを簡単に通り抜けることができるとも。仮に、ローワンの姿に誰かが変化していたとすれば、月の家の魔法陣や、地下室の右側の部屋にも入れてしまっていたのだろうか。

 

 「アリシャ教授は、そういう魔法陣を正しく使う活動にも非常に力を入れていたらしい。それで度々貴族連中とは対立していたと聞いた。ちなみに、一番激しく対立してたのはどこだかわかるか?」


 「・・・ブリテン王家ですね」


 「あたり。よく知ってるな」


 アクルが言った言葉に、ローワンは目を見開いた。

 なんだか、だんだんと話の規模が大きくなってきている気がする。

 

 「アリシャ教授の魔法陣の力を独占して国力を上げたい王家に対し、大陸全体の繁栄に使いたいと言ったアリシャ教授含むアカデミーの間で、度々衝突を起こしていたそうだ。そういう背景もあって、確かブリテン王家から、エクター王子とローワン嬢の婚約話を打診されていたって聞いたけど」


 「え、」


 カイさんの言葉に、さらに驚いたローワンはあんぐりと口を開けた。

 お母様の研究が、王家を巻き込んでそんなに凄いことになっているとは全然知らなかった。と、どこか他人事のように聞いていたローワンだったが、突然自分の名前が出てきて驚いた。

 エクター王子との婚約?そんなことになっていたとは、全く知らなかった。 


 アクルやケイもそこまでは知らなかったのか、微妙に眉をひそめた顔でローワンの方を見ている。

 どうせアクルのことだから、あんな美形とちんちくりんの私じゃ見合わないのでは、とか思っているに違いないわ。




 「さ、暗くなる話は置いておいて、これで母さんに手紙を送れるから。何か書いて魔力を込めてみな。限界は3cm四方らしいから、小さめでな」


 何かを考えこむようにして、それぞれ黙り込んでしまったケイ、アクル、ローワンの空気を変えるように、パチンと手を叩いたカイさんが言った。

 

 「あ、私、紙とペンとってきます!」


 

 これで、ようやくカマラ夫人にお礼を言うことができる。

 ずっと連絡ができていない事が気がかりだったローワンは、足取り軽くアクルと一緒に泊まっている客室へと足を進めていた。

 

 それにしても。両親の事故について知るには、まずは伯爵様について知ることが第一だと思っていたが、さっきカイさんが言っていたことと何か関係するようなこともあるんだろうか。

 

 屋敷で会ったエクター王子は、ローワンのことを知っている風だったし、次の日には国王様が屋敷にいらっしゃる予定だと言っていた。一体、ブリテン王家の二人が、バークレイ伯爵家に何の用だったのだろう。



 足早に部屋へと歩みを進めていたローワンは、自分の頭に浮かんできた一つの疑念が気になって、足を止めた。


 もしかして、お父様とお母様の事故には、王家が関わっていることもあるのだろうか。研究の情報を渡そうとしないお母様に怒って、研究を盗むために、、とか。

 いや、でも殺してしまってはこれ以上の発展は見込めなくなってしまう。事実、お母様が亡くなったことで、転移魔法陣の研究は進んでいないのだから。


 思っていたより複雑な問題になりそうだ。

 

 ローワンに、本当のことを知ることはできるのだろうか。

 そして、仮に何か分かったとして、その言葉を誰が信じてくれるのだろう。



 「ううん、弱気になっちゃダメ!」


 足を止めたローワンは、ぺちぺちと頬を叩き自分に気合を入れ直した。


 真実を見つけて、誰かに復讐したいわけじゃない。

 ただ、本当のことを知りたいだけだ。


 両親が亡くなった理由、自分が10年間伯爵邸に閉じ込められていた理由。

 それから、できればアクルの記憶のことも。



”思っていたより複雑な問題になりそうだ。”の言葉通り、いろいろ話が広がってますが、ラストや個々の情報の回収まで考えてあるので、完結まで頑張って書き続けたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ