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Ep.27 私の愛する子


 「番号札をこちらに」

 

 入学手続きをする机の前に、アクルと並んで立つ。ケイは、ローワンたちが逃げないように見張っているかのように、すぐ傍で二人の動きを見ている。


 ケイや、カマラ夫人に迷惑をかけたくないのに。

 

 ローワンとアクルから番号札を受け取った2人の職員は、机の上に置かれていた魔法陣の上に番号札を置いた。そしてローワン達に、番号札の上に手をかざすように促す。


 「はい。魔力は一致しているわね。例年合格発表の後に番号札を強奪する馬鹿がいるのよ。だから念のためチェックしているのだけど、あなたたちは問題ないわ。合格おめでとう」


 ニコっと、ローワンの手続きをしてくれるらしい若い職員の女性が、笑顔で祝福を伝えてくれた。本当に合格できたのだという実感と共に、これからどのような反応をされるのかが気になり、ローワンは女性に対してぎこちなく笑顔を返すに留めた。


 これから、書類にローワン=バークレイの名前を書くのよね。でも、そもそも信じてもらえるのかしら。髪色は変えているし、自分を証明できるようなものは何も持っていない。


 「じゃあ、この書類に情報を書いてね。名前、出身地、生年月日、ご両親の職業ね。それに応じて必要な金額を伝えるわ」

 

 机の上を滑らせるように、ローワンとアクルにそれぞれ1枚の紙と1本のペンが渡された。先ほど職員の女性が言った項目を、この紙に記入するらしい。


 隣では、アクルが平然とした顔で情報を記入している。名前に、出身地、生年月日に至るまで全て嘘だと言うのに、アクルは顔色一つ変えず、さらさらと慣れた様子でペンを走らせている。


 ローワンは震える手でペンを握り、小さく息を吐いて紙の記入を始めた。

 今から書くのは全て本当の情報なのに、信じてもらえなかったらどうしようという気持ちがいっぱいで、ローワンはいつもより2割増しの時間をかけて、ゆっくりと情報を記入した。


 ”ローワン=バークレイ

 バークレイ領出身

 王歴2009年 春の季節2月目第1週1日目

 父:伯爵、歴史学者 母:魔術師”


 横のアクルがとっくに紙を提出し終え、男性の職員から奨学生だから支払いは不要だね。と言われ入学以降の流れを聞いているのを横目に、ローワンはたっぷり時間をかけて書き上げた紙を、女性の職員の方に渡す。


 「はい。ありが、、、、あなた。嘘を書いてもいいことは一つもないわよ」


 ローワンから受け取った紙をちらっと見た職員は、すぐに異変に気付いたのだろう。眉間に皺を寄せ、ローワンの上から下まで視線を這わせ、いぶかし気な顔をしている。


 当然の反応だ。だって、バークレイ一家は10年も前に死んだことになっているのだから。

 お父様もお母様もアカデミーで働いていたと言っていたから、知っている職員がいるだろうことは想像できていた。


 「・・う、嘘じゃありません。本当です」


 「本当なわけないでしょ?あなた、この名前アリシャ教授のご息女のお名前じゃない。死者を冒涜するようなことは許さないわよ」


 「嘘ではありません。彼女は本当にローワン=バークレイですよ」


 ローワンがどうすれば良いのか震えていたところ、隣にいたアクルが職員に向けてはっきりとした声で伝えてくれた。

 しかし、簡単には信じがたい話だ。アクルの声を聞いても、目の前の女性の眉間の皺はだんだんと深くなっていく。


 アクルの対応をしていた男性の職員と顔を見合わせ、男性に向かって、絶対に嘘に違いないわ。と声をかけているのが見える。


 「えーっと、僕の記憶ではバークレイ一家は赤い髪をしていたと思うんだけど。君は茶色の髪をしているよね?」


 「こ、れは。染めていて」

 

 「なるほど。何で染めたの?」


 「アカシアと、ほかの薬草を少量」

 

 職員の男性の問いかけに対し、アクルが応える。


 「なるほど。じゃあ洗えば落ちるね。あとでこの人が乾かすから、水をかけてもいいかな?」


 隣の女性を指さしながら、男性がローワンに優しく問いかけてくれた。最初の女性とは違い、この男性はローワンに対して怒っているわけではないらしい。純粋に、なぜこんなことをしているのかを知りたいという風だ。


 ローワンは男性の問いかけに対し、ゆっくりと頷く。


 「じゃ、ちょっと失礼するね。Versare(ヴェルサーレ)


 男性が呪文を唱えると、バチャっという音と共に、ローワンの頭に暖かいお湯が降り注いだ。

 水と言っていたが、暖かくしてくれたようだ。


 ローワンの頭上から降り注いだお湯が、髪についた染料をじわじわと落としていく。


 「わ、本当に赤い髪だね。服がどろどろになっちゃったから。もうちょっとかけとくね」


 頭上から少しずつあらわになったローワンの赤い髪に、目の前の女性の眉間の皺がだんだんと深くなっていく。職員の男性は、もう一度呪文を唱え、ローワンの肩についてしまった染料を流してくれる。


 「さて、髪の色はこれで証明できたと。ニナ、とりあえずこのままじゃ風邪を引くから乾かしてあげてよ」


 「・・・auraアウラ levisレウィス


 まじまじとローワンの上から下までを観察するように見つめている女性は、ローワンに対して暖かい風を吹かせてくれた。びしょびしょになった髪と服が、風でふわふわと揺れている。


 髪が乾いていくのに合わせ耳元で小さな風が吹き、ローワンの髪が一本女性の手元へと飛んで行く。


 「・・・本物のようね」


 受け取った髪を、先ほど受験番号を載せていた魔法陣の上に載せた、ニナと呼ばれた女性がつぶやいた。どうやらあの魔法陣は、最初に番号札に触れた魔力と同じ魔力かどうかを確認する効果があるらしい。


 「赤い髪は黒髪と同じで希少種扱いだからねぇ。僕はバークレイ一家以外の赤い髪の人を見たことないけど、ニナは?」


 「うるさいわね。私も見たことないわよ。」


 「だよねぇ。アリシャ教授とも懇意にしていたらしいし、学長が居ればいいんだけど。今隣の国の学会に出てて、しばらくは帰ってこないんだよね」


 どうする?とのんびりとした様子の男性に対し、ニナと呼ばれた女性の方は、未だに納得がいかない様子で、ローワンの方を鋭いまなざしでにらみつけている。

 そして、大きく一つため息を吐き、手元で輪のようなものを作り、息を吹きかけ始めた。


 「Ventorum(ヴェントルム) nuntius(ヌンティウス)。”魔力認証陣を中庭に飛ばして”」


 女性が呪文を唱えると同時に、手で作った輪の中から、風で創られた小さな鳥のようなものが現れた。

 そして、女性は鳥に向かって何か指示のようなものを出し、勢いよく手の中から飛び出た鳥は、中庭の奥に聳え立つ背の高い塔の方へと羽ばたいてゆく。


 ローワンが隣に立つアクルの方に視線を向けると、伝言を飛ばしているんだ。と、小声で教えてくれた。

 

 「魔力認証陣。そうだね、それがいい。君のお母さんであるアリシャ教授が作ったものでね。事前に登録された魔力と、目の前の人の魔力が一致するかを調べることができるんだよ。」


 「まだ、アリシャ教授のご息女だと決まったわけじゃないわ」


 「まぁまぁ。そう怒らないの。ごめんね、彼女も魔法陣の研究者でね。アリシャ教授の大ファンなんだよ。」


 女性は納得がいかない、と言う顔でローワンが先ほど書いた入学書類を眺めているようだ。隣の男性は、そんなことは気にしないとでも言うように、机の上に置いてあるこの紙もその技術を元にして作ってあるんだよ。と、のんびりした顔で説明をしてくれている。


 話をしている間に、ようやく乾いた髪や服をローワンが触っていると、後ろにいたケイの姿が目に入った。受付の女性と同じように、ローワンの髪をじっと見つめているようだ。


 「ケイ、黙っててごめんね」


 今まで何かを考えるように固まって、じっとローワンの髪を見ていたケイは、ローワンの声に驚いたように、ピクリと身体を震わせた。


 「あ、いや。びっくりしたけど。でも、王都に入ってきてからの二人の様子が変だった理由はわかったよ。母様はこのこと知ってるの?」


 「うん。」


 「・・そっか。じゃあ、尚更うちに泊まってもらわないとだな。」


 「でも、」


 「さっき家に着いたら、母様から手紙が届いててさ。”ローワンとアルをぜーーーったいに屋敷に連れてくるように。あんたが嫌われたとしても、身体を張ってでも連れてきなさい!!”って書いてあった。」


 肩をすくめて、息子に対する扱いがひどいよな。と、どこか遠くを見るようにしてケイは言った。


 「ケイを嫌うなんて、ありえないよ。こんなに優しくしてもらってるんだもの。本当に、申し訳ないくらいに」


 カマラ夫人も、ケイも、本当にローワンに優しくしてくれている。

 先ほどの食事も、ケイが入試お疲れ祝い!と言ってごちそうしてくれた。王都に来るまでの馬車の中でも、疲れてないか頻繁に気を使ってくれたし、アカデミーの話や、ケイの知る限りの入試の話など、ローワンのためになる話をたくさんしてくれた。


 「ローワンが何を心配してるかわかんないけどさ、こういう時は素直に大人の好意に甘えとけばいいんだよ。だから心配すんな」


 これは俺の母親の受け売りなんだけど。と、屈託のない笑顔をして、ケイはそう言ってくれた。


 「・・・あり、がとう。本当に。ケイも、カマラ夫人も、優しすぎるよ」


 「はは。また泣いてる」


 ぽたぽたと、緩んでしまった涙腺から涙がこぼれる。

 必死に涙を止めようと、泣きじゃくるローワンの頭を、ケイが笑いながらぐしゃぐしゃと撫でている。



 「ゴホン。えーっと、友情を噛みしめているところ悪いのだけど、あなた、ここに手をかざしてもらえるかしら?」


 気まずそうな咳払いが聞こえてきて、ローワンは慌ててケイから離れ、職員の女性の方に向き直した。

 いつの間に届いたのだろうか、先ほどまではなかったはずの、中心に入り組んだ幾何学模様のような魔法陣が描かれた、銀色の板がテーブルの上に置かれていた。


 ローワンは女性の職員の言う通り、魔力認証陣と思わしき銀板の上におそるおそる手をかざした。


 すると、


 「わーすごい、これは本物だね。」


 ローワンが手をかざした魔力認証陣は、ピカっと輝き、緑色のきらきらした光が周囲に飛び散った。

 そして、魔力認証陣の下の方に現れた文字に、ローワンは思わず自らの口を覆った。


 ”ローワン=バークレイ

 バークレイ一族 セージとアリシャの娘

 私の愛する子”


 「この魔力認証陣には、基本的には16歳以上しか登録されてないんだけどね。君が本当にローワン=バークレイなら、きっと君のお母さんが登録してるんじゃないかなーと思ったんだよね。ぴったり予想が当たったね。」


 登録文に愛が詰まってるね。と、にっこり笑ってこちらを見てくる職員の男性の言葉に、ローワンの目から再び涙が零れ落ちる。

 今日は泣いてばかりだ。お母様、お父様、二人に、会いたい。


 「さて、ニナ。これで疑いは晴れたね。伯爵位なら費用はすべて込みで2000万Jだよ?出せる?」


 「はい、ここに。」


 泣いているローワンをよそに、淡々と手続きの方へと戻っていく男性の職員に対し、アクルが革袋の中から大量の金袋を取り出して机に並べてゆく。

 男性の職員が袋を机の上に置いてあったはかりの上にのせ、手続きは粛々と進もうとしていた。


 「・・・なんで。・・どうして、今まで自分が生きていると公表しなかったの。それに、あなたが生きているなら、アリシャ教授だって、、!」


 「ニナ」


 魔力認証陣を呆然と見つめていた職員の女性は、ローワンに向けて再び鋭い視線を向けてくる。

 隣の男性は、秤から目を離さないまま、静かな声で女性を制した。


 「この魔力認証陣に間違いがないのはわかっているわ!だからこそ、理解できないのよ!ローワン=バークレイ。あなた、どうして自分が生きていることを今まで黙っていたの!あなたたち一家が亡くなった事故にはおかしいことが多すぎたわ!みんな、必死で、、!」


 「やめるんだ、ニナ!」


 ビクリ、と、中庭に響き渡った男性の大きな声に、思わずローワンの身体が震えた。

 先ほどまでずっと温厚だった男性の職員は、先ほどとは打って変わって冷たい表情で、女性の職員の方を見つめている。


 「僕たちはアカデミーの職員だ。どこの国にも属さず、たとえ生徒の事情であっても干渉してはならない。それが、僕たちの自由を守るための規則だろ。忘れたのか」


 「・・・この子は、まだうちの生徒ではないわ。」


 「合格した以上一緒だ。いずれにしても、僕たちが踏み込んでいいことじゃない。・・・さ、入学金の確認はできた。君たちの魔力は登録したから、次は13日後だね。夏の季節1月目にまた会おう。」


 そう言った男性の職員は、ローワンとアクルに手早く書類の束を渡し、必要なことは紙を読んでね。と、そそくさと片づけを始めた。


 「さ、もう暗くなってきたし、僕たちも帰ろう。ニナ、行くよ」


 そう言った男性は、水の魔法で受付のテーブルを素早くたたみ、書類の束を脇に抱え、反対の腕で女性の職員の腕を引っ張りながら、校舎の方へ歩みを進めていく。


 ニナと呼ばれた女性は、まだ納得がいっていないというようにしかめっ面をしながら、ローワンの方を見つめている。


 「さぁ。俺たちも早く帰ろう」


 「そうだな」


 バサ、とアクルが革袋の中から取り出したらしい帽子とマントを、ローワンの頭に載せた。目立つから隠せと言うアクルの言う通り、ローワンはとりあえず急いで、あらわになった自分の赤い髪を、帽子の中に押し込んだ。


 さっきの女性、お父様とお母様が亡くなった事故にはおかしいことが多すぎたって言っていたわ。あれは、アクルが言っていたように、


 「早くしろ。誰かに見られると面倒だ」


 職員の二人が校舎へと消えていくのを見つめていたローワンの背中を、アクルが押した。

 今は、深く考えるのはやめよう。アカデミーには入学できたのだ。また、あのニナと言う女性に会える機会はあるだろう。



 正門へと進めていた脚を止め、ローワンはもう一度しっかりとアカデミー全体を見渡した。


 アカデミーにいる間に、真相を突き止めよう。両親が亡くなった理由も、伯爵の思惑も。



 必ず、全部。


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