Ep.26 アカデミー入学試験 後編
筆記試験も終わり、時刻は午後3時になろうとしていた。
ローワンは先ほどの筆記試験の内容を思い返しながら、待ち合わせ場所の正門の前でアクルを待っていた。
アクルが事前に予想してくれた範囲がばっちり当たり、月の家で何度も繰り返し覚えた部分がたくさん出題された。数学も、行きの馬車の中でケイに教えてもらったところがたまたま出題され、意外と簡単に解くことができた。
ローワン個人的には、筆記試験はそこそこの出来なのではないかと思っているが、合格できるかどうかは周りの人の出来にも左右されるとのことだ。
アクルによると、アカデミーの入試は相対評価らしい。良い点数を取った人がたくさんいれば自分の点が高くても厳しい戦いになり、その逆もまたしかりだ。
最後の入試の回は毎年平均点が高い傾向にあるそうだから、やっぱり合格できるかどうかは結果を見るまで分からないだろう。
「おーい。」
ローワンが入試の結果を思い返しながらモヤモヤしていたところ、向こうから見慣れた人物が歩いてくるのが見えた、
「ケイ。早かったね」
「合格発表まで時間があるだろ。どっか飯でも食いに行こうかなと思って」
王都のチェンバレン男爵邸に寄ると言っていたケイは、行きの馬車とは服装が変わっていた。
あまり貴族らしい服装を好まないらしいケイは、スーツを着る時に着用するような細身のグレーのパンツに、柔らかな素材のノーカラーシャツを着崩すように着ている。
足元も茶色のローファーを履いており、最初に見た時よりもお金持ちの青年に見える。
「今日はちゃんと貴族みたいな恰好してるんだね」
「屋敷に帰ったら着せられたんだよ。もっとゴテゴテの服を着せられそうだったから逃げてきた」
目立たないように馬車は置いてきたらしいケイは、貴族には珍しいことに、特に使用人や護衛を連れていないようだった。普通の感覚を忘れないように、できる限り貴族っぽく育てないようにしてたら、気品がなくなっちゃったの!とカマラ夫人が嘆いていた気がする。
「アルは?」
「わかんない、もうすぐ来ると思うんだけど。・・・あ、アク、、アル!こっちだよー!」
校舎の方をくるりと振り向けば、向こうから気だるげに歩いてきているアクルの姿を見つけた。危ない危ない。今は私の友人の”アル”なんだった。
「どうだった?」
「余裕」
「ねね、アルに教えてもらった範囲いっぱい出たよ!ケイと一緒に復習したところも出たの!」
「お、まじか。それは良かった」
近くまでやってきたアクルの腕をガシリと掴み、感謝の気持ちを込めてぶんぶん振り回していると、アクルはうっとおしそうに眉を顰め、ケイはニコニコと笑ってくれた。
この二人、本当に対照的だわ。
「じゃあ合格発表までまだ時間あるし、飯でも食いに行くか」
「うん!」
「ケイ、朝食のようなテラスではなく、できれば個室や奥まっている席の方が有難いのだが」
「おっけ。じゃあここに来るまでに見つけた店に行こう」
朝食を食べたおしゃれなカフェは、テラス席になっており人の往来が非常に多かった。周囲を警戒しながら険しい顔で朝食を食べていたアルの姿を、ケイも覚えていたのだろうか。
今朝の門での出来事以降、ケイも不思議とローワンの名前を大きな声では呼ばないようにしてくれているらしく、非常に気を使ってくれているのが身に染みた。
やっぱり、チェンバレン男爵家に迷惑をかけているのかもしれない。
入学手続きと共に、ローワン=バークレイの名前を出した後には、ケイの前から姿を消した方が良いかもしれない。
アクルがカジノで稼いで来たお金は、2500万Jあると言っていたから、入学式までの2週間弱を王都のホテル等で過ごすことは難しくないだろう。
☆
「あー、だめだ。緊張で吐きそうだよ」
「もう結果はでているのだ。今更緊張しても仕方あるまい」
「そーそ。なるようになるって」
午後5時59分
食事を済ませたローワン、アクル、ケイの3人は再びアカデミーの中庭にいた。
ケイが案内してくれた店のご飯は、本当においしかった。メイド時代では絶対に食べられないような食事の数々で、暖かく、ローワンの長旅と入試で疲れた体を隅々まで癒してくれるようだった。
あまりに食事が美味しかったので、デザートと食後のコーヒーをいただいたころには、もうお腹がパンパンになっていた。
そしてまさに今、その素晴らしい食事達がローワンの胃から逆流しようとしている。
中庭には、ローワンたちと同じように番号札を握りしめた数多くの受験生たちが集結していた。皆周りの家族らしき人と肩を寄せ合い、目の前の掲示板のかぶせ布がとられるのを、今か今かと見守っている。
「二人は何番?」
「私が809で、アルが810!」
「おっけ。頑張って探すわ」
ゴーンゴーン、と、校舎に取り付けられた大きな時計が、6時になったことを知らせる鐘を鳴らした。
各々会話をしていた周囲の受験生たちも、鐘の音が聞こえると同時におしゃべりをやめ、皆掲示板の方に意識を集中させているようだ。
『それでは、結果発表です』
掲示板の隅に立つ黒いローブを来た職員らしき女性が、手を掲示板の布に向けてかざす。すると、女性の手から勢いよく突風が吹き、掲示板にかぶせられていた布が、バサッと大きな音を立てて外れた。
幅広で真っ白な掲示板の中心に、ほんの少しだけ番号が書かれているのが見える。
「809、809、、、、、、、、えっーっと」
「「あった!!」」
大きさのわりに、非常に少ない番号のみが書かれていた掲示板を、目を凝らして見ていると、最後の方に確かにローワンの受験番号である”809”の文字があった。
ローワンの隣で、同じように指をさして確認してくれていたケイと、顔を見合わせて大きくハイタッチをする。
「やったーーーーー!!!!」
「おめでと!!よかったな!」
よかった。本当に良かった。
この1か月、アクルもカマラ夫人も、本当にたくさんの時間をローワンに割いてくれた。アクルに至っては、元の姿であれば睡眠が必要ないとはいえ、この1か月ほぼすべての時間をローワンに費やしてくれたのだ。
範囲を絞り込むための過去問の分析から、対策問題の作成、教科書を元にした授業、その他にもわからないところはローワンが理解できるまでつきっきりで教えてくれた。
勉強するローワンのために、街への買い物や野菜の収穫、料理から家の掃除まで。何もかも全て。
本当によかった。アクルの、カマラ夫人の優しさが無駄にならなくて。
ずっと不安だった。自分がアカデミーに入学できない事よりも、二人がローワンに割いてくれた時間が無駄になるのではないか、二人が、ローワンにがっかりして見放されてしまうのではないか、と。ずっとそれだけが怖かったのだ。
嬉しさなのか、緊張から解放されたからなのかよくわからないが、ローワンの目からぽろぽろと涙がこぼれる。
「う、お!びっくりした!泣くな泣くな」
「ち、ちがっ。うれしくて、、本当に、よかった、、」
ものすごく嬉しいはずなのに、なぜか涙が止まらない。この1か月アクルの鬼のようなしごきに耐えたこととか、自分の努力が実ったこととか、まだ会って数日しかたっていないケイが自分事のように喜んでくれることとか。
お母様とお父様の、死の真相に少しでも近づけるかもしれないということとか。
今まで殆ど泣いたことがなかったはずなのに、伯爵家を出てからローワンの涙腺は崩壊しているようだ。
泣きたくなくても、なぜか気持ちが溢れて止まらなくなってしまう。
「よくやった」
下を向いて、必死に涙を止めようとしていたローワンの頭に、アクルの優しい手が降りてくる。
ポンポンと、優しく撫でるように、そして今まで以上に優しい声と顔で、ローワンに微笑んでくれている。
「ありがとううう。アク、、アルのおかげだよ、、、!」
ローワン一人では、絶対に合格なんてできなかった。そもそも、アカデミーの入試を受けようとも思えなかっただろう。
アクルが、根気強く教えてくれたからだ。風の魔法も、筆記試験の科目も、アクルが予想したところが完璧に出た。
「う、うう。・・・あれ、待って!アクルは?どうなったの?」
自分の合格に喜びすぎて、真下にあるはずのアクルの番号を見るのを忘れていた。
810、810、、、、、あれ。
「ない!!アクルの番号が、ない!!まさか私が受かってアルが落ちちゃったの!?」
「馬鹿者、右端をよく見ろ」
「ははっ、緊張してたんだな」
アクルの番号がない!と、焦るローワンに対して、大きな声で笑うケイに、不機嫌そうな顔をするアクル。
アクルの指さす方向を見て見ると、ローワンの番号が書かれている部分とは別の所に、赤字で810というアクルの受験番号が示されていた。
「スカラーシップ?あ、奨学生!」
「お前が受かって、俺が落ちるなど天地がひっくり返ってもありえん。」
「はは、すごい自信」
どうやらアクルは、当初から目標にしていた奨学生として無事合格できたらしい。
平民が入学に必要な金額は100万Jほどなので、最悪通常合格でもよいだけの金はある。とアクルが言っていたが、奨学生になれたことで無事入学金、授業料、寮費も無料だ。
「よかったー。本当に良かった!」
「二人とも、これで来月からも一緒だな。改めて合格おめでとう。これからもよろしくな!」
にっこりと爽やかな笑顔でケイが手を差し出してくれる。
そうだ、アカデミーに通うということは、来月からもケイと一緒だということだ。
まだ数日しか一緒に過ごしていないが、ケイはとてもいい人だった。あのカマラ夫人のご子息だからなのかわからないが、ローワンにとってはとても付き合いやすく、心を許せる存在になり始めていた。
「うん!ここまで連れてきてくれてありがとうね!これからもよろしく!」
ケイが差し出した手をぎゅっと握り、ぶんぶんと感謝を示して大きく上下に振った。
「アルも!ケイに感謝しないと!」
「・・ありがとな」
ローワンのはしゃぎ様を、目を細めて見ていたアクルの手を無理やり引っ張り、ケイと繋いだ手の上に乗せた。ニコニコしているローワンと、ケイに見つめられたアクルは、なんだか少し居心地が悪そうに小さな声で礼を言った。
「ふふふ」
「なんだ。笑うな」
「よかったな二人とも。今晩はうちで食事を用意してるんだ。帰って一緒に食べようぜ」
照れくさそうにしているアクルの姿が珍しくて、つい見つめてしまったローワンだったが、喜びに溢れていた身体が、ケイの言葉によってわずかに固まった。
合格を見て喜んでしまったが、アカデミーに入学するまでには、まだ越えなければならない大きな難関が残っているのをすっかり忘れていた。
今から入学手続きをすれば、ローワン=バークレイであることが周囲にわかってしまう。そうすれば、門にいた警備隊に追いかけられるなり、きっと何か起きるはずだ。
「えっと、ちょっと今晩は、、用事が、、」
「明日でもいいだろ?案内してやるよ」
「えーっと、それは、、」
「二人に何かあるんだろうってことは薄々気づいてるよ。うちのことなら心配しなくていいから」
さっきのような笑顔とは打って変わって、ローワンの方を真剣な眼差しで、ケイは見つめている。
3人で繋いだままにしていた手に、誰かが力を入れたのが分かる。
「母様から、必ず二人をうちに泊めるように言われているんだ。俺が怒られちゃうからさ。お願い」
少し困ったような顔でそう言われれば、ローワンには断る術が見つからない。
一体、どうすれば、、、
助けを求めるようにアクルの方を見つめると、やれやれという顔で小さくため息をついたアクルが、繋いでいた手をほどき、口を開いた。
「ここは、チェンバレン男爵夫人の厚意に甘えさせてもらおう。」
そして、くるりとケイの方に向き直したアクルは、真剣な顔で少しだけ頭を下げた。
「ケイ、迷惑をかけるかもしれないが、入学までの間宿を貸してもらえないだろうか。」
「もちろん」
「アル!」
「冷静になれ。門での様子見ればわかるだろう、このような状態では普通の宿泊施設に泊まるのは無理だ。王都からも出られないだろうしな。」
「でも、、、」
アクルが言うことは正しい。でも、そんなことをすればチェンバレン男爵家に迷惑が掛かってしまう。
伯爵様が所長をしているという錬金術研究所は、チェンバレン男爵家の大口顧客だと、ケイから聞いた。怒らせることになれば、男爵家の家業に影響が出てしまうかもしれない。
「ちょっと、そこの学生たち。合格者なのであれば早急に入学手続きをしてください。」
掲示板の隣にいた職員らしき人の声に、驚いて周囲を見渡す。
3人で向かい合うように話をしていたから気づかなかったが、周りにはもう誰もおらず、中庭にはローワン達だけになっていた。
「すみません。すぐ向かいます」
アクルがペコリと職員に対し礼をし、とりあえず職員が指さす入学手続きができる方向へと歩みを進めた。
「行くぞ。」
「うん、、」




