Ep.26 アカデミー入学試験 前編
チェンバレン領を出て3日。
ローワンたちを乗せた馬車は、いよいよ王都の門に近づいていた。
今は朝の6時。受付が始まるのが9時で、試験が始まるのが10時だからまだ余裕はある。
「動くのが遅いな」
ローワンの向かいに座るケイが、馬車の窓から外を眺めながらそう言った。
「いつもこのくらい時間が掛かっているのか?」
「いや、俺はあまり王都に来ないからわからないけど。ちょっと御者に聞いてくるよ」
アクルの質問に首をひねりながらそう言ったケイは、止まっていた馬車のドアを開けて御者席の方へ出て行ってしまった。
「アクル、もしかして伯爵様のせいだったりするのかな」
「わからん。しかし、ここまでが上手くいきすぎていたからな」
チェンバレン領から3日。王都に来るまでにいくつかの領を通過してきたが、さすがは男爵家の馬車だからだろうか。各領の関所では馬車の中を覗かれることもなく、スムーズに通ることができていた。
しかし、王都に接近した途端、門へと通じる一本道で止まってしまったのだ。
窓から外を見て見たところ、商人の馬車や、辻馬車などが列をなしている。
目を凝らして先頭の方を見てみると、どうやら門にいる警備隊から、何かチェックのようなものを受けているらしい。
「御者が言うには、ここ1か月くらい検問が厳しくなっているらしい。うちの領で起きた魔石泥棒の件も関係しているのかもな。」
御者と何か話をしたらしいケイが、馬車の扉をあけながらローワンとアクルに向かって声をかけた。
ここ1か月くらい、という言葉に、ローワンは膝の上に置いていた手をぎゅっと強く握りしめた。ローワンが伯爵家から出たのも、1か月と少し前のことだ。自分を探しているかもしれないと思うのは、考えすぎだろうか。
「主に見られるのは辻馬車や商人の馬車らしい。貴族で、特にアカデミー入学予定の子供を乗せた馬車ははほぼスルー出来るってさ」
合格証書を御者に渡しておいたから、すぐに通れると思う。と、続けられたケイの言葉に、ローワンはほっと息を吐いた。
やっぱり、カマラ夫人に頼んでおいて正解だった。
それから10数分ほどして、ようやくローワンたちを乗せた馬車が門に到着した。
御者に対して、外の警備隊が何かを話しかけているのが漏れ聞こえる。
『チェンバレン男爵家の馬車ですね。合格証書も確かに確認しました。ご入学おめでとうございます。差し支えなければ、念のため客席を覗いても?』
『えぇ、坊ちゃんが問題ないとおっしゃるのであれば』
外から漏れ聞こえた声に、ローワンの身体に力が入った。隣に座るアクルがローワンの腰辺りに、少しだけ手を添えながら、”落ち着け”と、口をパクパクさせてこちらに伝えてくる。
そうよね。今は髪色も変えているし、ケイと一緒に王都についてきた使用人と言うことにすればいいわ。ローワンは、ごくりと自分の生唾を飲み込む音が客席の中に響くような気がした。
「ケイ坊ちゃん。窓を開けても?」
こちらの様子を伺うように見ていたケイと、目が合った。明らかに挙動不審のローワンの代わりに、アクルがゆっくりとケイに向かって頷く。
「・・あぁ、いいぞ」
ガタン、と音がして馬車の窓が外から開かれた。
足を組み、貴族のように優雅に座っているケイに対し、ローワンとアクルは足を揃え、できる限り小さくなって座席の上に座っている。
「チェンバレン男爵ご子息。長旅でお疲れのところ申し訳ありません。ちょっと人を探しておりまして、皆さまの馬車の中を確認させていただいているのです」
「人?犯罪者でも逃げ出したのか?」
「いえいえ、そんなことはないのですが。坊ちゃんと同い年くらいの、赤い髪の女性を探しておりまして」
「・・・赤い髪?知らないな」
「そうですよね。ありがとうございます。確認させていただきました。通って構いませんよ」
「あぁ」
窓がパタンと閉まり、馬車がガタガタと門を通過する音が聞こえてくると、ローワンはようやく大きな息を吐いた。
”赤い髪の女性を探している”と、間違いなく警備隊はそう言っていた。きっと、ローワンのことだ。
昨日、宿で湯あみをした後、もう一度髪を染め直しておいてよかった。
染料のせいで、アクルの革袋に匂いがついてしまったらしいけど、なかったらどうなっていたかわからない。
「赤い髪の女性を一人探すためだけに、1か月も検問を強化するなんてご苦労なこった」
ローワンとアクルの様子がおかしいことに気付いていそうなケイだが、車内の空気を換えようとしてくれているのだろうか。窓から王都の景色を眺めながら、そうつぶやいた。
ローワンは自分の顔がこわばっているのが分かったが、ぎこちなく、とりあえずケイに向かって同意の笑みを返しておく。
「・・・どこか朝食を食べられる場所がないか、御者に聞いてみる。そこで少し休んで、試験会場まで送るよ」
そう言ったケイは、窓から身を乗り出して、御者に朝から開いてるカフェはないのか。と聞いてくれている。
隣に座るアクルの方をちらりと見て見ると、初日と同じように頬杖をついて外の景色を見ていた。
アクルは、今、何を考えているのだろう。
☆
「じゃあ、試験が終わるころに迎えに来るから」
「ありがとう!」
朝食を済ませたローワンたちは、入学試験が行われるアカデミーの門の前にいた。
ガタガタと、ケイを乗せた馬車が小さくなっていくのを見届け、くるりと門の正面を振り返る。
「さて、行くか」
「うん!」
ローワンとアクルは少しの荷物を持って、ミドルアース魔法学校の立派な門をくぐった。
周りには、同じ受験生だろうか。ローワンくらいの年頃の男女が数十人ほど、皆同じ方向を目指して歩いている。
しばらく人の流れに沿って歩いていると、大きな建物が見えてきた。
高い壁に囲まれたアカデミーの広い敷地内には、豊かな庭園が広がり、いろんな形の建物や、不思議な彫刻、植物を育てる温室のようなものが点在していた。
校舎らしき建物は、クリーム色の美しい石造りで、高い塔が聳え立ち、壁面の周囲には鳥や四足歩行の生き物などの像が並んでいる。
バークレイ伯爵家の何十倍もありそうな壮大な建物に、ローワンは圧倒され、少し足がすくんでしまう。
本当に、こんなところに入学できるのかしら。
中心に聳え立つ大きな建物以外にも、アカデミーの敷地内には複数の建物が建っているらしかった。古く歴史を感じさせる建物もあれば、新しい雰囲気の建物など、様々だ。
「あちらで受付をするらしい」
アクルが指さす方向には、”入学試験 受付”と書かれた立て看板と、書類のようなものを積み上げた机に、職員らしき2名の人が座っている。
大勢の人の流れに沿い受付の列に並ぶと、すぐにローワンたちの順番が来た。
「ようこそアカデミーへ。こちらの番号札が本日あなたを識別するための唯一の記号なので、夕方6時に行われる合格発表までなくさないでくださいね」
にっこりと笑った女性から、”809”と書かれた番号札を受け取る。
一緒に受付をしているアクルの方を見れば、”810”の番号札を受け取っていた。この番号は、どうやら受験生の数を表しているらしい。
「奇数の番号札の方は午前中が実技試験、午後が筆記試験です。校内の案内に従って、それぞれの試験会場に向かってください」
ペコリ、と受付の女性に礼をし、受付の列を抜けると、誘導員の人がローワンが進むべき場所を教えてくれた。どうやら魔法の実技試験は、中庭で行われるらしい。
「では、試験が終わったら正門で会おう。周りの人間には気をつけろよ」
「うん、、」
「大丈夫だ。お前は必死で勉強していたではないか。ケイも何とかなるかも、と言っていたし。あまり気負うな」
ローワンをあやすように、優しく肩をポンポンと叩いてくれたアクルが、筆記試験の会場となる校舎の方へ消えてゆく。
小さくなっていくアクルの背中を見ながら、ローワンは小さく息を吐き、自分の頬をぺちぺちと二回たたいて気合を入れ直した。
「よし、がんばろ!」
☆
実技試験の会場である中庭に着くと、そこには数百人の少年少女たちがいた。
ケイによると、アカデミーの合格者は例年200人ほどらしい。毎年増減するらしいけど、寮のキャパシティがあるから最大でも300人が限界とのことだ。
1年をかけて何回かに分けて入試が行われていて、ケイはエクター王子やキール=ロジャースなどと一緒に初回の試験で合格したそうだ。
ケイによると毎回の試験で大体40人程度が合格するから、今回もそのくらいではないかとのことだった。
ローワンの受験番号は809番。受付では、ローワンの後ろにもまだ何十人も並んでいたから、最低でも20倍の倍率を勝ち抜かなければならない。
「魔法型に沿って別れてください。風の魔法型は一番奥ね」
案内をしてくれる職員の人に従い、ローワンは風の魔法型の列に並んだ。
魔法型に合わせた各種試験があるようで、例年の傾向を見るに今年は移動の魔法と、攻撃魔法ではないかとアクルが予想していた。
移動の魔法であれば、ローワンの一番得意な魔法だ。早く飛んだり、静かに飛んだり、高く遠くへ飛んだり。追手が来た時を想定して、一番必死に練習した。
「では次の方、番号札をこちらに。」
「あ、はい」
黒いローブを来た、試験官らしき男性に番号札を手渡す。
「試験は3種類です。1つ目は魔力コントロールを見ます。あちらの迷路のコースを風の魔法を使いながらできる限り早く通り抜けてください。そして2つ目は魔力の瞬発力を見ます。迷路を抜けた先にある標的3つにできる限りダメージを与えてください。そして最後に魔力測定をします。こちらに戻ってきて、もう一度この水晶に手を当ててください。」
試験官の男性が差し出した水晶に手を当てる。
最初に魔力量を測定し、そしてすべての課題が終わった時との差分を測ることが目的のようだ。
10秒ほどで、”良いですよ”という言葉と共に何か水晶に映った数字を紙に書いている試験官から、迷路の方に行くように促された。
ローワンは迷路の入口に立ち、試験官の合図とともにcelerの呪文を唱える。
迷路のような入り組んだ細い道や、天井が低くなっている部分、非常に高い障害物など潜り抜けるためには、微細な魔力コントロールで風の量を調整しなければならない。
ローワンは、アクルと共に街に行くために移動していた日々のことを思い出し、冷静に、しかしできる限り早いスピードで迷路を抜けた。
「はい、良いですよ。では次はこちらに」
迷路を抜けた先にある3つの的に、それぞれ別の呪文を唱える。
Böe、Blast、Sōparā Aura。一つ目から順に初級魔法、中級魔法、上級魔法という順番だ。最後のSōparā Auraは、アクルが地下室でローワンを吹き飛ばした魔法で、轟音と共に竜巻を引き起こす。
しっかりと魔力を手の先に集めて呪文を唱えると、大きな岩の中心に魔法陣のようなものが書かれた標的は、半分以上が失われるほどに壊れた。
「はい、では最後にこの水晶に手を当ててください」
ローワン自身としては、今まで学んできたことをしっかり出せたような気がするのだが、試験官の顔は全く変化がないようだ。これは、よかったのかしら。
アクル以外の人が魔法を使っているのをまともに見たことがないため、ローワンは自身の魔法の才能がどの程度の物なのか、いまいちよくわからなかった。
「では、つぎは南の校舎に向かってください。30分ほどで筆記試験が始まりますので」
「はい」
返事をする間もなく淡々と案内する試験官から、番号札を受け取ったローワンは中庭を後にした。
ローワンが去った後にも、大勢の少年少女たちが続々と同様の試験を受けているのが見える。
アクルは大丈夫かしら。




