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Ep.25 ケイ=チェンバレン少年の3日間


 魔石鉱山の騒動から1か月と数週間。

 俺、小林こばやし 慶一けいいちもといケイ=チェンバレンは、森の中にいた。


 ここは中心街と魔石鉱山の間にある、青々とした木がたくさん生えた森だ。


 チェンバレン領は魔石鉱山に囲まれているため、元々この場所は枯れた草木が残っている不気味なさびれた森だったらしい。

 何十年か前に、地理学者の母様が、森林保護活動をした結果ここまで蘇ったとのことだ。モルボーデン王国にも温暖化とか存在するんだろうか。


 

 「ケイ。私の大切なお友達だから、粗相のないようにね。」


 「へいへい」


 チェンバレン男爵家所有の中で一番地味な馬車と共に、これから王都に送り届ける人物を一緒に待っていた母様が、俺の襟を伸ばしながら言う。

 この世界に転生してから、3か月弱。意外とホームシックになることもなく、俺はこの世界でケイ=チェンバレンとして順応し始めていた。


 「あなた、今日はあの変なイヤーマフラーはしていないのね」


 「あぁ。今日は家に置いてきたんだ」


 「それがいいわ。季節外れだなと思っていたのよ」


 母様が言っているのは、ヘッドホンの姿をしていたアヴニールのことだろう。

 ちらりと、自分の肩へ視線を向ければ、鋭いくちばしをした大きなカラスと目が合った。


 「主人マスター、何か御用でしょうか」


 大きなくちばしをカチカチ言わせながらそう言ったアヴニールは、どうやら本当に俺以外には見えないようだ。

 先日、ヘッドホンの姿がこちらでは悪目立ちするので、見えないようにできないのか?と聞いたところ、元の姿に戻ればできる。と回答をもらった。


 もっと早く言え、と思ったが、どうやら俺の憑依に使った魔力が少しずつ蓄積されてきたことで、ようやく最近元の姿に戻れるようになったそうだ。

 真っ黒で大きなワタリガラスの姿に戻ったアヴニールは、前の主人の希望でヘッドホンの姿をしていたらしい。多分スクランブル交差点にいたお兄さんが前の主人なのだろう。


 というか、あんまりまともに考えたことなかったが、アヴニールは一体何なんだろう。

 異世界転生で、アニメの世界に飛び込んできたというだけで非現実的な話だ。真剣に考えたら負け、くらいに思っていたが。

 カラスの姿になれるということは、もしかしてこいつもアーサー王の秘宝の一つなんだろうか。

 秘宝はみんな動物の姿になれるんだよな。確か、キールがドラゴンで、アヴァロンが妖精で、アッシュがオオカミ、それからエクターが、、。


 「あ、来たわ。ローワン!こっちよ!」


 俺の思考をかき消すように、母様の大きな声が森に響く。

 母様がぶんぶんと大きく手を振っている方向を見れば、現れたのは自分と同い年くらいの男女の二人組だった。


 あの女の子、”アーサー王の秘宝”に出てきたノア=ウィリアムズによく似ている。あ、でも目の色が違う。



 「カマラ夫人。すみません、遅くなってしまって。」


 「ううん。時間ぴったりよ、」


 申し訳なさそうに、少し小走りでこちらに駆け寄ってきた茶髪の少女は、真っ白の肌に、ブラウンの瞳をした、まだあどけなさが残る顔立ちの少女だ。

 当然だけど東京では見たことがないタイプだ。こういうのを原石系とでもいうのだろうか。洗練されていない、でもどこか純粋できらきらした容姿をしている。


 「ローワン。紹介するわね、これがうちの3番目の息子ケイよ。来月からアカデミーに通うことになっているの。道中の案内役と、王都での滞在をサポートしてくれるわ」


 「これってなんだ、これって」


 思わずつっこんでしまったけど、俺って本当に順応性高いよな。兄さんにもだけど、母様と会話してても全く違和感がないや。

 

 「よ、ろしくお願いします。ローワンです。」


 「馬車を貸していただいた上に、ご子息にご同行いただけるとは光栄です。アルだ。よろしく。」


 ペコリ、と頭を下げたローワンと名乗る少女に、母様への感謝を示しつつニコリと笑って俺に手を差し出してきた、アルという少年。この二人、どういう関係性なんだろう。兄妹かな。


 「ケイです。よろしく。」


 いろいろ気になるところはあるが、とりあえず差し出されたアルの手を握り、挨拶をする。

 手を握った瞬間、肩に乗るアヴニールがわずかに嘴をカチカチ鳴らした。なんだ?緊張しているのか?

 

 アヴニールに視線を向けないように注意しながら、ゆっくりと手を離す。その後、すぐに御者が二人の手から荷物を受け取り、馬車の荷台の方へ運んでいく。

 母様は、ローワンに言葉をかけながら、しっかりと抱擁を交わしていた。

 

 「ローワン、頑張ってね。いつでも手紙を書いてちょうだい。役に立たないかもしれないけど、うちの息子は自由に使ってもらっていいわ。王都には次男のカイもいるから。困ったら頼ると良いわ。」


 おいおい、失礼な母親だな。いや、でもうちの母さんもこんな感じだったし、年頃の息子の扱いは、どの世界も同じようなものなのかもしれない。


 それにしても、母様とはどういう関係性なんだろう。大事な友達だから粗相のないように、と言っていたが、どう見ても俺と同世代の16.17歳前後にしか見えない。服装から見ても、貴族のようには見えないし。


 「いえ、そんな。ここまでよくしていただいただけでも十分です。」


 「合格が決まったらすぐに教えて頂戴ね。私からもラーレに手紙を書いておくから。忙しくてあまり王都にいないのだけど、時間が空けば必ず会ってくれるわ」


 「ありがとうございます。」


 最後に一度、ぎゅっとローワンを抱きしめた母様は、くるりと振り返って俺の方を見た。


 「ケイ、くれぐれも二人を頼んだわよ。」


 「大丈夫だって。王都まではそんな危険もないだろ」


 「えぇ。そう信じているわ」


 俺の肩に置いた手の力をわずかに強めた母様は、なぜか少し真剣な顔をしているように見えた。

 王都までは馬車で3日。治安が悪いわけでもないし、魔石納品のためにしょっちゅう人が行き来しているから整備もされてるし、宿屋もある。道中は特に大きな危険はないはずだ。


 「健康には気を付けてね。アカデミーでもあなたらしく頑張りなさい。」

 

 「恥ずかしいんですけど」


 俺より少し背が低い母様と、抱擁を交わす。日本では家族でのハグってあんまり見ない文化だよな。2人に見られていることもあって、結構恥ずかしい。


 俺は二人を王都に送り届けて、そのままアカデミーが始まるまで、王都にあるチェンバレン男爵家の屋敷に滞在する予定だ。

 母様からは、二人がアカデミーの入試に合格したら、無理やりにでも屋敷に連れ込んで保護してくれ。と強く言われている。

 

 理由はあとでわかるから、とのことだったが、本当にこの2人は何者なんだろう。母様がこの数週間、異様に外出頻度が高かったことと何か関係があるんだろうか。




 「じゃ、行ってくるから」


 「ええ。3人とも気を付けてね」


 馬車に乗り込み、窓の外から心配そうな顔をしている母様に声をかける。確実に俺の心配じゃなく、この二人の心配をしている顔だなこれは。


 「カマラ夫人、いろいろありがとうございました!」


 ヒヒン、と馬が鳴き馬車が走り出す。俺の向かいに座っているローワンが、窓から身を乗り出して母様に手を振っている。

 ちょっと顔を出して外を見て見れば、小さくなっていく母様はハンカチで目を抑えているようだった。


 

 しばらくして、母様の姿が完全に見えなくなったころ、ローワンは手を振るのをやめて席に座り直した。


 馬車の中に沈黙が走る。

 

 ローワンの隣に座るアルは、頬杖を突きながら外を見ているし、ローワンは何となく居心地が悪そうにもぞもぞと座り直している。

 いや、冷静に考えたら初対面の人と、狭い馬車の中に3日間ってなかなか地獄じゃね。


 「えーっと、アルとローワンは何歳?俺は16なんだけど」


 とりあえず、多少は仲良くならなければ。スマホもなく、代り映えもしない景色を見ながら沈黙の中3日をやり過ごすのはなかなか厳しいものがある。

 声をかけられると思っていなかったのか、ローワンは俺の声にビクリと身体を震わせ、助けを求めるようにアルをちらちら見ている。


 「俺もローワンも16だ」


 ローワンの視線に対し、やれやれという顔をしたアルが、ぶっきらぼうに答えた。

 こいつ、さっきまでニコニコしていたくせに。こっちが本性に違いない。


 「へぇ。二人は兄妹とかなのかと思ってた。同い年なんだな」


 「き、兄妹!?違う違う。アルは私の、、と、友達だよ」


 ローワンが慌てたように手をぶんぶん振りながら、挙動不審に答える。どうやらローワンはコミュ障くさいな。さっき母様とは普通に話をしていたから、単に人見知りの可能性もあるけど。


 「ローワンは、年の近い姉か妹っている?」


 「え?」


 雰囲気や目の色は違うが、やっぱり目の前に座るローワンは、”アーサー王の秘宝”に出てきたノア=ウィリアムズによく似ている。

 ノアは茶色の髪に、青い目をした16歳の少女だ。キールやエクターと共にアカデミーに通う、成績が良く風の魔法を使うのが上手い平民出身の奨学生だ。


 「・・どうしてそんなことを聞くんだ?」


 ローワンに聞いた質問にも関わらず、眉間に皺を寄せ、疑るような視線をしたアルが俺に尋ねた。

 

 「あ、いや。ただローワンによく似た人を見たことがあってさ。」


 「え、どこで?なんて人?」


 軽い気持ちで聞いた質問だったが、思ったより興味を引いてしまったらしい。

 ローワンが座席から前のめりになりながら、ブラウンの目をキラキラさせてこちらに尋ねてくる。


 どこで?いや、それはアニメの中だが。下手なことを言って追及されても困るな。適当に逃げるしかない。


 「えーっと、確かアカデミーの入試の時だったかな。ノア=ウィリアムズって名前の人で、正直詳しくは知らない」


 「ノア=ウィリアムズ、、?知らないかな。私には姉妹もいないし」


 「そうか、じゃあ俺の見間違いか、他人の空似かも」


 まぁ、俺が見ていたのはアニメで、ここは実写だしな。そもそも西洋人の見分けなんて、日本にいた時でもまともにつかなかったし、気のせいってことは十分にあり得るだろう。



 俺の発言が悪かったのだろうか。ローワンとアルが、何かを考えこむように押し黙ってしまった。

 ・・・空気がなんか重いな。


 「そういや、二人はアカデミーの入試を受けるんだろ。良かったら問題でも出そうか?せっかくだから移動時間も有効活用した方がいいと思うし」


 「え、ほんとに?うれしい!」


 「馬車酔いしない範囲に限るけど、あと俺は数学が得意だから、もし二人が苦手ならそれ中心とかで」


 「わー!すごく助かる。私数学苦手なの!」


 きらきらとした目をしているローワンは、先ほどの様子とは打って変わって元気そうだ。

 俺の目をはっきり見ているし、口ごもることもなくはきはきと会話している。どうやら人見知りの線が濃いな。


 アカデミーの入学に向けて、一応入試レベルくらいの知識は俺も急いで学んだ。

 いくつかの科目はゼロから勉強する必要があったが、こちらのレベルはそこまで高くないらしい。


 文字が読めるので修辞学や文法学については特段困ることがなかったし、特に数学においては元から得意な上に、小中学生レベルの問題だったので非常に簡単だった。

 音楽については、現代でも有名なクラシックと同じ曲名が大量に存在したり、天文も現代と同じような知識が含まれていたり、正直半月もあれば簡単に追いつくことができた。


 やっぱり小説家になろうの小説が原作だ。中世ヨーロッパ風とはいっても、所詮なんちゃって異世界ナーロッパに違いない。 



 

 ☆

 そんなこんなで、地獄かと思われた王都への馬車道は意外と問題なく進んだ。

 今晩は宿に泊まってゆっくり休んで身を整え、明日の朝もう少しだけ馬車に乗り、そのまま直接入試会場に行く予定だ。


 最初はふてぶてしい態度だったアルも、入試の話やアカデミーの話を続けるうちに仲良くなることができた。二人の様子を見るに、おそらく俺のことを警戒していたのだろう。


 特に気にしないとのことだったので、今夜の部屋割りはアルとローワンの二人部屋に、俺が一人部屋。あの二人、本当に兄妹じゃないんだろうか。同い年の女子と同じ部屋とか気まずくね?俺は無理。


 部屋に入り、窓際に止まっていたアヴニールに、2日ぶりに声をかける。

 ずっと馬車で密室だったため、外を飛びたいと言ったアヴニールはずっと外にいたのだ。



 「アヴニール。元気だったか」


 「はい、主人マスター。問題ありません。しかし、一点お知らせしたいことが」


 「なんだ?」


 「あのアルという少年にはお気を付けください。」


 「え?」


 アヴニールがこんなことを言うなんて初めてのことだ。まぁこの数か月、俺の周りにいたのが家族と男爵家の使用人だけだからかもしれないが。


 「あの少年、非常にわずかですが私と似た魔力を感じます。今後の動きを注視した方が良いと思います。」


 「お前と似た魔力って、それはどういう」


 「魔力が少なすぎて判断できません。彼本人の魔力なのか、もしくは彼が、主人マスターが持つモノクルと同じようなものを持っているのかもしれません」


 俺は首にかけていた、小さな革袋を取り出し、中に入っていたバリバリに割れた小さなガラス片を取り出した。アヴニールは、このモノクルに宿る思念体だと言っていた。アルも、同じように何かを持っているということだろうか。


 「また、何かあれば報告します。今の状況では判断ができませんので」

 

 「あ、おい。」


 言いたいことを言うと、アヴニールは再び翼を広げ外へ飛び立っていく。

 ヘッドホンの姿の時は、困ったことがあればだんまりを決め込んでいたが、カラスになると目の前から居なくなるのか。


 母様が二人の素性を隠したがっているのも不思議だし、アヴニールの発言も気にかかる。一体、あの二人は、


 「なんなんだ・・・」





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