Ep.21 アカデミー
モルボーデン王国の王都に位置する、ミドルアース魔法学校
通称アカデミーと呼ばれている。
王歴1825年にベディヴィア=リンデンが私財を投じて立ち上げた、王国初の教育機関である。
16歳以上が入学資格を持ち、全寮制で3年間の教育を受けることができる。
16歳以上であれば誰でも入試を受けることができ、身分や国籍、性別による制限は存在しない。
モルボーデン王国のみならず、周辺国で活躍する多くの研究者や魔術師を輩出しており、大陸一の魔法学校との呼び声も高い。
”知を得て、道を明らかにせよ”という理念の元、教育機関としての役割の他に、大陸最高峰の研究機関として、魔法陣や魔法薬学、数学に天文学などの最先端の研究が日々行われている。
「着目すべきはここだな。”アカデミーはモルボーデン王国の王都に位置しているが、ブリテン王家や周辺貴族からの干渉を一切受けない独立した機関である”」
「へぇ」
アクルは”アカデミー大全”に書かれていた一文を指さし、感心したように言った。
「モルボーデン王国が採用している王政国家において、アカデミーのような学術機関が力を持っているというのはとても素晴らしいことだ。」
「・・どうして?」
「アカデミーが独立した権力を持っているということは、民へ学問の自由が保障されていることの表れだろう。王権の安定や民意の統一、情報コントロールという面においては、教育や学問に対して支配層の制限や管理を設けた方が楽だからな。」
淡々と話すアクルの言葉は、ローワンの耳を右から左に通り過ぎてゆく。
学問の自由が保障されているというのは王権の暴走を避ける事や民の自由を保障するためにも非常に重要なことだ。と、アクルは続けた。
よくわからないが、お母様が元々通っていたアカデミーという場所は素晴らしいところのようだ。
「と、まぁこんな話はどうでもよい。ところでローワン。お前、アカデミーの入試を受けてみないか」
「え?」
自分からアカデミーについての情報を尋ねたにも関わらず、思わぬ方向へと進んだ話を聞き流すようにしていたローワンは、アクルが突然言った言葉に驚いた。
私がアカデミーに?6歳以降ろくな教育を受けていないのに?
今のローワンには学校に通うためのお金も、後ろ盾もない。それよりも、まず第一に大きな問題がある。
「伯爵様に見つからないように、隠れてなきゃいけないんじゃないの?」
ローワンは世間では10年も前に死んだことになっており、生きているという事実を知っているのは、おそらく伯爵様を含む一握りの人間だけだろう。
そして伯爵邸でのメイド長たちの言葉を聞く限り、伯爵様は今でもローワンを探している可能性が高いはずだ。
「確かにそうだが、それではいつまでたっても両親の死の真相には近づけないだろう。お前の両親について知る者、例えばアカデミー時代の同僚や、貴族たちから情報を得る他ない。」
「それでも危険過ぎない?伯爵様は普段王都にいるんだよ」
「だからアカデミーなのだ。文献を読む限り、アカデミーは王家や貴族の権力から独立している。一度潜り込むことができれば、伯爵であろうともそう簡単には手はだせまい」
それに、とローワンの目の前の椅子に腰かけたままのアクルは続けた。
「お前は10年前に死んだことになっている。伯爵がこの街でお前を捕まえ、何をしたとしても、一平民のことなど誰も気に留めないさ。だが、アカデミーに所属すればどうだ。一度ローワンが生きていることが広まれば、世間の目もあり伯爵が手を出すのはより難しくなるだろう。」
「ローワン=バークレイのままアカデミーに通うってこと?変装とか偽名を使うんじゃなくて」
「そうだ」
隠れるのではなく、生き延びるためにあえて居場所をさらす、というのがアクルの策のようだ。
確かに、この場所で両親についての情報を集める事には限界があるかもしれない。という事はローワンでもうすうす思っていたことだ。
ローワンがこの街で本屋に通ってわかるようなことであれば、世間の人が既に気づいている可能性もある。本当はバークレイ伯爵邸でもっと情報を集めてこられれば良かったのだろうが、今のローワンにはそれをする術がない。
両親と交流があった人が誰なのかもわからないし、伯爵邸を追われた使用人たちがどこに行ったのかもわからないのだ。
今のローワンに遺されている手掛かりは、地下室とこの家を除けば、母が昔アカデミーで働いていたという情報だけだ。
確かにアクルのいう通りかもしれない。
それに、いつまでも逃げているのは嫌だ。
相手の目的が分からないのだ。毎日追手のことを考えてドキドキしながら眠り、髪を染めて周囲を伺いながら隠れて生きるなんて、そんな生活はもういやだ。
アカデミーに行くということは、伯爵様がいる王都に近づき、そして名前と居場所を晒すことになる非常に危険な行動だ。
でも、昔お母様も言っていた。
”リスクを取らずに、最大限の結果を得ることはできない”と。
今のローワンの手元には、何もない。情報も、地位も、魔法を使う力も。
ローワンが持っているものは、わずかな勇気と、不思議な指輪と、それから。
目の前に座るアクルの方を真っすぐに見た。
「なんだ、変な顔をして」
机に肘をつき、下を向いて開いてるページを見ていたアクルは、ローワンの視線に気づき、わずかに眉をひそめた。
16歳の誕生日の夜に出会ってから、ずっとローワンと一緒にいてくれたアクルだけだ。
悲しい時には慰めてくれ、困った時にはいつも力になってくれた。一人ぼっちだったローワンにとって、アクルは初めてできたかけがえのない大切な人だ。
あ、人じゃなくて精霊のようなものだった。
「アクル。私、アカデミーに行くよ。」
両親の死の真相に少しでも近づくため、私もリスクを取ろう。
☆
「お前、、、、よくこれでアカデミーに行くなど言えたものだ。」
「いや、ほんと、、すみません」
”私、アカデミーに行くよ、”と大口をたたいて1時間後。
ローワンはこの計画には無理があるのではないかと、心の底から思っていた。
アクルが購入した”アカデミー大全”の中には、アカデミーで過去に出題された入試の問題が10年分載っていた。
アカデミーの試験は2種類あり、一つは魔法の実技試験、そしてもう一つは筆記試験だ。
筆記試験は文法学・修辞学・論理学・数学・幾何・天文学・音楽の中からランダムで20問出題される。
「論理学と修辞学以外は壊滅的だ。音楽に至っては一問も正解できていないではないか」
ローワンの解いた昨年の入試問題の答え合わせをしながら、アクルは非常に険しい顔をしていた。
「6歳以降ろくな教育を受けてないんだから!仕方ないじゃん!」
ローワンが最後に教育らしきものを受けたのは、両親が亡くなる前の6歳の時なのだ。
それ以降、地下室の本を読んだりしていたが、音楽のような高度の教養が必要とされるものに触れる機会は、この10年間一度もなかった。
「・・・入試まではちょうどあと一か月ある。なんとか間に合わせるしかない」
ローワンの回答にペンを入れていたアクルは、絶望するように天井を仰ぎ、そして自らの顔を両手で覆った。どうやらアクルはローワンのことをもう少し賢いと思っていたらしい。
残念だったわね。6歳当時の教育レベルで王国一の魔法学校に受かるくらいなら、10年も虐げられながらメイドの仕事なんてしていないわ。
はぁ、と大きくため息を吐いて椅子に座り直したアクルは、テーブルの上に身体を乗り出し、ローワンの目の前に3本の指を出した。
「いいか。入試までの1か月でやるべきことは大きく分けると3つだ。一つ目は筆記試験対策、二つ目は魔法の実技試験の対策。そして三つ目は金だ。」
「お金って入学金とか、授業料ってこと?」
「そうだ。アカデミーは平民から貴族まで、身分問わず幅広く門戸が開かれている。王族であろうとも入試で身分を考慮されることはない。それゆえ合格通知が届くまで、その受験生の名前や身分の提出は一切不要だ。」
「ふぅん」
「ただし、一つだけ身分における例外がある。それが入学金と授業料、および寮での生活費だ。入試で良い成績を収めた奨学生は無料で、そこから平民から貴族へと身分や爵位に合わせてどんどん高額になってゆく」
奨学生を狙おうと思っていたが、それは不可能だ。この世界が滅亡したとしてもありえまい。と、アクルは至極まじめな顔で言った。
相変わらず、なんて失礼な精霊なのだ。
口をはさみたくなったローワンだったが、自分の知識のなさが原因なのでとりあえず気を取り直して話を続けることにした。
「ローワン=バークレイとして入学する以上、伯爵階級のお金が必要ってことね」
「そうだ。この本によると、伯爵の場合入学金が200万 J、寮費が3年で800万 J、授業料が1,000万 Jだ。これが合格通知受領後、入学手続きの際に名前や身分などの提示と共に必要になる」
アカデミーの入試は1日で行われ、その場で合否が決まるとアクルは言っていた。つまり、全てのお金を入試に臨む時点で持っていなければならないということだ。
200万と、800万と、1,000万、、これくらいであればローワンでも簡単に計算できる。全部合わせると、、あれ?
「に、2,000万 Jも必要なの!?入学金すら払えないじゃない」
「そうだ。月の家の金庫にあったのは100万 J、今日本などで使ってしまったから今の残高は90万 Jほどだ。」
「1週間で10万 Jもなくなったの?数年は持つって言ってたじゃない」
「貴族名鑑が5万 J、アカデミー大全が1万 Jだったのだ」
「た、っか!!!」
ローワンはテーブルの脇によけられていた貴族名鑑を、じっと見つめた。
ページ数が多く全てカラーだったから高いとは思っていたが、まさか5万Jもしていたとは。あなた、パンが250個も買える値段だったのね。
「まぁ金については策があるから何とかなるだろう。それより問題は実技と筆記試験だ。明日、また本屋に行って試験対策の本を仕入れてこなければ」
「策って、もしかして盗むつもりじゃないよね」
「馬鹿、それでは別の意味でお尋ね者になってしまう。正攻法で稼ぐさ。とにかく、試験に合格せんことには金を集めても意味がない。この1か月で何とか最低レベルまでもっていくぞ」
「わか、った」
「お前のその空っぽの頭が、現時点で何ができて何ができないのかを把握しなければ。とりあえず10年分の過去問を解け」
ローワンのおでこに向けて指をコツンとぶつけながら、アクルは言った。
「空っぽでわるかったわね!」
助けてもらっている手前強く出られないが、本当になんて失礼な精霊なのだろう。アクルだって記憶がなくて頭がからっぽのくせに!
ローワンは精いっぱいの反抗心を示すため、アクルにべーっと舌をだした。
アクルはそんなローワンを見て、いいから早くしろ。と埃を掃うかのように手をぱっぱと振っている。
絶対に合格してアクルを見返してやるんだから!




