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Ep.20 チェンバレン領中心街 後編


 カラン、コロン

 本屋の重い木の扉を開けると、軽い鈴の音が店内に響き渡った。


 アクルが指さした先にあったのは、広場から一本細い道に入った場所にある小さな本屋だった。

 この街にはいくつか本屋があるのだが、ここが一番専門書の品揃えが良い店らしい。


 狭い店内には、全ての壁や床に所狭しと本棚が置かれ、棚の中にはぎっしりと色とりどりの本が詰まっている。床の上や棚の上など、置き場所がないからなのかわからないが、溢れんばかりの本が置かれていた。


 アクルはどうやらこの本屋でお目当ての本があるらしい。パン屋とは異なり、常に店主の目があるため、以前来た際には勝手に持ち出すことができなかったそうだ。

 店に入ると同時に、アクルは奥の梯子はしごを上って2階の本棚へ向かっていったので、ローワンは入口付近を見ることにした。


 かなり人気のない店のようだ。年老いた店主の他には、ローワンと同い年くらいの茶色い髪をした青年がいるのみだ。

 青年は首にイヤーマフラーのようなものをひっかけていて、”転移魔法陣の実現で世界が変わる”と表紙に書かれている本を熱心に立ち読みしている。春の季節なのに耳当てなんて季節外れだな、とローワンは不思議に思いつつ、青年の隣を通過した。


 両親の情報を集めるとはいっても、何から読めばいいのかよくわからない。

 とりあえず、無数にある本の背表紙を見ながら歩いていると、”魔法陣入門”と書かれた本が目に入った。著書の所には、アリシャ=バークレイと、ローワンの母の名前が書かれている。


 こんなところにも母の著書があったのか、と少しうれしい気持ちになり、その本の周囲を見ていると、どうやらその棚には魔法陣関連の本が集まっているらしい。”魔法陣と数学”、”魔法陣の効率を高める方法”、”天才魔術師アリシャ=バークレイの半生”という本が並んでいた。


 そういえば、自分の母としてのお母様についての知識はあるが、母が実際どのような研究をしていたのか、や、幼少期やローワンを生む前にどのようなことをしていたのかはよく知らなかった。


 自然と、”天才魔術師アリシャ=バークレイの半生”と書かれている本に手が伸びる。


 一番最初のページを捲ると、母の経歴らしきものが書かれていた。


 ”アリシャ=バークレイ

 王歴1980年 バークレイ領で生まれる

 王歴1996年 アカデミーに入学 魔法陣研究の才能を開花。在学中に数多くの論文を発表し学会に衝撃を与える

 王歴1999年 アカデミーを首席で卒業後、研究員としてアカデミーに在籍。特に魔力を鍵として用いる魔法陣や、従来の生活魔法陣の効率化などに注力

 王歴2000年 20歳にしてアカデミーの最年少教授に昇格、アカデミーで教鞭をとる。自身の研究の傍ら学生への教育に情熱を注ぐ

 王歴2005年 従兄であったセージ=バークレイと婚約・結婚

 王歴2006年 考案・改良した”式”が500を超え、若干26歳にして魔法陣研究の権威と呼ばれるようになる

 王歴2009年 長女ローワンを出産。アカデミーを退職し、バークレイ領で研究を続ける

 王歴2010年 転移魔法陣に関する最初の論文を提出

 王歴2015年 大雨の日の落石事故により、夫セージ、娘ローワンと共に死亡”

 

 

 ローワンの知らない母の話が、そこには書いてあった。

 バークレイ領にいる姿しか見たことがなかったが、本当に優秀な魔術師だったのだろう。


 この本は買おう。アクルは今日30,000 J(ジェイン)持ってきていると言っていた。本の値段は5,600 J なので、食糧の値段がイマイチわからないがおそらく大丈夫だろう。

 アクルは月の家の金庫には1,000,000 J あり、贅沢しなければ数年は生きていけると言っていたから、何冊か本を買う余裕はあるはずだ。


 分厚い本を閉じ、アクルの様子を見るため周囲を見回していると、ふと、隣にいる青年が目に入った。いつの間にこんなに近くにいたのか、青年はもう一冊あったらしい、”天才魔術師アリシャ=バークレイの半生”を読んでいる。


 青い瞳が、せわしなく左右に動き、本に書かれている文字を追っているようだ。

 魔法陣って意外と世間でも人気なのね、と思ったローワンが青年の横を通り過ぎ、アクルがいるであろう2階に足を進めたその時。青年が小声で発した言葉に、ローワンの足は思わず止まってしまった。


 「アリシャが10年前に死んでる、、?どういうことだ。それで転移魔法陣が完成してないのか、、?」

 

 ”アリシャ”、それに”転移魔法陣”と言う言葉が聞こえ、思わずローワンは青年の方を振り返った。

 私と同じくらいの歳に見えるけど、お母様のことを知っているのかしら。


 初めて会った母のことを知っていそうな人物だ。話しかけてみたいが、またアクルに警戒心のない奴めと言われてしまうかもしれない。

 ローワンが青年に話しかけるべきか否かを迷い、一度青年に向けて伸ばした手をひっこめたり伸ばしたりいると、ちょうど2階へと繋がる梯子はしごからアクルが降りてきた。


 「欲しいものは見つかったか?」


 「あ、うん。これ」


 梯子から分厚い3冊の本を持って降りてきたアクルに、手に持っていた”天才魔術師アリシャ=バークレイの半生”の本を見せる。


 「ふむ、いいだろう。会計を済ませて出よう」


 ローワンが持っていた本を取り上げて、すたすたと店主の方へ向かっていくアクルの背中を見ながら、ローワンは再び先ほどの青年の方を見た。

 青年は2階からアクルが居なくなるのを待っていたのだろうか、梯子を上って2階に上がっているようだった。ここから見える限りでも2階は狭いため、複数人が入るスペースはなさそうなのだ。

 

 話をしてみたかったけど、さすがに追いかけていくほどではないよね。

 アクルが会計を済ませているのが見えたので、ローワンは後ろ髪をひかれる思いで本屋を後にした。




 本屋を出た後、1週間分の食糧を購入したローワンとアクルは、月の家に戻ってきていた。

 市場で買い物をしながら、アクルにお金の使い方や物価を学んだ。


 パンが1つ200 J 、リンゴが300 J 、魚が100 J

 チェンバレン領は海や鉱山が近く作物が育ちづらい土地のため、リンゴと魚の値段がバークレイ領とは逆だそうだ。その土地によって物の値段が変わるというのは、ローワンにとって初めて知ることだった。


 特に興味深かったのが、クランベリーの値段が5日前は800 J だったにもかかわらず、今日は1,600 J で売られていたことだ。

 アクル曰く、掲示板に書かれていた北部で起きている農作物の不作が原因ではないかとのことだった。


 市場には、ローワンが食べたことのないような不思議な果物や、おいしそうな屋台料理などが並んでいた。

 早く家に帰りたがっていたアクルに頼み込んで、屋台の近くのベンチに座って串焼きを食べた。アクルは本当に緊張感のないやつだな。と怒っていたが、焼き立ての串焼きはとても美味しく、ローワンにとってはとても幸せな時間だった。


 再びcelerケレルの魔法を使って月の家に帰ってきたローワンは、手早く夕食を済ませシャワーを浴びていた。

 髪に塗っていた染料は洗えば落ちるらしい。10年間別の色だったにもかかわらず、鏡に映る自分の赤い髪に、ローワンはなぜか少しほっとしてしまった。


 「アクルは今日何の本を買ったの?」


 シャワーを終え髪を拭きながら部屋に戻ると、昼間と同じ姿をしたアクルがソファに転がって本を読んでいた。

 姿を変えるのは非常に大量の魔力を消費するようで、しばらくはこの青年の姿でいるつもりのようだ。


 「貴族名鑑と、お前の父親が書いたモルボーデン王国の歴史についての本、そしてアカデミーに関する本だ」


 ソファに横向きに寝転がり、足を組んで本を読んでいるアクルは、顔を覆い隠すように広げた本から目を離さないまま言った。お父様が書いたモルボーデン王国の歴史の本なら、ローワンも幼いころに読んだことがある。

 アクルは、赤い表紙の”アカデミー大全”と書かれた本を読んでいるようだ。


 「これ、読んでもいい?」


 「どうぞ」


 テーブルの上にお父様の著書と共に置かれていた、一際分厚い”貴族名鑑 王歴2025年版”と書かれた本を手に取った。こぶしほどの厚さがある本で、表紙や中に書かれている絵もカラーのようだ。これ、一体いくらしたのかしら。


 ページを捲ると、直近200年ほどの貴族の情報が書かれていた。

 一ページ目に書かれているのは、"初代 モルボーデン王 ランスロット=ブリテン"の文字だ。エクター王子によく似た、プラチナブロンドに碧い眼をした男性の絵が描かれている。

 男性の絵の下には、”ブリテン家次男 モルボーデン王国の始祖、200年以上続く王国の栄華を築いた”と書かれている。


 情報量があまりにも多いので、ぺらぺらと流すように捲っていると、エクター王子や、給仕係が大好きなキール=ロジャースのページを見つけることができた。

 そして伯爵の欄には、もちろんローワンや両親の情報も載っていた。生まれた年や職業、顔写真などが載っており、王歴2015年に一家全員死亡の文字があった。


 全てに目を通すには時間が掛かりそうだ。

 ローワンはテーブルの前の椅子に座り、自身の濡れた髪をauraアウラ levisレウィスの魔法で乾かしながら、ページを捲った。

 魔力コントロールの一環で、自分の髪を乾かすためそよ風を吹かせている。本当は温風を吹かせたいのだが、魔力コントロールが足りず火傷しそうになるので致し方なく普通の風で乾かしているのだ。


 魔法の方に8割ほどの集中力を奪われた状態で、ぺらぺらと本を捲っていると、ふと、男爵のページで今日本屋で見かけた青年に非常によく似た人物を見つけた。

 本の中には”ケイ=チェンバレン チェンバレン男爵家三男”と書かれている。

 

 ブラウンの髪に青い眼の16歳の青年で、平民にも少なくない色味だが、顔は非常によく似ている。

 そういえば今日、掲示板でチェンバレン男爵の三男は今年からアカデミーに入学予定という情報が書いてあった気がする。


 アカデミーと言えば、ローワンの母親の出身校で、そして教鞭をとっていた場所でもあるらしい。それに、今まさにアクルがそんなアカデミーについて書かれた本を読んでいる。



 「ねぇアクル。アカデミーってどんなところ?」


 ローワンの質問が予想外だったのだろうか、ソファに転がっていたアクルは少し目を開き、本を身体の上に置いてこちらに視線を向けた。


 「興味があるのか?」


 「うん、お母様がアカデミーを卒業して、教授をしてたって本で読んだから」


 「ふむ」


 そう言ったアクルは、ソファから立ち上がり、本を持ったままローワンの向かいの椅子に腰かけた。

 そして、テーブルの上に今まで読んでいた本を置き、最初のページを指さした。


 「ミドルアース魔法学校、通称アカデミー。ベディヴィア=リンデンにより設立された魔法学校だ。平民から貴族まで人種を問わず幅広く受け入れており、国外から通う者も多いらしい。」


 アクルが指さしたページには、初代校長ベディヴィア=リンデンの絵が描かれていた。

 

 緑色の瞳をした優しそうな男性だ。

 あまり見かけない色だが、ローワンは幼き日のどこかで、この優しい緑色の瞳を見たことがあるような気がした。



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