Ep.19 魔法の修行
パタン。と、木でできた月の家の扉を閉める。
外に出れば、爽やかな春の風がローワンの赤い髪を揺らした。
ぱたぱたと、先ほど着替えたばかりのリネン素材の服が揺れている。今まで着ていたメイド服とは違い、パンツスタイルのため風でめくれ上がる心配をしなくて良いのはありがたい。
昨日まで着ていたメイド服は地下室で埃まみれになってしまったので、シャワーを浴びるついでにクローゼットの中の服に着替えた。
肌触りの良い、少年が着るような、茶色いズボンに白いチュニックだ。
昨晩は暗くてよく見えなかったが、アクルの言う通り家の裏には畑があるようだ。
色とりどりの野菜が、人の手を介していないとは信じがたいほどに立派に実っている。
ザザっと、波が岩肌に打ち付ける音が聞こえる。
周囲をくるりと見渡せば、家からは少し離れた崖の上で、寝転がっているアクルらしき人影が見えた。
先ほど、アクルから言われた言葉に、思わず動揺してしまった。
両親が、誰かに殺されたのかもしれないということ。
10年前のある大雨の日、ローワンの両親は夜遅くにどこかへ出かけて行った。
眠い目をこすりながら、一緒に連れて行ってほしいと言ったが、二人はローワンの頭を優しく撫で、すぐに帰ってくるからと言って出ていった。
それが、ローワンが両親を見た最後の姿だった。
どうして今まで忘れてしまっていたのだろう。
両親がどのように死んだのか、なぜ疑問に思わなかったのだろう。
両親の顔も、こんな大事な記憶も、そして、自分の髪色でさえも。
冷静に考えればおかしいことだらけではないか。
どうして自分は、10年もあの家にいて何も疑問に思わなかったのだろう。
何故、誰かに助けを求めたいと思わなかったのだろう。
何故、少しでも情報を集めようと思わなかったのだろう。
頭がいっぱいになってしまい、少し整理する時間が欲しいと伝えたところ、アクルは気を利かせて外に出て行ってくれた。
めいっぱい、自分で考えて、頭を冷やすためにシャワーを浴びて。鏡に映る10年ぶりの自分の姿と向き合って。
そして、決めた。
「アクル」
崖の上で、そよそよと銀色の髪を風に乗せていたアクルに声をかける。
アクルも何か考え事をしていたのだろうか、かなりの時間が経ってしまったが、寝ていたわけではないようだ。
ローワンが傍まで来ると、寝転がっていた身体を半分起こし、アクルがこっちを見た。
「心の整理はついたのか」
「うん。」
お前はこれからどうしたいのか。と、先ほどアクルが言った。
決まっている。
このまま、わからないままにしておくわけにはいかない。
「本当のことが知りたい。もし、本当にお父様とお母様が誰かに殺されたのだとしたら、誰が何のためにやったのか、それを知りたい。」
ローワンの言葉に、深く頷いたアクルは地面から起き上がり、こちらを向いた。
腰に手を当てて立ったアクルの長い銀色の髪が、横風に吹かれ、バサバサと靡いている。まるで、旗がぱたぱたと揺れているように。
ローワンの心に芽生えた、小さな反撃の意思を表すように。海を背にして旗のように横に大きく伸びたアクルの髪は、ゆらゆらと力強く揺れた。
「よかろう。ローワン、お前に魔法を教えよう」
☆
「魔法についてどのくらい知っている」
「ほとんど。アクルに言われて初めて、私に魔力があることを知ったくらい」
魔法を教えてくれると言ったアクルと共に、ローワンは月の家の裏に広がる大きな庭に来ていた。
隣には畑があり、後ろには高い崖の下に海が広がっている。
「ふむ、では基礎からだな。まずは魔法についての知識を話そう」
魔法とは身体を巡る魔力を糧として、自然のエネルギーを具現化したものだ。
火、風、水、氷、雷の5つの型があり、生来使える型は1つと決まっている。
魔法型は、魔力の質や量と共に遺伝で決まることが多く、基本的には両親のどちらかの型を受け継ぐことが多い。
通常は10歳になると魔力が発現し、そこから成長と共に魔力量が増えていき16歳で増加のピークを迎える。
5つの魔法型にはそれぞれ相性や、適性がある。
雷の魔法型は、水と風に強く、弱点はない。そのため、対人戦闘に優れている。
風の魔法型は、水に強く、雷・火・氷に弱い。対人戦闘は苦手だが、空を飛ぶ、情報を入手する、回避するなどの行為に優れている。
水の魔法型は、火に強く、雷と風に弱い。林業、漁業、農業などの産業と親和性が高いため、それらに従事している者が多い。
氷の魔法は、風に強く、火に弱い。氷を操るために繊細な魔力コントロールが必要とされるため、最も習得難易度が高い。
火の魔法は、氷に強く、水に弱い。金属との相性が良いため、鍛冶屋や魔石道具の職人になる者も多い。
「ここまでは理解できたか?」
「魔法と魔術って何が違うの?」
「魔術は魔法に学問を組み合わせたものを指すことが多いな。例えば、お前の母親が研究していたという魔法陣が魔術の代表例だ。詳細はわからないが、錬金術研究所で行われている研究も魔術の一部かもしれないな」
魔法は、己の魔力を5種類の自然エネルギーのどれかに当てはめて使用する。一方魔術は、己の魔力をそれ以外の形で利用することを指すことが多い。
己の身体を媒介にして発動する魔法とは異なり、魔法陣は”式”や”陣”と呼ばれるものを媒介にして発動する。
魔術師の理想とする効果を実現するために、魔力の通り道、すなわち”式”を作る行為が必要だ。
式には様々な種類があり、現代語で構成するものもあれば、ローワンの母のように古代文字を用いて構成するものもある。
その他にも数学や天文学、言語学など多岐にわたる学問を組み合わせることができるため、奥が深くそれゆえ難易度が高い。
しかし、式を構成することさえできれば何でもできるので、無限の可能性を秘めているとされている学問だ。
「わかったか?」
「う、うん。多分。じゃあアクルを創るための式も存在してるの?」
「・・・面白い質問だな。残念ながらそれは私にもわからないが、現時点で得ている情報の限りでは、そのような式を構成するのはかなり難しいだろうな。」
「ふぅん。わかった」
わかったような、わからないような。しかし、ローワンはコクリと頷いた。
せっかく魔法を教えてもらえるのだ。いつまでも座学だけを聞いているわけにはいかない。
「よし、では早速だが魔力コントロールを学ぼう。」
「満月の部屋でやったみたいな?」
「まぁそうだな。自分の身体に流れる魔力を知覚し、自由にコントロールすることが魔法への第一歩だ。魔力をコントロールすることができれば、魔法も魔法陣も上手に発動できるようになる」
魔力コントロールの第一歩は、まずは自分の身体に流れる魔力を知ることが大切らしい。
満月の部屋では、アクルがローワンに魔力を直接送り込んでくれていたが、今回はそれはなしで自分の感覚だけで魔力のイメージを掴むのが良いのだそうだ。
「初回だけはイメージしやすいように魔力を見えるようにしてやろう。」
アクルがパチン、と指をはじくと、アクルに初めて会った日と同じように、ローワンの周りをきらきらとした緑の光の粒が舞っているのが見えた。
ローワンのつま先から、髪の先まできらきらとした光の粒に覆われているのが見える。
「わぁ。全身に流れているのね」
「魔力は心臓付近から生産されている。そこを起点にして、髪の先まで全身を巡るように魔力が流れているのだ。まずはこの魔力を感じることと、身体の任意の場所に集めてこれるようにすることが必要だ。」
「わかった。」
ローワンはコクリとうなずき、満月の部屋でやったように目を閉じて、自分自身の身体を流れる暖かい熱を感じることに努めた。
自分の呼吸だけに意識を傾けていると、自然と何か暖かいものが身体中を巡っている感覚が分かってきた。
これが魔力なのだろうか。
「魔力を感じることができたら、それを手の先に集めるイメージをしてみるんだ」
ローワンは大きく息を吐いて、胸の辺りからじんわりと広がる熱を、すこしずつ手の先に集めることを意識した。
身体に添うように、ストンと落とした両手から、すこしずつピリピリとしたしびれが伝わってくるのが分かる。
「ふむ、筋は悪くないようだな。次は足の裏に集めてみろ」
ローワンは目を閉じたまま、コクリとうなずいた。
手の先に集まった熱を、少しずつ足先へと落としていくイメージだ。
集中を切らさないよう注意しながら、うっすらと目を開けてみると、きらきらとした緑の光の粒がゆっくりと、ローワンの身体を伝って足の方へ流れていくのが分かる。
「魔力が多すぎるな。少し量を抑えられないか」
「・・・どうやって?」
「感覚は人によって異なるそうだが、そうだな。先日読んだ本には、腹の奥の方に力を入れて力を絞るようなイメージと書いてあった」
お腹の奥の方、、?ってどこかしら。このあたり、、?
いまいち感覚はわからないが、ローワンはおへその少し下あたりにグッと力を入れた。
「うーん。心なしか光が薄くなったようななってないような」
「そうすぐに習得できるものではない。必要なのは慣れだ」
身体のいろいろなところに力を入れたり、抜いたりしながら、ローワンは光の粒の動きをしっかり観察した。
少しでも気を抜くと、足の裏に集めた光の粒が散っていってしまう。
うーんと唸ったり、首を傾げたり、握りこぶしを作ったり、試行錯誤すること数分。
「魔力が多いか少ないかってのがよくわかんないな」
「ふむ、そうだな。では実践で学ぶのが良いだろう。」
身体に集まる光の粒が、増えたり減ったりするのを必死に観察していたが、ローワンにはどのくらいの光の量が魔力が多くて、どのくらいが適正なのかがよく理解できなかった。
「まず覚えるべきは移動の魔法だ。情報収集するにもここから街までは距離があるからな。足の裏に適量の魔力を集めながら、celerの呪文を唱えて見ろ」
「わかった。」
目を開けたまま、光の粒がしっかりと足に集まっていることを確認し、一息で大きな声で唱える。
「celer」
すると、
足の裏から猛烈な風が噴出し、ローワンの身体は宙に大きく打ち上げられた。
「ぎゃっ、」
そしてそのまま、空中でバランスを失ったローワンの身体は、顔から豪快に地面に着地した。
やわらかい土と芝生のおかげか、大事には至らなかったようだが、鼻先をすりむいたようだ。
「いったー!」
「込める魔力が多すぎるとこうなるのだ。風を噴射する方向と、適切な魔力量、それからそれを継続させることが大切だな」
「せめて倒れる前に受け止めてよ!!」
「身体に覚えさせるというのが重要、と本で読んだのだ」
「転ぶところまでは覚えさせなくてもいいでしょう!!」
地面に這いつくばり、どろどろになってしまったローワンに対し、涼しげな顔で腕を組んで仁王立ちしているアクルがなんだか憎たらしい。
教えを乞うているのはローワンなので、強く出られないのがなんだかとても苦しい。
「まずはcelerを実用レベルまで使いこなせるようになるんだ。しばらくは、魔力コントロールの練習だな」




