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Ep.18 月の家

第二部開始です。


 『アル!おいで!』

 『ワン』

 『ローワンは本当にアルが好きね』

 『うん!大好き!アルはわたしの一番の友達なの!』


 優しい両親の声が聞こえる。

 バークレイ伯爵家の美しい庭で、大好きなアルと両親とローワンの3人で仲良くピクニックをしている。


 アルはシルバーブロンドにヘーゼル色の目をした、ボルゾイの犬種だ。

 そんなアルとは対照的に、両親は二人とも真っ赤な髪をしていて、視界の端に見切れる自分の髪も、燃えるような赤い色だ。


 今まで、夢の中でもこんなにはっきりと両親の顔を見たことはあったのだろうか。


 ん?自分の髪が赤い、、?



 「ん、んん」


 意識が戻ったばかりのまどろみの中。

 どこかから、トントンとリズムよく包丁で食材を切るような音が聞こえてくる。

 

 うっすら目を開ければ、普段のメイド部屋とは違う明るい陽の光と、真っ白のシーツが視界に広がった。

 ふかふか、、それになんだが良い匂いがするような。


 ゴロンと寝返りを打てば、ぼんやりとした視界の向こうでうっすらと人の姿が見える。

 キッチンのようなところに立つ、銀色の髪をした長身の背中のようだ。


 「わ、ここどこ!」


 人の姿を見つけた途端、一気に意識が覚醒した。

 急いで寝ていた身体を起こせば、そこは暖かな雰囲気の家だった。

 ふかふかのベッドに、テーブル、落ち着く柄のカバーが掛かったソファに、小さな暖炉。そしてその暖炉の上には、両親の肖像画。


 「起きたか。朝食を作ってみたが、食べるか?」


 突然聞こえてきた声に、ローワンはビクリと身体を震わせ、声のする方を見た。

 そこには、美しい外見には似合わずエプロンをつけ、パンのようなものが載った白いお皿を持って、こちらを見ているアクルがいた。


 「あれ、アクル?ここは、」



 そよそよと、開いた窓から優しい風が室内に吹き込み、そしてわずかに潮の香りがする。

 これは、海の匂いだ。


 「ここはチェンバレン領の端。お前の両親が遺した”月の家”と呼ばれる場所だ」


 手に持っていた皿を近くのテーブルにコトン、と置きながらアクルは言った。


 そうだ。昨晩、地下室の絵に魔法を込めるとこの場所に転移してきたのだ。

 そしてこの家に着いてしばらくして、そのまま泣きつかれて眠ってしまったのだった。


 「ひどい顔だぞ、洗面台が向こうにあるから、顔を洗ってこい。」


 「あ、うん」



 慌ててベッドから起き上がり、アクルが指さしてくれた方向へ向かう。

 

月の家とアクルが言ったこの家は、小さな家だが生活拠点として必要なものは一式そろっているらしい。暖炉に、ベッドに、キッチンに、そしてバスルームと洗面台まで。


 洗面台の前に立つと、壁からは魔石付きの蛇口が伸びていて、正面には鏡が置かれていた。

 この蛇口は伯爵家にも備え付けられていたものだ。浄水機能が付いていて、海水や雨水などをきれいな真水にして利用することができる。かなり高価な魔石道具なはずだ。


 鏡の前に立ち、蛇口から水を出す。


 鏡の中からこちらを見ている自分の顔は、夢の中と同じ赤い髪をしていた。

 赤い髪に、ブラウンの瞳。

 この10年見慣れていた、くすんだ灰色の髪とは対照的な色だ。なんだか自分じゃないみたいで見慣れない。


 キッチンの方から、アクルが早くしろと言っている声が聞こえてきたので、ローワンは急いで顔を洗い、傍に置いてあったタオルで顔を拭いた。

 まるで、つい最近まで人が住んでいたような家だわ。


 顔を拭き、爆発しかけている量の多い赤い髪を手櫛で気持ち整え、アクルの元へ行く。




 テーブルの上には、湯気を立てている暖かそうな野菜のスープと、瑞々しい野菜が盛られたサラダ。それから昨日の昼食の残りと思われるパンが置かれていた。


 「この野菜、どこから手に入れたの?」


 「家の裏に畑があったから作った。魔石の自動給肥機が置かれていたから、人の手を介さずに育ったものなのだろう」


 まさかこの家に食べ物があるとは。というか、アクルって料理できるのね。

 スープの中にはイモやコーンが入れられ、葉野菜とトマトがのった彩鮮やかなサラダが並んでいた。どれも新鮮で、みずみずしい見た目をしている。


 「冷めるから早く食え」


 「あ、うん。ありがとう!」


 あたたかな湯気を立てているスープを一口飲む。飲んだ瞬間から素材の味と共に、塩やハーブ、少しスパイスの効いた味が口に広がった。


 思ったより疲れていたらしいローワンの身体に、暖かいスープが染み渡る。


 「美味しい!なんだか、懐かしい味がする!」


 「キッチンにあったレシピを使ったのだ。幼いころに食べたことがあるのかもな」


 ローワンの向かいの椅子に腰かけたアクルは、ローワンに向けて1冊の本を見せてきた。古びたノートのようなもので、表紙には父の字で”秘伝のレシピ”と書かれていた。


 「そうだわ。お父様が昔作ってくれたものに似てるかもしれない」


 時折、ローワンの父が料理を作ってくれることがあった。

 普段は伯爵家で雇っている料理人が作った豪華な食事を食べていたのだが、時折父が作ってくれる素朴な味の料理を、ローワンは密かに心待ちにしていた。


 「スパイス類も魔石のついた棚に保管されていた。おそらく湿度や温度を一定に保つ効果があるのだろう。」


 「え、これもしかして10年以上前のスパイスなの?」


 「・・・変なにおいはしなかったからおそらく大丈夫だ」 


 アクルから聞こえてきた衝撃的な言葉に、思わずスープを飲んでいた手が止まる。

 そ、そうよね、ここは多分お父様とお母様が生前使っていた家で、きっとお二人が亡くなって以来人の手が入っていないはずだから。


 いや、深く考えるのはやめよう。

 ローワンはお腹は強い方だ。腐りかけの食べ物を食べたことは何度もあるが、運よく一度もお腹を壊したことはない。


 ぶる、っと首を振って食事を再開した。



 「昨日私が眠ってから、なにしてたの?」


 「周囲を見回って、後はこの部屋に置いてある本を読んでいたな」


 「何か気になることはあった?」


 「家の周りに強力な魔法陣が描かれていた。目くらましの効果と、動物避けの効果がありそうだ。少なくとも10km圏内に民家はなかったから、おとなしくしていれば人に出くわすことはないだろう」


 「お母様が用意したのかな」


 「さぁな。だが、この家から出ずともしばらくは生活できるようになっている。家の裏には畑があるし、魔法陣は海にも伸びていたから魚も獲れる。水や火も魔石道具があるから心配もいらない。」


 まるで、誰かが隠れ家にするために建てたような家だ。と、テーブルに肘をついたアクルは言った。

 ローワンの記憶では、両親の生前にこの家に来たことはないはずだ。バークレイ領から遠く離れたこの場所で、両親は一体何をしていたのだろう。



 あたたかいスープや、しっかりとした食事をしたからだろうか。ようやく頭が動き出したらしい。

 昨日の朝からろくな食事をしていなかったローワンの身体は、朝食のおかげで少しずつ元気になってきたようだ。


 「美味しかった!ありがとうね。アクル」


 「あぁ」


 ローワンの目の前に座り、どこか遠くを見ながら何かを考えているようだったアクルに朝食の礼を言う。

 美味しかったな。まさか、アクルの手作りの料理が食べられるとは思わなかった。


 「後片付けはやるね。」

 

 ガタン、と椅子を引いてローワンが食器を片付けるために立ち上がろうとしたところ、アクルが手で制した。


 「良い。その前に、大事な話をしよう。」


 真剣な顔をしたアクルは、指をパチンと鳴らした。

 するとローワンが先ほど食事をしていた食器たちが、ふわふわと流し台の方へと飛んで行く。魔法って本当に便利だわ。

 


 そして、綺麗になったテーブルの上にアクルは一冊の本を置いた。


 「ここを、読め。」


 「これって、アクルが昨日屋敷で読んでた雑誌?」


 テーブルの上に置かれていたのは、昨日アクルが庭師の倉庫で読んでいた雑誌だった。”The noble”と書かれ、表紙にはエクター王子がバルコニーから手を振っている絵が描かれているものだ。


 アクルが指さしたのは、雑誌の後ろの方に小さく載っている記事だった。1ページの1/8ほどの領域に書かれている、小さな絵と細かい文字の記事だ。


 「これ、私たちの絵だわ」


 アクルが指さした先には、両親と3,4歳程と思われるローワンの絵が載っていた。目を凝らしながら、周囲に書かれている文字を読んでみる。


 ”アリシャ=バークレイ教授 没後10年

 天才魔術師とうたわれた、アリシャ教授が不運な事故で無くなって10年。

 王国では、悲願と言われていた転移魔法陣の研究がようやく軌道に乗り始めた。

 今回の実験では、リンゴを1つ300m移動させることができたに過ぎない。しかし以前の実験では、対象が転移の過程で粉々に分解されてしまっていたことを考えれば、非常に大きな一歩と言えるだろう。

 天才魔術師であるアリシャ教授がご存命であれば、既に人間や長距離の転移魔法陣が実用化されていたかもしれない、という夢を見てしまうのはきっと筆者だけではないはずだ。

 今後の研究の益々の発展を期待するとともに、アリシャ教授、並びに共に亡くなられたセージ伯爵、ご息女のローワン様が安らかな眠りにつかれていることを祈ろう。”



 「この、最後の文って、、、」


 記事の趣旨としては、昨日アクルが言っていた転移魔法陣の研究の進捗と、ローワンの母に向けられた追悼文のようだ。

 しかし、最後の文には、”共に亡くなられたご息女のローワン様”と書かれている。


 「伯爵邸で会ったエクターとかいう王子の言葉を覚えているか?」


 「赤髪のご友人を探しているって話?」


 「そうだ。そしてその友人は死んだと言っていただろう」


 アクルの言った言葉に、ローワンは、ハッと息をのんだ。

 エクター王子が探していた友人は、赤い髪で、ローワンと同じ春の季節2月目の生まれで、そして亡くなったと言っていた。

 

 「私は、世間ではお父様とお母様と一緒に死んだことにされているってこと、、?」


 「あぁ。おそらくな」


 「でも私エクター王子とは友達だった記憶はないけど」


 「・・・いずれにしても、その記事を見る限りはお前が死んだものとして扱われているのは間違いない」


 ローワンは両親が亡くなってからの10年間、伯爵邸から出たこともなければ、屋敷内にいた人以外とは会話をしたこともないのだ。使用人たちとも、会話らしい会話は全くしていないが。

 自分が世間では死んでいるものとして扱われていると聞いても、イマイチ現実味がない。



 「お父様とお母様が亡くなった不幸な事故って、何なのかしら」


 ふと、頭に浮かんできた疑問を声に出してみる。

 そういえば、10年前に両親が亡くなったはずだが、その理由について誰かに聞いたことはなかった。

 と、いうか。不思議とこの10年間、一度も疑問に思ったことがなかった。


 質問が気に食わなかったのだろうか。ローワンの発言を聞いたアクルが眉をひそめてこちらを見ている。


 「私が屋敷でお前にそれを尋ねた時は、”わからない。知りたいと思ったこともないわ”と言っていたぞ。どういう心境の変化だ」


 「え、私そんなこと言ってた?全然記憶にないや」


 椅子に横向きに座り脚を組んでいたアクルは、元々テーブルについていた肘をさらに前に出して、眉間の皺を深くした。

 元々頬を支えていた手が、さらに深く頬に突き刺さり、ふっくらととアクルの頬を膨らませている。


 細められた薄いグレーの瞳は、上下左右にせわしなく動いている。


 「・・・まぁ良い。それで、お前はこれからどうしたい」


 テーブルにべったりとつきそうになっていた上半身を起こし、人間のように座っていた椅子からふわりと浮かんだアクルは、ローワンの目を真っすぐに見つめて聞いた。

 

 初めて会った時のように、真っすぐと立ったアクルは腕組みをしている。

 

 「どうって、、」


 「風の魔法使いは通常の事故くらいでは滅多に死なん。落下なら空を飛べば良いし、衝撃から身を守ることにも一番長けた魔法型だ。優秀な魔術師らしいお前の母親なら尚更だろう。」


 アクルの言葉が、真っすぐにローワンに突き刺さる。

 にも関わらず、両親が同じタイミングで死んだというのも不思議な話だろう。と、アクルは続けた。


 記事を読む限り、両親は同じ”不運な事故”で亡くなっている。そして世間的にはローワンも同様に死んだことにされており、それをローワンはこの10年知らなかった。


 しかし、ローワンは確かに、バークレイ伯爵邸にいたのだ。10年間もメイドとして仕事をしていた。。

 そして、少なくとも、それを確実に知っている人物がいる。


 16歳の誕生日の朝、ローワンに向かって”大きくなったな”と、そう言った人物が。

 


 「あくまでもこれは私の予測だが。お前の両親は、伯爵に殺されたのではないか」



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