5話 王歴2025年春の季節2月目第1週4日目
チェンバレン領のはずれ。
魔石鉱山の一角で、深夜とは思えないような、人の怒号や何かが爆発するような音が響いている。
鉱山の崖の上に立っている俺は、下で起きている目をつぶりたくなるような出来事に、呆然と立ち尽くしていた。
下では、俺の二人の兄貴と、二十人ほどの人間たちが剣や魔法を飛ばし戦っているのが見える。
剣を取り出しているカイ兄さんは、向かってくる男たちをうまく風の魔法で吹き飛ばしながら、的確に相手のみぞおちに一撃をくらわしている。
さすがに殺してはいないようだが、水を得た魚のように、生き生きとしているのが見える。
『あそこにも仲間がいるぞ!』
『打てぇ!éclair』
兄さんたちの攻撃から逃げた男たちが、俺の方を指さして魔法を放ってきている。
「うぉ、やべ」
身体を反らせて間一髪、飛んできた稲妻を除けた俺だったが、バランスを崩したせいで立っていた崖の上から足を踏み外してしまった。
「あ、」
傾いた身体が、ゆっくりと崖の上から落下していく。
「主人、このままでは落下してしまいます。10mはあるようですので、頭から落ちると頭蓋骨骨折、脳挫傷、出血の可能性があります。頭を守って落下姿勢を取りましょう。」
「う、るさい。見ればわかる!」
「落下中に喋るのも良くありません。落下時の衝撃で舌や口内の部位を損傷する可能性があります」
ひっくり返って頭から落下していく俺の耳元に、首にかけたヘッドホンから感情のこもらない声がぺらぺらと聞こえてくる。
うるさい。冷静に実況するな!
落下していく景色の中で、一度目をつぶり、大きく息を吐いて地面に向かって真っすぐ手を伸ばす。
この1か月何度か練習した水の魔法だ。正直恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
「水遁・水練術」
呪文を唱えた途端、自分の身体をどこからか現れた水の膜が包みこんだ。
地面に着く直前で、水の膜に覆われた俺の身体は、ぼよんと弾み、うまく足から地面に着地した。
「はぁ。うまくいってよかった」
「お見事です、主人」
びちょびちょになってしまったが、何とか頭蓋骨骨折は避けられたようだ。
髪から滴るしずくを手で払い、目の前にいる男たちと対峙する。
「ガキじゃねえか!それに水の魔法型だ。やっちまえ」
「éclair」
地面に降りた俺に向けて、再び稲妻が飛んでくる。よりによって雷の魔法型かよ。水は雷に弱いんだよ。
防御が効かないので、とりあえず兄貴たちがいる方へ走る。
逃げることしかできないのは情けないが、今の俺には防ぐ術がない。雷の男はカイ兄さんに任せるしかない。
「うぉ。あぶねっ」
走る俺の背中に向けて、稲妻がひゅんひゅんと飛び続けている。
人に向かって雷なんて打つな!危ないだろうが!
「おう、ケイ!生きてるか?」
「死にかけだよ!」
男の一人を締め上げて、ぼこぼこにしていたケイ兄さんがこちらに声をかけてくる。
「ぎゃっ、」
そして俺に向かって飛んできていた稲妻を、カイ兄さんは持っていた男の身体を盾にして止めた。
いや、今そこに身体出す必要あったか?わざわざ稲妻の軌道に男の身体突き出してなかった?なにこの人すごい怖い。
「雷かー。俺も相性悪いんだよなー」
敵の稲妻でしびれた男を、ドサリ。と地面に落とした兄さんは、持っていた剣を肩に担ぎ、次のターゲットを見定めるかのように周囲を見回している。
二十人ほどいたはずの敵は、すでに半分以上がカイ兄さんの足元で転がっているようだ。
周囲を見渡すと、首謀者の叔父さんらしき人の首根っこををセイ兄さんが掴んで持ち上げているのが見えた。
セイ兄さんは、張り付いたような笑顔で、叔父さんの首根っこを掴んでいる。あ、叔父さんが殴られてる。
「主人、後ろから火の魔法が飛んできていますよ」
「げ!」
危機を告げるには、あまりにも抑揚のなさすぎる声が首元から響いてくる。
後ろを急いで振り向けば、間近に迫った大きな火の玉が見えた。
「馬鹿!早く言え!」
慌てて地面に這いつくばり、間一髪のところで火の玉を躱す。
「おー火だ。ケイ、あっちは頼んだぞー。俺は雷をヤってくる」
余裕の顔で、首だけをわずかに傾けて、火の玉を躱したケイ兄さんが俺に背中を向け、雷の魔法使いの方へ走ってゆく。
ヤってくるってそれ、殺、、、
「主人、第二陣が来ますよ」
「お前はもっと危機感ある喋り方しろよ!」
相変わらず抑揚のないアヴニールに文句を言いつつ、とりあえず地面から立ち上がって火の魔法使いから距離を取る。
火が相手ならこっちのものだ。やっぱり攻撃魔法と言えば、これだよな。
「水遁・水龍弾」
某アニメのように、地面に両手をつきながら呪文を唱える。
手にしっかりと体中の熱を集めるように意識して、っと。
しばらくすると、地面から轟音と共に水で創られた龍が現れた。人の身体の何十倍もある巨大な龍だ。
「な、なんだその威力の魔法は!」
先ほどまで威勢の良かった火の魔法使いが、あんぐりと口を開けて後ずさりながら俺の出した龍の方を指さしている。
ふふん、恐れ入ったか。これが俺のちょっぴりチートの力だ。
「行け!」
俺の隣に雄大と佇んでいる龍に向けて、指示を出す。
もちろん、俺が指をさした方向にいるのは、火の魔法使いだ。
猛烈な轟音と共に、俺の指示に従った龍が火の魔法使いを飲み込んでいく。
ぱくり、と水でできた渦のような身体の中に火の魔法使いが飲み込まれ、洗濯機の中にいるようにくるくると回っている。
あれ、窒息して死ぬってことはないよなぁ。
そして勢い余った龍は、その勢いのままカイ兄さんが戦っている雷の魔法使いの方へ向かっていく。
「あ、カイ兄さん危ない!」
カイ兄さんはこちらに背中を向けている状況だ。
対峙している雷の魔法使いたちは、先ほどの火の魔法使いと同様に目を見開いて迫ってくる龍を見ている。
「うぉ、なんだこの龍!」
間一髪のところで、龍の通り道からひょいと避けたカイ兄さん。
一方で雷の魔法使いたちは、よけ損ねたまま龍の渦の中に飲み込まれていく。
そしてそのまま龍は、魔石鉱山の中に残っていた数人の敵を同様に巻き込んでいき、敵が全員沈黙したところで、ようやく止まった。
しばらく敵を洗濯機のようにぐるぐると体内でかき混ぜた後、ゆっくりと小さくはじけ、姿を消した。
龍が通った後にはびしょびしょに濡れた地面と、気絶した男たち数人が折り重なるように倒れている。
「ケイ、お前古代魔法が使えたのか。いつの間にそんなことができるようになったんだ。すげえな」
龍の行く先を唖然と見守っていたカイ兄さんが、感心したような顔でこちらに向かってきている。
俺が先ほど使っていた水遁の術は、こちらでは古代魔法と呼ばれていて、通常の魔法よりもはるかに強い威力を発揮することができるらしい。
俺としては普通に日本語で技名を唱えているだけなのだが、こちらの世界ではそれは古代文字と呼ばれていて、非常に習得が難しい学問に分類されているようだ。
「ちょっと本で読んでね。」
できる限り平静を装って、カイ兄さんに応えるが、実際は俺の心臓は飛び出しそうなほどにドクドクと早鐘を打っていた。
び、っつくりした。想像の10倍くらいの威力だった。マジでビビった。
「カイ、ケイ。魔石は無事のようだ」
先ほどまで叔父さんと笑顔で対峙していたはずのセイ兄さんは、いつの間にやら荷台に積まれている魔石を確認していたらしい。
箱の数からみても、盗まれたと思わしき魔石の数と一致する。これで一族の縛り首は避けられたみたいだ。
俺は隣にいたカイ兄さんと顔を見合わせ、笑顔でハイタッチを交わした。
「ところで首謀者の叔父さんは?」
「あぁ。あれだろ。さっきまでセイ兄さんがいたところに転がっている」
「ひぇ、ひっでぇ。。。」
先ほどまでセイ兄さんがいたところに転がっていたのは、服や髪の様子からかろうじて人間だと判別できるものだった。
顔はぼこぼこにされてしまったせいか、パンパンに腫れており、もはや原型をとどめていなかった。
あれ、本当に生きてるのか?大丈夫なんだろうか。人殺しはこの世界でも犯罪だよな?
「よし、なんにせよこれで一安心だな。明日使者と一緒に王都に帰るから、3日後には錬金術研究所に納品できるだろう。」
「あれ、転移魔法陣使わねーの?」
チェンバレン領は確かに王都から距離があるが、急ぎであれば転移魔法陣を使えるはずだ。
今回は確実に急ぎなはずだし、ちょっと値は張るかもしれないが魔法陣を使えば数時間ほどで王都に納品できるはずだ。
「はぁ、ここから王都までの転移魔法陣?そんな便利なものが開発されてりゃとっとと使ってるわ」
「転移魔法陣と言えば、ちょうど先日の新聞でようやく数百メートルほどの移動を成功させたという記事を見たぞ。人間や魔石のような大規模な転移の実用には、まだ数十年はかかるだろうな。」
「え?」
魔石の荷台を確認していたセイ兄さんが、ぴょいっと荷台から地面に降りながらそんなことを言った。
あれ、でも”アーサー王の秘宝”では、数年前に大規模かつ長距離移動が可能な転移魔法陣が開発されて、そしてすでに実用化されていたはずだぞ。
まさにエクター王子やキールは、その魔法陣を使ってチェンバレン領に遊びに来て、そして取り戻した魔石を王都に届けていたのだから。
「さ、早く家に帰って母さんたちを安心させてあげよう。カイ、ケイ今夜はご苦労だったな」
「いやー疲れた疲れた。」
「おい、ケイ。何してるんだ。早く帰るぞ。」
気絶した男たちを、どさどさと、風の魔法で乱雑に空の荷台に乗せたカイ兄さんと、セイ兄さんが俺を呼ぶ。
「あ、うん。今行くよ」
転移魔法陣がまだ開発されてない?
俺が今いるこの世界は、”アーサー王の秘宝”の世界ではなかったのだろうか。




