4話 王歴2025年春の季節2月目第1週3日目
チェンバレン領の中心街から外れた、少し治安が悪いエリア。
飲み屋や夜の店、違法な露店などが立ち並ぶ場所の一角に、違法カジノはあった。
酔っ払いたちが夜な夜な賭け事に勤しんでいるのに目を付けた人が、数年前に立ち上げたものらしい。
チェンバレン領主としても対処はしたいものの、荒れくれ者の労働者たちを街に出さずにここに閉じ込めておけるのであれば悪い話ではないので、なかなか取り締まりができないのだそうだ。
夜21時。
今夜も魔石鉱山での仕事を終えた男たちが、ゾロゾロとカジノに集まってきた。
「セイ兄さん。あれが噂の男たちだ」
「あぁ。先週からえらく羽振りがいいっていう」
マントのフードを目深にかぶった俺は、長男のセイ兄さんと次男のカイ兄さんと合流して、夜のカジノに来ていた。
別々に捜査していた二人の兄貴も、どうやらカジノが怪しいと踏んだらしい。
カイ兄さんが集めた情報によると、ちょうど1週間ほど前から、大金を持った男数人がカジノに来て入り浸っているらしい。
その男たちは大金を豪快に賭けていて、かなり羽振りが良い遊び方をしているようだ。
そして今、俺たちが座っているバーカウンターの先にその噂の男たちがいる。
かなり距離があるため、一つのテーブルを囲んでポーカーに勤しんでいる男たちの声は聞こえない。
「カイ。風の魔法使ってくれよ」
「おっけー。Spionage」
次男のカイ兄さんが小さな声で呪文を唱えると、遠くの男たちの声がすぐ傍で話しているかのように聞こえてきた。
セイ兄さんと俺は水の魔法型だが、カイ兄さんは母さんと同じ風の魔法型だ。シュピオナージュって、確か”アーサー王の秘宝"の中でもよくノアが使ってた諜報の魔法だよな。
『いやー楽な仕事だったな』
『今頃錬金術研究所の奴は大慌てだろうな』
『知ってるか?今日男爵家に使者が来たらしいぜ。犯人が捕まらなければ一家全員火あぶりだそうだ。いい気味だぜ』
聞こえてきた、まさにな会話に、俺たち3人は顔を見合わせた。
男たちは周りに聞こえていないと思っているのか、酒を煽りながらも、チェンバレン男爵はぬるいだの、魔石鉱山の警備が甘いだの散々なことを言っている。
「あいつら、、、ぶっ殺す」
「ちょ、ちょっとセイ兄さん落ち着いて」
「そうそう、殺すのは魔石の売り先を聞いてからね」
「いや結局殺すのは変わんねーのかよ」
いかんいかん。思わず突っ込んでしまった。
父親の悪口を言われて、いきり立つセイ兄さんの肩を必死に掴みながら、腰に差した剣を撫でているカイ兄さんを横目で制す。
カイ兄さんは普段王都の騎士団で働いている現役の騎士だ。今回の件で、錬金術研究所の使者の護衛も兼ねて、王都から急いで帰宅していたのだ。
ゆらゆらと二人の兄貴からは殺気が漏れている。あの温厚な父親からは想像できない、なかなかに好戦的な兄弟のようだ。
「なんだケイ。お前も今年からアカデミーに行くんだろう。盗賊くらいちゃちゃっとヤレるくらいになれ」
「いや、アカデミーはそういうところじゃねーから。勉強するところだから」
「甘ちゃんだなぁ。母さんが過保護に育てすぎたんじゃないか」
”アーサー王の秘宝”の中でも、主人公たちが主に戦っていたのは魔物や闇と呼ばれるものだ。対人戦闘などそうそうあるものではない。
このケイと言う少年は、運の良いことに元の俺の性格に非常に似ている少年らしい。意外と普通に接していても二人の兄には疑われる様子はない。
アヴニールが言うには、魂が似ている器に吸い寄せられたのではないかとのことだったが、なんか騙してるみたいで悪いなぁ。
「と、とにかく、もう少し情報を聞こう」
今にも飛び掛かりそうな長男を何とか宥め、男たちの会話の続きを聞く。
1時間ほど粘って話を聞いてみたところ、どうやら彼らは下っ端のようだ。
正規の運送屋を装って、本物の魔石を偽物にすり替えるところまでが仕事だったらしい。
そしてすり替えた本物の魔石は、なんと驚くことにまだチェンバレン領内にあるようだ。
男たちが言うには、”王都から使者が来て、慌てたチェンバレン男爵が魔石を急いで換金しようとしている”というシナリオを描こうとしているらしい。
いや、そうなったら普通に本物を渡せばいいだけだろ。どこまで親父はマヌケだと思われてるんだ。
ちょうど今日の深夜、魔石鉱山の人気がないエリアで、チェンバレン男爵の名を使って魔石の売買取引をする予定だそうだ。
なるほど。大量の魔石を1週間もどこに置いていたのかと思っていたが、木を隠すなら森の中にってことだな。
「取引時間は第1週4日目の深夜12時。ってことは、後2時間しかないじゃないか。」
「馬に乗れば間に合う。急ごう」
「わかった。ケイ、会計しといてくれ」
バーカウンターから立ち上がり、カイ兄さんが俺に財布を投げ渡してくる。
床に落ちそうになるぎりぎりで財布をキャッチし、俺がバーテンダーに会計をお願いしている間に、二人の兄貴は仲良く並び歩いてカジノエリアの方へ向かっていく。
背中から存分に殺気が伝わってくるセイ兄さんと、そのセイ兄さんの肩に手を置きながら心なしか楽しそうなカイ兄さん。
あ、れは、、、、
「坊主。10,000 Jだよ」
「あ、はい」
カジノテーブルの方へ向かっていく兄さんたちに意識を奪われつつ、バーテンにお金を渡す。
すると、
ドゴーーン。
と、まるで漫画のような音が響いて、盗賊の下っ端男3人が外へ吹っ飛んでいった。
「お、おい!さっきのマントの男!坊主の連れじゃねーのか!」
「い、いやぁ。あはは。・・・・・ごちそうさまでした!」
「あ、こら!坊主!」
☆
その後、怒ったバーテンや騒然とするカジノ会場から、脱兎のごとく外に飛び出した俺は、カジノの外で下っ端をボコボコにしていた二人の兄さんを無理やり馬に乗せ、取引現場まで来ていた。
「ケイ、ああいうやつらはもう二度と悪事を働かないように、徹底的に懲らしめるんだ」
「そうだぞ。しっかりと地獄の門まで案内してやるのが領主一族の役目ってもんだ」
「いや、カイ兄さんそれは殺しちゃってますから。」
いや、もうほんとに怖かった。
水が飛び風が飛び、蹴りが飛びパンチが飛び、人が飛び。喧嘩とは無縁の平和な現代日本で生きてきた俺には、ちょっと刺激が強すぎた。
そして何より、カイ兄さんがちょっと楽しそうだったのが怖かった。
「二人とも黙れ。来たようだぞ」
さっきまで自分も生き生きと話をしていたくせに、取引現場に盗賊らしき人物が見えた途端、セイ兄さんは、俺とカイ兄さんを手で制した。
ここは取引現場から、少し高い位置にある岩陰だ。
下では、大きな荷台に荷物を載せた男が10人と、空の荷台を持った男が10人ほど向い合って立っているのが見える。
カジノの時と同じように、カイ兄さんが小声で諜報の魔法を唱えると、下の会話が聞こえてきた。
『これはこれはチェンバレン男爵』
『誰にも気づかれていないだろうな』
『当然ではないですか。魔石の密売のような危険な事、慎重に慎重を期して臨みますよ』
いや、お宅の下っ端たち、公共の場でぺらぺら情報ばらまいてましたけど。と思わず心の中でツッコミを入れる。
チェンバレン男爵と呼ばれている男性。フードを目深にかぶっているので顔は見えないが、声から察するに少なくとも親父ではではなさそうだ。
「あれ、叔父さんじゃないか」
「あぁ、あの背格好に声。間違いない」
「え、身内の裏切りってこと?」
「馬鹿、声がでかい」
小声で話している兄さんたちから聞こえてきた驚くべき情報に、自分が思っていたより大きな声が出てしまったらしい。
岩陰からのぞかせていた頭をセイ兄さんにぐぃっと押さえられ、カイ兄さんには勢いよく口を塞がれる。
「うぇ」
ぐぃっと下に押されたせいで、思わず声が出てしまった。ごめんって。
にしても、俺の口を塞いでいるカイ兄さんが心なしか嬉しそうな気がする。この人本当にやばい。
『それでは、中身を検めさせてもらいましょう。万が一偽物だと困りますからね』
『私があなた相手にそんなことするわけないじゃないですか』
荷台に大きな荷物を載せた側の男が、荷台の中から小さな石を取り出し、向かいの取引相手の元まで歩いてゆく。
男の手には、真夜中と言うのに遠目でもはっきりと分かるほどに光っている、赤い石が握られている。
「間違いない、あれはうちの魔石だ。カイ、記録できたか?」
「ばっちり」
親指を立てて、セイ兄さんに笑いかけたカイ兄さんの手には、小さな筒のようなものが握られている。望遠鏡のような見た目をしている魔石道具で、どうやらこれがカメラのような役割をしているらしい。
「よし、じゃあ俺が合図をしたら襲撃するぞ」
「りょーかい」
「え、ちょ、ちょっと待って。警備隊とか呼ばないの?今証拠を押さえたんだから、それで十分じゃん」
首の骨をコキコキ鳴らすセイ兄さんに、魔石道具を懐にしまい腰に差した剣をごそごそと確かめているカイ兄さん。
おいおい、相手は10人以上いるんだぞ?それに対して俺たちはここにいる3人だけだ。しかも、内一人は無力な俺。
「ばーかケイ。警備隊なんて待ってたら国外に逃げられるだろうが。」
「そうだ。それに警備隊30人よりここにいる俺たちの方が強い。」
「うぇ、う、嘘だろ。俺はまだ16歳なんだぞ」
頼む、やめてくれ。俺は東京生まれ東京育ちのただの高校1年生だぞ。
異世界に来てまだ1か月で、多少魔法の練習をしたとはいえ、対人戦闘なんてしたことがない。
「はぁ、ケイ。お前なぁ」
やれやれとため息をついたセイ兄さんがこちらを見ている。
やばい、もしかして俺が憑依する前のケイ=チェンバレンと言う少年は、この二人によく似た好戦的な性格だったのだろうか。
「我が家の家訓を忘れたか。"敵と分かれば狙いを定めて瞬時に攻撃、一気に仕留めよ"だろ。」
「そうだ。相手が俺たちに気付いていない今こそチャンス!敵意を向けられる前に一撃必殺だ!さぁ、行くぞ!」
いやいや、この一族、温厚な見た目してくるくせにかなりやばい。さっきのカジノの騒動はその家訓の仕業か。
セイ兄さんがパチン、と手を叩いたのを合図に、10mはありそうな崖から、瞬時に2人の兄さんたちが飛び降りていく。
下の男たちは、まだこちらに気が付いていないようだ。
崖の上にポツンと取り残された俺は、首にかけたままにしていたアヴニールに思わず話しかけた。
「え、アヴニール。これ俺も行かないと駄目なやつ?」
「主人も今はチェンバレン家の人間です。一族なのであれば家訓に従わなければならないでしょう」
狙いを定めて瞬時に攻撃、の家訓を律儀に体現した二人の兄貴が、下の男たちに向かって勢いよく魔法を放っているのが見える。
「ま、じか。」




