Ep.3 ランプの部屋
「とりあえず、これで明かりについては心配なさそうね」
部屋に入ったローワンは、壁にかけられていたランプを手に取った。
それはローワンが普段使っている油のランプとは異なり、珍しい魔石のランプだった。
魔石の入ったランプは、中の油を使い果たすと消えてしまう普通の物とは異なり、半永久的に光を灯すことができる。
詳しくは知らないが、王都にある錬金術研究所が発明したランプで、数十年ほど継続して光続けることができるらしい。
両親が亡くなって以来、おそらくこの部屋に入った者はいないだろう。それでも、魔石のランプはずっとこの部屋を灯し続けてくれていたようだ。
ローワンはぐるりと全体を見回した。部屋にはいくつかのランプが壁にかかっていて、部屋全体の様子をしっかりと確認することができた。
天井に届くほどの本棚が二つ壁伝いに直角に並べられ、その横には小さな机と椅子が一つずつ置いてある。そして本棚と反対側の壁には、大きな絵が飾ってあった。
「綺麗な絵。どこかの湖かな」
そこには夜の湖を描いた絵があった。
両親が6歳で亡くなって以来、バークレイ伯爵家の敷地から出たことのないローワンには、それがバークレイ領にある実際の景色なのか、そうではないのかは全くわからない。
湖畔からの景色が描かれており、湖に反射した月がゆらゆらと揺れる一瞬を捉えていた。過去に一度はこの部屋に立ち寄っているはずなのに、ローワンにとっては初めて見る絵のように思えた。
絵から視線を外し、再び部屋の中を見渡したローワンは、テーブルの上に小さな箱が置かれていることに気づいた。
「なんだろうこれ。かなり古そうな箱だけど、、」
手のひらにすっぽりと収まるサイズの小さな木でできた箱は、表面には丁寧に赤い柔らかな布が貼られ、丸みを帯びた端の部分はくすんだ金色で縁取られていた。
時間経過により色あせてしまっているが、元々はかなり綺麗な箱だったはずだ。
宝石やアクセサリーが入りそうな見た目の箱に、ローワンの心は高鳴る。
「まさかこんなところに、宝石なんてそんな高いもの置かないよね」
期待しすぎないように声を出し、自分を落ち着けながら、ローワンは箱をぎゅっと握り上下に開くよう力を込めた。
が、
「開かない、、、鍵がかかっているのかな」
くるくると箱の上下左右を見回し、鍵穴のようなものを探してみる。蝶番のようなものや、箱が開きそうな隙間などは特に見当たらない。
ランプに近づけてよく見ると、縁に何か模様のようなものが彫られているようだ。
「これも魔法陣のようなものなのかな。魔力を込めると開くとか、、?」
この部屋を開けた時と同じように、模様をそっと指でなぞってみる。
6歳以降ろくな教育を受けていないローワンには、魔力の込め方はおろか、自分に魔力があるのかどうかすらよくわからない。
「ダメね、お母様がいれば教えてもらえるのに」
ローワンの母親は優秀な魔術師だった。特に魔法陣や、それに使う古代文字の研究に力を入れていた。
地下室にはそんな母親が過去に使用していた古代文字や魔術の研究に使うための道具が残されているのだと思う。きっと、これもその一つなのだろう。
耳の辺りで箱を振ってみるが、特に音は聞こえない。中に何も入ってないのか、もしくは台座で固定されているのか。
何かで強く叩けば、この箱も壊れるかもしれないというパワー系の思考が頭をよぎった時、本棚の方からわずかな音が聞こえてきた。
「これ、お母様がよく歌っていた子守唄に似てるような気がする。」
オルゴールのような高い音が、小さな音楽を奏でていた。ローワンの母親が、昔よく歌ってくれていた優しい優しいしらべだ。
音の聞こえてきた方へ向かってみると、どうやら本棚に置かれた本の裏から音がしているらしい。
固い背表紙の本を何冊か除けてみると、本棚の背に取り付けられた、ローワンの顔ほどの大きさの時計が見つかった。
文字盤の中心は空洞になっていて、シルバーブロンドの毛をした犬の人形が、音楽に合わせて上下に動いている。
長針がゼロを指しているため、定時になるとオルゴールと真ん中の人形が動く仕組みになっているのだろうか。
「魔石時計ね。この人形、まるでアルみたいだわ」
文字盤の中心に取り付けられたシルバーブロンドの犬の人形は、ローワンが昔買っていた犬のアルにそっくりだった。
生まれた時からずっと一緒で、毎日朝から晩まで一緒にいた。ローワンが生まれた時にはすでにかなりの歳だったため、両親が亡くなる少し前に病気で死んでしまったのだ。
母がよく歌ってい子守歌に合わせ、大好きなアルに似た人形が動いている。その光景を見て、ローワンは今まで蓋をしていた感情があふれ出てきてしまった。
「お母様、お父様、アル、、、みんなに会いたい」
毎日のようにメイド長に怒られ、使用人からは意地悪をされる。
満足に食事をとることもできず、寝ているときですら気を抜くことができない。
信頼できる人間もすべていなくなってしまった。
今まで気にしないようにしていた感情がどんどんとあふれ出し、涙が止まらない。
「だれか、ここから助けて、、、」
なぜ自分がこのような目に遭うのか、この生活はいつ終わるのか。
みんなに会いたい、さみしい、悲しい、苦しい、だれか助けてほしい
どのくらいそうしていたのか、 本棚の前に座り込んでしばらく涙を流していたローワンは、ふと、手に持った箱が少し暖かく、そしてほんのりと光を放っていることに気づく。
箱を包み込むように持っていた両手からじんわりと温かさが伝わり、なんだか心が少し落ち着いてくるような気がする。
「ふふっ、まるで慰めてくれているみたいね」
涙で濡れた頬を、寝巻代わりにしている着古したワンピースの裾でグッと強く拭った。
久しぶりに人目を気にせず泣けたからか、気分は少し晴れやかだ。
「やっぱりこの箱、何かの魔法がかかってるんだろうな」
手の中の箱を再びくるくると回し、隅々まで観察してみる。縁に書かれた模様が、少し光っているようだ。
くるくると回していると、ふと、箱の側面に先ほどは見つけられなかった模様のようなものが浮き出ているのを見つけた。絵ではなく、何かの記号のようだ。
「なんだろうこれ、古代文字なのかな」
6歳まで家庭教師に来てもらっていたローワンは、一応文字の読み書きはできるが、そこに描かれていたのは見慣れない模様だった。
ランプに文字をかざしながら、じっくりとその文字の形を観察していると、ふと、視界の端に本棚の時計が見えた。
「あ!大変もう朝だわ!早く上にもどらなきゃ」
いつの間にか時計は朝の5時を指していた。
真夜中からいたはずが、泣いている間にかなりの時間がたってしまったらしい。
ローワンはランプを握りしめて急いで立ち上がる。
仕事はしたくないが、いつものメイド長の癇癪で夕食を逃していたのだ。せめてメイド長が起きてくる前に朝食だけでも確保しておきたい。
入口の方へ体を向けたローワンは、手に持っていた箱を見つめて立ち止まる。
「中身は気になるけど、ここに置いていった方が安全よね。盗まれるかもしれないし」
ローワンは4人部屋で、しかも他の3人はローワンを地下室に閉じ込めた人たちなのだ。服や靴を盗まれるのは日常茶飯事で、ローワンはわずかな私物を守るため、策を凝らし、毎日神経をとがらせている。
そんな環境ではこの箱は、ここに置いて行った方がよいだろう。
箱をもとあった机の上に置き、時計を探すためによけた本を本棚に戻した。
ランプをもって部屋の外に出たローワンは、小走りで来た方と逆の道へ進んだ。
10分ほどかけ、直感を頼りにいくつか角を曲がると、拍子抜けするほど簡単に入口にたどり着くことができた。
寝不足で数時間ぶりに外の光を浴びたローワンは、くらっとめまいがした。
それでも、なんだが少し晴れやかな気分だった。
居場所のないバークレイ伯爵家でも、あの場所に行けば安心できるような気がした。
いつもより気持ち足取り軽やかにそっと部屋に戻ったローワンは、幽霊を見るかのような驚いた顔をした同室の3人組を横目に、さっさと服を着替え食堂へと急いだ。
味気ない固いパンと薄味のスープも、なんだかいつもよりおいしいような気がした。
こうしてローワンは、今まで大嫌いな場所であった地下室を好きになったのだ。




