3話 王歴2025年春の季節2月目第1週3日目
俺の名前は小林 慶一。東京にある私立高校に通う16歳、だった。
渋谷のスクランブル交差点で、トラックに轢かれそうになっているお兄さんを助けたら、なんと信じられないことに異世界転生していた。
アヴニールと名乗ったこの不思議な喋るヘッドフォンが言うには、異世界転生ではなく憑依と言うことらしい。もうどっちだっていい。
この1か月生活してわかったことだが、この世界で生きていたケイ=チェンバレンという青年の肉体に、俺の精神が乗り移ってしまった状態のようだ。
アヴニールが言うには、このケイ=チェンバレンと言う少年は、俺が憑依する直前に魔力暴発で死んでしまっていて、たまたま渋谷から飛んできた俺の精神が入り込んでしまったということだそうだ。
まさにありがちな転生ものである。
「未だに夢かと思ってるんだけど、どうよ」
「いいえ、主人。これは夢ではありません、間違いなく主人は起きたままモルボーデン王国にいます」
チェンバレン領にある高い丘の上から街を見下ろしつつ、首に掛けた不思議な喋るヘッドホンに声をかける。
こいつ、聞いたことには答えてくれるけど、なんか固いんだよな。声も機械的だしまさにAIって感じ。
現代ではヘッドホンで電話しているだけだと思ってもらえただろうが、この世界では一人でイヤーマフラーに話しかけている変な人にしか見えない。
人が少ないこの場所で、アヴニールと話すのは、この1か月の日課になっていた。
俺が憑依したこの世界はモルボーデン王国と言うらしい。
魔法や魔法陣、錬金術などが存在する中世ヨーロッパと現代をMIXしたような世界で、そして驚くことに、俺が現代で見ていた”アーサー王の秘宝”の世界だった。
トラックに轢かれて、前日まで見ていた物語の世界に飛び込んでしまうなんて、まさにド典型異世界転生過ぎて全く笑えない。
このケイ=チェンバレンと言う青年は、チェンバレン男爵の三男で一応貴族らしい。そして年は俺と同じ16歳で、今年からアカデミーに通うことが決まっているのだそうだ。
確かチェンバレン領と言えば、魔石鉱山があることで有名な場所だ。時折話の中でも単語だけは出てきていた気がする。
アーサー王の秘宝の本編には、ケイ=チェンバレンと言う名前の人物は出てきていなかったはずなので、多分モブなんだろう。
「どーするかなぁ。困った」
小林 慶一、もといケイ=チェンバレンは今、転生人生最大の危機を迎えていた。
俺が今現在いるのはチェンバレン領。
この青年の実家であるチェンバレン男爵家がある場所だ。
チェンバレン領は魔石採掘を主な事業としており、領内の魔石鉱山からとれる純度の高い魔石をこの国の様々な場所に納品している。
一番大口の取引先は王都にある錬金術研究所だ。魔石を使った便利な魔石道具、現代で言えば家電のようなものを開発している。
そして先ほど。その王都の錬金術研究所から、マジでビビるほどにブチ切れている使者がやってきた。
どうやら、先日チェンバレン領から納品された魔石がすべて偽物だったようで、予定していた魔石道具を作ることができず客の貴族たちが大激怒しているらしい。
領地に戻っていた錬金術研究所の所長をわざわざ呼び戻し、対処に当たらせるほどの大問題だそうだ。
使者としてはチェンバレン男爵、つまり現在俺の父親に当たる人物が魔石をすり替えたと疑っているらしい。
この1か月毎日のように顔を合わせてきたが、チェンバレン男爵は普通の優しいおっさんだった。悪事に手を染めそうでもないし、そこそこ働き者で、使用人や家族からも好かれている人だ。
それに魔石をすり替えたと分かれば真っ先に疑われるはずなのに、そんな馬鹿なことは普通しないだろう。もし本当にやってたとすれば、今頃家族全員で夜逃げでもしてるはずだ。
ブチ切れの使者は横柄な態度で男爵家に居座り、早急に解決しないと一家全員縛り首!と大声でわめき散らかしていた。
ショックで気を失った母親と、大汗を掻きながら謝る父親を見て、とりあえず俺を含む男爵家の3兄弟は情報収集に出かけた。
と、言うのがここまでの経緯。
屋敷から出てきた俺は、どこに行くべきかもわからず、とりあえずチェンバレン領の中心街が見下ろせる小高い丘の上にいた。
ここからは街も見えるし、はるか遠くには魔石鉱山や海も見える。
「アヴニール。お前の力で未来とか見えないの?」
「先日お伝えした通り、主人の憑依のため私の魔力をすべて使ってしまったので、今の私に未来を見る能力はありません。」
「はぁ。異世界転生ってチートじゃないのかよ」
アヴニールは、俺がこちらの世界に来た時に握っていたガラス片、モノクルらしいけど。それに宿る思念体らしい。
そして元々は未来を見る力を持っていたが、俺がこちらの世界に来る際に発動した魔法陣に全ての魔力を込めてしまったせいで、能力を使えなくなったとのことだ。
ちなみに今までどんな未来を見たのか?と聞いてみたところ、魔力の喪失と共に記憶が消えてしまったため何も覚えていないそうだ。まじで何の役にも立たない。
異世界転生と言えば、チートか特殊スキルがつきものだろう。なんだ俺のこの現状は。
地位があるわけでも、イケメンでも、チート能力があるわけでもない。
変な喋るヘッドホンに、男爵家の三男というビミョーすぎる地位と、水の魔法型というこれまた微妙な魔法が使えるだけだ。アーサー王の秘宝の世界に入るなら、どうせならキールと同じ雷が良かった。
こんな奴が主人公の小説、ぜってー売れねー。
「魔石がすり替えられたって言ったって、それがいつどこで起きたのかを特定しないことには探しようがないんだよな。」
俺に唯一与えられたアドバンテージと言えば、ここが王歴2025年のモルボーデン王国。まさに俺が知っている"アーサー王の秘宝"の舞台であるということだけだ。
実際に本編が始まるのは、主人公たちがアカデミーに入学した王歴2025年夏の季節1月目からなので、春の季節2月目の今はまだ本編が始まる前の世界だ。
「あ、そういえば、入学前にエクターとキールが魔石泥棒を捕まえるシーンがあったよな」
確か、アカデミー入学前にエクターとキールで魔石鉱山の視察に行ったんだよな。
視察を終えて海でも見て帰ろうかとなった時に、たまたま怪しげな集団を見かけて、魔法で成敗したら、魔石がごろごろ出てきて、、
そういえばあれはチェンバレン領の出来事だったような気がする。
そして二人は、
「あれ?魔石泥棒ってエクターとキールのおかげで未然に防げたんじゃなかったっけ」
魔石泥棒を捕まえた二人は、そのまま転移魔法陣で先回りして、本物の魔石を王都に届けたんだったよな。
そのおかげで錬金術研究所に損害も出ず、泥棒の残りを捕まえることもできて、所長が二人を大絶賛していた気がする。
それで2人はお手柄ってことで、高級な拡張ポケットをもらったんだ。見た目の何千倍もの物を収納できる魔石でできた高級な道具で、ポケットって名前が某国民的アニメじゃん、と思ったからよく覚えてる。
「アヴニール。チェンバレン領にエクター王子とキールは来てるか?」
「現在私の元にはそのような情報は入っておりません。もし王子が来ているのであれば、少なくとも領主であるチェンバレン男爵の家には挨拶に訪れる必要があるでしょう。」
「だよなぁ」
俺の記憶違いだろうか。
チェンバレン領じゃなかったのか、もしくは時期が違うとか。
「少なくとも同じ盗賊団である可能性はあるよな。魔石を盗んだ後、売りさばけるようなところはあるのか?」
「チェンバレン領で獲れる魔石は純度が高く、他の物とは質が違うので見る人が見ればわかります。指定された業者以外が売りさばくことは難しいでしょう」
「そうだよな。それは間違いない。ってことは闇ルートとかの可能性があるな」
アヴニールが今話した情報は、俺もこの身体の父親から聞いたことがある。
チェンバレン領で採れる魔石は特別に純度が高いため超高級品なのだ。そんなものが領地からザクザクとれるなんて、現世で言えば石油王みたいなものだ。
そう考えれば、チェンバレン家は男爵家の中では良い方なのかもしれない。まぁ今回疑惑を晴らさない限り、一家全員打ち首コースだけど。
「そういえば、街のはずれに違法カジノがあったよな」
「魔石鉱山の採掘員たちが集まるというカジノですね。」
魔石鉱山の採掘は危険も多いが、その分だけ給料が良い。高い報酬を求めて王国の各地から出稼ぎ労働者が集まってくるのだ。
そして、娯楽に飢えた出稼ぎ労働者たちが集まって、闇カジノに勤しんでいるという話があったはずだ。
盗賊や闇カジノなんて、まさに繋がりしかなさそうなアングラな世界じゃないか。運が良ければ、何か情報が掴めるかもしれないな。
「アヴニール。カジノに行ってみよう」




