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Ep.17 満月の夜 後編


 「ローワン!」

 

 確かにそう叫ぶ。透き通るような碧い瞳と、目が合った気がした。

 走馬灯のように、ゆっくりと降下していく景色の中で。




 猛烈な勢いで吹き飛ばされたローワンの身体が、地面にゴツンと音を立てて着地した。

 

 「いてっ。」


 「危ないところだった」


 前のめりに、床にべったりと張り付くような形で着地したローワンは、額の汗を拳で拭っている銀色の精霊のようなものを睨みつける。

 精霊のようなものは、ふぅー、と深い息を吐いて安堵しているようだ。


 「なにが危ないところだったよ!完全に危なかったでしょ!!水の槍が飛んで来たんだから!死ぬところだったんだからね!!」


 魔法の攻撃が効くかもわからないアクルと違って、ローワンは生身のただの人間なのだ。

 まさか、アクルの言う策があんなにもむちゃくちゃなものだとは思わなかった。


 「仕方ないだろう、あぁするしかなかったのだから。とりあえず無傷で右側のエリアには到達できたのだ。結果的には大成功ではないか。」


 「結果論でしょ!」


 「そう怒るな、まだ脱出できたわけではないのだ」



 そう言って、アクルは床に這いつくばったローワンの身体を起こすのを手伝ってくれた。

 脇に手を入れられ、子供のように、ひょいっと立たされる。


 確かに右側のエリアに来ることはできた。

 先ほど吹っ飛んできた方向を振りかえってみると、見張りやランプの光はどこへ消えたのか、ただ真っ暗な道が広がっている。

 これもアクルが言うには魔法陣の力らしい。魔法陣最強説。


 そういえばさっき、エクター王子が私の名前を呼んだような気がしたけど、


 

 「ローワン、見ろ。満月の部屋が開いているぞ」


 思考を遮るようにアクルの声が響く。

 いつの間にやら、革袋の中から魔石のランプを取り出して前を歩いていたアクルが指さす先には、確かに満月の部屋があった。


 真っ暗闇で、窓はないはずなのに、なぜか満月の部屋からは月明りのような青白い光が漏れている。


 「なにあれ、あんな風に光ってたことなんて今までなかったよ」


 「とりあえず進もう」

 

 満月の部屋は右側のエリアに入ったすぐのところにあり、入口からは1分もかからない。

 だからこそ、ローワンは地下室の探索を始めて割と早い段階でこの部屋を見つけることができた。探検のため歩き回っているうちに、月に1回ほどの頻度で扉が開いている事に気付くことができたのだ。

 



 「絵が、光ってる」


 扉の開いた満月の部屋に足を踏み入れると、そこはいつもローワンが見ていた時と同じく、壁に掛けられた絵以外は何もないただの小さな部屋だった。

 ただ一つ、今までと違うのは、壁に掛けられた絵が青白く、月のように光っていた事だけだ。


 正確には、絵がというより、絵の中の風景が光っているのだ。

 まるで、本当にそこに窓があって、その窓からの景色を映しているかのように。優しい、かすかな月の灯りだ。


 「ローワンの予測は当たっているかもな」


 ゆっくりと、壁に掛けられた絵の方へ近づいていたアクルが言う。

 絵から発せられた光のおかげで、部屋はぼんやりと明るい。アクルは手に持っていた魔石のランプを革袋の中にしまい、絵に手をかざした。


 「強い魔力を感じる。仕組みはわからないが、これも魔法陣のようだ。何かのきっかけで発動するかもしれない」


 アクルに続き、絵の近くまで来たローワンはもう一度絵をじっくりと見てみる。月明りに照らされた、海の近くの小高い丘に小さな家が建っている絵だ。


 きらきらと海に反射した月の光が、青白い輝きと共に幻想的な風景を作り出している。今夜は本当に光っているため、まるで本物の景色のようだ。


 「子守唄の歌詞は、確か”満ちる月の光を仰ぎ”自由へと羽ばたくだったな」


 「うん。」


 「地下にも関わらず、月の光を浴びているように輝いている。そして、、、、続きの歌詞をもう一度教えてくれ」


 「えっと、風がささやく、草木が揺れる。悪い夢からあなたを守るように。だよ」


 「絵にも、子守唄と同じように草木が描かれている。そして、ローワンの魔法型は風だ。」


 風がささやく。風がささやく。アクルは顎に手を当てて、絵の前で何度もつぶやく。




 そしてしばらくして、横に立っていたローワンを呼んだ。


 「ローワン。呪文を教えるから、魔法を使ってみろ」


 「え、でも、またさっきのランプの部屋みたいになったら」


 「大丈夫だ。今度はそよ風を吹かせる呪文だから」


 そう言ったアクルは、ローワンの怪我をしていない方の手を掴み、ローワンの手に自分の手を包み込ませるように重ね合わせた。


 「今から私が魔力を流すから、何か感じたら言うんだ」


 「う、うん」


 アクルに握られた手が、どくどくと熱い。

 この熱は、魔力が流れていることにるものなのか、ローワンの身体から集まった熱なのか、いまいち判断がつかない。


 「何か、感じたことはあるか?」


 「手が、ほんのり暖かいかな。」


 「それが魔力の感覚だ。身体の中心から、その感覚を手の先に集めるような感じでやってみろ」


 「わ、わかった」


 アクルの手が離れていく。目をつぶり、身体の中を巡るほんのりと温かい熱を感じ取る。ゆっくりと全身を巡るようなそれは、ローワンの身体を包み込んでいる。


 ふーっと、深く息を吐いて、その熱を手に集中させる。


 「いいぞ。その調子だ。そのまま絵に手を当ててみろ」


 ゆっくりとまぶたを開け、一歩足を前に進める。伸ばした手は、そのまま少しひんやりとしている絵にたどり着いた。


 「よし、私が今から言う呪文を唱えるんだ。集中を切らさず、ゆっくりと絵に熱を伝える事を意識するんだ」


 集中を切らさないよう、ローワンは絵から目を離さないままゆっくりと頷いた。


 「よし、呪文は、アウラ レウィス。auralevisアウラレウィスだ。」


 アクルが言った言葉を、何度か頭の中で復唱する。

 あうられうぃす、アウラレウィス。アウラレウィス。


 大きく息を吸い込み、絵にあてた手をまっすぐに見つめ、一息で唱える。


 「auralevisアウラレウィス



 すると、絵に触れた手の先から、爽やかな風が吹いた。


 跳ねるように、ローワンの周りを見えない妖精がぽんぽんと飛び回っているように。手から放たれた優しいそよ風が、ローワンの髪や、メイド服の裾を揺らす。


 

 「絵が、、、!動いてるわ」


 そして、ローワンが手を当てた先の絵は、まるで本物の景色のように、そよそよと丘の上にある木や草が揺れている。

 子守唄の歌詞のように。本当に風のささやきに、草木が応えるかのように。


 「そのまま手を離すなよ」


 そう言ったアクルもローワンと同じように絵に手を当て、そして空いている方の手でローワンの手を優しく握った。


 「うん」


 何が起きているのかわからないが、きっと自分にとって悪いことではない。ということだけはわかる。



 そして、十秒ほどがたったころ、


 ピカっと、絵の光がまばゆく光り、ローワンとアクルの身体を包み込んだ。


 「まぶしっ」










 




 「大成功のようだ」


 まぶしさに目を覆っていたローワンが、アクルの声が聞こえてきた方向にゆっくりと瞼を開くと。


 「な、、!ここは!どこ!」



 先ほどまで見ていた絵と、同じ景色がそこには広がっていた。

 狭く、薄暗い地下室ではなく、まぶしいくらいの満月の明りと、そよ風。そして、波の音が聞こえる。


 ザザっと、波が砂浜を打ち付けるゆったりとした音や、草木が揺れる音。鳥や虫の鳴き声が聞こえる。



 「これ、本物、、?夢じゃないよね」


 「あぁ。間違いなく本物だ。あの絵は転移の魔法陣だったようだ。」


 

 ローワンたちが立っていたのは、砂浜だった。

 目の前には海、そして斜め上を見上げれば、絵と同じ小高い丘と小さな小屋。


 足を数回踏みしめれば、初めて感じる砂の感触が足裏に広がる。

 きゅっきゅと、少し湿った砂が、ローワンの踏みしめた足を砂の中に沈めていく。


 「うそ、ってことは本当に?あの屋敷から出れたの?」


 「あぁ。バークレイ領とは風の香りがまるで違う。かなり離れたところにいるようだ。周囲に人の気配は無いようだし、しばらくは安全だろう」


 「うそ、、、」



 今自分に起きていることが、あまり理解できない。でも、アクルの言うことが正しいのであれば、ローワンはあの屋敷から10年ぶりに外に出ることができたのだ。


 10年ぶりの外だ。そして、目の前にあるのは海だ。幼いころに本で見かけて、それから密かに憧れていた、海だ。本物を見るのは初めてだ。


 現実を噛みしめるため、ローワンはよろよろと海の方へ歩みを進めた。

 靴を脱ぎ、メイド服の裾を持ち上げる。


 一歩、一歩、海の中へ足を進めていく。

 足から伝わる、ひんやりとした水の感覚は、まぎれもなくここが現実であることを示していた。


 

 海に足をつけたまま、周囲をくるりと振り返ると

 砂浜で腰に手を当てた姿勢で、こちらを見ているアクルの姿が目に入った。


 「アクル!私、本当に屋敷から外にでれたんだね!」


 「あぁ」


 10年ぶりに浴びる外の空気は、なんだかローワンの今までの苦労をすべて洗い流してくれるような気がした。

 両親が亡くなり、信頼できる人も、誰もいなくなってしまった。毎日生きることだけに必死な、そんな辛く、寂しい日々を。


 ローワンはメイド服の裾をもう一度強く握り、もっと先に行ってみようと、足元を確認した。


 すると、



 「え、、、」


 満月の強い光に照らされ、ゆらゆらと揺れる水面に映っていたのは、自分の顔だった。普段あまり鏡を見ることはないが、いつもよりどこか生気がみなぎった顔をしているような気がする。


 そして、海に映っている自分の髪は、まぎれもなく、赤い髪をしていた。


 ローワンは慌ててメイド服の裾を持っていた手を放し、自分の肩まである髪をひと房つまんで上にあげた。

 水面だけじゃない、伸ばした腕の先に見えるのも、間違いなく赤い色の髪だ。

 頭皮が引っ張られる感覚も、まぎれもなく、自分のものだ。



 「アクル!私の髪!!!!」


 アクルの方を振り返り、両手で毛先を上に目いっぱい引き上げる。

 砂浜の方からこちらを見ている、アクルに見えるように。


 「私、赤い!!!赤い色の髪だった!!!!!」


 新鮮な潮の香りがする空気を、目いっぱい肺に詰め込み、砂浜のアクルに届くように、大きく声を吐き出す。こんなに大きな声を出すのは久しぶりだ。


 ローワンの声が届いたらしいアクルは、少し呆れたような顔をしながら、そして優しく、少し微笑みながらこう言った。



 「あぁ。お前の髪は、ずっと燃えるような赤だ。赤い、きれいな赤髪だよ」


 初めて見た笑っているアクルに、自然とローワンの頬も緩む。


 「アクルもこっちに来なよ!!冷たくて気持ちいよ!!!」


 「馬鹿。風邪ひくぞ。もう戻ってこい」


 

 


 その後もざぶざぶと沖の方へ進んでいくローワンにしびれを切らしたのか、10分程したころにはアクルの風の魔法で砂浜へと強制的に連れ戻されていた。


 メイド服の裾がびしょびしょになったローワンの服を、アクル少し強めの風の魔法で乾かしてくれた。

 そして、ローワンの服がほどなくして乾いたところで、砂浜から少し歩いたところにあった、小高い丘の上の小さな小屋の前に2人で並んで立つ。


 「これ、罠ってことはないよね、、、?」

 

 「現代の技術から考えてありえない距離の転移だ。間違いなく、お前の母親が仕込んだ魔法陣だろう。人の気配もないし大丈夫だ」


 全く警戒していないようなアクルに、ローワンはほっ、と安堵の息を吐いた。

 前に立つアクルが小屋の扉に手をかけると、木でできた扉はいとも簡単に開いた。



 開いた扉の先にあったのは、なんだか懐かしい匂いのする小さな部屋だった。

 入口付近に置かれていたスイッチを操作すると、魔石でできているであろう大きなランプが部屋を一面に照らす。


 落ち着く暖かいオレンジ色のカーペットの上には、小さなテーブルに、小さなソファ。執務机に、ベッド、クローゼットに、小さなキッチン。それから正面には暖炉も置かれている。


 そして、その暖炉の上に置かれていたのは、



 「お父様、、お母様、、、!」


 そこにあったのは、小さな木枠の中に入れられた肖像画だった。

 天気の良い外だろうか。心地の良い日差しの下で、仲がよさそうに二人で寄り添っている、赤い髪の男女の絵だ。


 「顔が、、、見えるわ、、、それに、、、、、」


 肖像画に描かれている二人の顔が、はっきりとわかる。

 そして、それがまぎれもなくローワンの記憶の中にある両親の顔と一致しているということも。


 「お父さま、、おかあさま、、、」


 次々と、薄れていた思い出が鮮明によみがえってくる。子守唄を歌ってくれた母の顔も、ローワンの髪を乾かしてくれていた父の優しい顔もはっきりとわかる。

 

 どうして、忘れてしまっていたのだろう。


 自然と、涙があふれてくる。

 ただ、感情のままに。


 初めて海を見たから?初めて命の危機を感じたから?10年ぶりに伯爵家から出ることができたから?両親の顔を思い出すことができたから?

 どれが理由なのかわからない。でも、頬を流れる涙が止められない。



 「ローワン」


 ローワンの後ろに立っていたアクルが、肩に手を置いてくれる。


 「アクル、わたし、、」


 「いい。今日はいろいろなことがあったんだ。今は、気持ちを整理する時間が必要だ」


 肩に置かれたアクルの手に、ぎゅっと力がこもる。

 寂しさからか、力が抜けたからかわからないが、ローワンはそのままアクルの方にもたれ掛かるようになり、そしてアクルはそんなローワンを優しく抱きしめてくれた。



 「泣きだけ、泣くとよい。ここは安全だ」



 アクルの手が、優しくローワンの背中を撫でてくれる。


 そして、子供をあやすように、何度も何度も、ここは安全だと。泣きたいだけ泣け。と、声をかけてくれた。











 部屋のランプを消し、ベッドの脇の椅子に腰かける。


 ベッドの上では泣きつかれて気絶するように眠ってしまった、赤い髪の少女が安らかな顔をしている。

 こうして見ると、ただの子供だな。



 起こさないよう静かに、先ほど部屋から発掘した地図を開く。


 地図に赤いバツ印がつけてあり、ローワンの母親の筆跡で”月の家”という文字が記されている。

 これが現在地のようだ。


 ここは、チェンバレン領の端だな。

 チェンバレン領と言えば、確か、王都から馬車で3日ほどの距離で、そしてバークレイ領からは5日半ほどかかるはずだ。


 

 まさか、本当にそんな遠くまで転移してきたとは。

 ローワンの母親は、本当に優秀な魔術師だったのだな。

 今を生きる人間が束になって10年掛けてもたどり着いていない技術を、少なくとも10年以上前に成功させていたのだから。


 周囲に人の気配は無い。そして、バークレイ領からも遠く離れた場所だ。

 しばらくは、少なくとも今夜は。ここは安全だろう。



 小さな子供のような顔で眠る少女の顔が、部屋の窓から漏れるかすかな月の光に照らされている。



 今日は、大変な一日だったのだ。

 よく、眠るとよい。




 「ゆっくり眠れ、ローワン。すてきな夢を」 





これにて第一部完結です。

Ep.3を完成させたところで投稿を始めたので、元々そんなに余裕はなかったのですが、連続投稿や終盤に文字数が増えてきたこともあり、なかなかにストックが厳しい状況なので、数日後に毎日投稿再開します。

ブックマークしてくださった方、評価をくださった方、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

第一部に仕込んだ伏線もしっかり回収していこうと思うので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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