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Ep.14 異変 後編


 「普通に、知らないって答えたよ。赤髪なんてそんな目立つ髪色の人、私が知ってる限りではいないと思うし。」



 目の前にいる、この赤髪の少女は、一体何を言っているのだ。

 ”赤髪"の”使用人”。そんなもの、まさにローワンに他ならないだろう。そんな派手な髪色の使用人など、この女を除いては、一人もいないのだ。

 

 どうなっている。

 なぜローワンは、知らないと答えたのだ。嘘をついてもすぐにバレるだろう。

 それに、エクターとかいう王子も、なぜわざわざローワンに聞いたのだ。どう見ても目の前のその使用人こそが、探している赤髪の女性ではないのか。

 

 目の前の、ローワン=バークレイという少女は、

 肩まである量の多い赤髪に、ブラウンの瞳をしている、メイド服を着た16歳の少女だ。


 封印が解ける間際、一番初めに目に入ってきたのも、この燃えるような赤い髪で、赤い髪の少女が指輪を付けた途端、間違いなくこの少女から魔力が流れてきていた。


 

 「もう一度言ってくれ。詳細に」


 「えー、だから、」


 私も緊張してたからあんまり覚えてないんだって、と不満そうに情報を話すローワンの言葉を聞く。


 聞けば聞くほど、頭に疑問が募ってゆく。


 王子が森の外から見たというのは、おそらくローワンで間違いないだろう。

 邸宅の裏に広がっている広大な森の中から、柵の内側で草むしりをしているローワンを見たに違いない。


 亡くなったという言葉が気がかりだが、春の季節2月目が誕生日、故郷がバークレイ領であるというのもローワンと一致する。


 そうだとすれば、なぜ森の外で赤髪の女性を見たというのに、ローワンに直接会ったときは何も聞かなかったのだ。

 探しているのが使用人の赤い髪の女性なのであれば、"邸宅裏にさっきまでいなかったか"とか、少なくとも"ローワンの他に赤い髪の女性はいるか?"とか、と聞くのが普通だろう。それに対するローワンの”知らない”という回答に疑問を持たないのもおかしい。


 血縁関係がある者の多くは同じ髪色であることが多い。

 それには魔力の質や種類が遺伝するということが大きく関係しているからだが、自分の探している女性と、同じ髪をしたものが目の前にいれば、親戚関係を推測するものだろう。

 

 もしくは、王子は何か意図があってわざと聞いたのだろうか。

 


 もしそうだとしても、明らかにおかしい点が1つある。



 「何か変なことでも言った?」


 私の態度に不安を覚えたのだろう。少し怪訝な表情をする目の前の少女は、変わらず燃えるような赤い髪のままだ。

 

 「・・・・いや、その王子が探していたという人物。十中八九お前のことではないか。」


 なぜ、この少女は自分が赤い髪であることを認識していないのだろう。


 「赤い髪の使用人だろ。ローワン、まさにお前ではないか」 


 「え・・・どういうこと?アクル、何言ってるの」



 今度は、ローワンの顔に疑問の色が浮かんでいく。

 いや、本当にどういう意味?全然意味わかんないんだけど、と、疑問と不安が一気に押し寄せたような顔で私を見ている。


 意味が分からないのは、私の方だ。

 


 「これは、何色に見える」


 ポケットの中から、昨日ローワンから入手した髪の入った小瓶を見せる。

 昨日も、今も変わらず、瓶の中には赤色の髪の毛が数本入っている。


 「灰色、だけど。当たり前でしょ。だってそれ、私の髪なんでしょ」


 ローワンにはこれが灰色に見えているのか。

 世の中には、目に異常があることによって、色の区別がつきにくい人間がいると医学書で読んだ。

 もしかすると、ローワンは赤色が認識できないのかもしれない。


 「・・・・では、これは?」


 ローワンの横に置いてあった、昼食の紙袋の中からりんごを取り出す。

 みずみずしく、ローワンの髪によく似た赤い色をしている。目に異常があるのであれば、これも同じく灰色に見えるはずだ。


 「赤に決まってるじゃん。リンゴでしょ」

 

 赤い色を認識できないということではない。これでローワンの色覚異常ではないということは分かった。


 他に考えられるのは2択で、本当の髪は灰色だが、私自身が何らかの理由で赤色だと思ってしまっているパターンか、本当の髪色は赤だが、ローワンが何らかの理由でそれを認識していないパターンだ。 



 「・・使用人からお前の髪色について指摘されたことは?」


 「モップみたいな灰色だなって、水をかけられたことならあるけど」


 こいつ、仮にも伯爵令嬢の癖にあまりにも不憫だな。よく心が壊れたりしないものだ。

 ということは、ローワン以外の人間も、ローワンの髪色は灰色だと思っているということか。


 であれば、前者の可能性、私自身に問題がある可能性もあるのか、、。

 仕方ない。もう給仕係の男の髪はないが、また別の者の姿を借りれば良いことだ。


 パチン、と指を鳴らし、変化を解除する。

 昨日変化をした時と同じように、まばゆい光があたりを包み、目を開けると元の身体に戻っていた。

 今までの給仕係の魔力とは異なり、身体には間違いなくローワンの魔力が流れているのを感じる。


 「うわ、まぶし!突然何よ」


 窮屈な給仕係の姿から、自分の姿にようやく戻ることができた。

 手を開いたり閉じたり、宙へ浮かび上がってみたりしながら、感覚を取り戻す。



 「うーむ、特に変化はないようだ」


 目の前の赤髪の少女は、変わらず赤い髪のままだ。

 

 「なんなのよ、さっきから。それに変化解いちゃっていいの?」


 宙に浮かびながら、腕組みをしてローワンの姿を上から下まで見つめていると、だんだんと不快感を覚えてきたのだろうか、ローワンがやや憤っているのを感じる。

 

 「私には出会った当初から、お前の髪が赤色に見えているのだ。給仕係の姿でいる時も、今も、変わらず、ずっとな」


 「えっ」


 「記憶がある限り、ずっとお前の髪は灰色なのか?」


 「そうだけど」


 染髪している可能性もないわけではないが、髪は魔力の影響を受けやすい。

 私の知っている限り、薬や魔法を使ったとしても、きっと1日もすれば体内から出る魔力に押し出され元の色に戻ってしまうはずだ。

 ローワンに気付かれずに、それを長期間行うのはさすがに不可能だろう。


 それに、その場合私だけがローワンの髪色が違って見えていることの説明がつかない。



 「両親の髪色は?他にも、親戚や、一族など。殆どの人間が赤髪だったのではないか」


 「お父様とお母様の、、、?」


 そう投げかけると、今まで饒舌だったはずのローワンが、そこで初めて言葉に詰まった。

 視線を上下左右に動かして、何かを考えるように動きが止まる。

 そして、少しずつ、眉間の皺が深くなってゆく。


 「、、、わか、らない。お父様と、お母様。お二人がどんな姿をしていたのか」

 

 手に持っていた昼食のパンをぽとりと落とし、両手を包み込むように重ね合わせ、口元を抑えるようにしているローワンは、震えているようだった。

 腰かけている箱の上からだらりと下がった脚は、力が入っているのか、ぴったりと膝が閉じられている。


 「お父様と、お母様は、お優しくて、優秀な魔術師と歴史研究家で。私はいつもそんなお二人の近くで本を読んでいて、、それで、いつも笑いかけてくださって、、、、なんで思い出せないの。声も、思い出も、間違いなく覚えているはずなのに。」


 うつろな目でそういったローワンは、頭と膝を抱え込むように、すこしずつ身体を小さくしていく。

 おかしい。先ほどまでとは明らかに様子が違う。

 今まで両親について尋ねた際にも、こんな風になったことなどなかったのに。


 なんだ、この異変は。

 明らかに、いつものローワンとは違う。


 「ちょっと、見せたいものがある。ついてきてくれ」


 変化が解ける前から手に持ったままになっていた雑誌を、素早く革袋にしまい込み、倉庫の出口の方へ身体を進める。


 「ローワン」


 私がこの倉庫を出ようとしても、箱の上に座ったローワンは動かない。

 視線は床に固定されていて、明らかに動揺しているようだ。とりあえず、立ち上がらせないと。


 ローワンの元へ向かう途中、進路を妨害するように昼食の入った紙袋が床に転がっていたため、ローワンの膝に落ちていた食べかけのパンと共に、とりあえず革袋の中にしまい込む。

 この革袋、生ものの保存は効くのだろうか。


 「ローワン。大丈夫か?」


 箱の上に小さくなっているローワンの肩へ、できるだけ優しく手を添える。

 今まで門に仕掛けられた魔法陣の話をしても、自白剤の話をしてもこんな風にはならなかった。

 

 ここまで変わったのは、両親の容姿について尋ねてからだ、

 この動揺の仕方、明らかに通常では考えられない。


 魔法や魔法陣の仕業か、、?いや、でもこの世に精神や記憶に左右する魔法など存在しないはずで、それは原理を同じくする魔法陣にも言えることだ。

 両親の容姿や、自分の髪色に関する記憶だけがすっぽりと抜け落ちているなど、そんなこと、ありえない。


 

 「ローワン。大きく呼吸をしろ。」


 ローワンの両肩を包み込むように、再びを手を置くと、びくりと身体が動き、震えるながらこちらを見るブラウンの瞳と目が合った。


 「落ち着け。すまない、もしかするとトラウマのようなものに触れてしまったのかもしれない。」


 ローワンの両親は、彼女が幼いころに亡くなっているのだ。

 もしかすると、精神的ショックで記憶を封じているのかもしれない。


 「大丈夫だ」


 優しく、触れた手で、何度か背中を往復させる。

 ゆっくりと、呼吸に合わせるように、時間をかけて。




 

 「ごめんアクル。ちょっと、びっくりしちゃったみたい、でも、もう大丈夫」


 しばらく背中をさすっていると、通常時の瞳に戻ったローワンが返ってきた。

 身体の震えも止まったようだ。


 「いや、すまない。私の配慮が足りなかったのかもしれない」


 

 こんな状態のローワンを、果たして両親の肖像画がある部屋へ連れて行っても良いのだろうか。



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