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Ep.14 異変 前編


 お客様と別れたローワンは、厨房で譲ってもらった昼食の残り物を持って地下室に向かっていた。


 今日はメイド長のお説教や、お客様との遭遇で通常の昼食の時間を逃してしまった。

 そういう時は厨房に直接行けば、運が良ければ昼食の残りを恵んでもらうことができるのだ。メイド長の罰で夕食抜きにされるときは、大抵厨房にも指令が通っているため難しいのだが、今日は運よく入手することができた。


 今日の昼食は、パンに野菜と干し肉が挟まれている食べ物だ。

 アクルがどれだけ食べるかはわからないが、一応二人分もらっておいた。パンが2つに、水と、リンゴも2人分。

 

 今日の昼食は普段の食事に比べると、かなり豪華だ。

 明日のお客様の訪問に備え、忙しい使用人達のねぎらいも兼ねていると、先ほど厨房で誰かが話しているのを聞いた。


 アクルは普段、食事も睡眠も必要としないが、給仕係の姿に変化しているときは例外らしい。

 人間の身体を保つため、少量の食事と、短時間の睡眠はとった方が良いだろうと、アクルが昨晩言っていた。




 地下室の入口の前に到着すると、一応誰かに見られていないか左右を念入りに確認しつつ、地下室の入口の扉を開ける。

 地下室の掃除はローワンの担当なので特に必要ないのだが、この数日で癖になってしまったようだ。


 昨日の掃除の続きをするため庭師の倉庫に入ると、そこには給仕係の姿をしたアクルがいた。

 ローワンが昨日綺麗にした木箱の上に足を組んで座り、雑誌のようなものを半分に折り曲げて読んでいる。


 「ローワン。どこに行っていたのだ。食堂を覗いたが姿が見えなかったぞ」


 「昼食を食べ損ねたから、厨房でもらってきたの。アクルの分もあるよ」


 ほら、と本日の昼食が入った紙袋をアクルに見せる。

 アクルは読んでいた雑誌を木箱の上に置き、ローワンの持っていた袋の口を少し広げて中を覗いた。


 「昼食と同じだな。先ほど執事見習の男にもらって食べてしまったから、ローワンが食べて良いぞ」


 あまり気に入らなかったしな。とぼそりと言ったアクルは、再び木箱の上に座り直し、雑誌を読み始めた。


 「もー、今日は特別豪華なのにー」

 

 パンに具材が挟んであることなど滅多にないのだ。アクルは普段何も食べないから、この有難みが分からないんだわ。

 時間をかけてでも、2つとも絶対に一人で食べよう、とローワンは固く誓った。


 アクルの正面の木箱に腰かけ、パンを1つ紙袋から取り出し、手に取る。



 「なに読んでるの」


 先ほどからアクルは、熱心に雑誌のようなものを読んでいる。

 カラーの人物絵と共に大量の文字が書かれている、かなり情報量の多い雑誌のようだ。

 この数十年で魔石印刷の技術が発達して、このように細かい描写のものを大量に複製できるようになったと聞いたことがある。


 「貴族の情報誌だ。執事見習の男からもらった」


 給仕係と同室の、栗色の髪をした執事見習の青年のことだろうか。ローワンは頭にある、かすかな記憶を手繰り寄せていた。

 顔はうろ覚えだが、確か、よくローワンにひどい言葉を投げかけてきていたような気がする。


 「面白い情報あった?」


 「まだ序盤だ。それより、午前中は何をしていたのだ。魔力が枯渇してきたから、状況が全く追えなかったぞ」


 「午前中は、ずっと邸宅の裏で草むしりしてたよ。虫が多くて大変だったけど、森で猫を見つけたんだ。とってもきれいな猫だった。」

 

 「メイド長が来なかったか?」


 ローワンの猫の話題は、アクルには興味を持ってもらえなかったらしい。

 雑誌から目を離さないアクルに、さらりと流されてしまった。


 「よくわかったね。うん、来たよ」


 先ほどのメイド長の怒り狂った表情と声を思い出し、ぶるりと震えたローワンは、なんだか気分が悪くなり、かじっていたパンを口から離した。


 「正門の前でメイド長から聞かれたのだ。お前の監視対象は今どこにいるのか、とな」


 「監視対象って、、私のこと?」


 「そうだ、この給仕係の男はお前の監視を主な仕事としていたようだ」


 なるほど。だから給仕係の男は、しつこいほどにローワンの後を付き纏っていたのか。

 嫌いな地下室へわざわざ長時間居座るのも変だと思っていたが、仕事だと言われれば合点がいく。


 「最近屋敷に来たって言ってたけど、それは監視のためってこと、、?」


 「そうかもな。風の魔法で会話や動きを探り、逐一メイド長に報告していた可能性はあるな」


 この給仕係の男も、普段アクルがやっているような魔法を使うことができたのか。

 事あるごとに、俺様は仕事のできる男だ、天才だ!と言ってたが、そういう理由もあったのだろうか。と、ローワンは再びパンに口をつけながら考えていた。


 「待って、それじゃあ夜に地下室に潜り込んでたこととか、アクルと話してた内容とか全部知られてるってこと?」


 「いや、少なくとも会話の内容は聞かれていないはずだ」


 驚きのあまり、思わずパンがのどに詰まりそうになった。

 慌てて水をごくごくと飲んでいると、アクルが昨日地下室で起きたことを教えてくれた。


 地下室の右側のエリアには魔法陣が仕込まれていて、ローワンの魔力、もしくはバークレイ伯爵家の人間の魔力に反応するのだということ。

 ランプの部屋については、給仕係の姿でも入ることができたが、部屋にいる時は常に風の魔法で外の様子を伺っていたから、盗聴の心配はないということ。


 それから、外の門に施されていた魔法陣のことも。



 「”拒絶”、”落雷”、ローワン=バークレイ? それってどういう意味なの?」


 「そのままの意味だ。ローワン=バークレイが、魔法陣。正確にはそれが施された門の近くを通ると、通過を拒絶されると共に、落雷が落ちるのだ」


 それも非常に強力な落雷が、な。

 と、アクルは箱の上に置いた雑誌を再びパラパラと捲りながら言った。


 「待って。それって私が門から外に出ようとすると、強力な雷が落ちてくるってこと?」


 「そうだ。試しに昨日お前からもらった髪を門に飛ばしてみたら、跡形もなく燃え散っていたぞ。それに、門だけじゃない。おそらく敷地の周囲に張り巡らされた全ての柵だ。」


 柵をよじ登ろうとした暁には、ローワンの丸焼きの出来上がりだな。と、全く笑えないことをアクルは言った。


 柵を作ったのは伯爵様だと聞いたが、そんな魔法陣が仕組まれていたとは。

 確かに、ローワンはこの10年、門の外に出るような納品の仕事などを任されたことは一度もない。庭の草むしりをするときも、柵には近づかないように強く言われていが、動物避けのためだと思っていた。


 そして今日、メイド長が来た時も。



 「そうか、、、メイド長が怒ったのは、私が柵に近づいたからだったのね。それに、くれぐれも敷地の外に出ないようにって」


 「まぁ状況はわからないが、明日伯爵が帰ってくるのだ。それまでは丸焦げになられては困るのだろう」


 なぜ、わざわざ門に魔法陣を敷いてまでローワンをこの屋敷に閉じ込めようとするのだろう。

 そんなことしなくても、ここ以外に行く当てなど、どこにもないのに。


 「伯爵といえば、明日客人と共に屋敷に戻ってくるそうだな。どうするのだ、客人の正体もわからないし、また何か仕掛けてくるかもしれないぞ。」


 「どうするって言われても、、」

 

 また、自白剤のようなものを飲まされたりするのだろうか。

 無理やり聞こうとしなくても、アクルのこと以外に隠すことなど何もないし、アクルだってローワン以外には姿が見えないのだ。

 

 目的が分からない以上、対処の仕方もわからない。

 とりあえず、出たとこ勝負で何とかするしかないのだろうか、そんなことを考えながら、ローワンは再び食事を再開した。



 「あ、お客様と言えば、さっき屋敷の端の方の通路でお客様に会ったよ」


 「何。客人が来るのは明日ではなかったのか」


 「明日にも来るらしいよ。今日会ったのは私と同い年くらいの男の人だった。明日父親が来るけど、先に着いちゃったって言ってた。」


 「もしかして、話をしたのか?どんなやつだった」


 読んでいた雑誌から顔を上げたアクルは、危機感のない奴め。とでも言いたげな顔をしている。

 危機感がないわけではない。ローワンは望んでいなかったが、あちらから勝手に話しかけてきたのだ。


 「すごい綺麗な人だったよ。多分貴族で、私と同い年くらいの男の子。白っぽいブロンドで、吸い込まれそうな蒼い綺麗な目だった。見た目で言えば、アクルといい勝負になりそうだなって。」


 先程までやや眉間に皺を寄せていたアクルが、何かを思い出すように視線を上にあげたまま固まっている。


 「どうしたの?」


 「お前、もしかして、」


 アクルは半分に折りたたんで読んでいた雑誌を、元の両開きに戻す。

 すると、内側に畳まれていた、カラフルな表紙が外に現れた。


 そして、アクルは神妙な顔で、雑誌を手で握ったまま、真っすぐこちらに腕を伸ばし、表紙に映る青年を指差した。


 「お前が見た男。もしかしてこいつじゃないだろうな」


 表紙に描かれていたのは、まさに先程ローワンがすれ違った青年だった。


 仕立てのよさそうな豪華な服を着た、プラチナブロンドに輝くような青い目をした青年は、バルコニーの上からどこかへ手を振っているようだ。

 

 「あ、そうだよ。やっぱり貴族だったんだ」


 「馬鹿者。この横の文を読め」


 アクルが指さしたのは、青年の横に大きく書かれているカラフルな文字だった。


 そして、そこに書かれていたのは、“モルボーデン王国 第一王子 エクター=ブリテン”という文字だ。



 「待って、あの人エクター王子だったの!?」


 エクター王子と言えば、ローワンですら知っている非常に有名な王族だ。

 現国王の一人息子で、確か年はローワンと同じ16歳。

 魔法の腕に優れていて、国民からの人気も高いと聞く。


 しかし、エクター王子がわざわざこんな辺境のバークレイ領まで何をしに来たのだろう。

 王都からバークレイ領までは、馬車で2日半もかかるのだ。

 忙しい公務の合間を縫ってやって来るには、少し遠すぎやしないだろうか。


 「父親が明日、伯爵と共に来ると言っていたな。」


 「え、うん」


 エクター王子が何故こんなところまで来たのか、そして彼が探していた友人とは誰だったのだろう。と、頭の中で色々な考えを巡らせていたローワンは、アクルが言った言葉の重大性にようやく気が付いた。


 「エクター王子のお父様って、、もしかして」


 「現国王、ということではないか」


 アクルは、表紙のエクター王子の後ろに小さく写っている年老いた男性の姿を指で軽くなぞった。


 ローワンの知る限りでは、エクター王子は間違いなく現国王のご子息のはずだ。

 なかなかご子息に恵まれず、50歳を超えてようやくエクター王子がお生まれになった時には、国を挙げてお祝いをしたと聞いたことがある。



 「国王が今までこの屋敷を訪れたことはあるのか」


 「ない!ないよ。こんな何もない領だもの。お父様とお母様がいらっしゃったときにも、王都から貴族が来るようなことも殆どなかったし!」


 バークレイ領は、特産品もなく、魔石の鉱山があるわけでも、国の事業が行われているわけでもない。


 領民の多くは自給自足で生活し、細々とした観光業の収入と、両親の残した研究の成果による収入で賄われている、そんな領地だ。

 エクター王子だけでなく、国王様までいらっしゃるなんて。

 

 こんなこと、異常事態だ。



 「王子は何か言っていたのか。ここに来た目的など」


 「えーっと。ここに来た理由は言ってなかったけど、この屋敷に赤い髪の女性はいないかって聞かれた。」


 「・・・それで?」


 「普通に、知らないって答えたよ。赤髪なんてそんな目立つ髪色の人、私が知ってる限りではいないと思うし。」


 「は?」


 アクルは手に持っていた雑誌をぽとりと床に落とした。あんぐりと口を開けて、信じられないようなものでも見るような顔でこちらを見ている。

 一体、なんだというのだ。


 「もーアクル、雑誌落としたよ。」


 「ちょ、ちょっと待て。」


 アクルは木箱の上で組んだ脚の上に、肘を置いて、口に手を当てている。眉間に皺を寄せ、視線が左右に素早く揺れる。

 

 「もう一度言ってくれ。詳細に」


 落ちた雑誌を拾い、もう一度木箱に座り直したアクルは、なぜかとても真剣な顔をしていた。

 どうしてこんなに動揺しているのかしら。


 「えー、だから、赤い髪の女性はいないかって聞かれたの。多分使用人で、邸宅の裏にいるのを、森の中から見たような気がするけど、幻影だったのかもって言ってた。亡くなられた友人の故郷だからって。それで、春の季節2月目はその友人の誕生日だったから、懐かしくなってって」


 貴族であることや、美しすぎる容姿のせいでローワンも極度に緊張していて、あまり覚えていないのだ。

 とりあえず、思い出せる限りの情報をただひたすらに話してみる。



 「・・・それを、お前に聞いてきたのだな?」


 「そうだよ。」


 「それで、ローワンは知らないと答えたのか?」


 「うん」


 「で、王子はそれを聞いて、黙って帰っていったのか?」


 「うん、足を止めて悪かったねって」

 

 アクルの眉間の皺が、また一段と濃くなった。

 箱の上に座ったアクルは、微動だにせず、何かを真剣に考えているようだ。


 「何か変なことでも言った?」


 「・・・・いや、その王子が探していたという人物。十中八九お前のことではないか。」


 信じられないようなものでも見るかのような顔で、アクルはこちらをまっすぐに見つめている。

 その瞳には、混乱と、少しの恐怖が浮かんでいるようだ。




 「赤い髪の使用人だろ。ローワン、まさにお前ではないか」




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