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Ep.2 バークレイ伯爵家の地下室

 2年前のある日までは、ローワンもほかの人と同じようにこの地下室が大嫌いだった。

 

 幽霊が出る。子供がすすり泣く声が聞こえる。という使用人の話を信じ、ローワンはいつも最短で用を済ませ、逃げ帰るように地上に戻っていた。



  2年前のある日。メイド長の八つ当たりにより3日連続で夕食にありつけずむしゃくしゃしていたローワンは、つい仕事をしない同僚達に文句を言ってしまったことがあった。

 仕事を押し付けられても文句の一つも言わないローワンが反論してきたことに、最初は驚いていた同僚達だったが、顔を見合わせ何かを会話し、こちらにちらちらと視線を向けクスクスと笑いながらメイド部屋へと消えていった。

 

 そしてその日の夜中、ローワンは寝ているところを突然羽交い絞めにされ、目隠しをされ、袋のようなものに入れられてしまったのだ。

 寝起きのローワンは何が起きたのか全く理解できないまま、何者かに担ぎ上げられた状態で、地下室に連れてこられてしまう。


 「親もいないくせに偉そうなことばかり言うからよ。ここで反省してなさい」


 吐き捨てるように言われ、床にドスンと下される。クスクスと、昼間にさぼりを注意した同僚たち数人の笑い声が、地下室に響き渡った。

 ようやく麻袋から自由になったローワンが固く縛られた目隠しを外すために奮闘している間に、彼女たちの足音が遠ざかっていく。


 苦労して何とか目隠しを外したローワンはあたりを見回したが、そこに広がっていたのは外す前と変わらない暗闇だった。ローワンは、ランプもなく、帰り道もわからないまま地下室に取り残されてしまったらしかった。


 暗闇に目が慣れていない状況では、自分の手や足を見るので精いっぱいだ。こんな状況では、帰り道も、今自分がいる場所ですらわからない。

 なんだか少し肌寒く、ひたひたと不気味な音が聞こえるような気がする。幽霊の話を思い出したローワンは、ぶるっと肩を震わせた。

 泣きたくなったが、とりあえずここにいてはだめだ。誰にも気づいてもらうことができず、下手したら死んでしまうだろう。


 「どうしよう、、」


 ローワンが元バークレイ伯爵令嬢であることを知らない使用人達には、親のいない捨て子だと思われている。

 戦争もなく平和なこの国では、両親がおらず、面倒を見てくれる親類もいない子供は、ワケありとして蔑まれることが多い。両親が元奴隷や、犯罪者などであるということが多いからだそうだ。


 そんな状況では、ローワンがいないことに気づいても、きっと誰も探しに来てくれないだろう。

 怖い気持ちと自分の境遇に対する諦めにも似た悲しい気持ちが募るが、少ない勇気をかき集め、何とか自分を奮い立たせる。

 寝巻の裾を踏まないように軽く結び、壁に手を当て、とりあえず壁伝いに歩いてみることにした。


 「もう最悪、、真っ暗で何も見えないし、なんなのこの場所」


 両親に連れられて地下室に降りたことは何度かあったが、ローワンはいつも母親にしがみついて歩いていた。母親はそんなローワンを見て、ここは怖いところじゃないのよ。と笑っていたような気がする。



 ずりずりと、壁に手を当てながら慎重に足を進めてみる。

 真っ暗闇で、空気の流れも感じられないこの場所では、声でも出していないと頭がおかしくなってしまいそうだ。


 「あーーーーー。」


  暗闇の中で目いっぱいの声を出す。厚い石造りの地下室では、ローワンの声は反響せずにふっ、と消えていく。


 「反響から考えると、天井の高い場所ではなさそうね。多分入口を左に曲がったエリアだわ。」

 

 母親の足にしがみついて歩いた、わずかな記憶を必死に手繰り寄せる。

 右も左もわからないこの場所では、下手に進めば、かえって入口から遠ざかってしまう可能性もあるだろう。

 石が欠けている部分でもいいし、扉の形や鍵の種類でもいい。とりあえず進んでみて、何か目印になるようなものを見つけなければ。


 「まずは灯りを手に入れなくちゃ」


 そういえば、昔母親が手をかざすと開く部屋があったような気がする。そこには確か、魔石の入ったランプがいくつか置かれていたはずだ。

 この地下空間は、入口を降りてすぐの時点から、曲がり角がいくつかある迷路のような構造になっている。あいまいな記憶に加え、この暗闇だ。辿り着けるかどうかは賭けだが、行ってみるしかない。




 少し時間が経ち、ようやく暗闇に目が慣れてきた。

 ローワンの知る限りでは、落とし穴があったり、槍が出てきたりするわけではないので、壁伝いに歩いていれば少なくとも怪我をするということはないはずだ。


 ずるずるとしばらく壁伝いに歩いていたところ、ふと、薄ぼんやりと壁が光っている場所があるのを見つけた。壁の石の一つに手のひらくらいのサイズの紋様のようなものが書かれ、それがわずかに緑色に光っている。


 「なんだろうこれ、、魔法陣みたいな」


 魔法陣の研究をしていた母が、よくこのような丸が重なった紋様のような絵を描いていた。

 少し懐かしいような、さみしいような気持ちになったローワンは。引き寄せられるように、壁のその紋様を指でなぞってみる。


 すると、


 ズズズ、と紋様の書かれた石が壁の方へ引っ込み始めた。


 「なにこれ、、凄い。きっと何かの魔法陣なんだわ」


 石が引っ込んだ場所を、目を凝らして見ると、隣の石の側面が少し窪んでいるのが見えた。

 ちょうど指の第二関節まで入りそうなくらいの窪みだ。指を入れれば取手のようになるかもしれない。


 「もしかして引けば開いたりするのかな」


 今までの恐怖はどこかへ消えたのか、ローワンは目の前で起きた不思議な出来事に興味津々だった。


 石の側面の窪みに手を入れ、力を入れて手前に引いてみると、


 ガチ、と音がした。

 

 そして、人間一人分程度の壁が、扉のように手前に動く。

 ゆっくりと開いた壁の隙間からは、オレンジのあたたかな光が漏れはじめた。


 「明るい、、!やったわ。ここがランプがある部屋だったんだ!」



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