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Ep.12 監視 前編



 「おい、給仕係!ちょっと仕事を変わってくれないか」


 朝食の時間。

 ローワンを探すため使用人食堂に向かっていたところ、入口近くで執事見習の青年に声を掛けられた。


 この身体の持ち主の男は、ローワン以外にも給仕係と呼ばれているらしい。

 ここ数日、この男を観察して学んだ仕草を真似て、執事見習の方へ振り向く。



 「給仕係と呼ぶな。俺様には立派な名前があるだろう」


 「ごめんって。お前の名前覚えにくいんだもん。そんなことより、ちょっと俺手が離せないから搬入の仕事変わってくれ。門の所にいる商人にこの紙渡してくれればいいから」


 じゃ、よろしく!と、給仕係。もといアクルに数枚の紙を押し付けた執事見習の青年は風のように去っていく。



 ふむ。どうやら食糧と日用品の注文書のようだ。紙やペン、魔砂、タオルなどの他に果物やミルク、魚などの項目と、それぞれの納品量が書かれている。


 日用品と比べると食料品の物価はそこまで高くないようだ。果物や穀物に比べ、魚が高価なのは、バークレイ領から海まで距離があるからだろうか。

 魔砂は1小瓶あたり、リンゴ20個分か。意外と高価だ。

 ローワンがよく盗まれると言っていたが、盗人はシャワーのためだけに使っているわけではない可能性があるな。


 ぱらぱらと納品書をめくりながら、門の方へ歩く。


 すれ違うたびに、忙しそうに走り回っている使用人が、”よ、田舎の期待の星!”、”おはよ給仕係!”と挨拶をしてくるので、しっかりと表情を作り、片手をあげて皆に応える。

 どうやらこの男はそこそこ好かれているらしい。

 使用人達の表情も明るく、皆悪い人間には見えない。


 ローワンに対する態度とは大違いだ。なぜこの屋敷の者たちは、ローワンにあれほどまでに冷たく当たるのだろう。



 邸宅から出て庭に出ると、門の外に大きな荷物を積んだ馬車と、その周囲に数名の男たちが見えた。

 どうやらあれが商人のようだ。


 「ちわっす。搬入の仕事を任されました」

 

 「おー、兄ちゃん。見ない顔だな。新入りか?」


 気のよさそうな中年の男が、給仕係に笑いかけている。

 注文書をくれ、と手を出すので、門の外に立っている商人に渡すため、手を伸ばすと、


 バチっと、電気のような小さな稲妻が自らの手に走った。


 「いてっ」

 

 軽い火傷のような痛みが手に走り、思わず持っていた注文書を落としてしまった。


 「大丈夫か?兄ちゃん」


 「あ、大丈夫です」


 極力、平静を装って門の外側の地面に落ちた紙を拾う。

 なんだったんだ、さっきのは。魔法か、、?


 門の周囲を見渡してみるが、見える範囲では特におかしなところはなさそうだ。

 気のせいか、もしくは静電気のようなものなのだろうか。


 落ちた注文書の砂埃を軽く払い、商人の男に手渡した。

 紙を受け取った商人は、ぱらぱらと注文書を捲り内容を確認している。


 「バークレイ領に来て日は浅いのか?」


 「はい」


 「どうだ?何もないけど、のどかでいい街だろう。娯楽はないが、豊かな気候で過ごしやすいぞ」


 「そう、っすね」


 屋敷の外に出たことはないが、食料品の物価や気候から考えても豊かな土地なのだろう。給仕係は娯楽がないことを嘆いていたが。


 「伯爵様がうまくやられてるんですかね」

 

 「そうだなぁ。10年前に領主様が変わられて以降お姿を見たことはないが、まぁ伯爵様は錬金術研究所の所長もやられているお方だ。きっと領地経営もうまくやられているのさ」

 

 なるほど、バークレイ伯爵は錬金術研究所の所長を兼務していたのか。

 それであれば、あの自白剤についても十中八九伯爵が手に入れたものに違いない。


 「前の領主様はどんな人だったんですか?」


 「とてもお優しい方だったよ、領民のことをよく考えてくださるし、領主様も奥様もとても優秀なお方だった。伯爵家で領民が参加できるパーティなども開いてくださっていてな。皆慕っていたよ。ローワン様がお生まれになったころは、領全体で夜通しお祝いしたくらいさ。」


 亡くなられたのは不幸なことだったな。と、商人は遠い目をして言った。

 どうやら、ローワンの両親は慕われていたようだ。


 「すまんな兄ちゃん。昔話をしてしまった。ほい、これが今日の納品書。今日は量が多いから気をつけろよ」

 

 「え、」


 話をしていた商人以外の男は、いつの間にかすべての荷を門の外へ下ろしきっていた。

 膝ほどの高さの正方形の木箱が、10個ほど門の前へ積みあがっていく。

 まさか、ここで受け取れとでも言うのか。


 「これ、中まで運んでくれないんですか」


 「すまんな。今の領主様になってからの決まりでな。俺たち商人は敷地の中に入るのは禁止されてるんだ。それにしても、お客様でもいらっしゃるのか?今週はいつもの3倍くらいの量があるぞ。」


 難儀な仕事を押し付けられて残念だったな。と、ガハハハッと笑いながら言った商人は、そそくさと馬を引き、去って行ってしまった。



 くそ、あの執事見習い。

 今日の荷が特別に多いことを知っていたに違いない。完全に損な役回りではないか。やはり訂正だ。この屋敷の使用人はいい奴などではない。


 目の前にある山積みの木箱を見つめる。

 本日の納品書の内容から察するに、中身もそこそこの重量のものが入っているはずだ。

 風の魔法で運ぶのは容易いが、この男の髪の魔力では足りないだろう。魔力が無くなれば変化が解けてしまう。


 「くっ。運ぶしかないか」



 しぶしぶ、目の前の箱を運び入れる覚悟を決めた時、屋敷の方から人が走ってくるのが見えた。

 黒いワンピース。あれはメイド長だな。


 アクルのいる門へ近づいてきたメイド長は、かなり急いで来たようだ。

 髪が乱れ、額には汗がにじんでいる。


 「あの子はどこへいきましたか」


 よほど急いで来たのだろう。息も絶え絶えに、膝に手を当てて前かがみになりながら、メイド長はアクルに尋ねた。


 「あの子、とは?」


 「あの子ですよ。あなたの監視対象の」


 ”監視対象”。なんと直接的な表現か。これは十中八九ローワンのことだろう。


 「屋敷の裏で草むしりをしていましたよ」


 メイド長の姿が見えた瞬間に、風の魔法で探ったローワンの気配を元に伝えてみる。

 監視対象というくらいなのだ。一応どの場所にいるのかくらいは知っている体の方が良いだろう。


 それにしてもこの男、なぜメイド長の前では普通に話すにもかかわらず、ローワンやその他の使用人の前では奇怪なしゃべり方をするのだろう。

 この数日の観察で学んだ給仕係の男の行動をできる限り真似てみるが、明らかに変だ。


 「そう・・・不具合かしら。まぁ良いです。」


 メイド長は門の上の方をつぶさに観察している。門に何か仕掛けでもあるのだろうか。

 そういえば先ほど、注文書を門の外にいる商人に渡そうとしたとき、何か雷のようなものが走っていたな。

 

 メイド長は門から視線を外し、給仕係の方を冷たい表情で見つめた。


 「それにしてもあなた。昨日の夜の当番を忘れていましたね。あの子がベッドから抜け出して夜中に歩き回っているのを見て、肝が冷えました」


 やはり夜も監視があったのか。昨日は人の気配を感じなかったとローワンが言っていたが、なるほど。この男が当番だったのだな。


 「申し訳ありません。途中で体調が悪くなり、当番を続行できませんでした」


 「あなたの高い魔力を見込んで報酬を払っているのですからね。今後は気を付けてください。」


 「はい。」


 給仕係のこの男、確かに魔力量が多いようだが、監視役として雇われたのだろうか。


 確かに風の魔法は気配を探ったり、情報を入手するのにとても便利だ。実際私も会話を聞いたり、ほかの使用人の動きを探るために使っている。

 だがこの男、偽物の手紙ですぐに故郷に帰り、ぺらぺらと自分の個人情報をばらまいていた。それにローワンもあの男を嫌っていたようだし、対象には好かれていた方が監視が楽なのではないか。


 本当に監視の仕事をしていたのだろうか。



 「明日から伯爵様がお客様と一緒にお戻りです。それまで、必ずあの子の居場所をしっかりと監視しておくように」

 

 「伯爵様が、、?王都へ行かれていたのでは」


 「えぇ。錬金術研究所で起こっていた問題が解決されたとのことなので、急いで戻られるそうです。」


 なるほど。

 自白剤まで使ってきた伯爵が何故急遽屋敷を離れたのか不思議に思っていたが、王都に帰らざるを得ない理由があったということか。

 どういう問題が発生していたのかはわからないが、ローワンにとっては好都合だったな。



 「2度目はありませんからね。くれぐれも頼みますよ。それから分かっているとは思いますが、地下室の鍵のかかった部屋には絶対にあの子を入れないでくださいね」


 鍵のかかった部屋?それで言えばほとんどの部屋がそうだと思うが。

 メイド長はどの部屋のことを指しているのだろう。


 「わかっています。食糧庫の隣にある部屋のことですよね」


 「違います。大きな南京錠のついた部屋のことですよ。初日に渡したマニュアルに書いていたでしょう。位置をしっかりと覚えてから燃やすようにと、再三伝えましたよね。」


 あなた、探偵の仕事の経験があると言っていましたが本当なんでしょうね。と、疑った顔をしたメイド長は、給仕係の姿を見ている。


 「もちろんですよ。任せてください。故郷では謎解きの鬼!私以上に明晰な頭脳を持つものはいない!とまで言われていたのですから」


 給仕係が地下室でぺらぺらと話をしていたセリフをそのままなぞる。

 もしやこの男の指す探偵とは、監視や尾行をする者ではなく、近所のお困りごとを解決する程度の者だったのではないだろうか。

 何故だろう。これはただの推測だが、絶対この推測は正しい。そんな気がしてきた。

 

 「まぁいいです。それを運び終えたら監視の仕事に戻りなさい」




 邸宅の裏の方へ向かう、メイド長の背中が小さくなってゆく。

 あの方向、今からローワンの様子でも見に行くのだろうか。


 

 周囲に人がいないことを再度確認し、地面を蹴って微量の風の魔法で浮き上がる。

 先ほどメイド長が見上げていたのは、門柱もんばしらの上の方だ。


 「メイド長が先ほど見ていたのは、この部分か」


 見た目では特におかしなところはないようだ。あとは触覚か。

 彫刻を手でなぞるように触れてみると、繊細な模様と模様の隙間に、薄く文字のようなものが彫られているのが分かった。

 見た目ではわからないが、手で触れてみるとようやくわかる程度の薄く、小さな文字だ。


 ”拒絶”、”落雷”、そして、” ”



 「まさか、この式は、、、」

 素早く地面に降り、ポケットの中から小さな小瓶を取り出す。

 そして、昨晩入手した小瓶の中に入っている赤く細いものを、一本手の平に載せた。


 手のひらに向けて、軽く息を吹きかけると、それは風に乗りひらひらと門の方へ飛んでいく。



 

 そして、門に触れた途端、


 ビリビリと大きな稲妻が走り、それは跡形もなく燃え散った。




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