新聞社にて
「はいはい、みんな、今日は、新聞社と印刷所に、見学にいきます!面白いぞ!でも、みんなお仕事中だから、邪魔にならないように、しぃー、だよ!特に印刷所は、機械が動いてたら、巻き込まれて危険だから、勝手に触ったり、ふざけたり、しないこと!」
「「「はーい!」」」
「機械に巻き込まれると、腕がなくなったり、する事もあるからね。安全第一、注意一秒、怪我一生、だよ!」
「「「注意一秒、怪我一生!」」」
3王子とアルディ王子とジェム達。
午前中の勉強や新聞販売も終わって、ご飯も食べて、ちょっとお昼寝もして、元気まんまんな子供達である。
竜樹は、子供達が、機械のある所に行く事も鑑みて、人員を準備した。王弟マルサと護衛のルディを含む、騎士団の隊員を面倒見に増やしてみた。
「騎士団のお兄さんに、従ってな。」
はーい!と良いお返事の子供達を連れて。二頭立て一角馬の引く、マイクロバスの大きさにした馬車で、まずは新聞社に行くことに。馬車に初めて乗る子供達は、わぁっ!と歓声をあげて乗り込み、座席に膝をついて窓の外を見たりしている。王子達は、馬車は初めてではないが、マイクロバス型のものは初めての為か、同じように、はしゃいだ。
「はや〜い!」
「わーい、みんなー!」
手を振るジェム達に、歩いている人たちが、手を振りかえす。
新聞社は、街中の、広場に近い辺りに、3階建てで出来ていた。警備員がきちっと守っている中、敷地内通行にも許可証を見せて、入っていく。受付で「約束の、畠中竜樹と王子と子供達です。」と言うと、お姉さんが、いらっしゃいませ、少々お待ちください。と言い、黒電話型の内線を取って、魔石をくりっと印に合わせて回し繋げ、「編集長、ギフトの御方様と王子様方、子供達がみえました。」と連絡をした。
「電話、沢山作るの、難しいのではなかったの?」
ネクターが竜樹に聞いて、他の王子達も不思議そうな顔をした。
「双方向で映像と声と両方、が難しいんだって。声だけのは、それよりは、ずっと作りやすいんだってさ。」新聞はスピード重要だから、使って貰っちゃいました。にひひ、と笑う。
電話の使用状況を見たくて、一緒に着いてきたチリが、
「スマホみたいに、何でもいっぺんにやろうとすると、まだ私の知識と技術では限界があります。でも、一つずつなら、何とかなるんですよ。」と、うむうむして言った。
「良くいらっしゃいました、出迎えは無用とおっしゃって下さって、ありがとうございます。お待たせしました、編集長のマティータです。」
眼光鋭い、一見騎士かとも思わせる、筋肉質の身体を持った、渋いおじ様。焦茶に一線、銀の混ざる短髪が、くりくりっとカールして、開いた額の上でうねっている。
王子達に礼を、子供達に笑顔を、そして竜樹とマティータ編集長は握手をして、
「ギフトの御方様とは、採用面接の時以来ですね。」
「そうですね!どうですか、順調ですか?」
「ええ、順調というか、毎日が戦いのようだというか。忙しくさせてもらってますよ。」ニカリ、と笑う。
マティータ編集長は、平民でありながら第二騎士団の副団長まで上り詰め、怪我で辞めて文官に転職した、という、珍しい経歴の持ち主。
騎士団時代の、圧力に屈しない熱さや、現在の文武両道のバランスの良さ、そして応募の際の、見本の新聞を読んで、実際に取材して、新聞記事を書いてみる、試験の結果の見事さから、これは編集長に!と竜樹とギフトの御方お助け部隊の、満場一致の推しでこの位置を射止めた御仁である。
文章が美しい人は沢山いたが、荒削りでも、簡潔に要点を、大事な事から余さずに書く、ができたのは、彼だけだった。
そして新聞社に応募した動機もあった。騎士団時代に怪我をしたのが、遠征の際の情報不足で、その土地の魔獣に合う武器や魔法を用意できなかった為なのだ。
情報の大切さを広めたい情熱が、彼を安寧の文官仕事から、転職して戦う新聞社へ、と進路を変えさせた。
竜樹は、新聞記事の書き方、を検索しては勉強して、そしてある程度詰めて渡した後は、必要に応じてアレンジを、といういつものスタイルだ。
案内されて、編集室に行くと、記者は何人かしかおらず、机で電話していたり、記事を書いていたりした。
「今、記者は、大体取材に行ってます。夕方帰って、編集長、私へ報告して、記事を書き、それぞれの記事量を調整して、活版で原版を作り、それに写真を組み込みます。」
活版印刷とシルクスクリーンを教えた竜樹だったが、試行錯誤の後、竜樹の世界で新聞印刷に使われていた、オフセット印刷まで技術は及んだ。
まだ白黒のみだし、原版には、活版の技術が使われたりし、またそれを魔石の力で何とかして印刷、という、もう竜樹にはわからない仕様になっている。
「まず、王子様方、子供達は、書きたい記事があるのかな?」
マティータ編集長が、腰を屈めて、目線を合わせて子供達に聞く。
「あるー。」「まだないー。」
両方答えが返ってきて、ふふふ、とマティータ編集長は笑った。この人、妻子もちで、子供好きなのだ。
「それでは、まだの子は、書きたい記事を見つける方法。それは、周りを良く見て、興味を持って、人に話しを聞く事だね。」
なぜ、今日は、パンが沢山売れるのかな?とか、あっちに人が集まってるのは何故?とか。
何でかな?知りたいな?と思う事を、まずは調べてみるといい。
「ウチの記者は、街を巡回したり、街の情報屋にも情報もらったり、街に、お知らせステーション、ていう、固定電話をつけたりして、情報を募っているね。」
ふむふむ。
「俺たちは、新聞の販売してるけど、結構お客さんが、今日あったこととか、さっきあった馬車事故のことや、今何が売れてるけど一時的だから損しないように仕入れ注意してるとか、大人同士で喋ってるの聞くよ。」
俺たち子供だから、みんな何言っても大丈夫と思ってるらしくて、街で寝てる時も、そういうの聞いて、ご飯に役立ててた。
「おおー、優秀だね。でも、情報は、武器にもなって、人を傷つける道具にもなるから、気をつけた方がいい。見つかって、誰かに怒られたりしなかったかい?街にいた時。」
あったー。追いかけられたー。
子供達が口を揃えて言うのに、竜樹はギョッとした。
「おいおい、大丈夫かみんな。危ないこと、しないんだぞ?」
「そんなこと言っても、街にいた時は、目障りだってだけで殴られそうになったりもしたし、食べられないと死んじゃうからさ。逃げるの慣れてるよ。今は、してないよ。何かの役に立つかと思って、書き留めてるけど。」
それでジェムは、紙を紐で束ねたメモ帳を持ってるのか。
どれ、良かったら見せてご覧、とマティータ編集長が顔を覗き込んで言う。
はい、と、あっさりジェムは渡す。
ふむ、ふむ、む? むむむむむ!
頬を赤くしていたジェムに、マティータ編集長は、
「これは、なかなか貴重な記事メモだね•••この、赤い門飾りがある娼館に、あれを運び込んだ、って。何をなんだ、暴れて薬を使って、て、もしかして、最近の貴族の子女誘拐事件、とか•••?」
子供達の面倒をみていた騎士団の団員が、ふおっ!?と意気込んで編集長を見た。
「わかんないけど、動物を運んだとかかもしれないし。でも、あれってなんだろ、っておもったから、メモしといた。」
でもいくら子供の前だからって、そんな重要なこと言うかな?
ジェムは、首を捻って、疑問の顔である。
「調べるだけは調べてみよう。騎士団でも新聞社でも、客を装って調べるくらいはできる。君たち、これ、秘密にしておけるかね?ジェム君と言ったね?」
「はい!ジェムです。」
「これ、新聞社と騎士団で調べてみていいかね?君の記事だが、子供だと、危険だから•••君のメモ、私と竜樹様以外の誰にも見せちゃいけないよ。大事なメモは、記者の生命線だ。」
「はいっ!」
約束だよ、と小さい手と握手をして、
マティータ編集長は騎士団特別顧問マルサ王弟に目をやり、うん、と頷き合った。
ジェムは、憧れの新聞社の編集長と握手できて、メモも褒められて、ニマニマと嬉しそうだ。
「ジェム君達には、護りはつきますか?」
「新聞売りの行き帰りに護衛がついて、売ってる時にも詰め所の隣なので、大人が常に付いてます。売り上げのお金は、新聞社の経理の人が、護衛と一緒に受け取りに来ますしね。」
子供に大金持たせません、と竜樹は言った。それと、最近は、オーブも付いて行っている。その日の気分で、1番販売所と2番販売所のどちらかへ。いちゃもんつけてくる人に、オーブが、ココココ!と鳴くと、黙って去る。何が起こっているかは分からないが、子供達は、オーブを大切にしている。オーブの座る所、と台に小さいクッションを置いて、気持ちよく居られるようにしている。
マティータ編集長は、同じ部屋にいた記者に少し小さな声で指示を出すと、その途端キリッとした記者が、はいっと言ってジャケットを手に取った。その背中をパンッと叩いて、送り出すと、王子達と子供達のところへ戻ってくる。
「それでは、記事の書き方を教えましょうね。新聞の記事では、大事な事から書いていくんですよ。何が一番伝えたいか、パッと見てわかるように見出しを書く。それから、細かい事を書いていきます。みんなは、事件や事故の記事じゃないだろうから、今書きたい事がある人は、どんなものを書きたいかな?」
「私、私は、ワイルドウルフのお国の事や、獣人の事、みんながどう思ってるか調べたいです!」
アルディ王子が言えば、
「ぼく、てれびを、みんながおうちでみたいかどうか、ききたい! ししょうは、おうちでみられるようにしたいんだって!きぞくのおうちは、ほしいっていうひとおおい。きぞくや、ぼくじょうのひとや、はたけのひとは、ひろばにいけないから。」
ニリヤも、手を握って、振りながら意気込んで言う。
「俺は、まずは街の安くて美味しい屋台に取材したい。俺たちにも、優しかった親父とか、取り上げたいし、みんなに知られたら、良いと思うから。美味しいところの地図とかつくっても、いいかも。」
ジェムが言う。
「1人で調べるには、大きな題材だねぇ。何人かで分かれて、協力してやるのはどう?お試しに別紙で一回やってみて、子供新聞、好評だったら、一月に一回ずつくらい、新聞に載せていくのもいいかもね?一度やったら、書きたい事がまた出てくるだろうし。」
でも、面白い記事じゃないと、ボツもあり得るから、頑張ってね。
うわぁ!
子供達が、しんぶんに、のるの!?と湧き立つ。うんうん、頷き、マティータ編集長は、アンケートの取り方や、取材の仕方、記事の書き方、のさわりを具体的に教えて行った。
その後、手書きで書かれた記事を、活字を魔法で、パラパラヒュルルル〜っと一気に拾って、版を作るところまで見させてもらい、写真の撮り方も教えてもらうと(人を撮る時は、思ったよりアップに!全体を撮ろうとすると、引きすぎて小さくなりすぎる、とか)新聞社を出て、印刷所へ行った。
機械は動いてなかったが、印刷機を見せてもらい、働く人から話を聞いて、王子達も子供達も、いい子にふむふむと話を聞いた。その中でも小さい子は、騎士団団員に抱っこされて。帰りは、馬車の中で、飲み物をもらったり、おやつをもらって、お疲れであった。
「色んな人が、繋がって、色んな仕事してるんだね。」
オランネージュが、ポツリと言う。
「そうだね、兄様。私も、初めて見たかも。王宮じゃない所で、大人が働くところ。」
ネクターが相槌を打つ。
「もっと、しりたいねぇ。」
ニリヤが、疲れてぐにゃんとなりながら。
「私、私も、もっと色々知りたい。そうしたら、私にできること、いっぱいある気がしてきた!今まで、全然、外の世界知らなかったから。」
アルディ王子が、フコッと鼻息吐いている。
「俺は、新聞記者になるぜ。取材も、がんばろうぜ、みんな!」
ジェムが言うと、新聞販売の子供達が、疲れながらも、はぁい、がんばろ、と口々に言う。
良かった、良かった、みんな何か感じた所があったみたい、と竜樹は嬉しくほのぼのと思った。
新聞社は、ジェムの記事メモによって、その日、てんやわんやになった。
貴族の子女誘拐事件を数日後、騎士団とも協力してタイミング良く記事に載せ、裏についていた男爵を追い詰めた。被害にあった貴族達は、その時誘拐されていた娘達を、無傷で取り返す事ができたが、名前は出したがらなかった。しかし、名前を載せない事を条件に、記事に協力し、いかに娘達が恐怖を味わったか、男爵の悪業を世間に知らしめた。男爵は、捕えられて、爵位は剥奪、強制労働させられる事になった。
ジェムは、本当に事件だった!
と驚いたが、それ以来、メモは慎重にするようになった。報復、というのがあるのを、ジェムは追われた経験から知っているのだ。
そして時折、編集長と竜樹に、メモを見せるようにもなった。
編集長は、ジェムのメモから記事が出来た時には、一定のお金を、竜樹に預けてジェムに貯金をさせた。
貯金の概念が、ジェム達にない、と知った竜樹は、簡単なおうち経済、についてを、テレビで特集することにした。
そして、子供達に、まずは、子豚の貯金箱を、一人一人に配る事から始めた。