バドミントン
すー、はー、と息を吸ったり吐いたりして、確かめていたアルディ王子だったが、ニコッと笑って、ルルーを見上げた。
息をしても、苦しくない。新鮮な空気が、胸いっぱいに吸える。それだけで、世界が開けたようだ。
「うんうん、効いたみたいですね。後は、その、あれるぎー反応を起こすものを、遠ざければ、いいですね。今の所、候補に上がってるのは、ホコリと気温差ですか。良く様子をみて、何に反応してるか、分かるといいです。」
ルルーは、穏やかに笑って、アルディ王子とブレイブ王を見た。
「癒しの魔法を込めた魔石を、用意しましょう。しばらくは私が付きますが、いつでもどこでも、反応が出たら当てて使えるような魔道具が、必要でしょうね。チリ院長に作ってもらいましょう。」
「癒しの魔法って、何度も使っても、副作用はないですか?」
竜樹が心配になって聞く。繰り返し使う事で、思ってもみないことが起きる可能性もある。
「炎症をそのままにしておくより、よほど良いはずです。身体の過剰な反応を抑えるだけ、ですから、身体を損なう事はないんじゃないかな。整う、というのが、癒しの魔法なんです。実際、健康な人に癒やしの魔法をかけても、何ともならないですしね。」
まぁ、長期的に、様子をみる必要はあります。
「おのど、なおった?」
「一緒遊べる?」
「チリ院長なら喜んで魔道具作ってくれるよ。」
「私、遊べますか?」
3王子の期待のこもった視線を浴びて、ふおっと頬を赤くしたアルディ王子は、耳をぴこぴこ、ルルーや竜樹に目をやり、両手を胸の前で組んで、お願いするように聞いた。
「バドミントンやりたいんだったねー。運動についても、注意点はあるけど、やっちゃダメではないみたい。一応喘息の注意点とか、後で魔石に書き出して、アルディ王子の様子と擦り合わせしようよね。」
それで、土ホコリが舞うところだと、アルディ王子に良くないかもだから、とりあえず今は、石畳のある所で、軽くやってみようか?
「本当に、アルディが。お喉が楽になったんだな?運動もできるかもしれないと?」
ブレイブ王が、耳と尻尾を、ピーンとさせて、呟いた。
「まだまだ、お試しですよ、ブレイブ王様。運動も、向いているのと、向いてないのがあるみたいだから、それも情報共有して、向いてるのを試してみましょう。屋内運動がいいらしいから、体育館とか温水プールとかつくるといいかも。もしダメでも、有料で貸し出して、遊べるようにすれば無駄にはならないし。」
「おお、おお、たいいくかんでも、おんすいぷーるでも、何でも作ってみせよう。」
「ウチにも欲しいな、それ。」
王様達は、明るい顔で、お互いを見遣った。
まぁまずは、お遊びだな!
石畳の、王宮の中程にある庭で、バドミントンをやることに。
王子達がラケットとシャトルを、ジェム達との遊び場から持ってきた。ルルーが石畳の上を、さぁーっと浄化する。ピカピカになったそこで、じゃんけんをして、まずはネクターがやる事になった。
「準備運動はじめるよ。これは、運動で発作が起こるのを防ぐんだって。咳の出ない子も、しとくと怪我とか防げて良いんだよ。」
いっちにー、さんしー、と、スマホで動画を流しながら、準備運動をしてみせる。大人たちも子供達も、真似してやってみている。警備についていたマルサが、「これ、騎士団でも、本格的に動く前に身体を温めたりするけど、それにいい感じだな。」と言った。竜樹も久々に身体動かしたが、筋とか伸びて気持ちいい。おじさん、身体ミシミシする。
「はーい、じゃあ、シャトル、羽を打ち合って、なるべく長く繋げるように数えよう。オランネージュも、ニリヤも、一緒に数えてください。」
「はーい!」
「数えるよー。」
ぽーん。いーち。パシッ。にーい。
「アハハ!アルディ殿下、じょうず!」
いっぱい、繋がるねー!
ネクターが失敗して、際どい所に打っても、トタタ!と小走りで、拾いまくるアルディ王子。
「11回もつながったよ!」
「つぎ、ぼくもやりたい!」
ニリヤ、こっちでオランネージュとやる?ラケットまだあるけど。
「やるー!」
「負けないぞー!いっぱい繋げるぞー!」
「この、ばどみんとん、とは、随分和やかな運動なのだね?」
ブレイブ王は、バドミントンをしているアルディ王子を、感無量といった面持ちで見つめている。
「いやいや、これ、遊びだからですよ。競技になると、とても運動量が激しいものなんです。」
屋内で、ネットを張って、床に線を書いてコートを作って。相手が打ちにくいところを狙って、スマッシュも打ったりするし。
試合の動画を見せながら説明すると、「ふむ。遊びと競技とで、使い分けできるのもいいな。こういうのの為に、たいいくかんが必要なのだね?」と、感心する。
「屋内でやるなら、卓球とか、バスケットボールとかもありますよ。遊びで広めて、楽しめば、上手い人は競技したくなるかもですね。」
「うん、うん。私達獣人は、身体を動かすのが大好きなのだよ。それもあって、運動ができなかったアルディは、遊んでもらえなかったのだが、こういう、年齢も身体能力も、それぞれな者が、工夫してできる遊びが流行れば、楽しく遊べると思う。」
それにしても。
ブレイブ王は、ふーっ、とため息をついて。
「情報、とは、なんと大切なものか。知っているつもりで、知らなかった。知識があれば、アルディの未来に希望がもてる。ぜんそく、だったならば、大人になれば、症状が出なくなる者もいるとか?」
「絶対ではないけど、そのようですね。今まで、辛い思いをしてきたでしょうから、楽しんで、無理し過ぎずに、ですね。」
「ああ、そうだな、ありがとう竜樹殿。多分、アルディは、すとれす、というものでも王宮が無理だったのだ。」
ストレス。
何かで緊張するのが、すとれすなのだと言っていたね?
「王宮では、身体の弱い第二王子として、やはり一段低く見られる事も多かったから。アルディ自身も、兄の王太子に引け目を感じていて、兄と話をすると咳をするのだ。主だった行事などに参加した事もあったが、決まって咳の発作が起こって、何故なんだろうと思っていた。」
それを見て、益々周りの者は、役に立たない王子だと、素っ気なく扱うようになるし。
「また、アルディが幼い頃に、あれの母が、鍛えれば何とかならないかと、焦って無理をさせてしまってな。上手くいかなかったし、やはり母の王妃とも、会うと咳が出るようになって。王妃は、自分が関わるとアルディを悪化させてしまうと、罪悪感から遠ざかってしまって。」
アルディの味方になってやれたのは、ほんの数名の側仕えの者と、自惚れでなければ私くらいで。
「ハルサ王。もしかしたら、アルディは、少しの間、こちらの国で、静養させてもらった方が、良いのかもしれない。」
「それは勿論良いが、淋しがらないかね?」
「遊び相手もできたし、竜樹殿がいて、咳の病にこれから沢山試しをしなければだし、国にいても、一緒に暮らしてはいないから•••。」
それに、その間に、やれる事があるから。
アハ、ハハハ!
笑うアルディ王子とネクターに、目をやるブレイブ王。
「もしかしたら、アルディと似たような症状の者も、この国にいるのではないかな?我が国も資金提供するし、温暖なこの国で成果を出してもらい、我が国にも導入させてもらう、というのはどうだろう。ギフトの御方、竜樹殿のお力を借りられれば、それにも都合が良いし。」
「確かにウチで成果を出して広めるのが、やりやすくはあろうな。」
その間に、私は、王妃と王太子にも、アルディを迎える準備をさせたい。
「テレビは、遠くても見られるのだろう?」
我が国まで、見られるようになるかな?
「おお!チリに聞いてみなければですが、そうしたら、咳の病の、情報番組作れますね。」
試してみてる所だよ、って注意喚起は必要ですが、アルディ王子のように、やっても危なくない所から、試すのは良いかも。
「ルルー、この国で、ぜんそく、かもしれない咳の病を、抑える仕事を任せても構わないか?」
ハルサ王の言葉に。
「はっ!勿論、勿論、私がやりたい仕事です!喜んで承ります!」
ルルーは、感動して、膝をついてそれを受けた。
「治療所で、なすすべもなかった患者さんが、少しでも良い方に向かえば!私達は、万能ではありませんから、虚しく見守るだけしか、できない事も、多々あります。ギフトの御方様に、お助け願って、知識の一片でも勉強する事ができたらと、ここに来て、願っていた所です!」
「俺も、万能じゃないから、身体の事は慎重にいこう。ちょっとずつ、様子見ながらやってみようね。」
「はい!」
ルルーはいい笑顔で返事した。
「そうしたら、癒しの魔石の魔道具は、あまり高くないものにしなければいけませんね。病気は、貧富の差を選ばないので。」
「でも、利益は出た方がいいよ。事業が続かないから。」
「癒しの魔法が使える者は、実は結構いるのですよ。あまり治療所では重要視されていなくて、治癒のついでに使えたらいいなくらいで。何とか市井にいる者に、魔石への魔法込めに協力してもらえたら良いのだけど。」
「うーん、献血みたいに、ちょっとお得な、お菓子や飲み物が無料で貰えるくらいにしたら、やってくれないかなー。」
けんけつ、って何ですか?
と聞かれて、竜樹は説明し、大いに引かれた。うん、ちゃんと知識も器具も消毒も伴ってないと、輸血なんてできないから。
「竜樹様のいたお国では、血が足りない事にも対応できるのですね!」
「いや、いや、急にはできないよ!?然るべき所でないと!」
それより、ここなら、魔法で止血して、造血能力を高めて、何て方が、すぐ使えるんじゃないの?
「造血とは、どのような仕組みか、知りたいです!すまほで、教えてくれたりできますか!?」
知識のトリコになったルルーに、竜樹は張り付かれて、タジタジとなった。
ハルサ王とブレイブ王が、ハハハハと笑って、そこにネクターの打ったシャトルが飛んできて足元に落ちた。
ブレイブ王が拾ったそれを、アルディ王子が取りに来て、
「お父様!シャトルちょうだい!」
私、友達できた!アハハ!
満面の笑顔で言った。
動いても、息が苦しくない。
もし、苦しくなっても、また癒しの魔法を使って、治してくれる。
アルディ王子は、安心して、バドミントンを楽しんだ。