なれるかなお友達
「アルディ、咳は大丈夫か?」
「はい、お父様、このお国にきてから、咳がでないです。」
ふむ、やはりか。この国の方が温暖だからな。残念だが、我が国、ワイルドウルフの気候が、お前には合わないのだろうなぁ。
アルディ王子は、ふさふさの黒毛の狼お耳を伏せ、尻尾をたらりと下げて、しょんぼりとする。自分の生まれ住んでいる国なのに。拒まれている気がして、とても悲しい。
王子としても、第二王子で、必要不可欠な後継ぎではない。身体が丈夫で活発、それでいて冷静に物事を考えられる有能な第一王子ファングが、既に王太子として立っている。
アルディと同じく、漆黒の大きな狼耳を持ち、太いふっさりした尻尾をたらりとさせて、ブレイブ王は、我が子の頭をグワシグワシと撫でた。
王だとて、思いの通りにはならない事よ。我が子の病に、何人医師をつけても、原因もわからなければ、完全に治す薬も見つからない。
たまたま、咳の発作が落ち着いた時に、温暖な別荘地へ連れていけば、そのまま落ち着いたままでいられる事がわかった。ならばとそこに住まわせれば、王宮程ではないものの、住むのが長くなればなるほど、咳の発作が出るようになっていく。
今までは、3ヶ所くらいの別荘地を転々として育ってきたアルディ王子なのだ。
「この国で、何かお前の病気の、良くなるきっかけだけでも、見つかればいいが。」
「はい、すみません、お父様。」
何、謝る事はない。
父王ブレイブは言うが、アルディ王子は知っている。
今来ているこの国、パシフィストとの友好条約を結んだのは、この国に、ギフトの御方様が降りたから。そして、ギフトの御方様が、アルディ王子の咳の発作を治す知識を持っていないか、と望みをかけたからだ。
ギフトの御方様は、見つかった所の国が、責任もって面倒をみる。それが国際法で決められている。
便利な物の概念を知らしめる、その恩恵を奪い合い、戦争になったとしても。なんとものギフトの御方様が、精神を病んでしまい、早々に儚くなる、と言う事が今までの歴史にあった。平和を愛する人、ギフトの御方様。
ならば、国同士で協定を結び、友好関係のある国には、もたらされた知識や技術を、それなりの実費を払って、融通する。だから、この国パシフィストは、今どの国からも、注目されている。
ブレイブ王が、地理上で1つ国を挟んだこの国といち早く友好条約を結んだのは、国の為でもある。全てアルディ王子の為ではない。が、調印と交流を深める旅に、アルディ王子を連れてきたのは、期待もあった。
家族を大事にするワイルドウルフ国の獣人達は、その頂点の国王家族にも当てはまる。
「しばらくは、咳の発作も出ないだろう。この国には、3人の王子がおられる。真ん中のネクター王子とは、アルディは同じ歳の8歳だ。上のオランネージュ王子は2歳上、10歳。下のニリヤ王子は5歳。どの王子もそれほど歳が離れてはいないから、仲良くなれるといいな。」
「はい、お父様。」
アルディは言ったが、自分に同じ年頃の王子達と仲良くなど、なれるだろうか。
一緒に遊ぼうとした、国の貴族の子供達は、皆言う。こんなに身体の弱い王子殿下と遊ぶのは、何か傷つけてしまいそうで、怖い、と。
皆、獣人で、身体能力が発達しているから、身体を動かすのが大好きで、それだけでもう、大人しいアルディ王子とは、遊び方が違った。
「私と、仲良く、してくださるだろうか。」
悲観的になりながら、ふさふさ尻尾をだらりとしたまま、微かに左右に振って、アルディ王子は呟く。
「今日は、新聞なるものを発行する式典に招待されている。そこで王子達が、私達の写し絵、写真といわれるものが載っている、新聞を渡して下さるそうだ。楽しみだな。」
「はい•••。」
そういえば、この国に来て、最初のおもてなしを受けた後、新聞の取材、という時間があった。バシャ、バシャ、と音がする魔道具で、写真というものを撮っていたらしい。また、調印式典にも、テレビと新聞の記者が来ていた。
「テレビというものは、どういうものなんでしょうか?」
「どういうものかな。見たままを映すものだというが。」
連れてきた側仕えの者に促され、支度をして、王宮の、迎賓館から、一角馬の馬車まで案内される。歩いていくと、廊下の一角で、人が集まっている場所があった。
「何だ?音がするな。」
ぴっぴっ、と耳を震わせて、ブレイブ王が案内の者に聞く。
「あれは、テレビでございます。私共でも見られるよう、廊下にテレビを設置してくださったのです。」
ギフトの御方様が。
誇らしそうな案内人に、ちょっとだけ見たいな、とブレイブ王が言った。
アルディ王子は、お父様の好奇心旺盛な所が、また出たな、と思ったが、自分も見たかったので、黙っていた。
「お望みならば、お部屋にも設置されましょう。通りがかりで立ったままでご覧になられるとは、申し訳ない事ですが、もし宜しければ、少しだけお時間ございます。」
「おお、それで良いとも。では、少しだけ。」
『そしてこれから、新聞初売りの式典で、ワイルドウルフの王様と王子様も、こちらにいらっしゃいます!』
『王子様方、かわいいお耳に尻尾ですね!』
『はい!ワイルドウルフのお国に友好と敬意を払って、私達はこの格好で新聞をお渡しします!』
『喜んでいただけると、いいな!と思います!』
『おともだちに、なりたいです!』
販売所で、パンとミルク、新聞を開いて読むレポーター。そして猫耳尻尾の王子達。
おお!と、初めての生き生きとした映像に、驚くも。
「ハハハ、何とも可愛らしいお耳の王子様達だ。アルディ、お友達になりたいそうだぞ?」
「おともだち•••。」
ふわ、と真っ赤になって、アルディ王子は、目を見開いた。
なれるだろうか、お友達に。
「さあ、皆を待たせているぞ。邪魔したな、皆の者。テレビを見せてくれてありがとう。ではな。」
精悍な顔立ちに、柔らかな物腰とギャップのあるブレイブ王と、まだ可愛らしい顔立ちのアルディ王子が去ると、集まっていたお仕え集団や文官達は、下げていた頭を上げ、緊張の糸を解き、テレビを見た。
「今から、販売所に行かれるのね、ブレイブ王様達。」
「ここにいて、今の販売所が見られるなんて、テレビって不思議だね。」
「成功するといいね!王子殿下達の、おもてなし。」
うんうん、と皆一様に頷くのだった。




